宇宙とは何か?
2026-07-05
NHKタモリ・山中伸弥の
「!?(びっくりはてな)」の番組から
今回は、史上最大の謎に挑む!
「宇宙とは何か?」のテーマです。
古くから広大な宇宙の謎を解明しようと
多くの知識人科学者が学問研究を重ね続けています。
約138億年前にビックバンが起こり
現在の宇宙が生まれたという宇宙の起源説です
遥か昔の壮大なドラマで
想像することさえかないませんが
今私たちがこの宇宙この地球に生きている現実からして
始まりがあったということです。
人間のあらゆる叡智を集めた現代科学をしても
宇宙の解明は殆どできていないということで
ダークな部分が大半といいます。
ダーク「暗い・陰のある」という意味で
わからない、見えないことだらけといわれます。
では、見えないから無いのかというと
見えないけれども確かに有ることを
見つけたというのです。
この目に見ることができない何かが
はたらいているということです。
「見えないものもあるんだよ」という世界
人知を超えた摩訶不思議な
大宇宙のいのちの営みです。
お念仏のご法義に重ねて思います。
阿弥陀如来の「十方衆生を必ず救う」
本願成就の光明と名号のおはたらきです。
弥陀の浄土から光明のはたらきで
ダークな私をそのまま摂め取って
「われにまかせよ必ず救う」と
南無阿弥陀仏のおはたらきです。
揺れる木の葉の様相に
風のはたらきを見るように
私の口にこぼれるお念仏の声に
「いつも私が一緒だよ。
大丈夫安心して生きて往こう」と
阿弥陀さまのおはたらきを聞かせていただきます。
今日一日もお念仏申して
あなたも私も皆共に
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に生かされて
往生浄土の道行きを生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.7.5)
先に往かれた仏さま
2026-07-04
葬儀を葬送の儀と申します。
土葬が主流だった頃は
野辺の送りといって
葬儀のお勤めの後にご遺体を埋葬地まで
葬列を組んで見送っていましたが
現在は火葬することで
葬儀会館から火葬場まで霊柩車で送ります。
火葬されお遺骨となって
懐かしいお家に帰ってまいります。
そして中陰の期間お家のお仏壇の傍にご安置して
満中陰のご縁でお墓に納骨されるのが一般的です。
最近は葬儀のお勤めをすることなく
直接火葬場に送りお遺骨を持ち帰らない
事例があると聞きます。
身寄りのない方なら
行政機関でお遺骨を納めるといいますが
ご遺族がお遺骨を受け取らないというのです。
火葬場の収骨所に
他の遺骨と一緒に寄せるということですが
何か遺体の焼却処分のように思えてなりません。
浄土真宗のご法義は
阿弥陀如来の「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきで
私たちは人の命終わるとき
そのまま阿弥陀さまの浄土に往生して仏となり
すぐさまこの世に還って来て
衆生済度のおはたらきをさせていただくと
聞かせていただきます。
私のこの目に見えるお姿はお遺骨ですが
この世でご縁にあったお方は
先にお浄土に往かれた仏さまと
仰がせていただくのです。
大切なお方とお別れする悲しいご縁ですが
そのまま仏さまのご縁といただく
葬儀のご縁なのです。
お仏壇でお墓で先に往かれた方を思い
手が合わさり
南無阿弥陀仏とお念仏が出てくださいます。
私をお念仏申す身にお育ていただく
先に往かれた仏さまのおはたらきです。
南無阿弥陀仏とお念仏申して
今日一日も往生浄土の道行きを
ご一緒させていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.7.4)
お葬儀のご縁つながり
2026-07-03
ご門徒のお葬儀のご縁です。
今はすべてが葬儀社の斎場で
行われろようになりましたが
この数年で瞬く間に周辺に斎場が増えて
このたびは初めての斎場でのご縁でした。
最近の斎場はどれも町中にあって
コンパクトな造りになっています。
家族葬を専門にしたもので
駐車場もそんなに広くなく
斎場内には遺族の宿泊所も完備されています。
病院や施設でお亡くなりになって
ご遺体を直接斎場にはこぶことで
遺族は斎場に留まって通夜葬儀は
すべて葬儀社まかせで済むという手はずです。
個人は懐かしいお家に
お遺骨となって帰るということで
周囲の方々も亡くなったこと自体知らないままに
葬儀の後で知るということもあるそうです。
家族葬ということで
葬儀の参列者も故人の直系家族を中心に
親族の方々も知らない事態にもなって
後から誰からか聞くことで
お参りしていいものかどうか
思案するようなこともあるといいます。
今は日頃のご縁がなくなっていたとしても
ずっと昔から色々ご縁の深かった
関係だったと思います。
命終えていく最後のご縁に
「お世話になりました。ありがとうございました」と
お礼ができたらと思いますが
人生の最後に及んで
何か寂しい悲しい思いがします。
これまでの一般的な葬儀では
最後に喪主の挨拶があり故人に代わって
「生前中は大変お世話になりました。
今後とも私たち遺族を宜しくお願いします」と
ご会葬の皆さんにお礼申し上げていたことです。
先に往かれた方の最後のつとめです。
「これからもこれまでと同じように
遺った者たちを宜しくお願いします」と
言われているのです。
葬儀のあり方が変わっても
先に往かれた方は後を導くのです。
そうしたいのちのご縁つながりのなかに
私たちはお念仏申して生かされて生きて往くと
お念仏のみ教えに聞かせていただきます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.7.3)
独りじゃないよ いつも私が一緒だよ
2026-07-02
★☆ 独りじゃないよ いつも私が一緒だよ ☆★
仏教経典『仏説無量寿経』に
「人在世間愛欲之中独生独死独去独来当行至趣苦楽之地身自当之無有代者」
(人は、この世の愛欲のきずなにつながれて生きているが、つきつめてみると、
独り生まれ独り死に、独り来て独りゆくのである。
すなわち、人それぞれの行ないによって、
苦楽の境界にすむ身になるのであって、
すべては自分自身がその責任を負わねばならない。
だれも、これに代わることはできないのである)
とご教示です。
どの時代どの国に生まれたいと思うこともできず
どんな人も気がついたら
この時代この国に「独り」で生まれてきていました。
生まれてすぐ出会ったのが両親です。
生まれた時は分かりませんが
すでにつながっていた人と人とのご縁
人間関係に次第に気づいてきます。
人は自分一人で生きているのではなく
人と人との出会いご縁つながりのなかに関係し合い
支え支えられながら共に生きていると知らされます。
あなたと私が共に生きるということは
互いに自分の都合によくも悪くもという関係で
自分の思い通りに行って楽しいときも
思い通りに行かずに苦しいときもあり
誰にも代わってもらえることがなく
自分の責任で生きていかねばなりません。
私たちはこの人の世に生まれて来ることも
生きることも、死して行くことも
何一つ自分の思い通りにすることはできません。
仏教は生老病死の四苦を説いて
生死の迷いと教えます。
阿弥陀如来は「十方衆生を必ず救う」と
本願成就の南無阿弥陀仏の名号となり
迷いの世界に苦悩する私たちに
「いつも私が一緒だよ。どんなことがあっても
決してあなたを見捨てるようなことはしないから
大丈夫安心して一緒に生きて往こう」と
摂取不捨のおはたらきで
今こここの私にご一緒くださり
往生浄土の道行きを共にしてくださるのです。
お念仏ひとつでどんな人も救われるご法義です。
「われにまかせよ必ず救う」
南無阿弥陀仏のおはたらきにそのまままかせて
あなたも私も皆共に
お念仏申して
阿弥陀さまのお慈悲の中に
生かされて生きてまいりましょう。
★『ようこそ月報』2026年7月号より
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.7.2)
早や半年過ぎて
2026-07-01
早いもので今日から7月です。
一年の半分が過ぎてこれから下半期に入ります。
この頃月が変わる度に決まって
食料品の値上がりがトップニュースになります。
物価高のご時勢の中で庶民の抵抗です。
スーパーの安売りチラシをチェックしては
買い物に奔走しますが
スーパーに行く車のガソリン代を考えると
何をしているのかなどと思うこともしばしばです。
株価はどんどん上がって
投資筋はホクホク顔のようですが
私たちの日常生活に実感はなく
円安ドル高でこれからも物価高が続きます。
ままならない日暮しですが
お念仏申される生活です。
お念仏申して自分の都合のいいように
生活が改善されるわけではありませんが
自分の都合によくも悪くも
「まかせよ救う」南無阿弥陀仏の安心をいただいて
今月も一日一日阿弥陀さまのお慈悲の中に
共々に生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.7.1)


