門徒報恩講が始まりました
昨日から門徒報恩講が始まりまして薬師堂地区のお参りをさせていただきました。
お参りしてどのお家のお仏壇も五具足の仏具でお飾りされていて少しびっくりしました。
先日お寺の報恩講で花瓶1対ろうそく立て1対と香炉の五具足のお話をしました。
お寺の本堂お内陣のお荘厳も普段は三具足で、報恩講のときは五具足にします。
お家のお仏壇も報恩講とかご法事とかには気をつけて五具足にしましょうというお話をしたことです。
お仏飯を上げ打敷をかけて五具足の仏具にお花お灯り香をそしてお団子やお菓子果物をお供えしてありました。
お寺でのお話をよく聞いてくださっていたんだなと有難く思いました。
お寺にお参りされなかったお家の方にも
「ご院家さんがこう言ってた」「こう聞いた」と話してくださったと思って嬉しくなりました。
隣近所の連絡つながりがよくできていることを思います。
平生の人と人とのつながりですが、私たちのつながりはお念仏を中心としたつながりです。
ご門徒皆さん共々にお念仏申す生活をさせていただいているということです。
今は隣の家の人の顔も知らない名前も知らなという時代になりました。
同じ地域に生きていても何かバラバラで生活しているような社会です。
ただいざという時頼りになるのは遠くの親戚より近くの友だちなんですね。
そうした平素からのつながりが愈々本当に大事になってきたのではないでしょうか。
仏さまのご縁つながりです。
私たちは南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに生かされて生きているお念仏の仲間です。
この報恩講のご縁は親鸞さまのご恩に報いるということですが
ご本願を信じお念仏申す身となって共々に支え合い生きぬいてお浄土への旅を続けさせていただくことです。
昨日はお昼から薬師堂地区の皆さん一堂に集まって地域法座のご縁をいただきました。
ご一緒にお勤め仏法聴聞し手作りのものをいただいて本当に和やかな雰囲気のなかに
楽しいひとときを過ごさせていただきました。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.11.30)

本願念仏の救いの法を聞かせていただきましょう
こうして本堂お内陣のお荘厳が整い今日明日明後日と親鸞聖人の御正忌報恩講のご縁を迎えます。
私たち浄土真宗門徒にとって一番の法要ということで
円光寺では毎年この時期に親鸞さまのご法事のご縁をいただきます。
ご法事といいまして、親鸞さまのみ跡を慕うということです。
親鸞さまはどういう方だったのかそのご事績をたずねることですが
一番肝心要は親鸞さまが私たちに阿弥陀さまの本願念仏のお救いの法を伝えてくださったということです。
南無阿弥陀仏のみ教えを聞いてくれよというのです。
ご本願を聞いて信心いただけよお念仏申す身になってほしいというのが親鸞さまの大きな大きな願いなのです。
報恩といって親鸞さまのご恩に報いるとはこの私がお念仏を申す身にさせていただくことなのです。
見事にきれいに整ったお内陣のお荘厳を前にしていつもより何かお念仏しやすいように思います。
ご門徒皆さんが心を寄せ体をはこんで調えてくださったお荘厳ですが
調ってみると私が云々ではなくて阿弥陀さま親鸞さまの大きなお心おはたらきをそのままいただいているということです。
必ず救うまかせよの南無阿弥陀仏のおはたらきに突き動かされてこの口からナンマンダブツとお念仏が出てくださいます。
いつでもどこでもという南無阿弥陀仏のおはたらきですが
今日明日明後日の三日間どうぞ皆さん心を寄せ体をはこんでいただき
隣の人にも声をかけて一人でも多くの方々共々に本願念仏の救いの法を聞かせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.11.26)

お浄土への旅を続けます
御正忌報恩講のお勤めが円成なって本堂お内陣が平生のすがたに戻りました。
このお寺をあずかる住職にとってこの御正忌報恩講さまのお勤めは何にも増して大事なご勝縁です。
私たちのお寺は阿弥陀如来さまをご本尊とするお寺です。
阿弥陀さまの本願念仏の救いの法南無阿弥陀仏のご法義のお寺をあずかるというのです。
誰からおあずかりしているのかというと、親鸞聖人さまなのです。
親鸞さまからおあずかりしているお寺の一年で一番大きなご縁の御正忌報恩講さまを
ご門徒皆さんとご一緒にお勤めさせていただけたことがこれ以上ない住職の慶びであります。
御正忌報恩講のご縁で歳をとります。今年も一つ歳をとりました。
そして今日です。平生に戻るといいますが、私たちのご宗旨は平生業成のご宗旨です。
特別何かをして特別どうこうということではなくて
常日頃の生活がそのまま阿弥陀如来さまのお浄土へ連なっていく人生であるといただきます。
お浄土への旅です。お浄土への旅がこれからも続きます。
私にとっては67度目の御正忌報恩講さまのお勤め67歳に向けての旅であります。
一人ではありません。ご門徒皆さんと共々にお浄土への旅ができることを
また今日のこのお朝事のご縁で強く深く有難く頼もしく思ったことです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.11.29)

信心いただいてお念仏申す身になっておくれ
御正忌報恩講も今日がご満座です。
御正忌報恩講のご縁をいただくということはこの私が信心をいただきお念仏を申す身にさせていただくということです。
ただご縁に遇うことは本当に難しい、難中の難とまでいわれます。
円光寺では毎年11月26日27日28日の三日間
信を獲れよ信を獲れよお念仏申す身になってほしいという親鸞聖人の大きな大きな願いのなかに
御正忌報恩講さまのお勤めをさせていただくことです。
こうしてきれいにお荘厳されていますこの本堂のお内陣も明日には平生のすがたにかえります。
ただ平生にかえってもこのお朝事のご縁は続いてまいります。
念仏相続といいます。
相続といって私が頑張って頑張って頑張って相続するのではありません。
阿弥陀さまの大きな大きなおはたらき仏さまのご縁にこの私が身を置くということです。
御正忌報恩講のご縁をいただきいよいよお浄土へのお念仏の道を共々に歩ませていただきたいと思うことです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.11.28)

出来の悪い子こそ心配で放っておけない阿弥陀さま
御正忌報恩講も今日は三日間の中日ということになります。
昨日の夜は子ども報恩講ということで毎年この日にご縁をいただいています。
昨日も子どもさんがたくさん集まってくれました。
そのなかでお母さんが4、5人一緒にお参りされていました。
夜の時間で暗くて寒いということもあって親子一緒にということです。
「牛にひかれて善光寺詣り」という言葉があります。
子どもさんの寺参りですが、子どもに手を引かれて親御さんも一緒にお参りしてほしいという
仏さまの思し召しといただきます。
大人と子どもという言い方をしますが、私たちはみんな仏の子どもなのです。
仏の子どもというとき親は阿弥陀仏さまです。
お念仏の先人は阿弥陀さまのことを親さまといって慕ってまいりました。
よく阿弥陀さまのお慈悲のおはたらきを親子の譬えでお取り次ぎいただきます。
親はどんな出来の悪い子どもでも放っておけない、出来の悪い子どもほど心配で心配でたまらないといいます。
逆に言えば出来の良い子は放っておいてもいいんです。
出来の悪い子だから親がいつも寄り添うように、子どもからいったら口やかましいうっとうしい親ですよ。
ただ親だからこそ子どもにどんなに嫌われても口やかましく厳しく接するのです。
隣のお父さんお母さんには関係ないんです。他人事です。
どこまでもうちの子が中心です。よその子は関係ないのです。
阿弥陀さまは「うちの子も よその子もない みんな仏の子」と私たち一人一人を見てくださっています。
すべてのものを我が子と見られた親さまがスーッとお立ちになって
私のところに来てくださってあるおすがたが南無阿弥陀仏なのです。
ナンマンダブツとこの口からお念仏が出てくださいます。
「いつも私が一緒だよ」と寄り添ってくださる親さま阿弥陀如来さまなのです。
お念仏を申すなかに今日のお昼はお講のお斎があり夜は大逮夜という親鸞さまのお通夜のご縁をいただきます。
どうぞお誘い合わせお参りしてください。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.11.27)
