小さな訪問者
2018-01-23
昨日ピンポーンと鳴って坊守さんが玄関にいくと、小学生の女の子二人が「トイレをかしてください」と来たそうです。
以下は、後で坊守さんから聞いたお話です。
一人がトイレに行ってすぐさま「広いなあ」という声が聞こえたといいます。
お寺の本堂はお家に比べて随分広いしスケールが違いますから、トイレもまた広く感じたんでしょうね。
その間にもう一人の女の子が坊守さんにこう聞いたそうです。
「お聞きしますけど、朝が来た!いのち まいにち あたらしいって、どういう意味ですか」という質問です。
山門の掲示板に町角掲示板と同じ月のことばを貼っています。
今月のことばが「朝が来た!いのち まいにち あたらしい」だったのです。
掲示板をちゃんと見てくれているんだなと思ったら、何か嬉しかったです。
そこで坊守さんが答えたそうです。
「毎日目が覚めるでしょ」と言って、「もし目が覚めなかったら、どうなると思う」と聞いたそうです。
ちょっと間をおいて、その子が「目が覚めなかったらそのまま眠ってます」と答えたといいます。
いいですね。子どもの感性って、本当に素晴らしいと思います。
目が覚めるということは、生きているということです。目が覚めてみたら生きていたのです。
私が目覚めよう、生きようと努力したのではなくて、目が覚めてみたら生きていた、朝が来たということです。
私たちは、今、このいのちを生きています。
昨日のいのちでもない、明日のいのちでもない、今日のいのちです。
「いのち まいにち あたらしい」、今日も精いっぱい生きていこうとお念仏申す、このお朝事のご縁です。
今日もこうしてご一緒にお勤めができました。阿弥陀さまにお礼ができました。
今はまだ暗く寒い朝の時間ですが、これから日中にかけて明るくなります、あたたかくなります。
人人それぞれに色んなことがある今日の一日ですが、このいのちを精いっぱい生きてまいりましょう。
さっきの女の子、どのように坊守さんのお話を聞いたかわかりませんが、ようこそお寺に来てくださいました。
問いをもつこと、そしてその問いを仕舞い込まずに素直に聞くことの大切さを教えてもらいました。
これからの人生の中でふっと今日のことを思い出して、大事なことに気づかせていただければと思います。
日々の生活の中で仏法に遇わせていただきます。
私たちはもうすでに仏さまの大きな大きなおはたらきのなかに生かされてあるのです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.1.23)
いのちのバトン
2018-01-22
昨日は全国都道府県対抗の男子駅伝がありました。
先週は女子の駅伝があり、この時期、高校、大学、実業団と、箱根駅伝もあって、毎週のように駅伝中継があります。
炬燵に入ってテレビ観戦する方は気楽ですが、選手の皆さんは大変です。
駅伝は個人競技ではなく、チームが一つになって一本のタスキをつないでいくという日本で生まれた団体競技です。
前の選手からもらったタスキを次の選手に渡していきます。
途中で走れなくなってタスキ渡しができずに、無念の涙を流す選手の姿も見てきました。
まさに命がけの競技です。いのちのタスキです。
この一本のタスキには、タスキをつなぐ選手だけでなく、たくさんの方々のあつい思いと汗と涙がしみ込んでいます。
相田みつをさんの『自分の番 いのちのバトン』という詩を紹介します。
「父と母で二人 父と母の両親で四人 そのまた両親で八人
こうして数えてゆくと 十代前で千二十四人 二十代前では…‥?
なんと 百万人を超すんです
過去無量の いのちのバトンを 受けついで いま ここに 自分の番を生きている
それがあなたのいのちです それがわたしのいのちです」
私たちは今ここにいのちを生きています。
このいのちは私が始めたいのちではありません。私がつくったいのちではありません。
お父さんお母さんがいたということです。
そのいのちのバトンをいただいて、今私は生きています。
昨日は卓球の全日本選手権もあって、男子は14歳中学生の張本選手、女子は17歳の高校生伊藤選手が初優勝しました。
新旧交代と新聞の見出しに大きくありました。
どんなに強い選手でも、いつまでも勝ち続けることはできません。いつかは必ず後進に道を譲らねばなりません。
私たちのこのいのちにも限りがあります。
そのことだけみると、いのちのはかなさ虚しさを思い、何か悲しくなりますが、
仏さまのみ教えに、人のいのちは限りがあっていつか必ず終えていくけれども、
そのまま仏に成らせていただくいのちなんだよ、と聞かせていただきます。
仏さまのご縁をいただいて、無量のいのちをいただきます。
新旧交代です。バトンをつないでいきます。
私たちのバトンは、南無阿弥陀仏のいのちのバトンです。
ナンマンダブツとお念仏申す身にさせていただきます。
お念仏のいのちのバトンは、大いなるいのちのお念仏の世界へと、皆をいっしょにつないでくれるバトンです。
「みんないのちつながっていっしょ」の世界へ「いっしょにこうえ~」とお念仏の声かけをしていきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.1.22)
みかえり阿弥陀如来さま
2018-01-21
先日京都に行き、永観堂というお寺にお参りしました。
紅葉の名所として有名な浄土宗のお寺で、永観堂は通称で、禅林寺という寺号です。
永観堂は「みかえり阿弥陀如来」像をご安置していることでも有名で、初めて拝見させていただきました。
正面を向いた阿弥陀さまではなく、左の方を向かれています。
昔、住職の永観さんが大きな法要で行道をしているときに、阿弥陀さまが出てこられて左肩越しに永観さんを振り向かれて
「永観、遅れて来るな。早く来い」と呼びかけているお姿というお話があるそうです。
行道で後ろに続く永観を心配して待ってるお姿といいます
私たちのお寺のご本尊も阿弥陀さまですが、正面を向いています。
私たちの方を向いて、私たちのことを心配して、私たちを待ってる仏さまなのです。
「お参りしましょうね」とよんでくださり、「ようこそお参りです」と寄り添ってくださるお姿です。
皆さんは今ここにお参りされています。阿弥陀さまのお心おはたらきが至り届いた尊いご縁です。
お寺参りするご縁なしに命を終える方もたくさんいらっしゃいます。
阿弥陀さまはすべてのものを必ず救うというおはたらきの仏さまになってくださいました。
ただ阿弥陀さまのお救いのみ教えに遇わなければ、これほどもったいないことはありません。
仏法を聴聞してくれよ、お念仏を申す身になってくれよと、この私を喚び通しに喚んでくださいます。
いつまでもどこまでも辛抱強く、この私を待ってくださっているのです。
お寺にお参りしないと、お仏壇にお参りしないと、お墓にお参りしないといけないというお話ではありません。
阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲のおはたらきのなかに、私たちの日々の生活があるということです。
ただご縁に遇わなければ、そのみ教えを聞かせていただかねば、何とももったいない。
空しい人生で終わりますよと、親鸞さまが私たちにお勧めなのです。
今日もこうして皆さんご一緒にお朝事のご縁に遇うことができました。
いよいよお念仏申す身にさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.1.21)
ご本山のお朝事
2018-01-20
昨日一昨日と京都に行き、昨日はご本山(京都西本願寺)のお朝事にお参りしました。
ご本山のお朝事は一年を通して朝6時からのお勤めです。
山門を入って向かって右側の阿弥陀堂で『讃仏偈』のお勤めをし、
続いて左側の御影堂で『正信偈和讃』のお勤めをさせていただきます。
ご本山のお朝事はいつもたくさんのお同行でいっぱいですが、
このたびは、御正忌報恩講が16日までお勤まりで、その直後のご縁ということもあってか、30人ほどのお参りでした。
お内陣や余間、外陣には50人ほどの僧侶が出勤して、本堂中に声明が賑々しく響き渡ります。
京の底冷えといわれる寒い京都の朝ですが、身の引き締まる有難いご縁に遇わせていただきました。
出勤の僧侶と分ける結界の最前列に張り付くように10人ほどのお同行が同じ式章をつけてお参りでした。
いつも毎朝お参りされている常朝事のお同行の皆さんだと思います。
私はその真後ろちょっと離れて座りましたが、背筋をすっと伸ばして声高らかに称名念仏申すお姿に敬服しました。
本当に有難いなと思います。今日もお参りの皆さんです。
浄土真宗のお寺は門徒の持てるお寺といっても過言ではありません。
ご門徒皆さんの篤いご懇念に支えられて私たちのお寺があります。
6時は真っ暗でしたが、1時間ほどのお勤めで外に出たら、すっかり明るくなっていました。
本願寺の前の堀川通りも車がどんどん行き交っていました。
「今日も一日が始まるだな」と思いました。
お朝事のご縁に遇って、阿弥陀さま、親鸞さま、蓮如さまにお礼を申して今日の一日を始められる。
この身の幸せをまた思ったことです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.1.20)
6434人の方々それぞれのお命日
2018-01-17
今日1月17日は阪神淡路大震災が発生して23年という日です。
朝5時46分、今もその日から時間が止まったまんまという被災者の声を聞きます。
何で助け出せなかったのか、何で自分一人が助かったのだろうか等々、
亡くなった家族を思い、友人を思い、今も懺悔苦悩して生きている人がたくさんいらっしゃいます。
周囲は「いつまでも引きずっていたら駄目よ、頑張って」と励ましてくれても、
頑張れない、空しい思いにさいなまれ、死のうとさえ思ったということです。
6434人の方が亡くなりました。その一人一人に人生があったということです。その人ひとに家族、友人がいました。
大震災によって人生が大きく変わったという方もたくさんいらっしゃいます。
大きな悲しみの中に、やりきれなさの中に、多くの人たちがこの23年間を生きてこられました。
そして、今、ここに、この私が生きています。
阿弥陀さまのお慈悲のお救いは、すべてのいのちあるもの一人一人に寄り添うお救いであると聞かせていただきます。
私たちはどうかしますと、何人の方が亡くなった、何十人、何百人と、数字でもってその悲しみの大きさをはかります。
逆に亡くなった方が一人、二人という災害事件事故は、いつのまにか忘れ去られてしまうことがあるということです。
数字では到底はかり知れない、一人の人間がこの世に生まれ生きて命を終えていくことは、まさに一大事なのです。
それは実は自分自身のことなのですが、私たちは生きることに精いっぱいで、いのちの一大事に中々気づきません。
そういう私だからこその南無阿弥陀仏のみ教えといただきます。
今から23年前の1995年平成17年1月17日が、6434人の方々のお命日になりました。
お命日はいのちの日、いのちをたずねていく日です。
先にゆかれた大切なお方を思うてください。この日はできたらずっと思うてください。
仏さまはいつでもどこでも私のことを忘れずこれからもずっと思うてくださいます。
大きないのちのおはたらきに生かされて、生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.1.17)