お念仏が身につく
2018-02-16
昨日、月参りで一軒のお家に行きましたら、玄関のかぎがかかっていました。
チャイムを鳴らして「ごめんください」と声をかけたら、内から声がしてお参りができたわけですが、
奥さんが「すみません。忘れてました」と言われました。
忘れてましたといって、お仏飯はあがっていました。
お花を入れ替えるのに花瓶を下げていたということです。
忘れていたか、準備ができていなかったのかどうかはわかりませんが、
有難かったのはお仏飯があがっていたことです。
日々のたしなみです。朝一番にご飯を炊いてまずお仏飯をお供えするという習慣が身についているということです。
歳を重ねて、物事を忘れることが多くなりました。ところが身についてしまうと滅多に忘れることはありません。
私が仏さまのことを忘れても、仏さまは私のことを決して忘れません。
阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のおはたらきがこの身に満ち満ちて、私の心に信心となり、
私の口からナンマンダブツとお念仏が出てくださいます。
信心をいただくといいますが、お念仏を申す身にさせていただくのです。
お念仏申すなかに私たちの日暮しがあります。
いつも私が一緒だから、大丈夫だからと、私の身に寄り添う摂取不捨の仏さまになってくださいました。
これほど安心できることはありません。
先に往かれた大切なお方のお命日にお参りさせていただきます。
阿弥陀さまに、ご先祖有縁の仏さま方にお礼ができます。
ナンマンダブツとお念仏を申す身にお育ていただいた有難さ尊さを思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.16)
朝が明るく暖かくなりました
2018-02-15
今朝はあたたかいですね。昨日は春一番が吹いたというニュースもありました。
朝6時の梵鐘をうつ時も薄明るくなってまいりました。6時半の喚鐘の時はもっと明るくなって、
これから皆さん随分明るい中をお家に帰られることであります。
夕方6時は本当に明るくなりました。
いつの間にかではありますが、春の訪れを感じます。
寒くて暗いというのは誰でも嫌ですね。
そういうなかに明るい光が差し込んできます。そして私たちをあたたかくつつんでくれます。
私たちの仏さま、阿弥陀如来さまは智慧と慈悲の光の仏さまです。
明るい智慧の光で私たちの迷いの暗闇を破ってくださいます。
あたたかい慈悲の光は自分中心の私たちの頑なな心をそのまま包み抱きとってくださいます。
阿弥陀さまは智慧と慈悲のおはたらきを南無阿弥陀仏の六字の名号に仕上げて私に届けてくださっているのです。
ナンマンダブツナンマンダブツと、智慧と慈悲のおはたらきがこの身に満ち満ちて
この私の口から、私の声ですけれどもお念仏が出てくださいます。
お念仏申すなかに今日の一日、日々の生活をまた始めさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.15)
やった!最高に楽しかった
2018-02-14
昨日は一日中ピョンチャンオリンピックの日本選手のメダルラッシュの話題でいっぱいでした。
スピードスケートの高木選手、ジャンプの高梨選手、モーグルの原選手と一日で三つのメダルを獲得したということで、
何か私たちが誇らしげに思うことですが、これも選手の頑張りのおかげです。
高木選手、高梨選手ともに前回のソチオリンピックで悔しい思いをして4年間いろんな苦悩があったと思います。
オリンピック前の報道で皆さんよくご存知のことで「本当によかった!」と日本中が喜んでいることだと思います。
一方原選手は全くノーマークというか、知らない人が多かったと思います。
他にメダルの有力選手がいたんですが、何とこの原選手が銅メダルをとったんですよね。
モーグル競技といえば女子の上村選手が有名ですが、彼女は高校生の長野大会から
オリンピックに5大会連続出場して、一つ一つ入賞を重ねて4位までなったのですが、結局はメダルをとれませんでした。
20年もかけてメダルをとれない選手と、一夜にしてシンデレラボーイになった20歳の選手もいるわけです。
ただ私たちは知らないだけで、この20歳の原選手もいろんな苦労があったことだと思います。
何もしないでメダルがとれるわけではありません。
頑張って頑張って頑張った、その努力の結果がこのたびはメダルということです。
今はメダルをとった選手のインタビューは
「これはいつも私を支えてくれた家族、スタッフ皆さんのおかげです」と、気持ちいっぱい感謝の言葉で始まります。
でもこの原選手「やった!最高に楽しかった」と銅メダルをとった喜びを素直に話しましたが、
何かそれはそれで清々しい感じがしました。
誰でもできることではありません。それこそその達成感はその選手だけのものです。
私たちの人生を重ねて思います。人それぞれの人生いろいろです。
有名人のようにいつも世間の注目を集めああやこうやといわれる人生もありますが、
大方の人の人生は世間の知るところもなく名もなくひっそりと生きている人が殆どです。
ただどんな人の人生も、私を支えてくれてる人がたくさんいるということです。
私がどんなに頑張っても自分一人で生きることはできません。
この目には見えないけれども、多くのいのちに生かされているこの私です。
大いなる無量のいのちと光の仏さまを阿弥陀如来さまといいます。
私たちはどんな人も南無阿弥陀仏のおはたらきのなかに生かされて生きていると聞かせていただきます。
南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきお念仏申して、本当に楽しい人生を生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.14)
お仏壇終いのご縁
2018-02-13
昨日一昨日と二軒のお家でお仏壇終いのお勤めをさせていただきました。
一軒はお家を新築するご縁にお仏壇を新しくご安置するということです。
もう一軒は、お父さんお母さんが住んでいたお家がお二人とも亡くなっていよいよ壊すということで,
子どもさんのお家にお仏壇を移すということです。
よくお仏壇が入る時に魂入れとか、お仏壇を終う時に魂抜きのお勤めをしてくださいと言われます。
ただお仏壇を入れるといって大事なことは仏さまをお迎えするということです。
仏さまに魂を入れたり抜いたりとはどういうことでしょうか。
浄土真宗のご法義ではそういうことはいいません。
浄土真宗のご本尊の仏さまは阿弥陀如来さまです。
お家の中心にお仏壇、その中心に阿弥陀さまをお迎えします。
ただ皆さんのお家に新たにお仏壇をご安置するというご縁でいえば、
大切なご家族とお別れするという悲しみのご縁で仏さまをお迎えするということが多いです。
その仏さまは阿弥陀さまですが、ご先祖有縁の仏さまのご縁です。
お仏壇の仏さまは、お浄土の仏さまです。
お浄土から「必ず救うまかせよ」と南無阿弥陀仏のおはたらき一つに私たちを護り救うてくださる仏さまです。
お家の中心にあって、阿弥陀さま、ご先祖有縁の仏さまが、
ずっと私たちの日々の生活を見守ってくださっているということです。
そのことに思いを致して、お仏壇の仏さまにお礼をさせていただきます。お礼ができるんですね。
それもそのお家に住んでいる家族だけではなく、そのお家を訪れた人、ご親戚縁者の方も一堂にお礼ができるんですね。
仏さまを中心とした生活を共々にさせていただきます。
その大切なお仏壇をこのたびは終うということですから、お仏壇の御前でご家族縁者一堂にお勤めをさせていただくのです。
感謝のお勤めです。仏さまにお念仏申してお礼をさせていただきます。
南無阿弥陀仏の大きな大きなおはたらきのなかになかにある私たちです。
どうぞ日頃からご縁ご縁に南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.13)
季節の移ろいのなかで
2018-02-12
今日から御和讃が最初の「弥陀成仏のこのかたは」で始まる御和讃に戻ります。
いつもお正信偈さまのお勤めをさせていただくときにいただく御和讃であります。
今日からまた53日間かけて御和讃の繰り読みをして最初に戻ってまいります。
前回お朝事のお勤めで「弥陀成仏のこのかたは」の御和讃を拝読したのは、去年の12月のことでした。
今日から53日を経て、次は4月6日になります。
その頃はすっかり温かくなって、境内のしだれ桜も満開ではないかなと思ったりします。
季節の移ろいです。
寒い冬から温かい春へと、暑い夏へと、涼しい秋へと季節が巡ってまいります。
四季折々の風情のなかを、こうして毎朝6時半の定時に皆さんご一緒に、
阿弥陀さまの御前に座らせていただき、お朝事のお勤めをさせていただきます。
親鸞聖人からお正信偈さま、御和讃のお手紙を、蓮如上人から御文章のお手紙を拝読させていただきます。
南無阿弥陀仏「まかせよ救う」の阿弥陀さまのお心おはたきををいっぱいいただいて、
今日の一日もお念仏申して始めさせていただける身の幸せを有難く思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.12)