浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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台風が来ています
2018-09-29
 今日は小学校の運動会と聞いていましたが、台風が来てるということで早々に延期ということになったようです。
朝6時の鐘をつく時に花火があがるかあがらないかどっちかやきもきしながらお弁当を作っていた時もあったと思います。
 早く決めていただくと次の予定が立って随分楽ですね。
今日は運動会がないということで早速予定を入れ替え算段することです。
 
 台風の襲来です。今は気象レーダーが充実してかなりの確率で事前に台風の進路がわかります。
ただこの進路も幅が広く北を通るか南か真ん中かで各地の影響が随分違ってきます。
 こっちに来ないか、やはり不安です。心配になります。
こうした不安ななかに私たちの苦しみ悩みがあると見て取ったのが阿弥陀さまなのです。
あなたの不安をそのまんま私が引き受けるよ。
あなたの悲しみ苦しみは私の悲しみ苦しみだよと、いつでもどこでも私に寄り添ってくださる仏さまに成ってくださった
阿弥陀さま南無阿弥陀仏のお救いなのです。
 
 ナンマンダブツとお念仏申して台風が来ないのではありません。
台風に遭うなかにあってもナンマンダブツ、お念仏を申すなかに安心して生きていくことができるのです。
阿弥陀さまの大きな大きなお心大悲心をいただいて今日も一日できることを精いっぱいさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.29)
 
敬老会のご縁で手作りの味をいただきます
2018-09-28
 昨日は敬老会で70歳以上のご門徒衆が50人ほどご一緒にご縁をいただきました。
婦人会の役員さんに朝早くから集まってもらい手作りのお弁当を作っていただきました。
敬老会が始まって以来50年続く円光寺の習わしです。
 
 今は何の催しも市販のお弁当をとるところが多くなりました。
手作りというとお家の事でも大変です。
それもたくさん作るわけですから、大変なうえに大変がつくというのが今のご時世です。
 ただちょっと昔を振り返ってみると手作りのものしかないというほどに私たちの先人は手作りをしてきました。
そして手作りの味の美味しさ有難さを私たちに送ってくれました。
 
 昨日は残飯がなかったといいます。皆さん残さずに食べたということです。
いつものようにちらし寿しと煮豆に酢の物にごま豆腐そして今年はかぼちゃの煮物も加わって
見た目も良いお弁当でした。手ごろな量ということもありますが、美味しかったんでしょうね。
そして皆さん一緒にいただけることの美味しさです。
 
 そうしたことがすべてできるのがまだお寺に残っているということです。
今のようにお寺でできることもこれから難しくなってきます。
 大切なことは人と人とのつながりご縁です。
ご縁をいただくことの有難さを先人は私たちに伝えてくださったと思います。
形は色々と変わってきますが、このご縁つながりということを次の世代に伝えていくお役目があります。
 
 そんなに力を入れることでもありません。
お寺に皆さんが集まる。阿弥陀さまの前に座る。手が合わさる。お念仏申せる。お礼ができる。
そのこと一つ一つがご縁つながりだといただきます。仏さまの大きなご縁です。
 
 とはいえ人の手が入ります。やっぱり大変です。
本当に大変大変ということですが、そこのところはその大変さをちょっと皆さんで分け合って
お互いに出来るところでこれからもお念仏のご縁つながりを守り伝えていきたいとあらためて思うことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.28)
 
門徒はみんなお念仏の人ですか?
2018-09-27
 昨日お寺の会議があっていろんな方の意見を聞くなかで
「私たちは浄土真宗の門徒というが必ずしも念仏者お念仏の人とは言えないのではないか」という声にはっとしました。
 
 阿弥陀さまのご本願のお救いの法はもうすでに私たちのところに届けられているといいますが
そのことに気づかない、そのことを聞かずじまいに終わると
聞くことがないということは信じることもない、お念仏を申すこともないわけです。
 
 今日の御和讃に「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取して捨てざれば 阿弥陀と名づけたてまつる」とあります。 門徒といわれてもお念仏のご縁に遇わなければお念仏の衆生とは言えないし救われないのではないかともいただけます。
 ただお念仏を申すことがないその人を阿弥陀さまはそのまま放っておくのかというと
そういう人だからこそこの阿弥陀さまのお救いの法はその人目当てに南無阿弥陀仏とはたらいて
聞いてくれよお念仏申してくれよとまさに喚び通しに喚んでくださる仏さまになってくださったと聞かせていただきます。
 
 南無阿弥陀仏のお喚び声のおはたらきのなかに今日の私たちがあるということです。
お念仏を申す私たちです。
 そのこと一つ有難く受けとめさせていただき自分一人の慶びではなく隣の方にも声かけをして
お念仏を申して阿弥陀さまのお浄土に一緒にいこうえと南無阿弥陀仏のご縁をいただきたいと思います。
 
 今朝早くから婦人会の皆さんがみえています。今日は敬老会のご縁です。
お寺の敬老会は仏さまのご縁です。お念仏を申してくれよとご催促の阿弥陀さまのご縁です。
あなたを必ずお念仏を申す身にさせ浄土に迎え取ると南無阿弥陀仏とおはたらきです。
共々に阿弥陀さまのご縁に遇わせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.27)
 
お勤めの後の楽しみ
2018-09-26
 昨日ご法事がありました。マンション住まいのお家で
お仏壇がご安置された一間で私がお勤めをし次の一間にお家の方お二人が座ってご一緒にお勤めをさせていただきました。
 ご法事のお勤めが済んでお家の方が「ご院家さんこちらへどうぞ」と皆さんがいる次の間に案内されました。
机にお茶とみつまめが用意されていました。
「ご院家さんが大好物と聞いてつくりました」と言われて、えっと思いました。
大好物? いつのことか忘れておりますが確かにどこかで同じようなものをいただいたと思います。
本当においしそうにいただいたのでしょうね。
 それがご院家さんの好物、段々と話が膨らんで大好物になったのでしょう。
精いっぱいのお接待です。きっとご院家さんが喜んでくれるとの思いで用意してくださったのでしょう。有難いことです。
 
 そのことで思い出したのはまだ私が若い頃お盆のお参りのときのことです。
お盆のお参りは各地区ごとに軒から軒へと続いてお参りします。
 ある時ある地区でどこにお参りしてもお勤めの後に牛乳がでるんです。
えっと思ってそれとなく聞いたら、新院さん(当時)は牛乳が好きで牛乳を出すと喜んで飲んでくれるということでした。
 ちょっと想像してみてください。10軒あったら10軒の殆どのお家でお勤めの後に牛乳がでるんです。
最初の二杯三杯ぐらいはいいですが、お勤めをして声を出すわけですから少々大変になります。
但しここはうまく断わることが中々できません。それで懸命に牛乳をいただいたという思い出です。
 
 有難いんです。有難いんですよね。お勤めをしてくださって、はい終わりはいさよならじゃないんですよね。
お茶を飲みながらまた色んなものをいただきながらそこでいろんな話になるんです。
 昨日もいろんな話になりました。
いろいろとお話しするなかで私たちのご法義お念仏のみ教えをご一緒に味わわせていただけるのが仏さまのご縁です。
 世間話もそうですが私たちの中心は阿弥陀さまですからね。
阿弥陀さまのご法義の話、日頃の仏事です。仏さまの事のお話ができます。
 そうしたご縁をいただいてお念仏のみ教えが次々と代々伝わっていくことをまた有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.26)
 
中秋の名月です
2018-09-25
 昨日は中秋の名月十五夜ということで、大分の方は雨模様で雲がかかって見えませんでしたが
東京の方では丸くきれいに見えたそうで、昨夜はテレビで今朝の新聞でも大きく写真が出ていました。
 
 月光といいます。月の光です。お正信偈さまには「超日月光」と出てまいります。
阿弥陀さまの摂取の光明のおはたらきは日や月の光も超えるはたらきであるとほめたたえます。
 
 月のはたらきです。月の光で本を読むという話を聞いたことがあります。
電気のない時代にあって月は明るい光を届けてくださるはたらきがあるということです。
 月を私たちは眺めていますが、眺めているこの目で見えているということは
その月の光が私のところに届いているということなのです。
 
 私たちの阿弥陀さまの光明のおはたらきは既に私のところに届いてあると聞かせていただきます。
南無阿弥陀仏と届いているというのです。
 ナマンダブナマンダブとこの私の口からお念仏が出てくださるということが
もう既に阿弥陀さまの大きな大きな光明の縁に私たちは救い取られてあるということ
そのこと一つまた聞かせていただいて、今日が満月だそうです。
今日は天気予報では晴れるということです。
中秋の名月とまた重ねて満月の月を愛でて阿弥陀さまの大きな大きな光明のおはたらきを味わわせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.25)
 
お念仏の人のたたずまい
2018-09-24
 昨日はお彼岸のお中日のお勤めをさせていただきましたが
お葬式がありまして、その後火葬場から直接お寺にお遺骨をもたれて還骨勤行というお勤めをします。
 
 3時にお彼岸の法要が済んで、4時からのお勤めで昨日はお二人のお参りでした。
本堂にあがってもらい、私はお勤めの準備でお内陣にあがっていましたら、二組の方が納骨堂のお参りにみえました。
まずお一人の方、そしてご夫婦の方でした。
 それとなくそのおすがたが目に留まり「あっきれいやな」と小さな感動を覚えました。
本堂の正面から入ってそのまま御仏前に座られます。
お賽銭をお供えしお線香を焚いてすっと手を合わせナマンダブナマンダブとお念仏を申してお礼をされます。
 
 美しいお姿だなと思いました。
日頃からご縁のある方で、いつもの身についたお姿です。
 納骨堂にお参りされる方も様々で、なかには御仏前を素通りするとか
本堂の端が開いていたら正面からではなくわざわざ端から入ってそのまま納骨堂に参る方もいらっしゃいます。
 いいとか悪いとか言っているのではありません。
そのお姿を見て美しいなあと思い私もそうなりたいなあと思うのではないでしょうか。
 
 皆さんです。お念仏の人です。
お念仏の人は南無阿弥陀仏の仏さまにご縁をいただきお育てをいただいて今のお姿になったのでしょう。
そのお姿を見て周りの方がそのお姿に育てられる。
その人が偉いという話ではなくて、阿弥陀さまを中心に南無阿弥陀仏のご縁をお互いがいただくなかに
ご一緒にお浄土へのお参りをさせていただきましょうとの思い一つに
そのお姿がお念仏申しお礼をさせていただくお姿になるのではないかなと思います。
 
 日々のたしなみです。お念仏の人のたしなみです。
お念仏の人のたたずまいといいます。お念仏申す生活です。
 日々の生活のなかで人に見せてやろうということではありません。
そういう思いが少しでもあったら、そのことにとらわれはからって
結局はしんどい思いをすることになってしまいます。
 
 しんどい思いの私をそのまんま抱き取ってくださるおはたらきの仏さまが
南無阿弥陀仏といつでもどこでもご一緒してくださることに安心してお念仏申させていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.24)
 
お彼岸のお中日です
2018-09-23
 お彼岸のお中日です。春秋年二回のお中日です。
太陽が真東から昇って真西に沈む、その真西の方に向かって先人は手を合わせ
ナンマンダブナンマンダブとお念仏を申したといいます。
 その真西の方角に阿弥陀さまのお浄土があるとお経さまに聞かれるのです。
この目には見えません。行ったこともありません。そんなお浄土なんてあるわけがないと言われる人さえいます。
 
 ただ私たちは仏さまのみ教えを信じ聞かせていただくなかに、確かに確かに阿弥陀さまのお浄土があって
そのお浄土には先に往かれた方がいらっしゃると聞かせていただきます。
 先に往かれた方もお浄土ならば後に残ったこの私たちもまた同じお浄土に生まれさせていただけるのです。
それは私が頑張って私がよいことをしたからではありません。
 
 今日の御文章さまのなかに何度何度もでてきましたが、南無阿弥陀仏の大功徳なのです。
必ず救うまかせよの南無阿弥陀仏の大きな大きなおはたらきのなかに
確かに確かにこの私が往き生まれるお浄土を阿弥陀さまの方でつくってくださったといただいて
今日はお彼岸のお中日のご縁です。
 これから皆さんお家に帰ってお仏壇にお参りをして
ご家族の皆さん共々に今日の一日をお念仏申すなかに過ごさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.23
 
お彼岸お講のご縁です
2018-09-22
 今日明日と秋の彼岸会のお勤めをさせていただきます。
春秋の両彼岸ともお彼岸のお中日に法要をお勤めしその前日にお講のご縁をいただきます。
 
 今日も8時半にお講当番の皆さんが集まってお講の準備をしてくださいます。
そして11時からお寺参りのお同行にお講のお斎をさしあげる昔からの習わしです。
 
 お斎のメニューは昔と変わらず、けんちん汁と和え物にご飯という極めてシンプルなものです。
他のお寺さんのお斎もそのお寺お寺で違ったものですが
けんちんはおかずということで別にお汁ものがあったりするところが多いようです。
 
 このお講も最近お参りが減ってきました。
私が子どもの頃はまだまだ生活が貧しくお寺のお講は皆さん大変楽しみでした。
子どもも大人もお講に直りおかわりを何杯もして、また家に持ち帰ることもありました。
今はご飯をつぐのも少なめにと注文が出るほどです。
 
 そして今は本当に忙しいです。
互いに話をしながらも携帯が鳴って話が途中で何度も中断するぐらいに
みんながみんな忙しくなって、忙しくないと何か悪いみたいな感じです。
 
 そうしたなかでのこのお講のご縁は11時から始まってお斎の時間は20分ほどで後は1時からの法要です。
時間がたっぷりあります。
 この時間が本当に有難い時間だと思うんですが、今の忙しい時代この時間がもったいないということでしょうか。
確かに何をするということでもありません。
ただ御仏前に座ってゆっくりゆったりさせていただける時間をいただくということなのです。
 もったいないようでこれほど有意義な時間はないと思いますが、皆さんはどう受け止められますか。
 
 一年に何回もあるご縁ではありません。
ここは今日はお寺の阿弥陀さまに身をまかせてゆっくりゆったりさせていただこうと決めてお参りしたらどうでしょうか。
ふと人生の大事な忘れものに気づくご縁になるかもしれませんよ。
 
 仏さまのご縁です。皆さんお誘いあわせご一緒しましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018。9.22)
 
自民党総裁選
2018-09-21
 昨日自民党の総裁選挙があって安倍さんが三選を果たしました。
このたびの総裁選は安倍さんのためにあると党規で三選を可能にし
無投票でという思惑を石破さんが立候補して選挙になり
国会議員の投票で82%地方票で55%安倍さんが獲得しました。
 
 この結果をどう見るか、早速テレビ新聞等で解説されています。
ゆるみとおごりという記事に注目します。
これは安倍一強という権力構造が続く中でのこれまでの政権運営のあり方を踏まえて言われたことです。
 
 お正信偈さまのなかに「邪見憍慢悪衆生」との御文があります。
邪見とは正見、仏さまの真実まことのものの見方に対するもので
どこまでも自分を中心に自分の都合に合わせて物事を見るよこしまなものの見方です。
憍慢とはおごり高ぶりです。私は大丈夫と高をくくり人と比べて他を非難するものの見方です。
 そういう悪衆生は仏さまのお心を疑いご信心をいただくことは甚だ難しいというんです。
難中の難といって難しい中に難しいといいます。
 
 この邪見憍慢悪衆生こそ私のことだと親鸞さまは受けとめられたのではないでしょうか。
私たちのことだと言われるのではないでしょうか。
 どこまでも私が私がと自分を中心に私がに力が入ります。他のものが見えなくなります。
自分中心の心から離れられない私にとって、阿弥陀さまのお心をそのままいただくことは甚だ難しいといわれます。
 
 ただ阿弥陀さまのところからいうと、そういうお前だからこそ決して見捨てることができない必ず救うと
ご本願をおこしてくださり力強い南無阿弥陀仏となって私のところにはたらき通しだといただきます。
 
 私たち人間の世界はどこまでも私が私がという幾多のはからい煩悩が渦巻く世界です。
今回の総裁選でも脅しがあったり忖度があったりと様々な駆け引きのなかでお互いに悩まし苦しめ傷つけ合います。
 
 まさに私たちは五濁悪世を生きる邪見憍慢悪衆生に他なりません。
だからこその南無阿弥陀仏のお救いです。煩悩いっぱいの凡夫の私が煩悩をもったままで救われていく道が開かれています。
お浄土への道です。ナンマンダブツとお念仏申して今日もこの道を歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.21)
 
秋のお彼岸の入りです
2018-09-20
 今日は秋のお彼岸の入りです。
23日のお中日を挟んで前後一週間をお彼岸といいます。
 
 朝があっという間に暗くなりました。
今朝6時に梵鐘をうって気をつけて見ると鐘楼の付近に彼岸花が芽を出しています。
昨日は6時半の喚鐘をうつとき向かいの東の空を見ると庫裡と門徒台所の屋根が重なる中央住友の煙突の左側を
朝日が昇って眩しいぐらいでした。今日は曇ってお日さまは見えませんが、そういう時節になりました。
 
 彼岸というのは彼の岸、仏さまのおさとりの世界です。
私たちの彼岸は阿弥陀さまのお浄土です。お彼岸にお浄土を思います。
 お墓参りをする人、納骨堂にお参りする人がぼちぼちいらっしゃいます。
先に往かれた方に会いに行くんですね。
先に往かれた方はこの目で見える姿はお遺骨となっていますが
今は阿弥陀さまのお浄土の仏さまとなって南無阿弥陀仏のおはたらき一つに
私たちのところに還って来てると聞かせていただくのが浄土真宗の仏教です。
 
 死んだらお終いではなくて南無阿弥陀仏のいのちとなって永遠に私たちとつながってあるということです。
大きな大きな南無阿弥陀仏のいのちのつながりのなかに私たちは生かされてあるのです。
 何か私が私がと一人で頑張って生きているような私たちの日常ですが
その私が私がという私を根底から根っこから支えてくださる大きないのちの仏さまを南無阿弥陀仏といただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.9.20)
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