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お念仏を申す生活法話

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幾千万年の遥かな時空を超えて確かに確かにこの身にお念仏が届けられています

2021-03-27
お花がいっぱい円光寺です(2021.3.24.9:00)
 球春到来です。
昨日プロ野球が開幕しました。
 去年はコロナ感染防止ということで
開幕が6月に延びそれも無観客でのことでした。
 今年は元のようにとまではいきませんが
感染対策に十分配慮していつもの春に始まりました。

 茶の間でテレビ観戦している私たちには
いつもの光景のように思えます。
 今朝の新聞のスポーツ面が賑やかに花盛りです。
昨日はサッカーの国際試合の中継もありました。
大相撲そして明豊がベスト8を決めた高校野球です。
フィギュアスケートの世界選手権もあっています。

 このコロナ禍でリモートという言葉を
よく聞くようになりましたが
テレビはまさにリモートです。
 遠く離れた球場や競技場に実際に居るわけではなく
いつものようにテレビ観戦できることが
普段の当たり前の生活になっていることを改めて思います。

 ただ一方通行の発信を私たちは受信するだけで
テレビではお互いの意思疎通はできません。
 それが今はパソコンやスマホのインターネットで
映像とともに会話がライブで互いにできるのです。
本当に便利な世の中になりました。

 コロナ禍で人と接触することなく
仕事も勉強もリモートでできるということです。
 ただ人と人との個人的な通信手段であって
実際に顔と顔を合わせてできることで
不足することもでてきます。

 私たちの人間社会は人と人とが織りなす
人間関係でできています。
 人と人私とあなたの関係です。
あなたから私へ私からあなたへと
その関係が広がっていきます。

 私たちのお念仏のみ教えも人から人へと
伝え届けられてきたものです。
 南無阿弥陀仏のつながりです。

 大本は阿弥陀さまです。
阿弥陀さまのご本願のお心おはたらきが
南無阿弥陀仏となって
幾千万年の時空を超えてご先祖有縁の人から人へと
そしてこの私に届けられたという
阿弥陀さまからのリモートです。

 テレビで野球の試合を観て
球場にいるような臨場感を覚えます。
 同じようにナンマンダブツとお念仏を申すなかに
阿弥陀さまのお浄土に往き生まれるお念仏の道を
確かに確かに歩ませていただく有難さを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.27)


私たちはお念仏の聖火ランナーです

2021-03-26
3月26日朝6時玄関から山門鐘楼を望む
 昨日から東京五輪の聖火リレーが
福島から始まりました。

 復興五輪といわれます。
コロナ禍で一年延期になって
東日本大震災から10年の大きな節目になりました。

 福島は東電の原発事故で今も帰還禁止区域があり
古里のわが家で生活することがかなわない人が
たくさんいらっしゃいます。

 ある方は10年前の地震と津波の被害が残るお家で
新しい駅舎ができたりして町は復興しているようだが
光と影があると言っていました。

 聖火リレーは新しい街並みを走ります。
光の部分です。
 この日に合わせて多くの人が懐かしい古里に
帰って来て聖火リレーを見守ったといいます。

 8年前にオリンピックの東京招致が決まった時のことを
思い出します。
 当時の安倍首相は
「原発事故の放射能は完全にコントロールできている」と
全世界に向けて日本開催は問題ないと言いました。
「おもてなし」の言葉が今も印象的に残っています。

 外から見ると復興している所ばかりが見えますが
被災地の皆さんは確かに復興していく中も
それぞれの10年の歩みがあり
これからの10年20年の歩みがあるということです。

 帰る家を失い家族を亡くして10年
笑顔いっぱいに走ろうと
それぞれの思いをもっての聖火リレーです。

 コロナ禍で五輪開催も正式に決まっていないなかで
大きな不安もありますが
多くのランナーが心ひとつに
聖火を日本中でリレーしていきます。

 お念仏のリレーを重ねて思います。
あなたから私へ私からあなたへお念仏のリレーです。
 その大本をたずねていくと阿弥陀さまです。
阿弥陀さまがすべてのものを分け隔てなく必ず救うと
ご本願を建てられ成就されて南無阿弥陀仏となって
私たちに届けてくださり
今こここの私がお念仏のリレーをさせていただいていると
味わわせていただきます。

 南無阿弥陀仏の大きなおはたらきに遇わせていただいて
この私の口からお念仏が出てくださいます。
 そのお念仏の声が周りの方々に
そのままお念仏のリレーとなって
伝え届けられていくのです。

 お念仏の聖火です。
真っ暗闇の中に一つ火が灯って周りを広く大きく
明るく照らしていくのです。

 私たちはお念仏の聖火ランナーです。
今日一日もお念仏の聖火リレーを
させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.26)


古賀稔彦さん

2021-03-25
中庭から本堂の大屋根を望む(2021.3.24.9:00)
 柔道の古賀稔彦さんがお亡くなりになりました。
平成の三四郎といわれて国民的な人気のあった柔道家です。

 柔道といえば姿三四郎
山嵐を得意技とし柔よく剛を制す柔道の極意を体現して
大男をバッタバッタとなぎ倒す小説上の人物です。

 子どもの頃「柔道一直線」という
テレビドラマをよく観ていました。
 こんなことができるのかといったフィクションも含めて
痛快な柔道の技に見入ったものです。

 その姿三四郎を彷彿させるように
切れ味鋭く一本背負いを決める古賀選手の柔道人生で
これからも語り継がれるであろう
1992年バルセロナオリンピックで直前に大けがをしながら
勝ち取った金メダルに日本中が歓喜したことです。

 柔道は柔の道です。
剣の道は剣道でスポーツだけではなく
茶道華道香道とみんな道と書きます。

 仏教も仏道といいます。
仏道修行といい仏道を歩むといいます。
 求道といって道を求めて道を究めるのです。
誰がといってこの私です。

 それは人生の道であり
人それぞれが歩む道です。
 私の前を行く先人有縁の方々から
いろんなことを学び私の人生の道を歩んで行くのです。

 急な訃報を聞いた関係者のコメントに
古賀先輩のバルセロナの金メダルを見て
柔道を志し育てられた後輩が
たくさんいることを知りました。

 柔道に縁のない人も感動し
それからの人生の道しるべにした人も多いと思います。

 がんの病気で最期は懐かしい家に帰って数日後
家族に看取られていったということです。
 佐賀に住むお母さんは
病気のことは聞いてなかったということで
古賀さんが亡くなったニュース速報を
自宅のテレビで観る姿がありました。

 
 「いうことないよか息子」とお母さんのコメントです。
親でありながら子どもから多くのことを教わりましたと。

 いや親から教わったことですよ。
お母さんからオギャアと生まれて
両親をはじめいろんな方々のお育てをいただいて
そして今の私があるということです。

 南無阿弥陀仏の仏さまの大きなお育てをいただいて
私たちはお念仏の道を歩ませていただきます。
 柔道の花が背負い投げなら
私たちが歩く仏道の花はお念仏です。

 お念仏を申すなかに限りある人生ですが
大きな大きなお念仏の花を咲かせてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.25)


仏凡一体の浄土真宗のご法義です

2021-03-24
3月24日午前9時境内の枝垂れ桜がただ今満開です
 境内の枝垂れ桜が満開です。
今日は小学校の卒業式だそうです。

 満開の桜のもとで入学式といいますが
今年は桜の開花も満開もいつもより大分早く
散るのも早いようです。
 今年の入学式は葉桜のもとでということに
なるのでしょうか。

 仏凡一体といって
仏さまと凡夫が一体という私たちの浄土真宗のご法義です。
 親鸞さまはご自身を
煩悩具足の凡夫といただかれました。
凡夫の身を生きる限りは仏に成ることはできませんが
南無阿弥陀仏のおはたらきで
凡夫がそのまま仏に成らせていただけると
聞かせていただいたのです。

 阿弥陀さまのご本願のお心を聞かせて信心いただき
お念仏申す身にさせていただくのです。
 ご本願のお心はすべてのものを分け隔てなく救う
南無阿弥陀仏のおはたらきです。

 すべてのものと聞いてこの私のことです。
分け隔てなくというのは一つの条件もなく
そのまま救うというのです。

 善いことをしなさいと条件を出し
善いことをしたから救うという仏さまではないのです。
 善いことをしなくていいのではありません。
精いっぱい自分にできる善いことをしてください。

 ただ善いことをしようと思っても
私が私がとどこまでも自分中心に生きて
自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいで
苦しみ悩み迷う私を阿弥陀さまが見抜かれたのです。

 阿弥陀さまの救いの目当てはこの私だったのです。
この私を必ず救うと南無阿弥陀仏のおはたらきで
ご本願を信じお念仏を申す身にさせていただくのです。

 凡夫の身がそのままお念仏申す身となって
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に生かされてあるのです。

 今満開の桜の花もいずれ必ず散っていきます。
ただ大丈夫安心しなさいと
大きないのちの大地がそのまま受け入れてくれるのです。

 お念仏申してそのまま来いよと
南無阿弥陀仏のお喚び声です。
 南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
必ずお浄土で仏に成らせていただくと
お念仏申して凡夫の身を
今日も一日生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.24)


ご法事をお勤めさせていただく有難さ

2021-03-23
 昨日ご法事がありました。
平日ですが祥月命日のご縁です。

 17回忌です。
お勤めの後でご法話お取り次ぎをさせていただきますが
いつもご法事のご法話は
「今日は17回忌のご縁です。
この前が13回忌でしたから4年が経ちました。
この後は25回忌ということで8年後になります」
というお話で始めます。

 ご法話の後でお茶をいただきます。
昨日のご縁でお参りの方が
「8年後ってどうなっているかな」とふと言われました。

 私と同年輩ぐらいの人ばかりで
皆さんちょっとはっとしたようでしたが
8年後のことは誰も分かりません。
 8つ歳を重ねて元気でいるのか病気になっているのか
亡くなっているかもしれません。

 考えてもどうしようもないことですし
考えすぎると不安になることでもあります。

 無常のいのちを生きているということです。
私のいのちであっていろいろ思ってみても
思い通りにならないこのいのちなのです。

 8年後の25回忌のご縁は決められていますが
どのようにご法事をお勤めできるかはその時のご縁です。

 ただ今日も仏さまのご縁で御仏前に座らせていただき
この口からお念仏が出てくださいます。
 南無阿弥陀仏のご縁につながっていることは
これからも8年後も確かに変わらないことだといただきます。

 私たちのいのちのあり方は変わって行くけれども
真実変わらない南無阿弥陀仏のいのちをいただいていることに
ほっと安心できます。

 南無阿弥陀仏のご法義は
死んだらおしまいではなくて
私たちはどこまでも南無阿弥陀仏の大きないのちに
つながってあると聞かせていただきます。
 
 お念仏のご縁つながりです。
日々自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいの
私たちお互いですが
ご法事のご縁で先に往かれた方をたずねて
この口から南無阿弥陀仏とお念仏が出てくださいます。
 
 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりの中に
先に往かれた方もご一緒に私たちの日々の生活
今日の一日があるのです。

 今日はお彼岸の最終日です。
この時期三寒四温といって今朝はちょっと寒かったですが
寒いなかにも段々と温かくなって本格的な春を迎えます。

 このお朝事のご縁の間にも太陽が昇り
本堂が光あふれて明るくなりました。
 今日の一日もお念仏を申すなかに
私にできることを精いっぱいさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.3.23)


円光寺
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