花まつりのご縁に
2026-04-08
今日4月8日は<花まつり>ということで
お釈迦さまのお誕生に因んだ話題が
ラジオから聞こえてきました。
お釈迦さまが生まれてすぐ七歩あゆまれ
右手は天を左手は地を指して
「天上天下唯我独尊」と宣言されたと
伝えられるお話です。
地元放送局のアナウンサーによる
朝の情報番組でのことですが
リスナーも多く
どのように話されるのか
興味深く聞き入りました。
まず「天上天下唯我独尊」ということについて
天の上にも下にもということで
この世界中で私独りが尊いと読めますが
この我というのはお釈迦さま独りのことではなく
私たち皆一人一人ということで
私たちは皆この世にかけがえのないいのちを恵まれて
生まれてきたということです。
誰にも代わることができない
オンリーワンのいのちということ
一人一人それぞれがたった一つの
かけがえのないいのちを
今生きているということで
いのちを大切に生きていきましょうという
お釈迦さまからのメッセージだと話されました。
ピンポーン!
お坊さんも同じようなお話をしますが
皆さんが日頃から親しく聞いている方のお話だと
グーっと印象深く聞かれるのではないでしょうか。
次に7歩あゆまれたことについては
仏教的には六道の迷いを超えて
さとりの世界への仏道を歩まれるということですが
面白いことを言われていました。
キリスト教でいわれる天地創造のお話です。
神様は六日目に人間を造り
一週間で天地創造を成し遂げたというお話です。
一週間は七日で日曜日は安息日ということで
キリスト教の信者は教会に参って
神への祈りをささげるといいます。
仏教で六道といい
キリスト教で六日目に人間をつくったということで
六という数字には限りある閉塞感があるといい
次にサイコロの話です。
サイコロを振って出てくる数字は
一から六までと限られていますが
一のサイコロの目は赤く記されているというのです。
単なる数字の一ではなく
一から六の全てを超えた世界を象徴しているものだと
お話されました。
真偽のほどはわかりませんが
いつもの話しぶりに聞き入ってしまいました。
お釈迦さまは「十方衆生を必ず救う」
阿弥陀如来の本願念仏の仏法を説くために
この人間界に生まれたと
親鸞さまは仰せです。
お釈迦さまがこの世にお生まれになって
私たちは今ここに仏法に遇わさせていただけたと
今日一日もお念仏申して
阿弥陀さまのお慈悲の中に
あなたも私も皆共に生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.4.8)
「お父さんと一緒で、よかったね!」
2026-04-07
昨夜妻と外食をしました。
広いスペースの食堂で
多くの人が食事をしていました。
その中に知っている人を見かけました。
お父さんと子どもの二人連れです。
すぐ近くの席で
子どもさんの楽しそうな声が聞こえます。
食事を済ませて声をかけました。
びっくりしたように挨拶を交わしましたが
「お父さんと一緒で、よかったね!」と
子どもさんに言いました。
小さな子ども一人では来れない所です。
お父さんが連れて来てくれたんですね。
子どもさんにとって
初めて行く所だったかもしれませんが
お父さんが一緒です。
大きな安心のなかに
お父さんとおしゃべりをし食事をして
一緒に過ごす楽しい時間です。
阿弥陀さまはこの私を一人子と見てとって
南無阿弥陀仏のおはたらきで「一緒に行こうね!」と
声をかけてくださり
そのままお浄土へ連れて行ってくださるんですね。
これまで行ったことのない初めて行くお浄土ですが
阿弥陀さまがご一緒です!
お念仏申して往生浄土の道行きを
ご一緒させていただきます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.4.7)
仏法に聞いて知らされる
2026-04-06
仏法を聞きましょうと
仏法聴聞のお勧めです。
仏法を聞くといって
学校のお勉強のように
知識として聞いて覚えるのではありません。
仏法を聞くことで
何がわかるのかということです。
鏡を見るといって
鏡にうつった自分の姿を見るということのように
仏法を聞いてありのままの自分が
知らされるということで
仏法に自分自身のあり方を聞いていくのです。
仏法聴聞の聴は「こちらから聴く」といい
聞は「聞こえてくる」といいます。
仏法聴聞して
煩悩具足の凡夫の私が知らされ
そのまま救う南無阿弥陀仏のおはたらきが
知らされるのです。
お念仏申して
阿弥陀さまのお慈悲の中に
あなたも私も皆共に生かされて生きている
私たちのいのちの実相を聞かせていただき
往生浄土のお念仏の道行きを
ご一緒させていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.4.6)
夜桜もいいね!
2026-04-05
昨日の雨で境内のしだれ桜も
散り始めました。
名残惜しいことですが
散った桜花が木の下にピンクの絨毯をつくって
これもまたきれいです。
残る桜もまだあって
夜桜の会を思い立ちました。
急なことです。
スーパーのお惣菜にお酒があれば
これで十分!
電話で呼びかけ6人の会になりました。
4月の夜間はまだまだ寒く
皆さん上着を着込んで
準備万端!
電気スタンドのぼんぼりで
ライトアップしたしだれ桜は
何とも風情のあるいい感じで
夜桜を愛でて酒を酌み交わし話も弾んで
すてきな宴になりました。
お寺のしだれ桜がつくってくれた
お念仏のご縁になりました。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.4.5)
「等しく尊い」※転載
2026-04-04
「灌仏会(かんぶつえ)」とも「仏生会(ぶっしょうえ)」
とも言われる「花まつり」は、お盆と並んで
日本で最も古くから行われている仏教行事です。
奈良時代、東大寺の大仏の開眼法要も
実際には一日遅れたものの
花まつりの4月8日に実施される予定でした。
浄土真宗のお寺でも
花まつりになるとよく見かけられるのは
小さな花御堂です。
吹き放ちになっている4本柱に囲まれた空間には
これまた小さな、誕生されたばかりのお釈迦さまが
すくっとお立ちになって
右手は天、左手は地を指されています。
お釈迦さまは生れるとすぐに
7歩を歩んで天地を指し
「天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」
という言葉を発せられたという
その姿を表しているのですね。
生まれたばかりの赤ん坊に
そんなことができるはずがないなどと
笑わないでください。
これには深い意味があるのですから。
まず7歩というのは
六道と呼ばれる
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という
六つの迷いの世界を超えるということです。
お釈迦さまは
迷いの六道を超越する教えを説かれるために
この世界に誕生されたのです。
そして「天にも地にも、我ひとりが尊いのだ」
という言葉も
お釈迦さまが「自分が偉いのだ」と
威張られているわけではありません。
人は皆、一人ひとりが
かけがえなく尊いものであり
それぞれに他と比べることができない
価値を持つ生命として
この世に生れてくるのだということです。
生命は皆、等しく尊い
花まつりはそれを教えているのです。
※菅純和 著「仏事の小箱」
ー『御堂さん』2026年4月号より ―
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.4.4)


