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お念仏を申す生活法話

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お浄土から開かれた私たちの仏道です

2018-10-19
 仏教は仏の教え、迷いの私が悟りの仏に成る成仏道の教えをいいます。
 成仏道に大きく二つの道があります。
一つは比叡山に代表される自分の力をたのんで厳しい学問修行を積んで悟りを開き仏に成るという仏道です。
一方私たちの浄土真宗の仏道はお浄土の阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のおはたらき一つによって
お念仏申す身にさせていただき命終わってお浄土に生まれ悟りを開かせていただき仏に成る仏道です。
 
 そのまま聞くと死んでから後のことのようで今の私には関係ない必要ないと言われそうですが
実はこの今が大事なのです。
 浄土真宗では取り立ててこれこれこういう修行をしなさいということを言いません。
ただ仏法聴聞といって、仏さまのみ教えを聞きなさいと言われます。
 すべてのものを分け隔てなく必ず救うというご本願を建てられ長い間ご修行されて阿弥陀という仏さまに成られた
そのおいわれを聞かせていただくのです。南無阿弥陀仏のお心おはたらきです。
 
 ここに苦悩に迷う衆生がこの私がいたということなのです。
この私一人を救うために南無阿弥陀仏の仏さまと成って今私のところにおはたらきだと聞かせていただくのです。
 ナンマンダブツとお念仏申す、この口からお念仏が出てくださるということは
もうすでに阿弥陀さまのおはたらきが今こここの私に届けられてあるということなのです。
 「我にまかせよ必ず救う」とおはたらきですから「おまかせします阿弥陀さま」と今ここにお念仏を申させていただき
お浄土への道を歩ませていただくことです。
 
 自分の力で切り開いていく道は一歩一歩踏みしめて確かなようで先が見渡せない狭い道です。
一方お浄土から開かれた道は広く大きな道です。
 阿弥陀さまのお浄土に渡してくれるご本願の船にまかせて乗って行くように
今日の一日もまたお念仏を申す仏道を歩ませていただきたいと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.10.19)

お寺の子ども会で「ちかいのことば」を唱和します

2018-10-18
 昨日水曜学校の子ども会がありました。
いつもお勤めの最後に「ちかいのことば」を皆で唱和します。
五つありまして「一つ仏の子は」と言って始まります。
 
 仏の子です。誰のことかというと唱和する私たちのことなのです。
子どもといったら小学生中学生のことのように思いますが、実はこの私も皆さんも仏の子どもなのです。
 
 お念仏の先人は阿弥陀さまという仏さまを親さまとよんで慕ってまいりました。
親です。お父さんお母さんと親は二人います。阿弥陀さまとお釈迦さまです。
阿弥陀さまとお釈迦さまをお父さんお母さんとする仏の子どもということで
同じ親の子の私たちはお互いに兄弟姉妹ということになります。
「ちかいのことば」の唱和は、仏の子どもになる、お念仏の兄弟、お念仏の仲間になる宣言といってもいいと思います。
 
 一つ仏の子はすなおにみ教えを聞きます。一つ仏の子は必ず約束を守ります。一つ仏の子はいつも本当のことを言います。一つ仏の子はにこにこ仕事をいたします。一つ仏の子はやさしい心を忘れません。
 
 子ども会で唱和することですが、私たちの日々の生活のなかで「一つ仏の子は」という営み
お念仏申す日暮しをさせていただきたいと思うことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.10.18)

お包みの表書きはどのように書きますか?

2018-10-17
 お葬儀にお参りするときのお包みの表書きについて、御仏前でいいのか御霊前か御香典かと質問されます。
 一般の仏事の本には「四十九日までが御霊前で、それ以降は御仏前」とあるそうです。
四十九日までは故人の霊魂がこの世に残っているという言い伝えです。
七日七日のお勤めで善根功徳を積み重ね回向して四十九日で仏に成るということで
御霊前と御仏前を区別するということのようです。
 
 霊魂についてお釈迦さまは有るとも無いとも言われていません。
浄土真宗の仏教では南無阿弥陀仏のおはたらき一つで命終わって直ちにお浄土に生まれ
仏さまに成らせていただくと聞かせていただきますから
御霊前はふさわしくなく御仏前でいいのです。
 御香典とは御香を御仏前にはこぶということですから、御仏前でもいいのです。
 
 ここで御仏前というとお葬儀の場合亡くなった故人にという思いでしょうが
御仏前の仏というのは浄土真宗でいったらご本尊の阿弥陀さまなのです。
 御仏前をお包みするのは阿弥陀さまの御仏前にお供えをはこぶという意味合いがあるのです。
御仏前というと今はお金をお包みすることのようになっていますが
御仏前にお花であったりお菓子や果物などをお供えすることでもいいのです。
 
 阿弥陀さまの御仏前におはこびするのです。
今の皆さんです。仏さまの御前にこの身をおはこびしています。
御仏前にこの身を置いて今日もこうしてお朝事のお勤めができました。仏法聴聞させていただきました。
 これほどの御仏前はないと仏さまが一番喜ばれています。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.10.17)

ご縁ご縁にお念仏申させていただきましょう

2018-10-16
 ご縁をいただくといいます。仏さまのご縁です。
この仏さまは阿弥陀如来さまです。阿弥陀さまの本願他力念仏のお救いの法に遇わせていただくご縁です。
 
 ただこのご縁を私たちに届けてくださったのはお釈迦さまでありインド中国日本に出られた七高僧さまであり
そして何といってもご開山親鸞聖人であります。
 親鸞さまが開かれたみ教えを聞かせていただくのがこのお寺なのです。
今日16日は親鸞さまの月命日です。
 
 仏さまのご縁をいただけよといいますが、私たちは日々の生活のなかでご縁をいただくことが中々難しいですね。
私のことで精いっぱい、生きることで精いっぱいの私たちの日暮しです。
 
 だからこそこうした大切なお方お家のご先祖有縁の方々のお命日を大切に仏さまのご縁にしてほしいというのが
これが親鸞さまの願いであります。
 
 ご縁ご縁にお念仏申せよといわれます。
お寺にお参りしないとお家のお仏壇にお参りしないとお墓にお参りしないとお念仏申せないのではありません。
 南無阿弥陀仏のお念仏のおはたらきはいつでもどこでもこの私のところに届いてあります。
仏さまのご縁に遇わせていただくときナンマンダブツとどうぞ声に出してお念仏申させていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.10.16)

維新150年戊辰150年、官軍も賊軍もないみんな一緒のお浄土です

2018-10-15
 大河ドラマ「西郷どん」を観ています。今年が明治維新から150年ということです。
1868年明治元年に徳川幕府から明治政府に政権が移る過程で、血なまぐさい戦争がありました。
戊辰戦争です。鳥羽伏見の戦いから江戸開城を経て東北の地が戦場になっていきます。
西郷隆盛率いる官軍、そして一方は賊軍と言われます。
勝ては官軍負ければ賊軍と言われますが
その当時官軍は錦の御旗をかかげた天皇の軍であり、天皇の命令に従わない者は賊軍であるとのことです。
双方共にこれまで徳川幕府を支え天皇のもとにあったもの同士ですが
その時々の情勢で敵になったり味方になったりということです。
 
 ドラマでは昨日の回で明治政府の樹立をみて西郷隆盛は政治から離れ故郷の鹿児島に帰ります。
そしてそれから10年経ち西南戦争が勃発します。
西郷と共に維新を成し遂げた盟友大久保利通を中心とする官軍と明治政府に不満をもつ賊軍の戦いです。
その総大将が西郷です。歴史の綾というか、昨日まで友人同士だった者が袂を分かち刃を交わすということです。
 
 そうした歴史があって私たちの今日があるということです。
過ぎ去った過去のその時だけの出来事ではありません。
それからも時代は続き社会も動いて今も維新150年というところもあれば戊辰150年というところもあるのです。
 
 いまだに戦争が続いているのではありません。
それぐらい私たちの思いというのは私が生まれてからではなくて
生まれる前からもそしてずっとずっとこれからも続いて
生まれては死に生まれては死にということを繰り返していくのでしょう。
 
 生まれては死にという迷いの境涯を繰り返し苦悩の世界にうごめく私たちを見抜かれたのが阿弥陀さまです。
苦悩に迷う衆生のわれらを必ず救うと立ち上がり南無阿弥陀仏のお名号となって私のところに来てくださってあるのです。
 
 官軍も賊軍もないよ、敵も味方もないよ、すべてのものを等しく救うみんな一処の世界
阿弥陀さまのお浄土を用意してくださってあることを私のこととして隣の人も一緒に聞かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.10.15)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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