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お念仏を申す生活法話

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「ただ念仏のみぞまこと」

2022-09-16
 先ほどいつものように
6時半前に喚鐘を打っていましたら
東の空に太陽が真正面から輝いて
大変眩しかったです。

 毎年のことですが
お彼岸に入るこの時期のことです。
 ちょっと前までの真夏の時分は
この時間もう既に太陽が東の空高く上がって
暑かったです。
 これからは日の出がどんどん遅くなって
夕方日の入りが段々早くなってきます。

 季節の移ろいです。
日々移り変わって行きます。
 無常の理のなかに
あらゆるものがあって
この私自身のことでもあります。

 無常の世界に我も人も皆共に
生きているのです。

 一瞬たりとも止まることがなく
すべてが移り変わって行くことに
不安を感じながら
私たちはこれさえあれば大丈夫安心と
それぞれ何かをしっかり握りしめて生きています。

 若さでしょうか
健康でしょうか
家族友人の人間関係でしょうか
地位や名誉いやお金でしょうか。
 色々です。

 ただどれ一つとして私にずっと寄り添うものではなく
いつか必ず私から離れて行くものばかりです。

 すべてが移ろい変わり行く中にあって
一つとして私の依りどころとなるものではなく
安心できず返って不安に陥る原因ともなるもの
ばかりです。

 親鸞聖人の常日頃の仰せに
「煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は
よろづのこと みなもって そらごと たはごと
まことあることなきに
ただ念仏のみぞまことにておはします」
とあります。

 無常の世界のただ中を
煩悩をいっぱい兼ね備えて生きる
凡夫の身と知らされ
不安におののくこの私をこそ
必ず救わずにはおかないと
南無阿弥陀仏のおはたらきです。

 煩悩具足の凡夫の身をそのまま
お念仏申す身にしてくださって
いつでもどこでもご一緒してくださる
阿弥陀仏になってくださったのです。

 「念仏のみぞまこと」の力強いお喚び声に
励まされ支えられて
お念仏申して往生浄土の道行きを
今日一日もご一緒にさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.16)


エリザベス女王の葬列

2022-09-15
 エリザベス女王のご遺体が
バッキンガム宮殿から国葬が行われる
ウエストミンスター寺院に
行列をくんで行かれる様子を
テレビの生中継で観ました。

 1.8㎞の道のりを38分かけて
多くの近衛兵に囲まれ優雅に
そして威厳をもって歩いて行きます。
 豊かな色彩感のある整然とした行列が
ロンドン中枢の美しい町並みと相まって
見事なものです。

 日本の昔の葬儀でいえば
葬列をくんで行く野辺の送りを思い起こします。
 私たちは霊柩車で火葬場に送る
車列の印象しかないのですが
昔の映画などにそうした光景を観ます。

 弔いの旗をもった先導者がいてお坊さんがいます。
棺桶を担いだ人がいて
喪主をはじめ遺族親族有縁の方が続きます。
 寂しい田舎の一本道を進む葬列は
何かもの悲しさが漂います。

 遺体を埋葬する墓場に向かいます。
今は火葬で火葬場に向かいます。

 そうした葬列をくむようなお葬式は
家族だけではできません。
 親族だけではなく地域の皆さんが総出で
葬儀を行い故人を見送ったものです。

 今は家族葬という葬儀のあり方が
主流になっています。
 家族葬と一般葬との違いはたくさんありますが
家族葬は葬儀の最後に喪主の挨拶がありません。

 一般葬では喪主が会葬者に向けて
「故人になりかわって」と前置きして
生前のご愛顧に「お世話になりました」と御礼を申し
最後に「これからも故人同様に遺った私たちを
ご指導ご鞭撻くださいますよう宜しくお願いします」
と申し上げるのです。

 葬儀というのは
亡くなった人を見送ると同時に
次の後継者を皆さんに知らしめる
お代替わりの儀式でもあるのです。

 昨日の葬列もそうでした。
ご遺体の後にはチャールズ国王とウィリアム皇太子
そして親族の王室の方々がずらっと連なっていました。

 皆さんはそのすがたを見ることで
安心してこれからの王室の行く末を
思ったのではないでしょうか。

 大きないのちのつながりのなかに
人から人へいのちのバトンが引き継がれることを
葬儀という儀式にそれぞれが受けとめるのです。

 時代とともに葬儀のあり方も変わって行きますが
葬儀の意味心持ちということを
私たちは大事にしていきたいものです。

 死んだらお終いでもう関係ないよと
人と人とのつながりが切れてしまうことのないように
常日頃からの人間関係を大切にしたいと思います。

 お念仏のご法義を聞かせていただきますと
私たちのご縁つながりは
私が付いたり切ったりするものではなく
阿弥陀仏さまの大悲のおはたらきで
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりの中に
共々に生かされて生きていると教えてくださいます。

 人の命終えても
南無阿弥陀仏のおはたらきで
そのままお浄土の仏さまとなって
これからもずっとご一緒くださるのです。

 先に往かれた仏さまのご縁で
年回法要をお勤めさせていただけるのです。
 先に往かれた仏さまが
後に遺った私たちを心配して
仏さまのご縁をつくってくださり
御仏前に座って仏法を聞いて
お念仏を申す身になってくれよとおはたらきです。

 ご法事のご縁だけではなく
日々の生活のなかに
南無阿弥陀仏とお念仏を申すなかに
ご一緒してくださるのです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.15)


村上選手55号本塁打!

2022-09-14
 プロ野球ヤクルトの村上宗隆選手が
昨日の巨人戦で54号55号のホームランを打って
王貞治さんに並んだというニュースです。

 村上選手の55番の背番号は
松井秀喜選手のような選手になってほしいという思いで
王選手の55本のホームラン記録ということです。

 日本選手としてのタイ記録で
ヤクルトの先輩バレンティン選手の60本の日本記録更新も
現実味をおびてきました。

 プロ野球に入って5年目の22歳です。
これからホームランをどれだけ量産するのか
ファンの期待も大きくなります。

 昨日の試合終了後に
ヤクルトファンの親子がインタビューに応じて
試合はヤクルトが負けたのですが
「試合は負けたけれども
村上選手の54本55本のホームランを見れて良かった」
と言っていました。
 負けても良かったです。

 私の子どもの頃は巨人のON砲王長嶋の全盛期で
巨人が勝つか負けるか試合の大勢はわかっていても
王長嶋の打席が終わるまでは
観客は球場から帰らなかったというエピソードです。

 大抵はゲームセットで帰るのですが
王長嶋の打席が終わったらぞろぞろと家路を急ぐ
観客の姿があったと言われました。

 王長嶋そして今は村上選手を見に来るのです。
会いに来るんですね。
 テレビでゆっくり十分観れるけれども
臨場感というかその場に一緒に居合わせることの
喜び楽しみです。

 蓮如上人の時代吉崎の御坊に連日人が押し寄せるように
大勢の方がお参りされたことが
御文章さまの中にも何度も述べられています。

 阿弥陀仏のお救いの教えお念仏のご法義を聞きたいと
蓮如さまに会って直接お話が聞きたいと
吉崎の御坊にお参りされたのではないでしょうか。

 我も人もみんな連れ添って
それこそ何の行列か分からないけれども
並んでしまうということでしょうか。

 エリザベス女王の国葬が近づいています。
昨日はエディンバラの王室に馴染みの深い大聖堂で
一般市民の弔問を受けたということです。
 凄い数の人が昼夜並んで
10時間も並んだという人の話もあります。

 人に会いに行くのです。
私たちの日々の生活です。
 人と人とが織りなす社会にあって
人との出会いと別れを繰り返す日々の営みです。

 会いたい人も会いたくない人も会ったことがない人も
すべてが南無阿弥陀仏の大きないのちにつながって
共々に生かされて生きていると
お聞かせいただくお念仏のご法義です。

 今日もこうして円光寺の本堂に決まった時間に
皆さんが心を寄せて体をはこんでくださって
ご一緒にお念仏を申して
今日の一日を始めさせていただける有難さを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.14)


わが人生最高の習い事

2022-09-13
 皆さんは何か習い事をしていますか。
お坊さんの素養ということでしょうが
子どもの頃私は毛筆習字を習っていました。

 今の子どもたちの習い事は多種多様で
一部では
学校以外の時間を全て注入するように
友だちと遊ぶ暇もないほどにやっている
やらされているような印象さえ受けます。

 ピアノに英会話に
スポーツも水泳野球サッカーとありますが
一番の習い事は学習塾でしょう。

 お仕事を退職した高齢者の習い事も盛んで
若くて忙しい時にはできなかった
お花やお茶踊り楽器とこれも多種多様ですが
習い事といったら自分の趣味の世界のことで
自分から進んでする楽しい時間です。

 ただ学習塾というのはどうでしょうかね。
趣味ではありませんね。
 期間限定のその時だけのことで
楽しんで長く続けるということではありません。

 国語算数理科社会といったお勉強は
本来学校で先生から習うことですが
学校で習う以上の進学のために学習塾で習うのです。
 逆に学習塾の勉強が本来の勉強の場になってしまって
逆転現象のような感じさえ受けます。

 本末転倒というようなことが
今の時代多いと思うのは
昔の固定観念に基づいた頑ななものの見方でしょうかね。

 お仕事でいったら本業と副業があって
副業は自分が好きで始めた趣味が高じてということですが
副業が本業になってしまうのです。

 本業といって就職活動で自ら就いた仕事ですが
その仕事に馴染めず転職を考える人が多く
当たり前のようになっているような風潮です。

 本来従事する仕事はその時どきで変わるものではなく
熟練を要することもあって
その人人にとって限られた職種になります。

 人生の大半をその仕事に従事することで
人間に生まれてきたのは
どんな仕事をするためだったのかという
人生の大きな課題ともなります。

 自分本来の仕事に務めに出あうことこそが
その人の人生一番の最高の楽しみであり
目的でもあることではないでしょうか。

 このお朝事のおつとめです。
仕事でしょうか
副業でしょうか
趣味でしょうか
習い事でしょうか。

 おつとめをする中に
今日の一日を始めさせていただきます。
 お朝事の30分の時間は
一日24時間の中で48分の1の時間ですが
仏さまのみ教えを聞かせていただきますと
この30分という時間ではなくて
南無阿弥陀仏とお念仏を申すそのことが
この一日だけのことではなく
昨日一昨日もそうだったし明日も明後日もずっと
この私のいのちを貫いてくださる
南無阿弥陀仏のおはたらきといただけるのです。

 南無阿弥陀仏とお念仏をお申すなかに
日々のお仕事をさせていただきましょう。
 趣味もいいです。
いろんな楽しいことをしましょう。

 お念仏の先人に習ってお浄土への道行きを
今日もお念仏申して歩ませていただける
浄土真宗のご法義の有難さを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.13)


真実変わらないお念仏を申して生きる

2022-09-12
 朝方西の空に満月が残っていました。
9月10日が今年の中秋の名月ということで
その前日から気をつけて夜空を眺めていましたが
南の空にくっきりと満月を三日間見ることができました。
 何とも風情のある贅沢です。

 月も東から昇り南の方角を移動して西に沈んでいきます。
一瞬たりとも一処にいるのではなく動いているのですが
私たちが住むこの地球もまた動いているのです。
 月も満ちて満月となりこれからは欠けていきますが
月そのものが満ち欠けするのではありません。
 月を見る私自身も変わって行き
諸行無常の理を思います。

 イギリスのエリザベス女王が8日に亡くなりました。
大方の皆さんがびっくりされたのではないでしょうか。
その二日前には新しく誕生した首相に会って
首相任命の務めをする国家元首の元気なお姿が
世界中に発信されてばかりでした。

 96歳という超ご高齢のことで
いつ何があってもおかしくないということで
死の縁無量の理です。

 女王在位70年の節目の年に当たり
記念行事も多くあったようですが
気品をもって公務にいそしむお姿が偲ばれます。

 私のことに重ねて思いますと
私が生まれた1952年に女王に就任されて70年です。
私も70歳の節目の年になります。

 96歳というと
私の母と同い年です。

 エリザベス女王に替わって
長男のチャールズ皇太子が国王に就任しました。

 お寺でいったら住職の継職です。
今は天皇陛下も生前に退位されて
皇位継承ということですが
少し前までは前の方が亡くなって
後を継ぐことが通例でした。

 この11月には私も住職を退任して
新院に住職継職いたします。

 73歳でチャールズ国王が就任して
これからイギリスの王室も変わって行くことでしょう。

 自分に都合の良いことは
いつまでもこのままずっと続けばと思っても
良いことも悪いことも変わって行くなかに
私自身が変わって行かねばならないのです。

 変わる楽しみもあるでしょうが
どのように変わるか想像できないこともあって
不安と戸惑いの中に日々生きる私に寄り添ってくださる
真実変わらない南無阿弥陀仏の有難さ尊さです。

 今日一日もお念仏を申して
阿弥陀さまが決めてくださった往生浄土の人生を
歩ませていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.12)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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