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お念仏を申す生活法話

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これからの仏教は聴く仏教です

2018-02-27
 昨日僧侶研修会がありました。お坊さんだけの研修ですが、講師は僧侶ではありません。
京都奈良の少年院、刑務所に勤務され、教育監という受刑者の方と接する職務をされていた方です。
 浄土真宗のご門徒で、お寺さんとも深いご縁のある方のお話でした。
 
 お友だちのお坊さんから「これからの仏教は説く仏教より聴く仏教や」と言われたそうです。
説く仏教とはお坊さんが仏教とはこうだよ、浄土真宗はこうだよと、まさにお説法するということです。
 そういうかたちが一つ基本ですが、聴く仏教というのは、聴聞の聴くと書きます。
聴診器の聴でこちらから聴いていくということです。
 
 何を聴くのか、その人ひとの悩み苦しみ、思いをひたすら聴くことが大事だと言われます。
今現代の世の中は人と人とのつながりが薄くなったといわれます。
 
 周りに人はたくさんいるけれども、自分の思いを聞いてもらう場所がない、聴いてもらう人がいない。
自らの悩みを愚痴を話すということは中々難しいことです。
 だからこそここはお坊さんの出番だと、お寺という場が生きてくると言われました。
 
 お寺は安心できるところです。
 今婚活がブームで、海潮寺さんにのぼりが立っていますが、お寺で婚活です。
いろんなところで婚活のパーティがあるそうですが、何か事件に巻き込まれるような不安もあるなかで
お寺だったら大丈夫安心できるといいます。
 お坊さんだったら初めて会う方でも、話を聞いてもらえると思われるのではないかというお話でした。
 
 これからのお寺が生きる道がここにあると思いました。
お寺が生きるという以上に、皆さんの思いを聞いていくということは、お寺をあずかる住職のつとめだと思います。
 
 そこでその先生が言われたのは、昨日お話しました、あのカーリングの「そだねー」という話です。
「そだねー」と聞いていく。そうやね、そうだねと、相手の顔を見てひたすら聞いていくことの大切さです。
 
 人に何か言われたら言い返したくなる私たちです。
そうやないこうだと自分の意見を押し付けることさえあります。
すると相手は心を閉ざして、もう話しません。こちらの言うことも聞きません。
 まずその人の話をそうやね、そうだねと聞くなかに、今度はその人がお坊さんの話を聞くようになると言われました。
 
 「そだねー、そだねー」。まさに私たちの阿弥陀さまがそうなのです。「そだねー」の仏さまです。
 阿弥陀さまは決して阿弥陀さまの方からこうしなさいああしなさいと、
こうしないと救わないよ、善いことをしないと駄目だよと、条件を出したり注文したりする仏さまではありません。
 一つの条件注文をつけられたら、私たちはどこかに逃げてしまいます。
 
 いや逃げている私たちですが、阿弥陀さまが追っかけて来るんですね。
「そだねー、そだねー」南無阿弥陀仏、あなたの苦しみ悩みをそのまんま引き受けたから大丈夫だよ安心しなさいと、
私のところに来てくださって私の口からナンマンダブツと今日もお念仏が出てくださいました。
 
 お坊さんだけではなく皆さんも、隣の人の話を聞いて「そだねー」と共々にお念仏に生かされていきたいと
昨日はお坊さんではない方のお話を聞かせていただいて、本当に「そだねー」と思いました。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.27)

「そだねー」

2018-02-26
 ピョンチャンオリンピックも昨日で終わりました。
最後まで日本選手の活躍でテレビを観ることが多かったのですが、
女子カーリングが初めて銅メダルをとり、話題になっています。
 
 約二時間半の試合です。三位決定戦まで11試合、一日に2試合という日もあって体力的にも大変だったと思いますが、
一つ話題になったのがカーリングの選手がマイクを通して発する「そだねー」という言葉です。
 気が早いと思いますが、今年の流行語大賞の有力候補といわれています。
 
 北海道弁で「そだね―」というそうですが、「そうだね」「そうですね」ということですね。
 カーリングの試合でどこにどのようなショットをうつのか、みんなで相談確認して「そだねー」。
何人か人が集まって、このことはどうするかと話し合い様々な意見があるなかで、
最終的に「そうだね」とお互いに受け入れ同意する言葉だと思います。
 
 今はSNSで、投稿された記事に「いいね!」という言葉で賛同を表します。
「いいね!」という人ばかりではありません。「わるいね!」という人もあると思います。
 
 「そだねー」そうだねと人と人とがお互い向き合って確認していくことが大切です。
善い悪いを超えた、大きないのちのあたたかいつながりを感じます。
 
 昨日七日日のご縁にお参りして、ご一緒にお勤めをしお話をして、御仏前に向き直り
「ご一緒にお念仏申しましょう」と言いました。すると即座に「はい」と言われ、ご一緒にお念仏申しました。
 
 「ご一緒にお念仏申しましょう」「はい」と。
「そだねー」と重ねて思います。
 
 共々に仏さまのご縁をいただき阿弥陀さまのご法義に遇わせていただきます。
「まかせよ、救う」の南無阿弥陀仏のおはたらきに、「はい」とただ一言です。
 
 「おまかせします、阿弥陀さま」とお念仏申させていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.26)

氷が溶けたら春になる

2018-02-25
朝が大分明るくなってきました。
今日は総代世話人さんにお参りいただいて配りものをしていただきますが、
掲示伝道の言葉を毎月書かせていただいて皆さんにお届けしています。
 
 三月のことばは「光をあびて 氷とけ 私の心に 春が来た」です。
 
 ある時学校の先生が「氷がとけたら何になりますか?」と生徒に質問したそうです。
するとある子が「氷がとけたら春になる」と答えたそうです。
 
 先生が期待していた答えは「氷がとけたら水になる」。確かにそうですよね。
ただ氷がとけるということ春が来たということです。
 
 私たちの阿弥陀さまの智慧の光はお慈悲のおはたらきとなって私たちの心に届いているといわれます。
どんな私の心でしょうか。氷のような冷たく頑なな心です。
 その私の心を阿弥陀さまは大きなあたたかいお慈悲の光でとかす、やわらかくしてくださるのです。
 
 光をいっぱいあびるのです。
 光をあびるということは、ご縁をいただくということです。仏さまのご縁です。
仏さまのみ教えを聞かせていただくということ、お聴聞です。
 南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきます。聞かせていただくなかに私の心に春が来るのです。
 
 私たちの日暮しはどこまでも自分中心の日暮しです。私たちお互いがそうなのです。
ただお互いが私が私がといっていたら、それこそ争いの絶えることはありません。
 
 そういう私たちが、あなたも私もみんな一緒に仏法を聞かせていただきましょうと、ご縁をいただきます。
お念仏を申しましょう。南無阿弥陀仏のお心おはたらきを聞かせていただきましょう。
 
 南無阿弥陀仏の光をいっぱいあびて、春の日の日暮しをさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.25)

「久しぶりやね。元気にしてた!」

2018-02-24
 昨日夕方6時の鐘をうっていましたら 鐘楼の前で自転車が止まり一人の女の子が私の方を見ています。
すぐ気づきましたが、名前がでてきません。水曜学校の子ども会に通っていたお友だちです。
 
 鐘つきが終わって「久しぶりやね。元気にしてた!」と声をかけました。
今は短大の一年生、19歳ということで、ふっとお寺の成人式のことを思い出して声かけをしました。
 
 皆さんに呼びかけるということではありませんが、水曜学校の修了生を中心に声かけをして、
大晦日の除夜の鐘つきの後に成人の集いをしています。
 
 ずっとずっと先の話ですが、「お友だちも誘って、また来てね」といって別れました。
 
 声をかけてくれる有難さを思います。
声をかけるにも、どこに行けば会えるのかわからなかったら声をかけることはできません。
 夕方6時と朝6時に鐘をついています。そこにお寺の人がいます。
水曜学校でいえば、毎週水曜日の4時に円光寺でお友だちに会うことができます。
そして今日のご縁でいったら、毎朝6時半にここでお念仏のお友だちに会えるということです。
 何か当たり前のようですが、本当にすごいこと有難いことなのです。
 
 仏さまのご縁です。私たちの生活の中心に阿弥陀さまがいらっしゃるという有難さです。
自分一人で頑張っても人に会うということは難しいことです。
 
 今日もこうして、皆さんご一緒に阿弥陀さまにお礼ができて、一日を始めさせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.24)

お金の流れ

2018-02-23
私たちが所属する色んな会がありますが、会の運営活動にはお金がかかります。
何か行事をする時も予算を組みます。行事が終わって決算を出します。
 こうしたお金の流れをみると、どういうことをしようとしているのか、してきたのかといった
その会の活動状況を知ることとなり、その会が健全に運営されているかどうかをみる大きな指標になります。
 
 会議ばかりしている会があります。会議に係る交通費や宿泊費等の経費が膨らんで
支出の全体合計としては何か活動しているようですが、実際は会議ばかりで主な活動ができていないことが見えてきます。
 
 お家のことも家計簿をつけることでその家の運営が健全にうまくいっているかどうか見ることができます。
衣食住という生活の基本的なものを極端に辛抱したら家族の生き死ににかかわってきます。
いかにうまく経費を節約していくかが大事です。
 
 ただ衣食住ばかりに係っていたら、本当に充実した生活を享受できるのかということです。
人間に生まれて、本当に生きてよかったいえる生活、人生でありたいと思います。
 そしてこれはお金の大小で決まる、決められるものではありません。
 
 仏さまのご法義もお金の多少をいいません。
でもこのご法義を伝えていくということについてはお金と相談することもでてきます。
 
 お寺の護持運営ということです。本堂庫裡などの建物の維持管理、そしてお念仏の活動を促す施策です。
それはお寺に住まいする住職寺族だけでなく、私たちご門徒皆さんが関係することなのです。
 私たちの生活の中心としてお寺を盛り立てていこうという心意気です。
私たち一人ひとりができる精いっぱいのことをさせていただくことが肝要と、昨日の会議でまた思ったことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.2.23)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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