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お念仏を申す生活法話

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日々阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて生きる有難さです

2022-05-30
 昨日はずっとテレビでスポーツ観戦でした。
プロ野球セパ交流戦から日本一を決めるラグビーに
バスケットにそしてカーリングと白熱したゲームばかりで
面白くついつい観入ってしまいました。

 その中で競馬の祭典ダービーがあり
3年ぶりに6万人を超える大観衆で盛り上がりました。

 武豊騎乗のドウデュースが優勝しました。
武豊といったら私が若い時分から活躍している
日本競馬界のレジェンドです。

 53歳ということで
ダービー制覇の最年長記録だそうです。
 初めてのダービー制覇が29歳といいますから
四半世紀第一線で活躍しているということです。

 インタビューの姿雰囲気も
若い時分と変わっていません。
若いです。

 ジョッキーの頂点に立つわけですから
他のスポーツもそうですが
日頃の鍛錬があり努力の積み重ねがあって
超一流の活躍ということです。

 そこで思ったのは
武豊さんがいつまでも若い若いと思っている
私がいるということです。
 自分もまだまだ若いと思っているのです。

 ところが実際はもういい歳なのです。
「歳をとったなあ」と実感することが多くなりました。

 武豊さんが53歳ならばその年齢差はずっとそのままで
私たちも歳を重ねているということです。

 今日はお寺のご院家さんのお葬式にお参りします。
私が若い時分にお世話になった方ですが
よく知っている方のお葬式が多くなりました。
 私の同年輩の方もいらっしゃいます。

 実は私もそういう歳になったのです。
何があってもおかしくない歳です。
 蓮如上人の「往生の死期もちかづくかとおぼえ候」
御文章のお言葉が思い起こされます。

 諸行無常の理の中に
日暮らしさせていただいていることの実感です。
 南無阿弥陀仏のおはたらきの中に
生かされてあることの有難さです。

 今日もこうしてお念仏を申して
日暮らしを始めさせていただきます。
 若くても老いてもどんなことがあっても
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に生かされて
命終わってそのまま阿弥陀さまのお浄土に
お参りさせていただける有難さです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.5.30)


南無阿弥陀仏「あなたがいるから生きて往ける」(2013年アーカイブ)

2022-05-29
 昨日挟間町のお寺さんで
大海組仏教婦人会の総会があって
ご法話お聴聞させていただきました。

 「あなたは生きる価値があると思いますか」と
アメリカ、韓国、日本の子どもたちに聞いたところ
アメリカは60%、韓国は20%、日本は6%が
価値があると思うと答えたといいます。

 日本では94%の子どもが
生きる価値を見いだせないでいるという結果です。
 その原因は今の教育にあるといわれます。
親は子どもに日常どう言っているのか
「何々しなさい」と命令し
「何々してはいけない、駄目だ」と
言っているというのです。

 つまりは
「そんなことしているから駄目、こうしなさい」と
子どもの有り様を否定することになっているとの指摘です。

 今の私を喜べない、自信を持てないということです。
それで生きる価値があるとは思わない
ということになるのでしょう。

 私たちの阿弥陀さまのお救いは
条件付きのこうしたらこうなったら救ってあげる
という救いではありません。

 南無阿弥陀仏のおはたらきで
そのまま救うというのです。
 あなたはあなたのままでいいんだよ
というおはたらきです。

 お釈迦さまが生まれて初めて発した言葉は
「天上天下唯我独尊」です。
 あらゆる世界のなかで唯我独り尊しと
言われました。

 私だけが尊くて
私以外は尊くないということではありません。
 みんな一人一人が「天上天下唯我独尊」なのです。
「天上天下唯我独尊」という
世界でたった一つの命を恵まれ
「天上天下唯我独尊」の命を生きて
命終わる時そのまま阿弥陀さまのお浄土に
往生させ成仏させていただける
阿弥陀さまの大きな願いがかかった
尊いいのちなのです。

 「私がいつも一緒だから大丈夫
決してあなたを見捨てないよ。
恵まれたこの命を精いっぱい輝かせて
一緒に生きて往こうね」と
そのまま救うとお立ち姿の阿弥陀さま
南無阿弥陀仏のお名号となって
私と共に生きてくださる
仏さまになってくださったのです。

 「あなたを独りぼっちにしないよ」と
この私を喚んでくださり
いつでもどこでも阿弥陀さまから見護られ
思われているということです。

 「あなたがいるから生きていける」と
南無阿弥陀仏とお念仏を申して
今日一日も生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2013.5.29)


還暦の同窓会です(2012年アーカイブ)

2022-05-28
 一昨日の土曜日(5月26日)に別府で
高校時代の還暦の同窓会があって出席しました。

 18歳で卒業して42年ぶりに会う方が殆どで
42年も経つとお互いに誰が誰かわかりません。
 3年の時のクラスごとに受付があり
名前と写真を入れたネームプレートをもらって首にかけ
やっとお互いに「いやあ、あなたか」ということでした。

 お互いですけれども本当に皆さん変わっています。
42年経つんですから変わりますよね。
 42年です。
お互いいろんなことがあったと思いますが
生きてきたということです。

 もうひとつ思ったことは日頃ということです。
日頃の生活でいいますと
私はお寺という同級生の皆さんとは
ちょっと違った環境で生活をしていますから
日頃の会社や仕事の関係は殆どありません。

 教育関係のつながりであったり
医療関係のつながりもあるでしょうが
そうした日頃の社会的な関係がありませんから
本当に42年ぶりに会ってもわからないし
話しの仕様がないのです。

 今度は小学校の還暦の会をしますが
小中学校の同級生の関係つながりは
高校の同級生とは大分趣が違うような気がします。

 小中高の学生時代を共にした仲間です。
それこそ東京大阪に出ていった人には大分は古里ですね。
 古里に帰って来て人に会う。
その人はひとつには同級生ですよね。
 懐かしい人と再会して
また生活の場に帰って行きます。

 帰って行くその生活の場は違いますが
お互いに「また頑張っていこう」と
生きる力をいただけるのが
同窓会かなと思ったりします。

 このお朝事のご縁です。
お朝事もある意味同窓会です。
 同じお念仏のみ教えにつながった
同じお浄土への人生を旅する私たちは
お念仏の同行です。

 お念仏の同行の同窓会です。
毎日が同窓会です。

 毎朝こうしてご一緒に
御仏前にお参りさせていただいて
生活ぶりはそれぞれ違いますが
お念仏を申して生きて往こうと
生きる力をいただいて
今日の一日を始めさせていただける
お朝事のお勤めと有難く思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2012.5.28)

お坊さんはお経の配達人ではありません

2022-05-27
 昨日初めてのご縁の方から電話があって
坊守が対応しましたが
お葬式は他のお寺でしてもらって
今度一周忌を勤めるのに
お経をあげてほしいというのです。

 最近こうした電話が多くて
どういうご事情か一度お寺にお参りして
お話を聞かせてくださいと言うのですが
「えっ」という反応です。

 お寺のお坊さんはお経をあげるのが
仕事ではないのっていう感じです。

 お寺のお坊さんはお経の配達人ではありません。
何かお経の出前を頼むように電話一本で
「お経お願いします」と頼まれて
「はーい」と言ってお経をあげてくれれば
それでいいということなのでしょうか。

 お経は仏さまの教えであり
仏さまのご縁につながる私たちは
その時どきの関係ではなく
お寺を中心にお坊さんもご縁の皆さんも共々に
お念仏の仏法に遇わせていただくのです。

 お経があがらないと先祖が迷って出るとか
祟りをもたらすと皆が言ってるとかいいますが
自分が勝手に思っていることで
仏さまからいうと迷っているのは私たちで
迷いの中に悩み苦しんでいると教えます。

 そんな難しいことを言わないで
お経をあげてもらえばいいことで
ちゃんと御布施も包むからと言われそうですが
私の了見思いはからいで
仏法を自分の都合のいいように聞いたら
それは仏法ではありません。

 仏法僧の三宝を敬うことの大事です。
仏さまのご縁につながって私たちのつとめがあるのです。
 お念仏のみ教えを中心に
お坊さんのつとめご門徒皆さんのつとめがあって
浄土真宗の仏法聴聞のお寺があるのです。

 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
お寺のご縁をいただく私たちは
日々安心して生かされて往けるのです。

 お念仏のご縁に遇わせていただく有難さです。
一人でも多くの人にお念仏のみ教えを伝えたいと思いつつ
私たちお寺のお坊さんの責任と力不足を重ねて思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.5.27)


「何か寂しくなりました」

2022-05-26
 先日仏教壮年会の皆さんにお手伝いいただいて
古くなった伝道掲示板を撤去させていただきました。

 平成20年から15年間ずっと掲示伝道ということで
毎月<仏さまのことば>を書いて
地域の皆さんにお届けしたことです。

 掲示板を設置いただいていたお家のご門徒さんから
「何か寂しくなりました」と電話をいただきました。

 そうですよね
今まであった掲示板が無くなったわけですから
いつものお家周りの風景が変わるという寂しさであり
そのお家の人だけではなく
掲示板の前を通り行く人の思いであったりです。

 ふと掲示板のことばを見る人もあったり
気をつけて毎月変わる<ことば>を見る人もあったりと
日々の生活のなかで何か少しでも感じ取ってくれることが
あったらと思います。

 何か寂しくなったなと
当たり前のように生きている日暮らしが
実は有難いことだ思えることの心の豊かさです。

 仏法は私たちに今を生きることの
有難さを教えてくださっています。
 今を生きるって言われなくても
今生きているじゃないかと言われますが
今を本当に生きることの難しさです。

 過去を悔やみ未来を案じて憂うなかに
私たちは今苦しみ悩み迷っていると
阿弥陀さまは見抜かれて
「われにまかせよ、そのまま救う」と
南無阿弥陀仏のおはたらきで
私に寄り添いご一緒してくださっているのです。

 南無阿弥陀仏とお念仏申しておくれと
いつでもどこでも迷うあなたをそのまま救うと
おはたらきの南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただき
多くの方にお伝えしていきたいとまた思うことです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.5.26)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
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