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お念仏を申す生活法話

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お内陣のお荘厳が整いました(2012年アーカイブ)

2022-11-26
 お内陣のお荘厳が整いました。
浄土の荘厳です。

 このお内陣は阿弥陀さまの世界
極楽浄土を表します。
 阿弥陀如来の本願力によって荘厳されたお浄土に
私たちは一人残らず漏れなく救われていくのです。

 今日明日明後日と親鸞聖人の御命日をご縁に
御正忌報恩講の法要をお勤めさせていただきます。
 私たち浄土真宗門徒にとって
一年で一番大切なお勤めであります。

 ご門徒皆さんがあたたかいご懇念を
いっぱいはこんでいただいた表れが
このお内陣の浄土の荘厳でもあります。

 落雁の押しものに色をつけてお菓子作りをし
お飾りつきをしてきれいに積み重ねて彩色し
本当にきれいにお飾りができました。

 お内陣の浄土の荘厳を目の当たりにして
本当にうっとりとほれぼれします。

 ほれるといいます。
互いにほれた者同士の関係で
ほれてまかせるということでしょうね。
 この人にわが身わが心をまかせるといいますか
私たちの阿弥陀さまのお救いです。

 南無阿弥陀仏の阿弥陀さまのお喚び声が届いて
「まかせよ救う」の阿弥陀さまのお心をお聞かせいただき
「おまかせします阿弥陀さま」と
お念仏がこの口から出てくださいます。

 三日間のご縁です。
どうぞ皆さんお参りお聴聞されて
いよいよ信心いただいてお念仏をよろこび申す身に
させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2012.11.26)


浄土真宗のお仏壇とご本尊の阿弥陀さま

2022-11-25
 皆さんのお家のお仏壇にご安置している
ご本尊の仏さまについてのお話です。

 御木像という仏像の阿弥陀如来さまを
ご安置しているところが多くあります。

 ところが「ご本山からご本尊をお迎えしましょう」と
皆さんにお勧めしている
ご本山からいただくご本尊は
阿弥陀さまの絵のお姿の御絵像です。
 その他に南無阿弥陀仏の名号本尊もありますが
皆さんのお家にはご安置されていません。

 こんな質問を受けました。
「私の家の阿弥陀さまは御絵像ではなく御木像ですが
これでいいのでしょうか。
ご本山から新たに御絵像の阿弥陀さまを
お迎えしなければならないのですか」という質問です。

 皆さんにとってお仏壇をお家にご安置することが先決で
「ご本尊の仏さまをお迎えする」と言うことは
あまり聞きません。

 お家にお仏壇が有るとか無いとかいう話です。
大切なご家族のお葬儀のご縁で
お仏壇をお家にご安置することがよくあります。

 仏壇屋さんにお願いするということですが
ご本尊の仏さまはお仏壇を入れるときに
一緒についてくるということです。

 仏教の各宗派でお仏壇の様相が異なり
ご本尊の仏さまも違いますが
お仏壇とご本尊がセットになっていることで
ある意味安心して受け入れられてきたのです。

 浄土真宗のお仏壇のご本尊は阿弥陀如来で
御木像か御絵像の阿弥陀さまがお供されます。

 御木像か御絵像かの選択は
仏壇屋さんと相談してお家の皆さんが決めることで
お寺に相談がある場合は
「ご本尊はご本山からお迎えしましょう」と
お勧めしています。

 話を先程の質問に戻しますと
「それはそれでいいですよ。
決して間違いではありません」と答えました。

 お仏壇は生まれた時そして結婚した時から
そのお家にあったものでご本尊もそのままです。
 先祖代々そのお家に伝わってきたご本尊の仏さまで
お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん
会ったことがないけれども曾じいちゃん曾ばあちゃんも
同じ仏さまに手を合わせていたことでいうと
まさに有難い仏さまのご縁を育んでくれた
阿弥陀如来のご本尊さまです。

 親鸞聖人のご本山本願寺からお迎えするお心もちは
大事にしたいものですが
これが良くてこれは悪いとか
私が言うことではありません。

 阿弥陀さまのお姿に迷いの凡夫のこの私が
お浄土に救われさとりの仏にさせていただく
南無阿弥陀仏のお救いの法が表されていると
御仏前に座って聞かせていただく
仏さまからいただくご縁です。

 阿弥陀さまが座っていたり
手の印相が違っていたりしたら
これは教えそのものですから
浄土真宗のご本尊にふさわしくありません。

 立撮即行の阿弥陀さまのお姿を
ほれぼれと拝し南無阿弥陀仏とお念仏申して
お礼をさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.11.25)


ワンチームのそれぞれ私の役割

2022-11-24
 昨夜はサッカーワールドカップの
日本対ドイツ戦をずっと観ていました。

 試合開始は10時でしたが
昨日は朝からサッカーの話題で持ちきりでした。

 試合は前半に1点を先取され終始自陣での
防戦を強いられた展開で
いつもの日本だったらこのままずるずるいくところですが
後半監督の采配で局面が大きく変わり
結果2対1の逆転勝利で日本中が湧き上がり
今日も当分この話題で持ちきりだと思います。

 今回よく言われることが
26人の選手のレベルが格段に上がって
誰が試合に出ても遜色がない戦いができるといいます。

 これまでの日本だったら
ピッチに立つ11人が不動のベストメンバーで
他の選手と力の差があって
90分間の試合展開が監督の思うように
描けなかったということです。

 昨日は仏具のおみがきをして
本堂のお内陣のお荘厳が大方できました。
 この前の大掃除もそうですが
ご門徒衆皆さんの力お手伝いがあってできることです。

 段取りは住職の私や坊守がすることですが
皆さんいつもの要領が分かっていて
次から次へどんどん仕事をしてくれます。
 休んでいる人がいません。
自分の居場所自分の仕事を探すように
お手伝いくださることに頭が下がります。

 昨日のサッカーの試合に重ねて思います。
それぞれチームの中で役割があることで
積極的に一つ一つ役割を果たしていきます。
 それぞれ違う役割ですが思いは一つということです。
チームの勝利のためにワンチームになるといいます。

 私たちのお寺に対する思いということですが
私たちはそれぞれがみんな阿弥陀さまの大きな願いの中に
共々に生かされてあると聞かせていただきます。
 阿弥陀如来の本願念仏の
南無阿弥陀仏のお心おはたらきに遇って
皆さんがそれぞれに私にできることを
精いっぱいさせていただくことです。

 いつものことですが
決して当たり前のことではない
本当に有難く頼もしいことです。

 あなたと私が織りなす私たちの人生
この社会は私の思い通りにならない
まさに生きにくい人生社会ですが
私が一人で頑張るという社会ではなかったのです。

 私が私がではなく
私のすぐ傍に私を支えてくださる方がいらっしゃって
あなたと私が私たちがみんな
南無阿弥陀仏のお念仏の大きなおはたらきのなかに
共々に生かされて生きてあると
有難く思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.11.24)


御和讃を口ずさむ

2022-11-23
 今日23日の御文章「一念大利章」に
御和讃が二首出てまいりました。

 今日のお朝事で拝読の御和讃も入っていました。
「五濁悪世の有情の 選択本願信ずれば
 不可称不仮説不可思議の 功徳は行者の身にみてり」
(さまざまな濁りと悪に満ちた世で
 往生の行として念仏を選び取られた本願を信じるものは
 たたえ尽すことも説き尽すことも思いはかることもできない
 功徳が満ちているのである)です。

 そしてもう一首
「弥陀の本願信ずべし 本願信ずるひとはみな
   摂取不捨の利益にて 等正覚をばさとるなり」
(阿弥陀仏の本願を信じるがよい。
 本願を信じる人はみな
 摂め取って決して捨てないという利益により
 この上ないさとりを開くことができる)です。

 二首ともに「正像末和讃」の中から
蓮如上人が御文章に撰述されたものです。

 お正信偈も御和讃も親鸞聖人の著述で
蓮如さまが浄土真宗門徒の日々のおつとめに
お勧めくださり
毎朝お朝事のご縁で拝読して
親鸞さまのお心をお聞かせいただき
最後に御文章を拝読します。

 今日も御和讃を六首いただきました。
御和讃は親鸞聖人の当時庶民の間で流行っていた
今様の形式をとったものです。

 今様は七五調でできており
調子がよく抑揚をつけて歌いやすく
庶民が日頃口ずさむうたです。

 この今様を愛好されたのが
『鎌倉殿の13人』の前半に登場した
「日ノ本一の大天狗」と源頼朝に言わしめた
後白河法皇です。

 当時の殿上人貴族の趣味は和歌ですが
庶民の娯楽の今様を昼夜を問わず
うたっていたといいます。
 日々の生活のなかで
何とも大らかな風情を思います。

 南無阿弥陀仏の救いのお心を
親鸞さまは今様のように御和讃にしたため
蓮如さまは日々の生活のなかに
御和讃を口ずさむようにして
お念仏をお勧めくださったのです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.11.23)


これからもよろしくお願いします

2022-11-22
 お寺の法要行事は
ご門徒皆さんの御懇志で勤まります。

 このたびの御正忌報恩講については
「御正忌米懇志」ということで
ご門徒皆さんにお願いしています。

 三佐地区は各班のお世話人が
ご門徒さんにいただきにあがり
地区外については各ご門徒が
お寺に持ってきていただくか送っていただきます。

 法要のご縁に遇っていただくことが一番ですが
前以てお寺に持って来られる方がいらっしゃいます。

 昨日は私の同級生のご門徒さんが訪ねてみえました。
「ご院家さんいらっしゃいますか」ということで
玄関に出ましたら
「今度住職を退任されることで
御礼を申させていただこうと思って来ました」
と言われます。

 話を聞いていますと
住職退任でお寺の法務を一切辞めるように思われて
「大変お世話になり有難うございました」
と丁寧に言われました。

 今私と新院二人で勤めているお寺の法務を
住職退任で新院が新住職になって
役割はそれぞれ違いますが
二人で勤める法務全般は変わりません。

 そういう説明まではしませんが
「私はこれからもお寺にいて
法務のお手伝いをさせていただきますので
これからもよろしくお願いします」と言って
別れました。

 日頃からお寺によくご縁のある門徒さんには
お話をしているつもりですが
文書だけで住職退任と聞いただけでは
お寺を辞めてこれからは悠々自適に過ごすのかと
受けとめられているのかもしれません。
 実情はそんなことではありません。

 今度の御正忌が最後のご縁と強調するあまり
こうした受けとめになったのでしょうか。

 住職としての最後のご縁です。
お寺を預かる住職として
ご門徒皆さんに御正忌のご縁に遇っていただくことが
何よりの願いであり喜びです。

 どうぞこれからもよろしく
お願いいたします。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.11.22)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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