大人も子どももみんな仏の子です
2023-05-05
今日5月5日は子どもの日です。
子どもといい大人といって
通常年齢的に区別されますが
親と子の関係でいうと
親からいえば子どもは何歳になっても
子どもです。
子どもが生まれて親になるといわれ
親と子は同い年といいます。
親は子どもの幸せな成長を願い
子どものことをずっと見守ります。
子どものことがいつも心配で
「こうしなさい」
「こんなことをしてはいけません」などと
口やかましく言っては
叱ることもあります。
親は子どもにとっては頼りになる一方で
うっとうしい存在でもあります。
子どもが小さい頃は
親は子どもを育て養うということですが
年月が経って親子の立場が逆転します。
体力的にそして経済的にも逆転して
子どもが親の世話をするようになります。
ただね、子どもを思う親の気持ちは変わりません。
70、80、90歳になっても変わらない
いや命終えても変わらないのが子どもへの親心です。
子どもの幸せを思う心です。
ただ歳を重ねて物理的には逆転していますから
思うようなことができないもどかしさの中で
共々に日暮らしすることになります。
私たちはみんな子どもの頃がありました。
そして大人になりました。
子どもができて親になる人もいれば
それぞれの生活の中で
大人も子どももみんな仏の子と
教えていただきます。
仏さまに思われ見守られていると
聞かせていただけるのが
仏教浄土真宗のみ教えです。
親が人の命終えていき
子どもの目に親の姿を見ることができなくなっても
南無阿弥陀仏のお念仏の声となって
いつでもどこでもこの私を必ず救うと
おはたらきの仏さまに成ってくださるのです。
いつまでも親に心配かけ通しの
私たちはどこまでも至らぬ子どもです。
だからこそ「わが一人子よ。私がいるよ大丈夫だよ」と
いつでもどこでも見守ってくださっているのです。
子どもの日です。
われら仏の子と聞かせていただき
これからも南無阿弥陀仏とお念仏を申すなかに
阿弥陀さまそして有縁の親さまとご一緒に
日暮らしさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.5)

コロナ禍もお念仏相続されて
2023-05-04
昨日今日は海原のお祭りです。
4月28・29日は三佐のお祭り
その前は家島のお祭りと
この時期三佐校区は毎年春祭りで賑わいます。
ところがコロナ禍でこの三年間は
各地の行事が中止になったり内容を変更したりしてで
お祭りも4年ぶりの通常開催になりました。
コロナ前のように復活ということが言われます。
今はゴールデンウィークで
全国の観光地に人出が戻ってきたというニュースです。
ただこのコロナ禍の三年間
活動行事が中止変更になるなかで
コロナ以前のようなことに果たして戻れるのかと
言われています。
三年のブランクです。
私たちはみんな三年歳を重ねてきたわけです。
70歳の私にとって三年歳をとることは
それだけ体が思うように動かなくなることであり
生きる意欲も減退することでもあります。
若い時分のように
頭も体も次第に頑張れなくなることを実感します。
ちょうど私年輩の人にとっては
この三年間はこれまでの活動を振り返り見直すことで
思い切った決断をする時ではなかったかと思います。
コロナを理由にこれまでの活動や行事を止めることでは
何か寂しい限りですが
毎年同じことの繰り返しであったものを
一大決心して新しく変えて行こう変わって行こうという
新たな展開になればと思います。
先月29・30日と坂ノ市のお寺さんの
住職継職法要がありました。
三年前の予定がコロナの影響で
三年間延期になったのです。
寺族親族有縁の多数のお坊さんと
ご門徒有縁のお同行が本堂いっぱいにお参りでした。
21代目の新住職の誕生です。
500年も前からお寺が続いているということです。
お寺の住職も変わればご門徒衆も変わって行きます。
時代も変わり社会も変わる中に
お寺が相続されることのすばらしさです。
真実変わらないお念仏のご法義の有難さです。
お寺の中心阿弥陀如来さまのおはたらきです。
お念仏の先人もそして私たちも
共に帰って行く南無阿弥陀仏の依りどころです。
どうかお念仏のみ教えに遇ってお念仏を申す身になり
この人生を生き抜いてお浄土参りをしておくれと
先人が願いお念仏の道場を建てられて
お念仏のバトンが受け継がれてきたのです。
南無阿弥陀仏の大きな願いの中に
今日もこうしてお寺の本堂
阿弥陀さまの御尊前に座らせていただき
お念仏を申して往生浄土の人生を
共々に生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.4)

憲法と仏法
2023-05-03
今日5月3日は憲法記念日です。
憲法と仏法のお話を重ねて思います。
憲法は各国によって違います。
日本は「日本国憲法」といい
アメリカは「アメリカ合衆国憲法」です。
中国、ロシア、ウクライナにも
それぞれの憲法があって違います。
一方私たちの仏法も
憲法と同じ法きまりということですが
憲法は世間法といい人間がつくった法なのに対し
仏法は仏さまの真実真理の法です。
世間の法はその国その時代の人がつくったもので
時代と共に変わって行きますが
仏法の真理の法はどの時代どの国にも共通の法で
いつの時代どこに住んでいても
日本の人もアメリカの人も
中国、ロシア、ウクライナの人であろうとも
全ての人に通じる法です。
仏法は仏さまの法ということでいいますと
人がこの世に生まれる以前からの法なのです。
過去現在未来を超えて
仏法のおはたらきの中に
私たちは共に日暮らしをさせていただくのです。
この仏法がまたすごいのは
人間が生きている間のことだけではなく
この人の命終えていく中にも
仏法はこの私を護ってくださるのです。
いつでもどこでもどんな人も阿弥陀仏は必ず救うと
仏教浄土真宗のみ教えを聞かせていただきますと
今こここの私をこそ見守り導いてくださる
南無阿弥陀仏の仏法なのです。
日々お念仏を申すなかに
「ご恩うれしや南無阿弥陀仏」と
これからもお念仏の仏法に
生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.3)

スーパーサブ!
2023-05-02
サブの意味をご存知でしょうか。
補欠、補充員、控え選手の意味です。
サッカーや野球のテレビ中継の解説で
聞いたことがあるでしょう。
プロ野球ジャイアンツのヘッドコーチ
元木大介元選手は現役時代
スーパーサブと言われていました。
単なる控え選手ではない
ここぞという時のピンチヒッターで
期待通りの活躍をした選手でした。
去年の11月28日に住職を継職して
私は今前住職という立場です。
法務全般を住職に任せて
今はゆっくりゆったり自由自適な生活です。
これまでは住職として法務全般を取り仕切り
「ご院家さん」「ご院家さん」と声をかけられ
法務に精を出していましたが
今は声がかからないことで何か寂しい気にもなります。
言ってみたら今は<控え僧>のサブの立場です。
住職に何かあった時のお役目ですが
ここはスーパーサブと心持ちして
日々の法務に臨みたいものです。
日頃はこれといったお役がなくても
何かあった時に力強い頼りになる存在です。
いつどんな時でも対応できるように
日頃の準備を怠らないように
お念仏を申す生活をさせていただきます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.2)

お寺参りのすてきなご縁です
2023-05-01
風薫る5月です。
晴天に恵まれて清々しい一日の始まりです。
今日は<あんのん法話会>のご縁です。
4月から装いも新たに始めたご縁です。
まだまだ皆さんに周知されていないのでしょう。
4月の4度のご縁は合わせて一人のお同行のお参りで
3回はやむなくお休みしました。
それで今回もご縁をいただけるかどうか
心配でしたが
いつもの顔ぶれがお参りされました。
月に一度開く大分市コンパルホールでの法話会の
常連さんお二人と4月に唯一ご参加のお一人
合わせて3名のお参りでした。
お二人は大分の町中からのお参りで
交通手段が気になって尋ねますと
バスで最寄りの停留所から歩いてみえたとのことです。
それもお弁当持参ということで
法話会が終わって帰りのバスの時間まで
途中の公園でお昼をいただくとのことでした。
すてきなご縁だなと思います。
法話会を楽しんでくれている感じで
こちらまで清々しい気持ちになりました。
お同行二人で声をかけ合って
すてきな仏さまのご縁を楽しまれているのですね。
お寺参りはしなければならないものではありません。
私が思い立ってそれもお仲間とご一緒に
お念仏のご縁を楽しむしあわせです。
フラットホームな<あんのん法話会>のご縁です。
ふらっと思い立ってお仲間と声をかけ合って
わが家に帰るようなご縁になったらと思います。
阿弥陀さまがご一緒してくださるご縁です。
いつでもどこでも日常いつも開かれたご縁です。
ようこそお参りなさいました
ご一緒にお念仏申しましょうと
<ようこそあなたとナモアミダブツ>の
すてきなご縁をいただきました。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.1)
