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お念仏を申す生活法話

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高校の卒業式です

2021-03-02
 昨日は大分県下の高等学校の卒業式がありました。
卒業式の様子を写真で見ますと
生徒はお互いにディスタンスをとって
全員マスクをしています。

 去年もコロナ禍での卒業式だったと思います。
去年の今頃ですね。
全国の学校が一斉休校になる異常事態の中でした。

 あれから一年です。
コロナ禍での対応が日々身についてきて
混乱もなく落ち着いたなかでの卒業式だったようです。

 これまでの卒業式とは違います。
在校生も保護者もいないか制限される中で
卒業式は卒業生にとって
一回きりの人生の大きな節目の一つなのです。

 私の高校の時の卒業式を思い出します。
大学受験の真最中で
入試で東京や関西に行っている同級生も多く
三年生が全員一緒に集まってという
卒業式ではありませんでした。
 単なる通過儀礼といった感じの受け止めで
心ここにあらずでいつも参考書をしのばせて
受験勉強しているような雰囲気さえありました。
 クラスメイトと別れを惜しむといった感傷に浸る事は
今から思い出してもありません。

 卒業式の思い出はそれぞれです。
それぞれの人生ですよ。
 そうした人生のそれぞれの歩みの中に
今ここにこの私があるということです。

 高校卒業からもう50年が経ちました。
50年って長いと思っても
振り返ればあっという間の短い時間です。

 ふっとあの時に立ち返ります。
あれからもうこんなに経ったのかと思うなかに
これからです。

 これからといって
そんなに時間があるわけではありませんが
今日もこうして皆さんとご一緒にナモアミダブツと
お念仏を申すなかに今日の一日を始めさせていただきます。

 お念仏のご縁をいただいて
本当に有難いですね。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.2)


お念仏申して南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきましょう

2021-03-01
 「今の若い人は」という言い方を余りしたくありませんが
若い人に限らず今は「テレビや新聞を見ない人」が
増えているといいます。
 社会のニュースや情報はスマホやパソコンの
ネットで見るというのです。

 確かにスマホは便利です。
自分に必要な情報がピンポイントで即座に入ってきます。
 スマホがあれば社会の情勢動向もわかるということで
新聞やテレビ離れが進んでいます。

 「新聞を見る」と言われて違和感を覚えませんか。
新聞もスマホやテレビ感覚で見るということのようで
新聞を読まないのです。

 新聞は紙媒体をその都度取り寄せないといけないし
文章が長くて読むのに時間がかかります。
 一方スマホはいつも身につけておくことができ
必要に応じて簡潔な短い文章で情報を伝えてくれて
すっと頭に入ってきます。

 新聞は読むものです。
情報だけでしたらテレビやスマホを見れば事足りますが
テレビに映らない小さな町の情報も新聞は伝えてくれます。

 そして新聞にはコラムや社説といったものがあって
情報を説明してくれたり文章を書く人がいます。
 時事問題の解説には新聞社の責任ある人が
署名入りで記事を書きます。

 朝日、毎日、読売、産経、日本経済新聞と
全国紙といわれるものがありますが
取り扱う記事が同じでも各新聞社の視点編集方針が異なり
文章もそれぞれ特徴があります。
 新聞の面白さは同じ時事でもその切り口が違うことで
購読者もお気に入りの新聞があるのです。

 私たちも一つの事柄を見る時に色んな見方があり
その思いは人それぞれで違います。
 ものの見方考え方が違う者同士が
同じ社会に日暮らししています。
 情報は情報として受け取った上で
それぞれ思考し生活実践しているのです。

 新聞を読むことでいろんな人の意見を聞き
ものの見方考え方を教えてくれるのです。
 まさに新聞です。
新たな情報ものの見方を聞くということです。

 「仏法は聴聞に極まる」といって
浄土真宗はお念仏のみ教えを聞くことを大事にします。
 一回聞いたらわかるといった
単なる知識を聞くのではありません。
 同じことを何回聞いても
聞く私自身が変わって行くのですから
聞こえることも変わってくるのです。

 移り変わるこの世の中に生きている私たちが
真実変わらない南無阿弥陀仏のご本願を
聞かせていただくのです。
 ご本願を依りどころに鏡として自らを聞いていくのです。

 日々いのち新たなりです。
3月に入りました。
 日々変わり行く私にいつでもどこでも寄り添い
そのまま救うとおはたらきの南無阿弥陀仏のみ教えです。

 どうぞ聞いてください。
聞かせていただきましょう。
 お念仏のみ教えを読んで聞くのです。
お念仏を申して聞くのです。

 大事なことは聞こえたところを讃嘆すること
お念仏をよろこび申す身にさせていただくこと
お念仏申して生きることです。
 お念仏のお心を聞かせていただいて
日々阿弥陀さまと共に仏さまと共に
お念仏申して生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.1)


仏法に遇わせていただくいい歳になりました

2021-02-28
 今日で2月が終わります。
2月は28日しかありません。
 他の月に比べて2日3日短いのですが
何かそれ以上に短く感じて
あっという間に過ぎて行きます。

 歌手の田原俊彦さんの還暦前夜特別ステージを
昨日NHKの衛星放送で観ました。
 還暦ですから60歳です。
歌って踊っての華やかなステージで
とても60歳に見えません。

 私ももうすぐ70歳に手が届く
いい歳になりました。
 他人から見たらどう思うか分かりませんが
自分ながらに体もよく動くし
年齢よりまだまだ若いと思っています。
 皆さんを見ていても
私が若い頃見ていた60歳70歳の人とは明らかに違います。

 インタビューで田原さんは
自分でも還暦なんてとても信じられないと話して
実年齢でいったら8掛けの48歳ぐらいで
まだまだこれからと言っていました。

 今は人生100年時代といいます。
少し前まで人生80年といっていましたから
確かに今の年齢に8掛けぐらいの実年齢と思ったら
いいのでしょうね。

 年齢にこだわることではなく
まだ若いうちということです。

 同年輩の人と話しても
思い出話に浸る心境ではありません。
 昔がよかったと過去を懐かしむことではありません。
未来に希望をもって生きるということでもありません。
 今を生きるということ
いのちを大切に心豊かに今を生きたいと思います。

 縁あって仏法に遇わせていただいた私たちお互いです。
仏法に遇って仏さまの教えを聞かせていただくことの楽しみです。

 歳を重ねてくると
今までできていたことができなくなって
悲しい寂しいというマイナス思考になりがちですが
仏法に遇わせていただくと
歳を重ねるのが楽しみになってくるといわれます。

 仏法に遇って歳を重ねるなかに
今まで見えなかったものが見えてくる
今まで聞こえなかったことが聞こえてくることに
気づかされる楽しみです。

 仏さまの教えです。
仏さまのものの見方考え方を聞かせていただきます。
 老いたくない病気になりたくない長生きしたいという
私たちの思いはからいの視点を変えてくださいます。

 どんなに私が頑張って節制しても老いていきます
病んでいきますそして命終えていくのです。
 聞きたくありませんが本当のことです。
仏さまは本当のことを教えてくれて
そのまま救うとおはたらきです。

 浄土真宗は阿弥陀如来のお救い
南無阿弥陀仏一つで救われるご法義み教えです。
 ナモアミダブツとお念仏申して阿弥陀さまのお浄土に
生まれて来いよ必ず救うとおはたらきですから
お念仏申して阿弥陀さまとご一緒に老いていきましょう
病むときには病んでいきましょう
そしてこの命終わる時
お浄土に生まれて
さとりの仏さまに成らせていただきましょう。

 仏法に遇わせていただく
いい歳になりました。
 有縁の方にも声をかけられて
お念仏のご法義にご一緒に遇わせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.28)


「二兎を追う者は一兎をも得ず」

2021-02-27
 10都府県に出されていた緊急事態宣言を
東海関西圏そして福岡の6府県について
先行解除する発表がありました。

 一方残りの首都圏4都県については
来月7日を目途に解除を検討していくということです。

 大変難しい問題です。
誰が政府の中枢にいても
これがベストで正解ということではありません。
 専門家に諮問するといって
感染医療の専門家と経済の専門家の意見は意見として
総合的最終的な判断は政府の仕事です。

 今は感染収束に向けての取り組みが第一であり
様々な方策を考え実行してきたものの
一年以上が経過し出口が見えない中で
不安や不満の声が聞こえてきます。

 人が動けば感染が広がることはわかっています。
ただ私たちの社会生活は人が動かなければ
経済活動に支障をきたすこともわかっています。

 どちらか一方を取るという判断ではありませんが
感染状況を踏まえてバランスの取れた施策です。
 まさに試行錯誤の連続です。

 「二兎を追う者は一兎をも得ず」という諺があります。
欲を出して同時に二つのことをうまくやろうとすると
結局はどちらも失敗するという譬えです。
 私たちのこれまでの人生昨日の生活を振り返っても
そんなことってありませんか。

 宗教について信心深い人と言われる方のお話です。
神さま仏さま〇〇さまとお宮やお寺にお参り処に
お参りされる方です。

 信心深いと言われますが
仏さまから見ると
四方八方に心が走って安心することなく
迷いの真っただ中にあるという見立てです。

 他人事ではなく私の話です。
一つより二つ三つ四つといくつも担保を取り付けることで
安心しているのではないでしょうか。

 「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という諺もあります。
一つがだめでもたくさんやってみれば
中にはまぐれ当たりもあるということですが
当たらないこともあり段々不安になってきます。

 「この神さま仏さまにはご利益があるのか」と
疑い心が起こるのも迷いの中にいる私です。

 阿弥陀さまのお救いは迷う私を目あてに
「そのまま必ず救う」と南無阿弥陀仏のおはたらきです。
「こっちに来い」と私の命の往く先を
お浄土の一処と決めてくださり
阿弥陀さまの仰せを聞いて信じて
まかせておくれと喚び続けているのです。

 お念仏の先人は弥陀一仏と阿弥陀さまにまかせて
この人生を生きてお浄土に往かれました。
 南無阿弥陀仏のおはたらき一つにおまかせして
このコロナ禍の中をお念仏申して生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.27)


お念仏の灯が広がって私のところに届けられます

2021-02-26
 雨になりました。
天気予報では今日一日雨のようです。

 栃木群馬で山火事が起こり
すごい勢いで延焼が広がり続けています。
 21日に発生して今日が6日目です。
ヘリコプターから放水していますが
到底間に合いそうにありません。

 雨が降ればと雨を待っているといいます。
こちらの雨を持って行ってあげたいですが
うまくいきません。

 この山火事が起きた原因はというと
火種があるのです。
 どうも人間が起こした火種のようです。
そして空っ風です。

 群馬は「かかあ天下と空っ風」といいますし
栃木は国定忠治の赤城山からの風「赤城おろし」です。
 昔から言われている自然の営み自然の道理はたらきです。
乾燥した空気の中で風が吹いて火が燃え広がっていきます。

 今日もこうして皆さんご一緒に
お念仏申させていただきます。
 私が申すお念仏ですが
このお念仏にも火種があるのです。

 阿弥陀さまが起こしてくださったお念仏の火種です。
阿弥陀さまの本願成就の南無阿弥陀仏のお心おはたらきが
私に届けられて私の口からお念仏が出てくださるのです。

 お念仏の灯です。
阿弥陀さまが火種になりお念仏の風となって
自然におのずから人から人へと広がっていくのです。

 お念仏申してくれよとおはたらきです。
そのままお念仏申させていただきましょう。
 阿弥陀さまはじめご先祖有縁の仏さま方の
ご縁つながり大きなおはたらきがあってのことです。

 火事は目に見えます。
赤い炎が広がって大変だということです。
 お念仏は耳に聞こえます。
南無阿弥陀仏と耳に聞こえて私の口から出てくださって
また私の耳に周りの人の耳にも聞こえて広がります。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.26)


円光寺
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