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お念仏を申す生活法話

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お寺にお参りすることとお宮にお参りすることの違いって何だろう?

 昨日は学校が三学期になって初めての水曜日で、すいよう学校の子ども会新春お楽しみ会をしました。
いつもの水曜学校のお友だちに加えて全部で12人の子どもが集まってくれました。
やっぱり賑やかなのがいいですね。
 
 みんなで一緒にお勤めをして新院さんがご法話をしました。
お正月は初詣でお宮にお参りする人が多いけど「お宮にお参りすることとお寺にお参りすることはどう違うのかな」と
子どもたちに尋ねました。
 子どもはいいですね。思ったことをすっと答えてくれます。
男の子が手を上げて「お寺は本堂の中に入って仏さまにお参りする、お宮は外から神さまにお参りする」と言いました。
そうですね。当たり前のように思っていることですが、あらためて言われてみると大事なことに気づかされます。
 
 お寺には御本尊の仏さまが本堂の中央にご安置されています。その御仏前に座って手を合わせお参りします。
一方お宮の神さまはこの目に見える姿としてはありません。お宮の中央奥の院に神さまがいらっしゃるといわれます。
 人間の力を超えた不思議な力をもった神さまです。
神さまのお力おはたらきで人間の願いを成就してほしいとお願いするのが神さまへのお参りです。
祈願の思いを込めて柏手をたたきます。
 
 一方仏さまのお参りは手を合わせ浄土真宗ではナンマンダブツとお念仏を申してお礼をします。
十方衆生を必ず救うと願われ本願成就された阿弥陀仏さまのお姿は
そのままこの私を救うてくださるおはたらきと聞かせていただきます。
 
 ナンマンダブツとお念仏申して南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきます。
お正信偈さまのお勤めも聞かせていただくということです。
 神主さんが祝詞をあげます。お参りの皆さんは神妙にして聞いています。
私たちのお勤めはお坊さんご門徒衆ご縁の皆さんご一緒に声に出してさせていただきます。
 南無阿弥陀仏と私のところに来てくださった阿弥陀仏さまのおはたらきです。
ナンマンダブツとお念仏申すそのままが南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただくことです。
 
「我にまかせよ必ず救う、いつも私が一緒だよどんなことがあってもあなたを見捨てることがないよ」と
私に何の条件もつけずそのまま救うとおはたらきです。
「はいおまかせします、阿弥陀さま」と手を合わせお礼をさせていただける有難い南無阿弥陀仏のご法義です。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.10)

私のことを思うて届けられたお念仏です

 昨日ご門徒さんが年賀の手作りのものを届けてくださいました。
毎年いただきますが、もうこんな時期になったのかと思いました。
 又あるご門徒さんの所では、除夜会元旦会のお参りの皆さんに出す手作りのおせちを届けますと言われました。
あっえっ何かつい最近そんなことを聞いたそんなことがあったようなことと思って
一年過ぎるのが本当にあっという間本当に早いなと思います。
 
 12月に入るとお歳暮が届きます。年が明けて年賀状が届きます。
ある方は形ばかりのことで意味がないとまでいう人がいますが
段々齢を取ってきますと形ばかりとはいえと思うようになりました。
 形を通してそこに届けてくださるあなたです、その方の気持ちが届けられることを心強く有難く思います。
段々齢を取ってきますと周囲の知人友人そして家族が亡くなっていきます。
そういうなかで私のことを思うてくださる心持ちが届くというのが本当に頼もしく力強く有難いのです。
 
 私たちの南無阿弥陀仏のお念仏です。
阿弥陀さまがこの私一人を救うと思いおはたらきとなって届けられたお念仏がこの口から出てくださるのです。
ナンマンダブツナンマンダブツとこの口からお念仏が出てくださるということは
もう既に阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲のなかに私たちは抱き取られてあるのだと聞かせていただきます。
 
 ナンマンダブツナンマンダブツと、ありがとうございますとまた御礼のお念仏を申させていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.12.25)

「人身受け難し今すでに受く、仏法聞き難し今すでに聞く」

 昨日別府別院の初法座のご縁にお参りさせていただきました。
佐賀の方からご講師がみえてご法話お聴聞させていただきました。
 ご法話のご讃題は礼讃文といってどの仏教聖典にも大抵載っている御文で
「人身受け難し今すでに受く仏法聞き難し今すでに聞く」でした。
 
 人身というのは人の身この人間に生まれるということは本当に難しい中にできてこの私が今ここにあるということです。
そして人間に生まれても仏法に遇うことはこれほど難しいことはないというのです。
 お釈迦さまの譬え話に、ガンジス河という大きな川の河原の無数にある砂を手にすくい取ってお弟子さんに
「人間に生まれるというのはこの河原のすべての砂の中のこの手にしたこれぐらいなものだよ」と言って
そしてその砂を指先だけに残し払って
「人間に生まれたなかでも仏法に遇うことはこの指先の砂ほどに有難いものなんだよ」と教えられたといいます。
 
 人間に生まれて仏法に遇わせていただくことの有難さとを譬え話で
人間に生まれる確率は年末ジャンボの1等10億円の宝くじが100本100回当たるようなもので
1回当たるのも甚だ難しいなかでこれほど難しいことはないとお話されていました。
 そして人間に生まれたなかで仏法に遇わせていただくということです。
私たちは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道六つの世界を輪廻してこのたびは人間に生まれたということです。
この六道すべてが迷いの世界ですが、人間世界に生まれた意味は仏法に遇えるご縁をいただくということなのです。
 
 お釈迦さまがこの人間界に生まれ出てくださったということです。
私たちと同じ人間の身を生きおさとりを開かれて仏に成られます。
そして仏法を説かれお経さまとして私たちに伝えてくださってあるということです。
 
 お釈迦さまは迷いの人間世界に生きる私たちに
仏法に遇って今度こそは六道の迷いを超えて仏の世界に生まれて来いよと願われています。
 
 人間に生まれて仏法に遇わせていただくことの有難さを思います。
仏法に遇うために人間に生まれさせていただいたといただきます。
 
 今ここにこの私が仏法のご縁に遇うことができたことを有難く受けとめて
これからもお念仏申すなかに日々生活させていただきましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.9)

今日から学校です。三学期が始まります。

 今日は1月8日で学校が始業式ということです。三学期が始まります。
子どもたちはどんな気持ちで今日の朝を迎え学校に行くのでしょうかね。
 
 小学生の頃を思い出します。冬は嫌でした。
毎年しもやけができて、手足の指が真っ赤に腫れ上がりかゆくてかゆくてなかなか寝付けなかったです。
指を糸でしばって針で血を出すんですが、これが痛くて嫌でたまりませんでした。
 中学高校になると体育の時間が決まってマラソンでした。
これも本当に嫌でそれこそ風でも吹いて雨でも降って中止になればいいと何度も思ったものです。
 
 今日はこんな楽しみがあるとウキウキして家をでかけることもあれば
今日はこれをしなければいけないとため息を何度もついて暗い気持ちで
学校にまた職場に出かけることもあるのではないでしょうか。
 
 自分の思い通りにならないということは嫌な思い出として今も心の片隅にしっかり残っています。
ただ考えようによっては思い通りにならないことも含めて今の私があるということではないでしょうか。
 それこそ苦しみ悩み迷いのなかにある私をこの阿弥陀さまはすでに見抜かれ見捨てることなく
そのまま救う必ず救うまかせよと南無阿弥陀仏となって私のところに来てくださってあると聞かせていただきます。
 
 子どもの頃若い時分は嫌だ嫌だというばかりでしたが
こうしてお聴聞させていただくなかにあの頃も今もそしてこれからも
大きな大きな阿弥陀さまのお慈悲のなかに日々の生活をさせていただけるとまた有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.8)

じいちゃんの祥月命日です

 今日12月30日は私の祖父円光寺16世照然住職の祥月の命日です。
昭和41年に往生ということで、今年が昭和93年ですから53回忌になります。
80歳でした。父が74歳でした。年忌を重ねていきますが、遠くなるほどに近くなるといった感覚があります。
 私も66歳になりました。あと8年すれば父の往生の歳になります。あと14年もすれば祖父の往生の歳になります。
その歳歳に思うことです。お寺をあずかる住職という立場もあっていろんなことを思います。
たくさんのご苦労があったんだなと思います。
門徒さんとの関係はどういうご縁つながりだったかなと思いをはせます。
 
 私の祖父のことでいえば先日大海組の組史をみることがあったのですが
終戦の時に別府の別院にある教務所に奉職して事務所長をしていたと記録されていました。
 戦中お寺をめぐり大変なことがあったと想像できます。
そうした困難ななかに円光寺を大海組を大分教区を支えてくださったご苦労は本当に大変大きなものだったんだなと
今朝こうしてお勤めをしながら思うことです。
 
 先人を偲ぶといいます。偲ぶとは思うこと、その人のことを思います。
そしてこの私の歩みを思います。これまでの歩みを振り返ることでありこれからの歩みを思うことでもあります。
 先人の歩み思いを受けついで私にできる精いっぱいのことをさせていただくことです。
お念仏のご法義相続です。
南無阿弥陀仏のお念仏のみ教えを一人でも多くの方にお伝えさせていただくお手伝いを今日も一日できたらと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.12.30)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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