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お念仏を申す生活法話

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池江璃花子さんの復帰レースです

2020-08-30
 白血病を発症して長らく療養を重ねてこられた
競泳の池江璃花子さんが1年7か月ぶりに
レースに復帰したというニュースです。
 
 トレーニングを再開したのが4月頃からということで
テレビの画面で見た姿は少し線が細くなって
筋力も全盛期からほど遠いように見えました。
 
 それでも彼女はアスリートですね。
スタートを切って入水したら
ゴールを目ざしベストを尽くして泳ぎ切るということです。
 目標タイムを超える記録で泳ぎ
「またこの場所で泳げたことに感動した」と
言われました。
 
 この場所です。
池江さんにとって待ち通しかった
この場所はプールでした。
 
 私にとってとても大切な私の居場所
安心できるところです。
 
 今日もこうしてお朝事のご縁で
私たちは一堂に阿弥陀さまの御前に座らせていただき
ご一緒にお勤めができてお念仏申し
阿弥陀さまにお礼をさせていただきます。
 私の居場所です。
またこの場所阿弥陀さまの御前にご一緒できて
これほどの感動喜びはないということですが
皆さんどうですか。
 
 池江さんは自ら感動したと言われました。
それを見た私たちもまた感動しました。
 東京五輪の有望選手でメダル確実と期待されながら
病気に無縁と思われたアスリートが突然の病気です。
 失意のどん底にあって苦しい治療に向き合って
レースに復帰するまで大変なご苦労があったと思います。
 
 この場所に帰って来られて
すばらしい泳ぎを見せてくれて
本当にありがとうございました。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.8.30)

安倍首相の辞任表明です

2020-08-29
 安倍首相が辞任を表明しました。
前々から健康不安説の報道がありましたから
突然といっても冷静にそのまま受けとめる人が
多かったのではないでしょうか。
 
 この身です。
私たちは生老病死の生身をそれぞれ生きています。
 どんなに絶大な権力をもっている人でも
この身は如何ともしがたい思い通りになりません。
 あらめて生老病死の四苦を
わが身のことと仏法に聞かせていただきます。
 
 総理大臣は日本の一国一番の権力者の職です。
その職の内容重さはそれぞれ異なりますが
私たちもそれぞれ役職を担っています。
 
 私でいうと円光寺の住職です。
生身でありいつまでもその職にあり続けることはなく
年老いてまで長く在職することはよろしくない
といわれるところです。
 逆にこの人がこの職にいるから大丈夫
という安心感もあります。
 
 名実共にと言われるように
その名にふさわしい実力をもって
職にあたりたいところですがこれが中々難しい。
 以前でしたら名前だけでいいということでした。
組織の重しといった存在で
日頃はどうあれ何かあった時お伺いを立てる方です。
 でもそれは目の上のたん瘤となって厄介ですし
組織の閉塞感にもつながって有害になりかねません。
 
 昨日の安倍さんの会見を聞きますと
首相辞任は自分で決めたそうです。
 その出処進退は最終的にはその人が決めることで
周りに相談していたら
そのままずるずると尾を引くことにもなります。
 
 人生の節目に当たって自分で決めることって
どれくらいあるでしょうか。
 この身を生きているということです。
明日も明後日もこれからもずっとと思いがあっても
いつどういう形でこの命を終えていかねばならないか
誰しも分からない中にこの身を生きているのです。
 
 諸行無常の理です。
私たちはいつまでも若く健康でありたいと思っても
思い通りにならないなかに
今日この今を生きていると仏法は教えてくださいます。
 
 今を生きていることの有難さです。
そして今こそ仏法を聞いてお念仏申す身になってくれよと
阿弥陀さまは願ってくださってあるのです。
 
 首相であってもどんな職にある人でも無職の人でも
そのまま救う必ず救うと南無阿弥陀仏のお心おはたらきを
お念仏申して聞かせていただきましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.8.29)

庶民の魚サンマです

2020-08-28
 秋の味覚サンマが今年も不漁で高値の花という報道です。
北海道で今年初めて水揚げがあり初ぜりで凄い値段がつき
店頭に出たサンマが一尾1000円といいます。
 
 さんまの値段の相場っていくらでしょうか。
これまで100円150円で買えていたサンマが
東京では5000円とか一万円近い値段になるというのです。
 
 庶民の魚がいつのまにか鰻やマグロのような
高級魚になってしまうのでしょうか。
 
 庶民の魚で思うのは
「お魚くわえたどら猫追いかけて」で始まる
テレビ漫画「サザエさん」のテーマソングです。
 猫がくわえた魚ってどんな魚でしょうかね。
サンマであったりイワシであったり
アジかなサバかなと思ったりします。
 誰もが日常食することができる大衆魚です。
 
 阿弥陀さまのお念仏のお救いは
十方衆生に向けられたものです。
 生きとし生けるすべてのものを必ず救うと
南無阿弥陀仏とおはたらきです。
 
 どんな人も誰もがです。
お金持ちも貧しき人も
地位や名誉を築いた有名人も名もなき人も
老いも若きも健康な人も病気の人も男も女も
すべての人に等しくお念仏のおはたらきが
届いているというのです。
 
 「光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨」と
お経さまに説かれています。
 阿弥陀仏の救いの光明はありとあらゆる世界を照らし
念仏衆生を摂め取って捨てないといわれます。
 
 十方衆生といわずに念仏衆生と言われます。
お念仏の人を救うのです。
 念仏する人しない人を差別しているのではありません。
すべての人にお念仏のお救いの法を届けて
「わが名をよんでくれよ、お念仏申してくれよ」と
いうのです。
 
 お念仏申させていただきましょう。
ナンマンダブツナンマンダブツとお念仏を申すところに
お念仏のお心おはたらきを聞かせていただくのです。
 
 サンマがおいしいといっても
落語の「目黒のサンマ」じゃありませんが
お殿様も口に食して味わっておいしいんですね。
 おいしいおいしいと言ってるだけでは
そのおいしさはわかりません。
 
 ナンマンダブツとお念仏申してお念仏の心を味わって
お念仏のお救いになかに生かされて
今日一日も生きてまいりましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.8.28)

夕方4時40分に本堂のチャイムが鳴ります

2020-08-27
 昨日の夕方本堂のチャイムが鳴りました。
あれっと思って時計を見たら4時40分でした。
 いつもUHさんがお孫さんを保育園に迎えに行って
そのままお寺の納骨堂にお参りする時間だったのです。
 
 えっと思ってカーテン越しに外の様子を見ました。
駐車場にUHさんの車らしいものがとまっていました。
 しばらくしてピンポーンとチャイムが鳴って
お参りの方が本堂から出てきました。
 UHさんの息子さんといつも一緒にお参りされるお孫さん
そしてUHさんの奥さんの三人でした。
 有り難いことだなあと思います。
 
 人が亡くなってから家族でも知らないことを
弔問に来られた方から教えられることが結構あります。
「生前大変お世話になりました。こういう人でした。
こういうことをしていただきました」と
初めて聞くようなこともあります。
 
 UHさんとお孫さんのお寺参りは家族の方は知ってますが
どのようにお参りしてたかはUHさんとお孫さんの二人
その前のお兄ちゃんのお孫さんの三人だけのことです。
 
 息子さんはお勤めで平日この時間にお参りできません。
たまたま昨日は時間があって保育園に迎えに行きそのまま
お寺にお母さんも一緒にお参りされたのでしょうね。
 
 このお寺参りを言い出したのはお孫さんではないかと
思い浮かべます。
 いつも「じいちゃんじいちゃん」と言って
UHさんと一緒でした。
「じいちゃんお寺にお参りしようえ」と
じいちゃんを連れてお参りされたのではないでしょうか。
 
 お孫さんにとってじいちゃんが死んだことについて
まだまだ本当にわかってないところがあると思います。
 まだじいちゃんと一緒のいつもの日常の生活です。
いつも保育園に迎えに来てもらってそのままお寺に一緒に
お参りする日常の生活が身についているということです。
 お念仏申す生活のなかに
「じいちゃんどこにいったの。じいちゃん今何してるの」
と聞かせていただきます。
 
 夕方4時40分に本堂のチャイムが鳴って
ご一緒にお念仏申させていただきます。
 私たちの仏教は死んだらしまいの教えではありません。
確かに人の命は終えますが
先に往かれた方も後に遺った人も南無阿弥陀仏の
いのちのつながりのなかにこれからもご一緒なのです。
 
 お念仏のご縁をいただいて今日も皆さん
毎朝6時半のお朝事にお参りです。
 私がしなければならないとか
人に見せようとかいうことではありません。
 お念仏申してそのままさせていただく仏さまのご縁です。
 
 阿弥陀さまが見てございます。
「ようこそようこそ円光寺にお参りされました。
ようこそようこそご一緒に生きてまいりましょう」と
南無阿弥陀仏のおはたらきの中に
私たちの日々の生活があるのです。
 
 私たちの生活ぶりはそれぞれ違います。
今日も皆さんそれぞれに色んなことがあるでしょうが
どんな境遇にあってもナンマンダブツとお念仏を申して
生きて往けるお浄土から開かれた仏道です。
 私一人ではなく皆さんと共々に
お浄土への人生をご一緒させていただける尊いご縁です。
 お念仏申すなかに今日も一日生きてまいりましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.8.27)

コロナ感染の後遺症

2020-08-26
 お勤め間何度も雷が鳴って外はどしゃ降りの雨です。
先ほど6時の梵鐘をつく時は少しの雨でしたので
傘もささずに雨に濡れて鐘楼に行きましたが
鐘をつき始めたらもの凄い雨になって
帰りは走って庫裡の玄関に駆け込みました。
 
 新型コロナウイルス感染の後遺症が言われています。
感染回復後も体の不調で生活がままならない方がいます。
 そして心の後遺症です。
コロナ感染者や家族へのいじめや誹謗中傷が起きています。
 
 感染した子どもや学校への差別を防ごうと
昨日文部科学相省から全国の児童生徒や教職員保護者に
メッセージが発表されました。
 
 誰もが感染する可能性があるとした上で
「感染した人が悪いのではありません。
早く治るように励まし
治って戻ってきたときには温かく迎えてほしい」
と呼びかけています。
 
 そして保護者らには
「身のまわりに差別につながる発言や行動があったときは
同調せず『そんなことはやめよう』と声をあげて」
と促しています。
 
 お盆で皆さんのお家にお参りしてコロナの話になって
感染者のその後のことについて聞くことがありました。
 公の情報はみんなが共有できるもので
個人が特定される情報は入っていないのですが
詳しい個人的な情報です。
 感染した人はどこのどういう人で
今はこうしているといったことです。
 実際の関係者なのか誰からか聞いた話なのか
真偽のほどはわかりません。
 
 昨日お参りのお家で同じことを聞きました。
初めて聞いたときは本当かなと思いましたが
別の人から同じことを聞くと確かなものになって
そんな情報を聞くと他人に言いたがるんですね。
 ここが一番のNGです。
人から人へと伝わる中にウソもホントになる危うさです。
 実際に本当のことかもしれませんが
そのことが結果当該の人を苦しめることにもなるのです。
 
 自分は差別していないというけれども
気づかないうちに差別に加担している
私の言動があるということです。
 自分のことではありません。
他人のことを無責任に面白がるのです。
 コロナより恐い人間の言動です。
 
 日本国内の感染者は6万人を超えました。
そのなかで様々な偏見や差別に苦しみ悩んでいる方が
たくさんいらっしゃるということなのです。
 ある方は職を失い住所を転居する事態に追い込まれ
自ら命を絶った方もいらっしゃるといいます。
 
 何でこんなことになるのでしょうか。
この私も感染してもおかしくない
十分注意してても感染するときは感染するのです。
 決して他人事ではありません。
 
 この後ご一緒に「浄土真宗の教章」を唱和します。
最後に「自他ともに心豊かに生きることのできる
社会の実現に貢献する」とあります。
 自分だけがよかったらいいのではない
他というのは特定の人だけということではありません。
 みんなが本当に生きてよかったねといえる社会です。
 
 私たちが生きる社会には
老いも若きも病気の人も健康な人も貧しき人も富める人も
それぞれ生活ぶりが違う人がいます。
 一人一人の違いをまず受けとめ認め合って
みんなが等しく生きて往ける
自他ともに心豊かに生きることのできる社会になるように
私にできることをさせていただくことこそ
阿弥陀さまが願われているお浄土の具現であり
南無阿弥陀仏のおはたらきだといただきます。
 
 お念仏のみ教えはこの現実社会と切り離れたところに
死んでから後に発揮されるものではなく
今こここの私にはたらいてくださってあるのです。
 お念仏のお心を聞かせていただくなかに
今日一日も精いっぱい生きてまいりましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.8.26)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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