物事の整理
2026-03-05
二人で暮らす共同生活で
共有スペースに何かと私物を置いています。
いつか整理をしようととっている
私的に思いのあるものです。
早く整理をすればいいものの
そのままずっと同じ場所に置きっ放しにして
連れ合いから見れば生活に支障をきたすものです。
共に生活するなかでものの見方の違いです。
分かっていてもそのままにしておくことで
どこか落ち着く私がいます。
何度か声がかかって
やっと重い腰を上げるように整理をはじめます。
ただいつものことで
普段見えない場所に移動するだけで
結局押入れの奥深く仕舞い込んでしまうことになり
整理をすることが
なお一層難しくなってしまう始末です。
何を大事に生きているかで
その人人の人生観が見えてくると言われます。
あれもこれもと大事に仕舞い込むことは
結局はそのものを大事にしていないことですね。
親鸞さまは「ただ念仏のみぞまこと」と
お念仏申されるように生きましょうとご教示です。
日々お念仏申して
南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただき
一つ一つ身の周りの整理をさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.3.5)
「安心してジタバタできる」※転載
2026-03-04
「ジタバタ」という語を辞書で引くと
「あわてもがくさま
あせって無駄な努力をするさまを表す語」とあります。
何だか私のことを言われているようで
ドキッとします。
私も家庭のことや仕事のことなど
毎日いろいろと考えながら努力しているつもりですが
実際は空回りや失敗ばかりして
まさにもがきながら生きています。
だから私にとってジタバタとは
私の「生きる姿」そのもののように思えてなりません。
そんな私が「安心してジタバタできる」というのは
どういうことなのでしょう。
仏教では
私を救い取って見捨てない阿弥陀さまのはたらきを
「摂取不捨」という言葉で表します。
この「摂」の字について
親鸞聖人は
「逃げるものを追いかけておさめ取る」という
意味があるのだと教えてくださっています。
ジタバタと生きている私を
阿弥陀さまが丸ごと包んでくださっているのです。
阿弥陀さまが私をおさめ取るはたらきは
私のジタバタごときでは揺るぎません。
その大きな安心の中で
私はジタバタしながらも
生きていくことができるのです。
※『本願寺インスタ倶楽部』
(芝原弘記 本願寺派総合研究所研究員)より転載
ー本願寺新報2026年3月1日号ー
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.3.4)
お念仏のご縁反応
2026-03-03
人と人とが離合集散を繰り返す
私たちの社会にあって
人間同士で「化学反応」が起こるといった
人と人とが関わる中で予想外の価値が生まれる
といった文書を読みました。
あなたと私の人間関係です。
学校や会社で一緒に学習研究したり仕事をしたり
一緒に事業を起こすようなこともあるでしょう。
お互いの思いを同じくして
同じ方向に向かって成果を求めて行くことで
思い通りに事が進めばいいのでしょうが
当初の思いとは裏腹な事態に陥ることもあって
その化学反応も様々です。
自己中心の思いでみれば
その都度「よかった」「悪かった」という評価で
離合集散を繰り返すことになるのでしょうが
よくも悪くもあなたと私のご縁つながりのなかに
今の私があることを見直すことができるのも
仏法に遇わせていただくものの見方です。
お念仏のご縁つながりです。
あなたも私も皆共に私たちは
阿弥陀如来の「十方衆生を分け隔てなく必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきにつながって
大きなお慈悲の中に往生浄土の道行きを
ご一緒させていただくお念仏の同朋同行と
聞かせていただきます。
阿弥陀さまのお念仏のご縁反応
南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
あなたも私もお慈悲の中に生かされて
今私にできることをさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.3.3)
これから4年
2026-03-02
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックは
日本選手の連日の活躍とメダル奪取もあって
毎朝日本列島を熱狂と感動の渦に巻き込みました。
前回の北京五輪から4年
金メダルの選手は「やっと報われた思いです」と
メダルに届かなかった選手は悔しさをにじませ
「これからまた4年修行して
必ずオリンピックに戻ってきます」と
思いもそれぞれ様々です。
初出場でメダルに輝いた選手もいました。
この五輪を最後に競技から引退する
レジェンドもいました。
選手にとってオリンピックは
世界選手権などの年次の大会とは違う
人生の大きな節目の特別な大会のようです。
4年です。
過ぎてしまえばあっという間でしょうが
4年後に向けて日々鍛錬精進努力することで
長い行程でもあります。
自分一人でできることではありません。
多くのスタッフや家族の支えがあってからのこそで
競技を終えた選手が異口同音に
周囲の関係者皆さんに
感謝の思いをあつく語っています。
4年前はコロナ禍で無観客の五輪でした。
そして五輪直後にはロシアのウクライナ侵攻が起こり
今も戦争状態が続いています。
平和の祭典と言われる五輪ですが
今回もロシア・ベラルーシ両国の選手は
出場できませんでした。
混沌とした世界情勢のなかで
これから先何が起こるかわかりませんが
4年後の次回フランス五輪に向けて
選手たちはすでに始動しています。
自民党圧勝で終わった先の衆議院選挙は
まさに高市首相の独壇場でした。
政治家の言葉です。
「今」と「明るい未来」をキーワードに
「今こそチャレンジしなければ
明るい未来は開けてきません」と
実に分かりやすい文脈で
世界の中心に咲きほこる
バラ色の日本の未来図を語っていました。
ただ政治は結果責任です。
具体的にどんな未来に導いてくれるのか
誰も分かりません。
お釈迦さまは如実知見のものの見方で
この世の実相を真実ありのままにさとられ
親鸞さまは「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は
よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと
まことあることなきに
ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄)
と明かされて
誰もがこの人生をお念仏に生かされて
救われて往く世界があることを教えてくださるのが
浄土真宗の仏教です。
これから4年
私たちの人生の歩みは人それぞれですが
今こそ「十方衆生を分け隔てなくそのまま必ず救う」
お念仏の仏法を聞かせていただき
あなたも私も皆共に
阿弥陀さまの大きなお慈悲に抱かれて
日々お念仏申して往生浄土の道往きを
ご一緒させていただきましょう。
★『ようこそ月報』2026年3月号より
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.3.2)
3月お念仏のエールです
2026-03-01
3月です。
今年度最後の一か月です。
高校の卒業式のニュースです。
これから中学校、小学校の卒業式が続きます。
学び舎を共にしてきた学友との別れです。
別れの寂しさ悲しみの中にも
新たな旅立ちを期する希望の時です。
高校でいえば18歳の旅立ちです。
進学する人もあれば就職する人もあり
それぞれの進路は様々で
いよいよ独り立ちの人生の始まりです。
今は18歳は成人ということで
有選挙権者として社会的な責任と義務を負います。
名実ともに大人の仲間入りです。
飛躍の時です。
ちょうど滑走路からエンジン全開で
大空に飛び立ち飛行機のようにも思いますが
ただ未知の世界に舞い上がる高揚感ばかりでなく
今こそ地に足をつけた確かな歩みが求められます。
何か理想と現実の間にあって
矛盾したことを言っているようですが
考えることの大切さです。
これまで学校教育の現場で培ってきた教養をもとに
「さてこれからいかに生きるのか」
自分事として考え実践することです。
親鸞聖人の主著『教行信証』から
「聞思して遅慮(ちりょ)することなかれ」の
お言葉をいただきます。
教えに出遇って、しっかりと受け止め
そして実践しましょうと
仏法聴聞しお念仏申して
今私にできることをさせていただきましょう。
人生の歩みの中で
自分の思い通りにならないことも多くありますが
私がどんな状況にあっても
いつでもどこでも阿弥陀さまがご一緒です。
「われにまかせよ必ず救う」と
お念仏のお喚び声を
今こここの私に届け続けてくださっている
阿弥陀さまのお心おはたらきを
聞かせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.3.1)


