お念仏を申す生活法話

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お念仏の浄水

2025-12-08
 富士山近くの湧き水は
30年前の富士山の雪解け水というお話です。

 雪が解けて富士山の地下深く潜り経巡って
30年経ち湧き水となって地上に出てくるという
大自然の壮大な営みです。

 二十数年来名水を求めて
定期的に水汲みに行っています。
 料理に使ったりお茶やコーヒーに沸かして飲みますが
そのまま飲んでも美味しい天然水です。

 浄水された水道水も安心安全に飲めますが
湧き水は大自然のはたらきで
何年もかかってつくられたもので
もっと安心して飲ませていただきます。

 ペットボトルの飲料水が売り出されたときは
何で飲み水にお金を払うのかなどと
抵抗感がありましたが
浄水場の設備がなかった時代に
水売り商人がいたことからして
自然の湧き水はまさに
天から授かった恵みの水だったし
今もそうです。

 大自然の大いなるおはたらきのなかに
私たちは生かされて生きていることを
水なしには生きていけない生活の中で心強く思います。

 国土の3分の2が森林という
自然ダムを保有する日本というお話です。
 その巨大な水源地をこの目で見ることはできませんが
絶え間なく豊富に湧き出る天然水に
自然の大きなおはたらきを実感します。

 阿弥陀さまの「十方衆生を必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきは
いつでもどこでも誰にでも
「まかせよ救う」のお念仏のお喚び声となって届けられ
今こここの私の口からお念仏が出てくださるのです。

 水道の蛇口をひねったら
水が出てくるように
水源地からもうすぐそこに水は届けられ
はたらいてくださっているのです。

 阿弥陀さまのご本願の救いを疑う
蛇口に栓をしている私がいます。
 自然に湧き出る湧き水をいただくように
阿弥陀さまの「まかせよ救う」おはたらきに
そのまま信じまかせて
お念仏の浄水をこの身にいっぱいいただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.12.8)

<すいようサロン>にようこそ!

2025-12-07
 毎月第二・第四水曜日(午後2時~3時半)に
お寺の境内あんのん館で
<すいようサロン>を開いています。

 特に何をするということはなく
参加された皆さんと一緒にお茶を飲んで
おしゃべりするご縁です。

 概ね60歳以上の高齢者の方が参加され
お寺のご縁ということで
仏事の相談や終活に関する話が多くなりますが
身の上相談も承ります。

 身の上相談というと
他人には言えない個人的で深刻なことのようですが
歳を重ねて誰にでも起こる
思い通りにならないこの身の上の相談です。

 誰にも代わってもらえない
わが身に引き受けていかねばならない
生老病死の身の事実です。

 生きることは老いることであり
生きることで病気になることもあり
そしてどんな人も必ず命終えていかねばならない
わがいのちの真実です。

 言われてみれば本当のことだと頭では頷けても
自分のことと受け入れ難く
いつまでも若くありたい健康でいたい死にたくないと
私たちは老病死の身の事実に抵抗するように
日々頑張って生きていませんか。

 老いること病むこと死ぬことを
マイナス思考で見ては向き合おうとしないなかに
私たちの苦しみ悩み迷いがあると
仏さまは教えます。

 歳を重ね老病死の思い通りにならない現実に直面して
私たちは「何でどうして」と
ため息をつき愚痴が出てきます。

 御仏前でいただくお念仏のご縁です。
ため息も愚痴もそのまま受けとめてくださる
阿弥陀さまのお慈悲のおはたらきに身をまかせて
誰に何の気兼ねすることなく
ブツブツブツブツ愚痴を言って
そのままナンマンダブツとお念仏申す身に
させていただきましょう。

 次回の<すいようサロン>は
12月10日(水)午後2時~3時半です。
 ふらっと気軽にお立ち寄りください。
お茶とお菓子を用意してお待ちしています。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.12.7)

ボチボチできることをさせていただきましょう

2025-12-06
 報恩講のお勤めで
ご門徒さんのお家にお参りします。

 久しぶりにお会いする方が多いなかで
足腰が衰えて立ったり座ったりが
思うにまかせないとの話をよく聞きます。
 歳を重ねて今までできていたことが
できなくなるもどかしさ
私もそうです。
 何でこんなことになったのかと
ついつい愚痴が出てきます。

 若い時はこうだったああだったと思い返しても
老いて行くこの身を受け入れて生きていくしかないと
「ボチボチできることをさせていただきましょう」と
自分にも言い聞かせるようにお話をします。

 私が一人頑張って生きているのではなく
周りの方々に支えてもらって生きてこれたし
これからも生かされて
自分にできることをさせていただくことです。

 御仏前でのお話です。
愚痴がすぐ出るこの口から
お念仏が出てくださるご縁です。

 南無阿弥陀仏とお念仏申して
今日一日もあなたも私も皆共に
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に生かされて
生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.12.6)

ご縁ご縁にお聴聞

2025-12-05
 映画館を主宰する方のお話です。
興行収入のよい映画をロングランで上映する
映画館が主流の中で
邦画洋画の区別なく広く知られていない隠れた秀作や
過去の名作をリバイバル上映するような映画館で
「同じ映画でも5年に一度見直すと
映画の見方が違ってくる」というお話を聞きました。

 歳を重ねて人生経験を積むなかで
これまで気づかなかったことに気づかされる
見えなかったものが見えてくるといったことでしょう。

 仏法聴聞ということもそのように味わえます。
お寺のご法座で聞かせていただく阿弥陀さまのご法義は
「生きとし生けるものすべてを必ずそのまま救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のお救いの法ですが
布教使の方々の話しぶりはそれぞれ違っても
お取り次ぎするお念仏のみ教えは同じです。

 「お寺の話はいつも同じ話」と
言われる方がいらっしゃいます。
 同じ話を何度も聞いて覚えたから
もう聞かなくてもいいとでもいうのでしょうか。

 仏さまのみ教えを聞かせていただく仏法聴聞は
学校のお勉強とは違います。
 いつでもどこでも誰でも救う
南無阿弥陀仏のおはたらきを
今こここの私が聞かせていただくのです。

 諸行無常の世にあって
私たちの生活ぶりは人それぞれに様々に変化して
一人として同じ人生の歩みはありません。
 自己中心の思いはからいで生きて
よかった悪かったと泣き笑い
思い通りに行かずに苦悩することもしばしばです。

 そんな私に
「独りじゃないよ。私がいるよ大丈夫だよ」と
南無阿弥陀仏の喚び声となっておはたらき通しの
阿弥陀さまがいつでもどこでも
ご一緒してくださるご法義です。

 5年に一度と言わずに
ご縁ご縁に仏法聴聞させていただきましょう。
 お念仏申して
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.12.5)

「雨が降るから 虹が出る」※転載

2025-12-04
 万博へは何度か行きました。
その日は雨でした。
 車窓を流れるのは見なれた大阪の風景でしたが
「雨か」と思うとなんとなく気持ちは塞ぎ気味でした。

 やがて電車は地下に潜り
間もなく会場最寄りの駅に到着しました。
 「夢洲」というその駅名にもかかわらず
気持ちは晴れませんでした。

 ところが地上に出てみると
雨があがり薄日がさしていました。
 地下を走っているうちに
天気が変わっていたのです。

 それに気付いた途端
気持ちが急に明るくなりました。
 傘をたたんでビニール袋に入れ
それをカバンに突っ込んで
意気揚々と歩き出しました。

 歩きながら思いました。
雨が止んだと知っただけで
こんなにも気持ちが変化するのだと。
 人生には景色が重要だと思いました。

 「むかしの私は煩悩の酒に酔い
欲望の肴を美味いと思っていた。
 でも仏さまの願いを聞くうちに酔いが醒め
煩悩を恥ずかしいと思うようになってきた。
 そして仏法の味わいが
何よりもありがたいと思えるようになってきた」。

 阿弥陀さまのみ教えに出遇ったら
私の人生の景色が変わる。
 親鸞聖人はそうおっしゃっています。

※『本願寺インスタ倶楽部』
   (梯 信暁 本願寺派総合研究所副所長)より転載
      ー本願寺新報2025年12月1日号ー

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.12.3)

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