南無阿弥陀仏のいのちの物語
2018-08-18
NHK連続テレビ小説『半分、青い。』のドラマの中のことです。
おじいちゃんの仙吉さんが亡くなってひ孫の花野ちゃんが最期をみとります。
死ぬということがあまりわからない花野ちゃんですが、段々と時間が経つにつれ
いつもそばにいたおじいちゃんちゃんがいなくなった寂しさのなかでお母さんの鈴愛さんに
「おじいちゃんは今どこにいるの、どこにいったの」と聞きます。
鈴愛さんは「天国かな、空の星になったのかな」とつぶやきながら「私はまだ死んでないからわからない」と
そして「でもね、これは当たり前のことなんだよ」とこたえます。
当たり前って何でしょうかね。人がこの世に生まれて生きてそして死んでいく
それは当たり前、みんなそうなんだよということでしょう。
そして死ぬというのはそんなに恐いことではないんだよと言って
おじいちゃんはこれからもずっと花野ちゃんの心の中にいて
いつも花野ちゃんのことを思い見守っていてくれるんだよとお話されました。
皆さんはお孫さんから「死んだらどうなるの?」と聞かれたらどうこたえますか。
それは私自身の問いでもあり、問題でもあります。
死んだことがないからわからない。そうです、私の経験や知識というところではどこまでいってもわかりません。
ここに仏教という仏さまの教えを聞かせていただくご縁があるのです。
仏教は縁起の教えを説きますす。縁起というのはつながり、いのちのつながりです。
それも私目線で見るいのちのつながりではありません。
私目線のつながりでしたら、この人とはつながっていこう
否この人とはつながりたくないという執着、自分中心のはからいが入ってきます。
阿弥陀さま目線のつながりです。
南無阿弥陀仏のいのちのつながりの物語と聞かせていただきます。
今日も何度も何度もナンマンダブツナンマンダブツとお念仏を申すことができました。
お念仏のつながりのなかに私たちはつながってある生かされてあるということです。
それは肉親、親子兄弟夫婦といった関係を超え人と人とのつながりも超えて
生きとし生けるものすべてがつながってあると聞かせていただきます。
阿弥陀さまがそうしたいのちのつながりを私たちにつくってくださったということです。
それは生きている今だけではなくて亡くなっていくこの命をそのまま
確かに確かに私の国に生まれさせるというおはたらき一つなのです。
南無阿弥陀仏のおはたらきお念仏一つで救われていくんだよと
どこに? 阿弥陀さまのお浄土だよと
お浄土に往ったらどうなるの? それはね、阿弥陀さまと同じおはたらきの仏さまに成るんだよと
どんな仏さまなの? 南無阿弥陀仏のおはたらきの仏さまだよと
そして南無阿弥陀仏のおはたらき一つでそのまま南無阿弥陀仏と私のところに還って来るんだよと
えっどこに? ナンマンダブツとお念仏申してごらん。
ナンマンダブツナンマンダブツ! お念仏申すところにもうすでに還って来てるんだよ。
いつでもどこでも私のことを思い心配して、南無阿弥陀仏のいのちの仏さまと成って私と共にこれからも生きてくださり
この私の命終えた時にそのまんま阿弥陀さまのお浄土に南無阿弥陀仏のおはたらき一つでご一緒してくださるんだよと
聞かせていただきます。
南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのおはたらきつながりのなかで
私たちは今こここの私を生きているのです。
先に往かれた仏さまのご縁に南無阿弥陀仏のいのちの物語を聞かせていただき
仏さまの御恩に感謝してナンマンダブツと御礼のお念仏を申させていただく有難さをまた思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.18)

京都大文字五山の送り火
2018-08-17
昨日8月16日の夜京都では大文字五山の送り火という行事が行われました。
京都の夏を彩る風物詩で、テレビの実況生中継を観ました。
五山という五つの山に送り火の文字が浮かぶということですが
そのなかでも大文字が有名でテレビ等では大文字の大という文字しか見たことがありませんでした。
五山ですから五つです。東山の「大」の文字に続き
北の山に「妙法」の文字が浮かびます。妙なる法ということで仏法のことです。
そして西の山に移り「舟形」といって船の形をした絵のすがたが浮かびました。
次に「左大文字」最後に「鳥居形」です。
興味深く面白かったです。これはいつの時代から始まりどういう意味があるのかなど
今はネットですぐ検索できますが、一つの物語を思い浮かべてみました。
お盆にはご先祖がこの世にかえってきて、お盆の期間を終えてまたあの世にかえっていくと言い伝えられています。
ご先祖皆さんが大きな船に乗ってかえっていき鳥居をくぐってもとの世界にかえるようすを
この目で見える形で文字に絵にしてみんなで見送る風習なのでしょう。
鳥居は神社で私たちが住むこの世(俗界)とあの世を区別する結界です。
神の国日本に伝来した仏教が発展するなかで神仏習合という独特な宗教の形態が生まれます。
お寺とお宮が一緒になった神宮寺です。
近くには九六位山のお寺さんがそうです。鳥居をくぐってお寺の本堂があります。
天台宗か真言宗のお寺で平安時代のお寺です。
京都は平安京という都があった平安時代の中心です。
平安時代の仏教は京都比叡山を中心にした仏教で、親鸞聖人も比叡山で20年間ご修行されて山をおりられました。
その神仏習合の名残りかいうか、この世とあの世を結ぶ門からご先祖を見送るということです。
ここで大事なことは妙法です。
ご先祖がこの世にかえってくるというのもあの世にかえっていくというのも
妙法という仏さまの教えのなかにあるということです。
そして先に往かれた方とそれを見送る今を生きている私たちが妙法のなかにつながってあるということです。
仏さまのみ教えです。私たちでいったらお念仏のなかにみんなつながってあるということです。
テレビのゲストの方が「お盆というのはご先祖のことを思うことである」という話をされていました。
五山の送り火を見て、若くして亡くなった友人のことを思いましたと言われました。
お盆というご縁で先に往かれた方のことを思うのです。
いつでも思うことはできるのですが、私たちはいつもは自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいで
いつもその方のことを思って生きることはできません。
ただこのお盆のご縁、お彼岸でもその方のお命日でもそうですが、その方のことを思うのです。
思うなかに実は仏さまから思われているとことに気づかせていただけるのです。
私たちの思いはどこまでも自分の都合に合わせてということですが
仏さまは大きなお心でいつでもどこでも私のことを思ってくださってあるのです。
仏法という大きな大きな仏さまのお心おはたらきのなかに私たちは生かされているのです。
五山の送り火は東の山から西の山へと移ります。
西の国阿弥陀さまのお浄土に思いをはせます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.17)

スーパーボランテイア
2018-08-16
お盆の三が日が終わりお寺の恒例の行事も済んでほっと一段落ということです。
昨日山口で行方不明になっていた2歳の子どもさんが保護されたというニュースで
大分県のボランテイアの方が発見したということが大きな話題になっています。
78歳のとてもお元気な方でその人となりが少し報道されていますが
65歳で仕事をやめてそれからずっと世のため人のために尽くしたいとボランテイア活動を行っているとのことです。
それも筋金入りのボランテイアで今回のような捜索ボランテイアということも初めて聞くようなことですが
東日本大震災とかこの前の西日本豪雨災害とかにも何度も何度も足を運んで活動している様子が映像に残っています。
世のため人のためと軽く口にしますが、その実践はとても難しいことです。
世のため人のためという前にまず私なんです。まず私のことが最優先です。
私のことで精いっぱい、生きることで精いっぱいの私たちというのがその実態です。
年を重ねるほどに自分の保身ということを考え、ささやかでいいから安定した余生を送りたいと願うのが私たちです。
そういう私の有り様を思いますし、それはそれでいいと思います。
ただ今回のことでこういう方がそれも身近にいらっしゃることに深い感銘を受けます。
私も今65歳で、何か世のため人のためにしていることがあるのかと反省しますし
お寺にご縁をいただくなかにそんなお手伝いができたらなということも少し考えます。
この世の中いろんな人生いろんな人それぞれの生き方があるんだなと思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.16)

お盆の納骨堂はいろんなお供物でいっぱいです
2018-08-15
今日は15日で13、14、15日のお盆の期間が終わるということです。
先ほど納骨堂にお仏飯をお供えに下りましたら、納骨堂がお供物で賑やかです。
お盆は3日間限定でご先祖が帰ってみえるといいますが
日頃はご先祖を思うことの少ない私たちがご先祖の仏さまのことをいっぱい思うご縁がこのお盆なのです。
その思いが納骨堂のお供物に表れています。いろんなものがお供えされてあります。
その方の好物のものなのでしょう。缶コーヒーもビールも焼酎も日本酒も何でもあります。
多分その銘柄もこだわって在りし日のおすがたを偲んでいるようです。
あとはお菓子類です。生ものはお供えしないようにと言っています。
そのお供物のなかでちょっと前まではタバコが上がっていましたが、今は見当たりません。
やはりここでも健康のために注意しましょうということでしょうか。
私たちの思いというのはそういうところにまでも及ぶものなのです。先に往かれた方のことを思うということです。
今はもうこの目にそのお姿を見ることはできませんし、懐かしい声を聞くことはできませんが
仏さまのことを思う時にはお念仏申しましょうと言っています。
お念仏を申すなかに先に往かれた方にまた会える世界があるというのが私たちのご法義なのです。
お盆の三日間が終わろうとしています。
今日は11時から終戦記念日ということで毎年全戦没者追悼法要のお勤めをさせていただきます。
今年のお盆の総仕上げということでもあります。
午前中のお盆のお参りを終えて皆さんとご一緒にこのお盆を振り返る大きなご縁にさせていただきたいと思います。
正午からは平和を願う鐘つきということでお参りされた人の数だけ鐘をつかせていただきたいと思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.15)

にぎやかな初のお盆です
2018-08-14
昨日今日と初盆のお参りをさせていただきます。
お参りに行きますと予め時間を指定していますからたくさんの方がお参りです。
ちょうどご法事のような感じで10人20人の方がお参りです。
ただいつものご法事とちょっと違うのはお経本を配ってお正信偈さまのお勤めをするんですが
声がそんなに聞こえてこないんです。
振り返ってみると、いつもは遠い親戚を含めて近くに住んでいる方のお参りが多いのですが
初盆の場合は近い親戚の方が遠方から帰ってみえて初めてこうしたご縁に遇う方が多いのです。
これは大きなチャンスなのです。
皆さん神妙に御仏前にきれいに座って声が出ないまでも聖典の字を追っていきます。
そして少しご法話をさせていただきます。初めて聞く仏教のお話だと思います。
仏さまのご縁に遇うというのはこういうことだなと少しでも思ってもらえたら、それは初盆のご縁の有難さだと思います。
静かなお盆になりました。寂しいお盆になりましたということですが
御仏前にたくさんのご縁の方々がお参りされご一緒にお勤めをしお念仏を申して賑やかなお盆になっています。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.14)
