お念仏を申す生活法話

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月参りのご縁で

2026-06-19
 月参りのご縁で同年輩の方に
久しぶりにお会いしました。

 少し年上で子どもの頃からよく知っていますが
軽やかなスポーティな格好に接して
「ゴルフやってますか?」とたずねました。 
 若い頃からゴルフに興じていたことも周知のことで
今も週に1、2回のペースで行っているとのこと
「いつまでもお若いですね」と言うと
「これが楽しみで息子たちとも行くんですよ」
とのこと。

 何でも楽しくできることが長続きのコツで
そういえば私も19年来続いている楽しみがあります。
 周りから見ると
「(いい歳になって)よく続くね」ということでしょうが
別に努力を重ねる難行苦行ではなく
楽しいから続けて行けるということです。

 さてお寺参りです。
お寺参りが楽しみになったら続くのでしょうが
いい歳になってもお寺には中々足が向かないようです。

 「お寺参りの楽しみは あなたにあえるよいご縁
ようこそあなたと 南無阿弥陀仏」といただきます。

 お寺参りは仏さまのご縁です。
本堂の中心にご安置の阿弥陀さまにお会いして
南無阿弥陀仏とお念仏申させていただきます。
 御仏前に座ると方々から
お念仏のお同行の南無阿弥陀仏の声が聞こえてきます。
 阿弥陀さまお同行の皆さんのあなたにお会いして
あなたも私も皆共に
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
往生浄土のお念仏の旅を
ご一緒させていただける楽しみです。

 先述のお話の続きです。
「(あなたも)ゴルフしませんか!」と誘われました。
 この歳になって今更ながらと思いつつ
今こそお寺参りのよいご縁をと思った次第です。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.6.19)

お通夜のご縁で

2026-06-18
 お通夜のお勤めをさせていただきました。
大切なお方とお別れする悲しみのご縁です。

 生死のいのちの営みは
まさに風前の灯で
いつ無常の風が吹いて命終えていくのか
どんな人にも分からない
誰しも逃れることのできない自分事です。

 老少不定といいます。
年長者が順番に先に亡くなるのではありません。
 親が逝って子が逝くのではなく
このたびは子どものお葬儀を親がつとめるご縁です。

 親子の関係は
子が生まれて親になる
切っても切れない不二のご縁つながりです。
 子どもにとって親はずっと親であり
親にとって子どもはずっと子どもなのです。
 死んだら終いの関係ではないということです。

 浄土真宗の仏教のご法義です。
阿弥陀如来は「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきで
生きとし生けるものすべてを分け隔てなく
そのままお浄土に往生成仏させてくださると
教えていただきます。

 阿弥陀さまの「必ず救うまかせよ」の本願力で
先にお浄土に往き生れたお方は
阿弥陀さまと同じ南無阿弥陀仏の仏さまとなって
迷いのこの世に還って来て
衆生済度のおはたらきをしてくださると
聞かせていただきます。

 お浄土の仏さまになってくださった子どもと
親子の関係はこれからもずっと続くのです。
 この世に遺った私たちを阿弥陀さまの御仏前に誘い
仏法聴聞を勧めお念仏申す身にお育てくださいます。
 南無阿弥陀仏のご縁つながりの切っても切れない
親子の関係です。

 悲しいご縁ですが
そのままお念仏のご縁といただきましょうと
お取り次ぎさせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.6.18)

最高の景色を見る

2026-06-17
 サッカーW杯で世界中が沸き上がっています。
史上最強と自他共に認める日本は
優勝を目標に今大会に臨み
初戦はランク上位のオランダと引き分けでした。

 チーム内で「最高の景色を見よう!」を合言葉に
モチベーションをはかっているといいます。
 オリンピックで金メダルを目指す選手が
「最高の景色を見たい!」と健闘を誓います。

 単純に表彰台でいうと
銅メダルより銀メダルそして金メダルと
表彰台がより高く設定されて
金メダルが最高の高さです。
 より高い所から見渡す景色も
それぞれに違って
最高の高さから
今まで見えなかった景色が見えてくる
その栄誉を与えられるのが
唯一金メダルの選手ということでしょう。

 仏さまのみ教えに遇わせていただくと
今まで見えなかったものが見えてくる
今まで聞こえなかったことが聞こえてくる
と言われます。

 私たちの世間のものの見方と
仏さまのものの見方の根本的な違いです。
 私たちは自己中心のものの見方で
世間の事柄をよい悪いと
自分の都合で判断しては物事に執着して
苦悩の原因を自らつくっているというのが
仏さまのものの見方です。

 如実知見といわれる
真実ありのままにものごとを知見する
仏さまの智慧のおはたらきで
私たちに真実を知らせそのまま救うという
仏さまの慈悲のおはたらきでもあります。

 仏さまの智慧と慈悲のおはたらきに促されて
煩悩具足の凡夫の身は変わりませんが
仏さまのものの見方に気付かせていただくのです。

 仏さまのみ教えに遇わせていただくと
今まで見えなかったものが見えてくる
今まで聞こえなかったことが聞こえてくる
と言われる由縁です。

 仏さまのみ教えに聞かせていただきましょう。
阿弥陀如来は「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきで
人の命終わるとき阿弥陀さまのお浄土に往生成仏させる
とお誓いです。

 お浄土から見える景色は
どのようなものなのでしょうか。
 浄土の仏に成ったら
すぐさま迷いのこの世に還って来るといいます。
衆生済度のおはたらきのためだといいます。
 すべてのことをありのままに見通せる景色には
今すぐ救わずにはおけない
私たちの苦悩の姿が見えたのではないでしょうか。

 お念仏の視座ものの見方です。
お念仏申すところに
阿弥陀さまの智慧と慈悲のお心を聞き
私にできる南無阿弥陀仏のお手伝いを
させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.6.17)

お仏壇のない生活

2026-06-16
 戦後生まれの私たち70代が
80代へそして人生の終焉を迎えるなかで
今墓じまいと共に仏壇じまいが起きています。

 子どもたちが巣立ち夫婦二人の生活になって
子どもたち次の世代に迷惑負担をかけないように
自分たちの世代でお墓やお仏壇を始末しておこうという
親心なのでしょうか。

 お仏壇もお墓も
前の親世代から送られてきたものですが
次の子どもや孫の世代に送るのではなく
始末することが
自分たちの最後の務めと思っているようです。

 自分たちが歩んできた人生を振り返ると
高校の頃までは親や祖父母と同居していましたが
就職や結婚で実家を離れると
それぞれの生活になり核家族になっていきます。

 お家にお仏壇のない生活です。
葬儀や法事は実家のお仏壇で行われ
実家にお参りに行くということでした。
 日々の生活の中でお仏壇のないお家で子育てをし
子どもはお仏壇を普段から意識することなく
成長していったということです。

 実家の両親が亡くなり
お仏壇やお墓を継承することになりますが
自分たちが住む家に実家のお仏壇を置くスペースがなく
小さなお仏壇に買い替えてご安置することになります。
 両親の法事も
狭いお家で子どもたち夫婦だけで勤めたり
お寺でお勤めするお家も多くなって
尚更お家の小さなお仏壇のお役目が少なくなりました。

 子どもたちにとって生活実感のないお仏壇であり
自分たちの死後のことを考えると
お家にお仏壇のある意味がないように思うのも
当然の成り行きかもしれません。

 ただお仏壇は先祖が遺した家具とは違い
遺品整理のように片づけるというものではありません。
 お仏壇があればあったであることの意味がわからずに
取捨選択の対象になるのでしょうが
お仏壇があることの意味を聞いてほしいのです。

 お坊さんの出番です!
人それぞれに価値観ものの見方考え方が違いますから
お家にお仏壇がないといけないと決めつけて
頭ごなしにお話しすることではありません。

 お家にお仏壇があることで
仏さまの教えに遇うことができる
ということの意味です。
 お仏壇のお荘厳は宗派によってそれぞれ違いますが
私たちが目にするお仏壇の姿形に
大事な教えが示されているのです。
 特にお仏壇の中心にご安置する
ご本尊の仏さまのお姿です。
 それぞれの宗派の教えの肝要がそのまま表されており
そのお姿を通してお説法を聞くことで
私たちは教えに遇うことができるのです。

 お仏壇のお荘厳すべてに意味があるもので
きれいにお仏壇をお飾りすることで
仏さまの教えに遇ってくれよ聞いてくれよと
ご先祖が私たちに
お仏壇を送り届けてくださっているのです。

 今からでも間に合います。
仏壇じまいを考えることがご縁になって
仏法聴聞のご縁にしていただきたいと思います。

 仏さまのみ教えを聞きましょう。
聞いておきましょう。
 仏さまは真実を悟り本当のことに目覚めたお方です。
仏さまのみ教えを聞くことで
これまで見えなかったものが見えてくる
聞こえなかったことが聞こえてくる
大きな気づきとなり生きる喜びともなるでしょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.6.16)

勝者も敗者もない

2026-06-15
「サッカー観ました?」
月参りのお家でお勤めの後に
開口一番きかれました。

 サッカーW杯日本の初戦オランダ戦です。
朝5時のキックオフでテレビ観戦しました。
 後半途中1対2でリードされた劣勢の戦況で
6時半からのお朝事のお勤めにお参りしました。

 喚鐘の中を本堂に入ると
いつものお同行がいつものイス席に座って
「帰命無量寿如来」の住職導師の発音に
「南無不可思議光」と声を合わせて続きます。

 お朝事のお勤めの終わる頃には
試合結果は出ているななどと想いつつ
お勤めが終わって恐る恐るテレビを付けて観ました。
 試合終了直後の選手の様子です。
日本選手にもそしてオランダ選手にも
極端に落胆の表情が見受けられません。

 これは!
結果は日本が追いつき2対2の引き分けでした。
 同じグループで互いに上位2チームと認め合うように
双方の監督にも戦い切った表情が伺えます。

 大方の見方は結果オーライということでしょうが
でも何でですかね?
 実際に試合をする選手当事者でない者が
どんなに思ってみても
その思いが結果に直接結びつくものではありませんが
思いを力に変えて応援したいという気持ち一杯です。

 それで思いが強く力が入り過ぎて
試合をライブで観ていられないこともあり
結果が分かった後で
テレビの録画を見直すようなこともあります。

 当事者としての私の人生です。
まさに今今今のライブの連続で
逃げ出すこともやり直すこともできません。
 でも見直すことはできると
「やり直すことができない人生も見直すことはできる」
と教えていただきます。

 見直したところで
人生そのものが変わるわけではありませんが
見直すことでそこに意味を見い出すということです。
 失敗は成功のもとといいます。
失敗から学ぶ人生です。 

 勝つか負けるかの勝負の世界は
結果だけでいうと勝者はひとりだけです。
 敗者があって勝者があるという関係性
ご縁つながりのなかに
敗者も勝者も共に生きる世界があるということで
この人生に勝者敗者はなく
どんな人もそれぞれの人生を
共に生きて往ける世界があることを
仏さまのみ教えに聞かせていただきます。

 今日一日もお念仏申して
あなたも私も皆共に
南無阿弥陀仏の大きないのちにつながり
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
往生浄土の道行きを生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.6.15)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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