憲法と仏法
2023-05-03
今日5月3日は憲法記念日です。
憲法と仏法のお話を重ねて思います。
憲法は各国によって違います。
日本は「日本国憲法」といい
アメリカは「アメリカ合衆国憲法」です。
中国、ロシア、ウクライナにも
それぞれの憲法があって違います。
一方私たちの仏法も
憲法と同じ法きまりということですが
憲法は世間法といい人間がつくった法なのに対し
仏法は仏さまの真実真理の法です。
世間の法はその国その時代の人がつくったもので
時代と共に変わって行きますが
仏法の真理の法はどの時代どの国にも共通の法で
いつの時代どこに住んでいても
日本の人もアメリカの人も
中国、ロシア、ウクライナの人であろうとも
全ての人に通じる法です。
仏法は仏さまの法ということでいいますと
人がこの世に生まれる以前からの法なのです。
過去現在未来を超えて
仏法のおはたらきの中に
私たちは共に日暮らしをさせていただくのです。
この仏法がまたすごいのは
人間が生きている間のことだけではなく
この人の命終えていく中にも
仏法はこの私を護ってくださるのです。
いつでもどこでもどんな人も阿弥陀仏は必ず救うと
仏教浄土真宗のみ教えを聞かせていただきますと
今こここの私をこそ見守り導いてくださる
南無阿弥陀仏の仏法なのです。
日々お念仏を申すなかに
「ご恩うれしや南無阿弥陀仏」と
これからもお念仏の仏法に
生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.3)
スーパーサブ!
2023-05-02
サブの意味をご存知でしょうか。
補欠、補充員、控え選手の意味です。
サッカーや野球のテレビ中継の解説で
聞いたことがあるでしょう。
プロ野球ジャイアンツのヘッドコーチ
元木大介元選手は現役時代
スーパーサブと言われていました。
単なる控え選手ではない
ここぞという時のピンチヒッターで
期待通りの活躍をした選手でした。
去年の11月28日に住職を継職して
私は今前住職という立場です。
法務全般を住職に任せて
今はゆっくりゆったり自由自適な生活です。
これまでは住職として法務全般を取り仕切り
「ご院家さん」「ご院家さん」と声をかけられ
法務に精を出していましたが
今は声がかからないことで何か寂しい気にもなります。
言ってみたら今は<控え僧>のサブの立場です。
住職に何かあった時のお役目ですが
ここはスーパーサブと心持ちして
日々の法務に臨みたいものです。
日頃はこれといったお役がなくても
何かあった時に力強い頼りになる存在です。
いつどんな時でも対応できるように
日頃の準備を怠らないように
お念仏を申す生活をさせていただきます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.2)
お寺参りのすてきなご縁です
2023-05-01
風薫る5月です。
晴天に恵まれて清々しい一日の始まりです。
今日は<あんのん法話会>のご縁です。
4月から装いも新たに始めたご縁です。
まだまだ皆さんに周知されていないのでしょう。
4月の4度のご縁は合わせて一人のお同行のお参りで
3回はやむなくお休みしました。
それで今回もご縁をいただけるかどうか
心配でしたが
いつもの顔ぶれがお参りされました。
月に一度開く大分市コンパルホールでの法話会の
常連さんお二人と4月に唯一ご参加のお一人
合わせて3名のお参りでした。
お二人は大分の町中からのお参りで
交通手段が気になって尋ねますと
バスで最寄りの停留所から歩いてみえたとのことです。
それもお弁当持参ということで
法話会が終わって帰りのバスの時間まで
途中の公園でお昼をいただくとのことでした。
すてきなご縁だなと思います。
法話会を楽しんでくれている感じで
こちらまで清々しい気持ちになりました。
お同行二人で声をかけ合って
すてきな仏さまのご縁を楽しまれているのですね。
お寺参りはしなければならないものではありません。
私が思い立ってそれもお仲間とご一緒に
お念仏のご縁を楽しむしあわせです。
フラットホームな<あんのん法話会>のご縁です。
ふらっと思い立ってお仲間と声をかけ合って
わが家に帰るようなご縁になったらと思います。
阿弥陀さまがご一緒してくださるご縁です。
いつでもどこでも日常いつも開かれたご縁です。
ようこそお参りなさいました
ご一緒にお念仏申しましょうと
<ようこそあなたとナモアミダブツ>の
すてきなご縁をいただきました。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.5.1)
「みんな同じチームの仲間みんな友だち」
2023-03-24
WBCで劇的優勝を果たした
「侍ジャパン」の国内組メンバーが凱旋帰国しました。
記者会見で今回の大会の舞台裏が語られ
興味深く聞きました。
これまでの報道を通じて
ダルビッシュ選手の存在の大きさが
多くの選手そして監督からも聞かれました。
日本のプロ野球からアメリカの大リーグに渡り
圧倒的な実績も持ち合わせた選手ですが
宮﨑合宿の最初から「侍ジャパン」に合流して
チームをまとめ上げてくれたと言われます。
若い選手が多いチームにあって
年齢もそして実績も随分違います。
雲の上のあこがれの選手といっていいほどです。
周囲からは近づき難いような選手ですが
自ら進んで若い選手に歩み寄ってアドバイスをしたり
食事会をもって懇親の場をつくり
みんなとの距離を縮めていった行動が
高く評価されています。
戦い終ってダルビッシュさんが
「みんな同じチームの仲間みんな友だち」と言っていました。
こういうことが言えることが
本当にすごいなと思います。
阿弥陀さまの御仏前に集う私たちも
みんな友だち仲間なんだと重ねて思います。
同じ方向を向いて
目標が一緒だということです。
阿弥陀仏さまがつくってくださった
お浄土という目標です。
同じお浄土に往生させていただく私たちは
お念仏のともがら仲間です。
親鸞聖人は「御同朋御同行」と言われました。
親鸞さまも私たちも
お念仏申して同じ阿弥陀さまのお浄土に
往き生まれさせていただくのです。
私たちが生きているこの世間は
あなたと私が織りなす社会で
学校でも職場でも師弟や先輩後輩の関係があって
生涯に渡りずっとその関係性が続きます。
血縁でいえば親子、夫婦、兄弟という関係性の中に
私たちは生きています。
この社会の関係性の中にあって
何か縛られ息苦しさを感じることってありませんか。
自己中心の私の思いはからいが
私たちの苦しみ悩み迷いの原因だと
仏さまはズバリおっしゃいます。
なかなかどうしてあなたと私の関係は
互いに私の思い通りに行くものではありませんが
共にお念仏のご縁につながって
同じお浄土をめざすともがらと聞かせていただくと
何かほっと安心できます。
最近ずっと連絡を取っていなかった人に
電話することが多くあります。
学生時代からいうと50年経ったなかで
先輩後輩という関係でものを言うことがあります。
学生時代と同じように名前も呼び捨てで
平口で話すなかに懐かしさを覚えますが
今を生きるお互いでいうと
先輩後輩の関係性はあっても
50年経った今のあなたと私の関係です。
今のあなたをリスペクト敬うなかに
新たな関係ご縁つながりです。
ダルビッシュさんにしても大谷さんにしても
アメリカ社会でもまれて今があるということでしょう。
アメリカは自由の国といいますが
人と人とのつながりの中にお互いの人権を共々に敬い合って
親子であっても夫婦であっても兄弟であってもです。
勿論社会のメンバーであってもです。
お互いの人権人間性を敬い尊ぶなかで
日々の日暮らしがあったらいいなと思います。
日頃です。
日頃から今こここの私を生きる営みです。
今日のお朝事のご縁です。
あなたと私のさまざまな関係性にあって
共々に御仏前に同座して
ご一緒に南無阿弥陀仏とお念仏を申して
お浄土参りの今日一日を始めさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.3.24)
口ずさむ懐かしい青春ドラマに再会しました
2023-03-23
ずっとどこかで思っていたことです。
あの時あの頃観たテレビドラマです。
高校生の頃でした。
大人の世界を覗き込むように楽しみに観ていて
ドラマの主題歌を口ずさんでいました。
スマホのユーチューブで
偶然出あいました。
主題歌をすぐ思い出しました。
メロディーも歌詞も
口ずさむと当時の事が思い浮かんできます。
高校まで30分の自転車通学でした。
朝礼時間ギリギリの登校は
とにかく必死にペダルをこいで行き
帰りの下校は周囲の景色を見ながら
その時どきの流行歌を口ずさんでいました。
クラブ活動をするのでもなく
ただ黙々と学校に通い
友だちと大騒ぎしてふざけるわけでもなく
淡々と過ごした高校生活でした。
毎日が同じような繰り返しのなかで
かすかに華やいだ自分だけの
ちょっと浮き浮きした時間でした。
この頃ユーチューブで耳にする歌は
1970~80年代の青春時代のものばかりです。
ただ懐かしく聞いているわけではなく
今の私のヒット曲です。
周りの人にどうこう言うこともなく
それは私だけの小さな楽しみです。
今流行りの歌は何か早口で聞き取りにくく
私の心にすっと入ってくるものではありません。
仏さまのみ教えを
これまでご縁のない人に伝えるために
難しい仏教用語をなるべき使わずに
仏さまのお話を正しくわかりやすく
伝えましょうと言われます。
今を生きる人の耳にすっと入ってくる
言葉でということでしょうが
私たちが日常聞き慣れた言葉を使うことで
ご法義の心が薄くなってしまうのではないでしょうか。
言葉の意味がすぐわからなく理解できなくて
ぼやーっとしながらも
何か心の琴線にふれる仏さまのお話です。
小さい頃から聞き慣れたお経のお勤めや仏教讃歌は
今も口ずさむように声になって出てきます。
ただ言葉だけ聞き覚えたものですが
歳を重ねるなかで
その言葉に突き動かされるものがあります。
そうした言葉に今あわせていただける
お念仏のご法義は昔も今も生き生きとおはたらきです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.3.23)