お念仏を申す生活法話

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「生身の人間ですから」

2026-08-21
 皇室典範改正をめぐって
先日別件で記者会見をされた
秋篠宮さまの「私も生身の人間ですから」との
発言にドキッとしました。

 思うところはあるが言えない
象徴天皇制にあって当事者の皇族方のお気持ちを
代弁するかのように受け止めました。

 立法府の国会での議論で
自分たちのことが決められるのに
意見は聞かれないし発言もできないという
もどかしい胸の内を吐露されたことです。

 生身の人間は私もあなたも皆同じ生身の人間です。
私たちは人それぞれに
自らの思いをもって生きています。
 自分の思いを責任をもって発言し行動することで
自分の思い通りに行けばよいのでしょうが
それぞれ思いの異なる者同士が営む
私たちの社会にあって
思い通りに行かずに悔し涙を流すことも
怒り腹立ちの心で周囲を批判非難することもあり
どうにもならないやるせない気持ちに追いやられて
苦悩の淵を行ったり来たりすることです。

 生身の人間です。
どこまでも自己中心の思いで様々な感情が入り乱れ
泣いたり笑ったり時に冷静さを失って
自暴自棄になるようなこともある私です。

 そんな苦悩の海に沈む生身の私を見抜かれて
阿弥陀如来は「十方衆生を分け隔てなく必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏となって
今こここの私をそのまま摂め取って捨てないと
おはたらきくださっているのです。

 生身の私をそのままお念仏申す身にお育てくださる
阿弥陀さまのお救いです。
 今日一日もお念仏申して
あなたも私も皆共に
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.8.21)

お念仏のいのちのバトン

2026-08-20
 ご門徒さんのお家におくやみに参りました。
いつものお仏間お仏壇の左前に頭を前に向けて
お棺の中にご門徒さんがご安置されていました。
 御仏前に座りお灯明を点けお線香を焚いて
お勤めをさせていただきました。
 ご遺族に言葉をかけ棺の中のお顔を拝し
「お世話になりました」とお念仏お礼申しました。

 50年前私がお寺の法務のお手伝いを始めた頃
ご門徒さんのお家の月参りのご縁でお会いしました。
 当時は留守のお家が多く
「ごめんください」と声をかけて
そのままお家の仏間に向かいお勤めをして
「失礼します」と帰ることでしたが
このお家は決まってお茶とお菓子が出されて
長い時間お話をすることもありました。

 私よりかなり年輩の方が応対されるお家が多い中で
私に年齢が近いお方で気軽にお話ができました。
 お寺にかえったばかりの若い僧侶で
生意気な口利きもあったと思いますが
そのまま話を聞いてくださり
色々と参考になる話もしてくださいました。

 間もなく若婦人会の代表として
積極的にお寺の活動に参加くださるようになり
爾来最期までお寺のご縁にお参りしてくださいました。

 お寺はご門徒皆さんに支えられて
護持運営がはかられ
お念仏興隆の種々活動がなされていることです。

 お寺の日々の営みと共に
お念仏の道をご一緒してきた私たちお同行ですが
お互い歳を重ねていい歳になりました。
 お念仏のご縁をいただいて
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて生きて
人の命終えて阿弥陀さまのお浄土に
往生させていただきます。

 先に往かれた方のお念仏のいのちバトンをいただき
今日一日もお念仏申して
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.8.20)

仏さまのお供えです

2026-08-19
 医師が檀那寺のお寺にお参りして
住職に御布施をそして
「これは子どもさんに」とことわって
お菓子をわたしたという話です。
 職業柄住職の体調が気になるということでの
配慮だったそうです。

 御布施もお菓子も仏さまへのお供えもので
「仏さまにお供えしてください」との思いで
私にできることをさせていただく布施の行ないです。

 仏さまに上げたお供えですから
仏さまからお供えのお下がりをいただきます。

 御布施はそのまま住職の懐に入るのではなく
お寺の教化伝道活動の一助にさせていただき
お菓子はお寺の参詣者にご縁ご縁にお配りします。

 布施をする者も布施を受ける者も
そして布施の品の数々もすべて
仏法領の仏さまのお心にかなう
ご縁つながりの関係です。

 阿弥陀如来の「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらき
お念仏のご縁につながって
あなたも私も皆共に
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
生かされて生きているのです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.8.19)

命の水

2026-08-18
 熊本地震から3週間です。
ボランティアも入り連日復旧活動が行われていますが
今も3000人を超える方々が避難生活を余儀なくされ
7000戸超で断水が続いているといいます。

 私たちの生活に水は欠かせません。
まさに命の水です。

 まず飲み水です。
夏のこの時期猛暑酷暑の中で
水分の補給は欠かせません。
 私たちの体の大部分は水でできており
水が無くなったら死んでしまいます。

 洗面に洗い物、洗濯お風呂と様々に
生活全般にわたってたくさんの水に依存している
私たちの生活実態ですが
今回も特に課題になったのがトイレです。
 水洗トイレが当たり前の生活で
水が無ければほとほと困ってしまうのです。

 このことは阪神淡路大震災の
大規模都市災害の経験から分かっていたことなのに
あれから何度も災害にあったにもかかわらず
課題が解消されていないままです。

 トイレに行きたくても
汚物で溜まった汚い臭い見るに堪えない状況に
トイレを我慢し水分を控えて災害関連死に陥ることも
これまでも繰り返されてきたことです。

 井戸水や湧き水の活用が言われます。
川やため池の水もそうですが
水を汲みに行かなければなりません。
 大変な重労働ですが
先人の生活は朝の水汲みから始まったといいます。
 家族総出の皆でしないとできない作業で
役割分担をして互いに支え合っていたのでしょう。

 命の水を互いに分け合って
生きてきた先人の思いです。
 今は蛇口をひねれば当たり前に出てくる水ですが
今も昔も命の水に変わりなく
皆が水に生かされ共存しているのです。

 命の水にいのちのお念仏を重ねて思います。
阿弥陀如来は「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏の無量寿無量光のおはたらきで
いつでもどこでも誰でも
阿弥陀さまのお慈悲の中に
摂め取ってお捨てにならないのです。

 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
私たちは生死を超えて往生浄土の道行きを
共々に生き抜かせていただけると
聞かせていただきます。

 今日一日もお念仏申して
あなたも私も皆共に
阿弥陀さまのお慈悲の中に
生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.8.18)

私を喚んでくださる

2026-08-17
 朝6時の梵鐘が聞こえます。
お朝事参りの準備をして
6時半に喚鐘がお寺の本堂境内に響き渡ります。

 私を喚んでくださる鐘の音
お念仏のお喚び声といただきます。
「ここに座れ」と私の指定席までご用意してくださって
阿弥陀さまの御尊前いつもの席に座ります。
 いつものお同行も
それぞれいつもの席にいらっしゃいます。
 皆さん一堂に会して合掌しお念仏お礼申します。
大鐘が鳴り「帰命無量寿如来」と住職の調声に続いて
「南無不可思議光」と皆で声を重ねます。

 いつもの日常いつもの仏さまの有難いご縁ですが
今朝は特に有難くいただきます。
 日々の私たちの生活ぶりはそれぞれ様々で
いろんなことがあります。
 いつものことのようでいて
思い通りにならないことや思いがけないこともあって
喜怒哀楽の揺れ動く生活ぶりです。

 まさに煩悩具足の凡夫の為せる業ですが
一人で生きている私ではなく
あなたと共に生きる私たちの間には
波風が時に激しく立つものです。

 そういうお互いあなたと私が
御仏前に共に座しお念仏申させていただきます。
 毎朝仏法の鏡に遇って
わが身わが心のうちをありのままに知らせていただき
そのままお慈悲の中に摂め取ってくださる
「われにまかせよ必ず救う」
南無阿弥陀仏のお喚び声の有難さ尊さです。

 あなたも私も皆共にお念仏申して
今日一日も往生浄土の道行きを
ご一緒させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.8.17)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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