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お念仏を申す生活法話

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年金生活のなかで

2025-02-15
 昨日が年金支給日で金融機関の窓口に
多くの高齢者が列をつくっていたというニュースです。

 年金をいただいて早速向かう先は
スーパーの安売りセールだそうです。
 ここ最近の日用品の物価高と
令和の米騒動といわれる主食米の高騰で
日々苦しいやりくりの年金生活者の現実です。

 できるだけ出費を抑えて
必ず必要なものだけにお金を使うことが
より徹底される生活の中で
お寺への出費です。

 仏さまへのお供え
御布施です。
 私にできることをさせていただくということで
御布施に金額の大小はありません。
 できるときにできることをということで
その時どきにできることを
精いっぱいさせていただきましょう。

 これまでも御布施の金額を聞かれるときに
「年金生活者だから」と言われると
ちょっと躊躇しますが
どんな人にも「できることでお包みください」と
おこたえするようにしています。

 皆さんそれぞれのお気持ちを
仏さまにお供えさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.15)

出会いなおし

2025-02-14
 「やり直すことができない人生も
見直すことができる」との言葉をいただきます。

 この歳になって思うことです。
これまでの人生を振り返るとき
「こうしておけば」と思い返しても
一つとしてやり直すことはできません。

 自分の都合に良いことも悪いことも
色々ありましたが
すべてはお念仏のご縁につながって
今の私があると聞かせていただきます。

 一直線の人生で後戻りすることはできませんが
あなたと私のご縁つながりの人生の営みのなかで
これからもお互いに生かされて生きていく
この人生です。

 あなたと私の出会いがあり
そして別れがありました。
 この人生は
出会いと別れの繰り返しです。

 家族や職場地域で日常お会いしている方もいれば
学生時代以来ずっと会っていない方がいます。

 人それぞれの人生があり生活ぶりも違って
今何をしているかなと思いを馳せます。
 懐かしいご縁の方々です。
良い思い出ばかりではなく
喧嘩別れしたり
いつの間にか音信不通になった人もいます。

 出会いなおしということを思います。
遠いいつの日か一緒に学び遊んだ友です。
 皆さんそれぞれにいろんな人生の歩みの中で
今また会える楽しみです。

 これまでの人生の道行きはそれぞれに違っても
仏法に遇ってお念仏申す身にお育ていただき
これからの人生を共々に生きていける
往生浄土のお念仏の道行きを
ご一緒させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.14)

そんなに急いでどこへ行く

2025-02-13
 車を運転していて
他の車が急に前方に割り込んできて
ひやっとすることがあります。

 何か先を急いでいる様子で
それからも左右に車を切り返しては
見えなくなりました。
 さぞ遠くに行ってしまったかと思いきや
次の交差点で信号待ちしている車を見つけて
苦笑いするようなことです。
 他人事ではありません。
私もこんなことが何度もありました。

 「せまい日本 そんなに急いで どこに行く」と
交通安全の標語がありました。
 今でいうタイパです。
時間の節約とでもいうことですが
運転を急いでスピード違反や事故を起こしたりしては
もともこもありません。

 私たちの人生の道行きです。
「急がなくてもよいことを急いで
毎日をあくせく生きている」と
私たちの有り様をお経さまに説かれてあります。

 自分中心の思いはからいでアクセルを踏み続け
ゆっくり人生の道行きを楽しむことなく
常に前を向き頑張って生きている私たちです。

 二度とないこの人生です。
私たちは何のために生まれてきて
どこを目ざして生きているのでしょうか。
 
 お念仏申して
「われにまかせよ 必ず救う」との
南無阿弥陀仏のお喚び声を聞きつつ
阿弥陀さまのお慈悲の中に安心して
一日一日をゆくりゆったり
ある時には立ち止まって
往生浄土のお念仏の道行きを
あなたと私自他皆共にご一緒させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.13)

「願」※転載

2025-02-12
 もしも願いがかなうなら……
皆さんは何を願われますか?
 私は、家族が健康で
私より長生きしてくれることを願います。

 ところが先日、妻に
「僕が先にお浄土にいきたい」と話したところ
「勝手やな!残される家族のこと考えてる?」と
一喝され、ハッとしました。

 家族への率直な願いの奥底に
大切な人が亡くなる苦しみを
「私が」味わいたくないという
自分本位な思いが潜んでいたのです。

 私の願いには
たとえそれが他者へのものであっても
利己的な思いが潜んでいるという
親鸞聖人のお示しを痛感しました。

 阿弥陀さまの願いは
迷いの世界に沈むこの私の救い一点です。
 そこに利己的な思いは
一切ありません。
 
 私がお浄土に生まれることができなければ
仏にならないとまで誓われました。
 そして、自分中心にしか
物事を見ることができない私を救おうと
今このときも願いはたらき続けてくださっています。

 いつ命を終えるか
どちらが先かはわかりませんが
阿弥陀さまの願いが成就した世界
またともに会えるお浄土に生まれさせていただくことを
ありがたく思います。

 ※『本願寺インスタ倶楽部』
    (林 龍樹 本願寺派総合研究所研究員)より転載
      ー本願寺新報2025年2月10日号ー

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.12)

一番身近な選挙

2025-02-11
 今度の日曜日に投開票の
市会議員選挙が告示されました。

 国政県政市政と選挙が何度もあります。
地縁血縁諸々の縁で
顔が見える知り合いも立候補されることもあって
市政は一番身近な選挙ですが
何か関心が薄いようにも感じます。

 特にこの人という推しの方がいないなかで
今朝の新聞で初めて候補者54人の一覧を見ました。
 現職新人元職と
これまで馴染みの方もいますが
全く知らない方が大半です。

 さて誰に投票するか
紹介一覧には写真と簡単な経歴が載っているだけで
どの候補者にも決まって書かれてあるのは
年齢・所属の政党(無所属も)そして最終学歴です。

 どんな政治信条で何をやってきた人で
市議になって何をやろうとしているのかが
投票する大きな判断材料です。
 詳細はこれから新聞やチラシ等で知るところですが
今はネット選挙で日々情報を発信している
候補者も多いと思います。

 その人の属性ということでいうと
学歴記載に違和感をもちます。
 今までも学歴詐称問題をおこした政治家がいて
学歴が大きな投票の判断材料に
なっているのでしょうか。

 学歴記載の有無は候補者自身の判断でいいし
学歴を一つの投票材料にするかしないかも含めて
私たち有権者のものの見方価値観によるところです。

 何を依りどころに生きているのか
私のものの見方が問われるところです。

 お念仏申されるように
お念仏の視座で
あなたも私も自他共に
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながり
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
心豊かに生きて往ける社会をめざして
選挙にのぞみ投票したいと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.11)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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