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お念仏を申す生活法話

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古い写真にお念仏の物語を思います

2021-02-09
 先週古い写真の話をしましたが
昨日そのお家の七日日のご縁で
新しく現像された二枚の写真をいただきました。

 昭和27年と37年の法要の時の写真です。
写真に写っている人で分からない人がいます。
早速母に聞いて分かるように
後の者に伝えていこうと思います。

 当時の先人の生活ぶりに思いをはせます。
昭和27年3月の写真には私は写っていません。
その年の10月に生まれですから母のお腹の中にいました。

 当時三佐内でお寺から一番遠い遠見地区にあったお家で
2㎞ほど離れたお寺までの稚児行列です。
 いくつかの集落が転々と在り田圃や畑ばかりの中を
色衣で正装したお坊さんや稚児が賑々しく歩いて行きます。
 お寺だけの法要でなく三佐地区あげての大イベントで
大変盛り上がったことだと思います。

 法要までの準備も大変だったと思います。
打ち合わせの会合をするにも互いに連絡する手段も少なく
予め決めた時間にそれぞれが
文字通り万障繰り合わせ集まったのではないでしょうか。

 ご門徒皆さんのお寺へのあついご懇念を思います。
まだ戦後間もない頃で生活も大変だったと思いますが
私たちのお寺という思いがいっぱいだったことでしょう。

 当時の交通手段はどうだったのでしょうか。
叔父は国東叔母は宇佐のお寺からお参りです。
汽車で来て鶴崎駅から歩いたのでしょうね。

 近隣のお寺さんもお参りくださっています。
衣体の入った大きな法要カバンを持って
今だったら車ですぐ来れますが
今から考えたら大変なことも
当時は当たり前のようにできていたのでしょうね。

 その日の天気はどうだったか
一日の日程はどうだったか
親戚の者はみんなお寺に泊まって食事などして
近所のご門徒さんに内所のお手伝いを
何日も前からしてもらってなどと
いろんなことを想い起こします。

 何か楽しいですね。
ご縁の人がたくさん出入りするお寺の楽しさです。
 お念仏のご縁です。
南無阿弥陀仏のご縁につながって
その当時もそれからもお念仏の先人が
今ここに伝えてくださったお念仏のご法義です。

 当時はまだ古い木造の本堂でした。
あれから70年近く経って
お寺もこの周辺もすっかり変わりました。
 お寺を支えてくださるご門徒衆の顔ぶれも
生活ぶりも大きく変わりました。

 今日もこうしてご門徒皆さんとご一緒に
お朝事のお勤めができました。
 阿弥陀如来さまをご本尊と仰ぎ
南無阿弥陀仏とお念仏申す生活は
今も昔も変わりません。
 お念仏の道を歩まれた先人のお姿を二枚の写真に拝して
御恩報謝の気持ちいっぱいに
お浄土への人生を共々に生き抜かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.9)


ひっくりかえる

2021-02-08
 6時の梵鐘を撞きに玄関から鐘楼に向かう時
山門の左上空南東の方角に三日月が見えました。

 朝に月を愛でるのも一興です。
いつも注意して見ているわけではありませんが
ふっと目に飛び込んできます。

 一週間ほど前には鐘を撞いて鐘楼から玄関に帰る時に
西の空に満月がきれいに見えました。

 月は日々形を変えて動いています。
同じ場所からこの目で見るから
月が動いていることがわかるということですが
実はこの私も月も動いているんですね。

 地動説といって宇宙の惑星はみんな太陽の周りを
周期的に動いているのです。
 科学的に証明されることですが
昔は天動説といって地球を中心に太陽や月や惑星が
地球の周りを動いていると信じられていました。

 この目で見る太陽は東から昇り天上を動いて
西に沈んでいきますし
誰が見ても月も星も毎夜ある位置が違っていますからね。

 ただ地球自体が動いているということで
私たちの見る目が動いていたのです。

 16世紀にコペルニクスが地動説を唱え
17世紀にはガリレオ・ガリレイが
天文学で天動説を否定したのです。
 これに反発したのが当時の権威の象徴である教会です。
太陽を宇宙の中心とする地動説は
神を宇宙の中心絶対的なものとする考え方を
ひっくり返すものだったのです。

 「天と地と大地は神が創造した」という
聖書の内容を否定することで
ガリレオは宗教裁判にかけられ地動説は異端とされて
裁判の最後に「それでも地球は回っている」と
つぶやいたという逸話は有名です。

 天動説から地動説へと
ものごとの見方が180度変わってしまうことを喩えて
コペルニクス的転回といいます。

 太陽の周りを地球もその他の惑星も
全て動いているということで
仏教が説く諸行無常の法です。
 ありとあらゆるものは無常で常なるものは一つもない
常に移り変わっているという真理です。

 仏教はお釈迦さまが悟られた真実まことの教えです。
仏さまの教えは宇宙の法則道理なのです。
 お釈迦さまは宇宙の真実を悟られたのであり
創造されたのではありません。

 お釈迦さまは真実まことの仏の教えを人々に説かれ
お経さまとして後の世の私たちに伝えてくださっています。

 仏法に遇ってほしい真実まことの法を聞いてほしいと
私たちにお勧めです。
 日々変わり行くこの世の中にあって
自己中心のものの見方に固執し生きては苦悩し迷う私に
真実変わらない仏法を依りどころに
生きてくれよというのです。

 親鸞聖人は南無阿弥陀仏一つのおはたらきで
すべてのものが分け隔てなく救われる
お念仏の救いの法を明らかにしてくださいました。

 私が自力で学問修行を積んで悟りを開く仏道ではなく
阿弥陀仏のご本願のお心おはたらきにおまかせして
お浄土に生まれて悟りの仏に成る道です。

 自力の仏道から他力の仏道に
まさにコペルニクス的転回です。
 ひっくり返るのです。
私が私がという見方から仏さまがという見方に
ひっくり返るのです。

 冬の寒くて暗い朝だからこそ
月がくっきりは天上に見えます。
 月を眺めて天体ショーを楽しみながら
阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲の中に生かされてある
お念仏申す身を有難く聞かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.8)


「やあ久しぶり!元気やった?」

2021-02-07
 昨日NHKの『ブラタモリ』は湯布院が舞台でした。
湯布院がどうして全国的に有名な温泉地になったのかが
テーマでした。

 鉄道という交通手段です。
江戸時代には大分別府から湯布院を経て日田福岡に行く
街道があったということです。
街道の交通手段は徒歩です。

 明治に入って馬車ができ馬車道が整備されます。
そして鉄道です。
 馬車道に沿うように鉄道が敷かれるのですが
今の湯布院駅を中心とした町には
街道も馬車道も通っておらず
そこで鉄道を湯布院の町に引き込んで駅ができ
人の往来が増えて今の湯布院の繁栄に
つながったということです。

 私たちの三佐の町もどんどん変わってきています。
大きな看板のニトリがもうすぐオープンです。
その前にアベタウンというホテルと飲食店の複合施設が
一昨日できました。

 現代の身近な交通手段は自動車で
縦横無尽に走る道路がある所が集客のポイントです。

 三佐は道路交通の要所です。
アベタウンは大分東警察署の跡地です。
 三佐田の交差点を起点に北は昭和電工へ南は鶴崎の町へ
東西には40Mと俗称される臨海産業道路が走っています。
 三佐は人がたくさん集まる
うってつけの便利な場所なのです。

 それで三佐は人が増えているようですが
実際に住んでいる人はそんなにいません。
 昔からの人もいるのですが
いろんなものができ人や車の出入りが多くなるなかで
旧知の人に会うことが難しくなりました。

 これからはアベタウンやニトリで「やあ久しぶり!」と
近所の人に会うこともあるのではないでしょうか。

 こうした賑やかな三佐の現状のなかで
お寺が埋もれた存在になっているように感じます。
 お寺は本来門徒さんだけでなく
地域の皆さんが寄り合う所でした。

 今のお寺は何かの時だけのお寺になってしまっています。
お葬式や法事の時にお願いするお寺です。

 仏教お念仏のご法義は死んでから後だけではなく
生きてる私たちのために開かれたご法義です、
 日常生活の中で皆さんが行き来できる所が
お寺なのです。

 お寺に参って「やあ久しぶり!」と
互いに声をかけ合うのもいいですね。
 私たちは皆さんそれぞれ生活ぶりが違いますから
一緒に何かを共同ですることは中々難しいです。

 だからこそお寺に参って
阿弥陀さまの前に座らせていただき
手が合わさってナンマンダブツとお念仏を申すなかに
横を向いたらお互いに「やあ久しぶり!元気やった?」と
声をかけ合いつながっていけるような
お寺が皆さんの居場所になっていきたいと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.7)


わが身のあり様が問われます

2021-02-06
 森さんの女性蔑視発言について
日本の組織社会のあり方を思います。
 東京五輪組織委員会のことですが
昨日の動きを見ていると組織を守るという流れが
大きく調整されたように感じます。

 森発言を受けて謝罪会見直後の
テレビ番組では
森さんは会長を辞めて裏側から五輪を支えることで
誰が会長辞任を迫るのかとの意見が続出しましたが
昨日の番組では
森さんは本当はいい人なんだ
森さんがいないと五輪はできなくなるといった
旧知の人たちの声が大きく取り上げられ
菅首相はじめ政府の関係者からも
謝罪をしたし一件落着という幕引きの様相です。

 ただ批判や反発の声は収まりません。
森さんと日頃関係のない一般の人たちです。
 SNSへの投稿を中心に世論です。
トップがこんな発言をする日本は
世界からどう思われているか
恥ずかしい辞任してほしいといった最大級の批判です。

 ただこのことを組織に持ちかえると
組織の自浄作用も吹き飛んで
いかにして組織を守るか維持していくかという
分別が見事なまでに早速はたらくのです。

 組織の誰もが関係者が
みんな黙り込んでしまいます。
 今回の森発言で会議の出席者に笑い声が起こり
その場で苦言を呈する人がいなかったといいます。
 森さん個人の問題も重いですが
それ以上に組織の問題です。

 森さんを担いでいる人周りの取り巻きです。
みんな敢えて発言しません。
 その場の空気に決して逆らわない
分別をもったわきまえた人たちです。

 ものを言わない言わせない会議は
ただの通過儀礼で到底会議の体をなしません。

 このお寺の組織についても反省させられます。
お寺を守るといって何を守るのかです。
 お寺の建物の護持もそうですが
第一に私たちのお念仏のご法義です。

 ご法義中心のお寺になっているか
阿弥陀さまのお心にかなったことができているのかと
お念仏に聞かせていただきます。

 往生浄土と阿弥陀さまが決めてくださったお念仏の道を
共々に歩ませていただく私たちはお念仏の同朋です。

 いろんな問題をかかえるこの現実社会にあって
お念仏申すなかに謙虚にわが身を振り返り
私にできる精いっぱいのことをさせていただくことです。

 果たして私のあり様はどうなのか
お念仏に聞かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.5)


「#わきまえない女」

2021-02-05
 東京オリパラ組織委員会森喜朗会長の
女性蔑視発言が波紋を広げています。

 女性が多い会議は時間がかかって前に進まない
そこはちゃんとわきまえてほしいという趣旨です。
 これまで何度も問題発言があった人ですが
昨日の謝罪会見は上から目線の物言いで
聞いていてとても嫌な気持ちになりました。

 さっそく日本国内海外でも大変な反響があり
SNSで「#わきまえない女」の投稿が
続いているといいます。

 わきまえるとは分別するということで
分別がある人間になって大人と言われたりもします。

 仏教はこの分別心を
自己中心のものの見方はからいとらわれ煩悩の心で
私たちの苦悩迷いの原因と教えます。

 何が善いか悪いか判断する分別ですが
自分の都合に合わせた善悪の判断で
分別するものさしが人それぞれで違うのです。

 私とあなたの関係でいうと
お互いの違いを認め合うのではなく
自分の都合で善悪を判断し
そこに偏見や差別が生まれるのです。

 仏教の智慧を無分別智といいます。
分別を超えるところに真実のものの見方があると説きます。

 私たちは人それぞれに人格をもち
一つ社会に生きています。
 お互いに違いを認め合い敬い合って
共に生きる社会でありたいと思いますが
自己中心に生きてお互いに傷つけ合い
生きにくい社会にもなります。

 コロナ禍でオリンピックの開催が危ぶまれるなかで
今回の問題です。
 今日もいろんな方が様々な意見を発信されると思います。
その人の立場や性別といった違いを超えて
皆さんが自分のことと考えてほしいと思います。

 分別がいけないことではありません。
私たちが生きるということは分別していくことですし
ただ自分の分別を相手に
押し付けるものであってはならないし
波風を立たせないように自分の意見を仕舞いこんで
分別しわきまえるようなことでは
また同じことの繰り返しで
結局は森発言を認めることにもなります。

 森発言で嫌なのは「人が言っていた」という言い方です。
あなたはどうなのか!
 うまく責任逃れしているような言い方ですが
森さんご自身の分別発言です。
 酒を飲みながら仲間内で話すことと
公の立場で場所で言うこととは違います。

 分別のある人ならわかりそうなことですが
発言の責任は重大です。
 自らの発言に対して
自ら分別をわきまえてほしいと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.5)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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