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お念仏を申す生活法話

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自分の葬儀を考えてみませんか?

2022-09-21
 台風の影響でしょうか
昨日から急に涼しくなりました。

 昨日から彼岸の入りです。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが
最近は残暑厳しい秋彼岸にあって
少し秋の気配を感じます。

 一昨日はエリザベス女王の国葬が
テレビで全世界に生中継されました。
 女王陛下のお葬式です。
何か前もって制作された映画を観ているようで
荘厳で華麗な映像に見入ってしまいました。

 イギリスはキリスト教国ですが
イギリス国教会という独自のものです。

 今回の国葬はエリザベス女王が戴冠式を行った
同じウェストミンスター寺院で行われました。

 司祭が葬儀を取り仕切ります。
仏教の葬儀でいうとお導師の僧侶です。

 今回は国王の葬儀ですから
イギリス国教会のカンタベリー大主教が
説教をされました。
 首相に任命されたばかりのトラス新首相が
聖書を朗読するなど
興味深い内容でした。

 キリスト教の一般の葬儀でもそうだと思いますが
仏式の僧侶のお経のお勤めが聖歌です。
 天使の歌声といわれるように
子どもたちのきれいな声の合唱がとても印象的でした。
 そして参列者皆さんで歌う讃美歌です。
私たちでいったらお正信偈のお勤めでしょうか。

 最初から最後まで基本的な式次第はあるものの
女王陛下の葬儀にふさわしい
女王自身の希望がかなり入った演出のようにも
言われています。

 私たちも一人一人自分の葬儀を経験します。
どういう葬儀になるのか
最終的には後に遺った喪主が決めることですが
こんな葬儀にしたいと思われませんか。

 葬儀のことは死んでから後のことであり
自分の葬儀など考えたくもないということでしょうが
考えてもいいのです
考えられるのです。

 仏式の葬儀は仏教徒として勤める葬儀ということで
ご縁のあるお寺との関係が大事な意味をもちます。

 生前からご縁のあるお寺ということで
浄土真宗の門徒のお葬儀です。
 導師のお寺お坊さんが決まっているのです。
円光寺の場合は住職の私が導師を勤めます。
 
 浄土真宗のお葬儀ということで
ご本尊の阿弥陀如来を中心としたお葬儀です。

 エリザベス女王の葬儀は教会で行われましたが
仏式のお葬儀は基本的にはお寺のご本尊の前で
執り行われるのが本来です。
 今は葬儀社で行うことが一般的になっていますが
必ず中心にご本尊をご安置します。

 その時だけの葬儀会場で
その時だけご安置するご本尊のおすがたです。

 お寺は平生日頃からご門徒皆さんが
お参りされる決まったお寺で
これまでもそしてこれからもずーっと
皆さんとお寺のご縁はつながっています。

 お寺参りはお浄土参りの習いです。
お寺にお参りするそのままが
阿弥陀仏のお浄土にお参りすることでいうと
ご縁のあるお寺でお葬儀をお勤めすることが
日々の延長上にある自然なことなのです。

 命終わって葬儀をどうするか
どこのお寺にお願いするかなど心配しなくていいのです。
 私のお寺は決まっているのであり
私の生まれ往くお浄土は
阿弥陀仏が決めてくださっているのです。

 だから安心です。
今の安心です。
 そして死んだらお終いではなく
そのままお浄土にお参りして
南無阿弥陀仏の仏さまに成らせていただけるのです。

 お葬式の後火葬されてお遺骨になりますが
還骨勤行といってお遺骨をお寺の本堂お内陣の
阿弥陀さまの側にお供えしてお勤めをします。

 人の命は限りがありいつか必ず終わりますが
お浄土の仏さま南無阿弥陀仏のいのちとなって
これからもずーっとつながっていくのです。

 南無阿弥陀仏の大きないのちの物語のなかに
人と生まれる以前もずっと長く
生まれては死に生まれては死にと
生死の迷いの境涯を繰り返し経巡ってきて
今ここに人間に生まれてお念仏の仏法に遇えて
阿弥陀仏のご本願を信じまかせて
お念仏申す身にお育ていただいたということです。

 そしてこれからも南無阿弥陀仏のお慈悲の中に
お念仏申して生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.21)


根こそぎひっくり返る!

2022-09-20
 大型で強力な台風14号は九州を直撃し
私方も一昨日の夜は突き上げるような強風が吹き荒れて
ガラスが割れたり瓦が飛んだりなどの心配をするほどに
久しぶりに恐い思いをして過ごしました。

 明けて昨日の朝少し風雨がおさまって境内に出たら
本堂の前の親鸞聖人の御尊像の横の
ヤマボウシの木が根こそぎ倒れていました。

 枝葉が大きくなった木に対して
根が十分張っていなかったということですが
びっくりしました。

 親鸞聖人の前に横たわる山法師の木を見て
親鸞さまと山伏弁円の逸話を思い出しました。

 親鸞さまが50歳頃のことです。
関東でお念仏のみ教えを各地の人々に
布教してまわっていた時のお話です。

 常陸の国今の茨城県に板敷山があり
この地は修験道が盛んだったといいます。
 弁円は病気や災難不幸を除き欲望を満たそうと
加持祈祷を行う修験道の山伏たちを束ねていました。

 親鸞さまがこの地に来て念仏の教えを広めるようになって
段々と修験道の門をたたく人が少なくなったといいます。

 修験道とお念仏の教えは相容れないものがあり
親鸞さまのことを苦々しく妬み怨んでいた弁円は
布教の途中に通る板敷山で待ち伏せして
殺そうと何度も企みますが機を得ず
ついに親鸞さまの住まいに押し掛けたといいます。

 「親鸞出て来い」と殺気立つ弁円に
周りの者は恐れおののくばかりですが
親鸞さまは穏やかに
「あなたが弁円さんですか、待ってましたよ」と
招き入れたといいます。

 弁円にとっては拍子抜けですよ。
温和な表情で話しかける親鸞さまに接して
弁円は立ちどころに親鸞さまのお弟子になったといいます。

 お念仏の教えに帰依し明法坊と法名をいただいた
弁円は親鸞さまのもとで日暮らしする中で
あるとき親鸞さまの布教のお供をして
道中板敷山に行かれた時のこと
弁円は急に立ち止まり感極まって
「山は山 道も昔に 変わらねど 変わり果てたる 我が心かな」
と歌を詠んだといいます。

 修験道からお念仏の道に回心する
自力から他力へ心を翻すということです。

 教えを聞いても中々信心いただけないしぶとい私です。
そのしぶとい私をめがけて
まさに根こそぎひっくり返してくださる
南無阿弥陀仏のおはたらきです。

 山法師の木を根こそぎひっくり返して
親鸞さまの御尊像がお立ちです。
 お念仏の有難さ尊さを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.20)


お寺参りの楽しみ(2009年アーカイブ)

2022-09-19
 昨日一昨日と行橋のお寺さんの彼岸会法要に
ご法話お取り次ぎのご縁をいただきました。

 いろんなお寺さんにお参りさせていただく
楽しみがあります。
 お寺お寺で佇まい雰囲気というか
お寺の様子がそれぞれ違って興味深いです。

 違いもあるが同じところも多くあって
自坊の再発見にもなります。

 皆さんが初めてお参りされる浄土真宗のお寺でも
お参りされる前は何か不安もあるでしょうが
お寺の本堂に入ると
真正面にご本尊の阿弥陀如来がご安置され
左右に親鸞さま蓮如さまがいらっしゃいます。

 浄土真宗のお寺の基本的な佇まいです。
そしてお勤めが同じことも大変安心させられます。
 ご一緒にお勤めされる初めて会うお同行も
何か旧知の友のように懐かしく感じられます。

 浄土真宗のお寺には
ご院家さん坊守さんがいてそしてご門徒衆がいます。
 そのご門徒衆に会える楽しみがあります。
直接に膝を交えて話すということはありませんが
ご一緒に同じお勤めができお念仏申すなかに
伝わってくるものお互いに感じ合うものがあります。
 お念仏の香りです。

 昨日は朝早くそのお寺に行き時間があったので
お寺の周辺を散策しました。
 田圃が広がり稲が実って稲刈りも間近です。
のどかなお寺の風景です。

 私たちの三佐もちょっと前までは
そうした風景が広がっていましたが
今は大分変わりました。

 お寺も建物は変わりご門徒衆の顔ぶれは変わりましたが
ご門徒衆の佇まい有り様はそのままです。
 朝早くから婦人会の方がお寺にみえて
賑やかにお昼のお斎の準備をしていました。
 私たちのお寺と同じです。
ああいいなあと思います。

 忙しい日々の生活のなかで
何とか時間をつくってお寺にお参りされて
私にできる精いっぱいのおつとめをさせていただくのです。
 こうしなさいああしなさいと
誰から命令されてするのではなく
この私がさせていただける精いっぱいのお手伝いです。

 昨日夕方自坊に戻って境内を見たら
境内の様子がちょっと変わっていました。
 桜の木の落ち葉が片付けられて
ソテツの葉もきれいに
剪定されていました。

 ご門徒衆がしてくださったのです。
住職がどうこうではなくて
ご門徒皆さんが
お寺をきれいにして
一人でも多くの方が気持ちよく
お寺参りのご縁を頂けるようにと
思いをもってお手伝いしてくださったのです。

 住職の私もご門徒皆さんも
その願いは同じです。
 その大本が阿弥陀仏のご本願です。
本願を信じお念仏申す身になってくれよと
願われているのです。

 今日もご一緒にお念仏を申すことができました。
自分一人のお念仏申す喜びではなく
一人でも多くの方にお念仏喜び申す身になってほしいと
共々にお念仏のご縁をいただく浄土真宗のお寺です。

 お寺にお参りしますと
元気を頂きます。
 今日も皆さんお寺参りされてどうですか。
元気をいただきますね。
私も元気をいただきます。
 そしてまた今日一日の生活を始めさせていただきます。
お念仏を申す生活です。

 先人からおくっていただいたお念仏のご縁を
本当に有難く思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2009.9.19)


日朝首脳会談(2002年アーカイブ)

2022-09-18
 昨日の日朝首脳会談の話題です。
政治ということについて思います。

 政治とは駆け引きだとよくいわれます。
国と国の間では色んな材料をもって
自国に有利なように国益を考えて
駆け引き交渉をしてまいります。

 今回の日本側の最重要課題は
北朝鮮による日本人の拉致問題という人権問題であり
不当な誘拐事件の犯罪行為です。

 8人の拉致被害者が既に死亡しているという
衝撃的な内容が伝わってきています。

 この問題は極めて個人の人権にかかわる
犯罪行為であり
北朝鮮に拉致された方が日本国という国家を背負って
北朝鮮に連れて行かれたということではありません。

 皆さん私たちと同じ一般の市民です。
ある日突然強制的に異国に連れて行かれて
家族や知人と連絡がとれないままに
大きな不安の中に不自由な生活を強いられ
亡くなった方もいらっしゃるということです。

 拉致被害者の方とその家族にとって
これほど不条理で理不尽なことはありません。

 拉致という事実があって北朝鮮のトップも認める
この拉致問題は何を置いてもすぐ解決されるべきことで
国家間の駆け引きの材料にするべきものでは
決してありません。

 ただこうしたことがこれまでも
私たち人類の歴史の中で繰り返されてきました。
 その最たるものが戦争です。

 国家間の駆け引き交渉が決裂して
最後は自国の正義を互いに主張し合い
雌雄を決して殺し合う戦争で
結局は一般市民に犠牲を強いることです。

 私たち愚かな人類は何度も何度も
そして今も戦争を繰り返して
何人もの個々の人生が埋没されてきました。

 個々のご家族の思いとは遠く遠く離れた
歴史の歯車の中で
私たち個々のいのちの尊厳が
見えなくなってきています。

 私たち一人一人の命に寄り添うところに
宗教があると思います。
 宗教と政治は相容れないところが多くありますが
宗教も政治も本来一人一人の福祉に貢献するものです。

 いのちあるものすべてを分け隔てなく救うと
本願に誓われ南無阿弥陀仏と成就された
浄土真宗の教えに聞かせていただき
お念仏申して
「すべての者は暴力におびえ
すべての者は死をおそれる
すべての生きものにとって生命は愛しい
己が身にひきくらべて
殺してはならぬ殺さしめてはならぬ」
(『法句経』129偈130偈)と
言い続けていかなければならないと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2002.9.17)

3か月ぶりのご縁です

2022-09-17
 昨日は大分市のコンパルホールで毎月一回開いている
<大分まちなか法話会>のご縁をいただきました。

 3か月ぶりのご縁です。
7月8月と予定していたもののコロナ感染者の急増で
取り止めていました。

 今回も台風14号の接近でできるかどうかと思いましたが
とお話を始めたことです。

 いつもの時間よりお話がオーバーしてしまいました。
「久しぶりに熱が入っていましたね」
と進行の方の弁です。

 7年前の4月から始めた会で
私の大変思い入れのあるご縁です。
 
 参加者も決まってきて
大分市内の各地から毎回10人前後の方が
お集まりです。

 人から人へと仏法は自ずから伝わるということを
メンバーの方々とのご縁つながりに思います。

 不思議なご縁とでもいいたいほどに
仏さまからご縁をいただいたと有難く思います。

 親鸞聖人は『正像末和讃』に
「他力の信心うるひとを うやまひおほきによろこべば
すなはちわが親友とぞ 教主世尊はほめたまふ」
(他力お信心を得る人は
 仏の教えを敬い信じて喜ぶので
 釈尊はこのものを
 わたしのまことの友である
 とおほめになっている)
と述べられています。

 阿弥陀如来の本願念仏の仏法に遇って
ご信心をいただきお念仏申す身にさせていただく
私たちは
お釈迦さまの親友まことの友であると
親鸞さまはいただかれました。

 親鸞さまは『歎異抄』の中で
「親鸞におきては弟子一人ももたず候」と
常日頃の仰せであったといわれます。

 共に南無阿弥陀仏のおはたらきに信順して
如来より信心を賜わるおなかま御同朋であり
同じお浄土へのお念仏の道を往く御同行であると
お念仏のご縁をいただく人人と
膝を交えてお念仏を喜び申された
親鸞さまのあたたかいお姿を思います。

 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかで
阿弥陀仏の大悲のおはたらきに
共々に生かされて生きてあると聞かせていただき
これからも<大分まちなか法話会>を
ご一緒に続けてまいりたいと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.9.18)


 

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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