オリンピックを楽しむ
2024-08-13
連日の日本人選手のメダル奪取に沸いた
パリオリンピックが終わりました。
日本時間で毎日深夜未明の決勝種目が多く
朝起きて大変元気をもらいました。
金メダル20個、銀12個、銅13個の
華々しい成績です。
注目すべきは金が銀・銅メダルを
上回ったということです。
日本選手は国を背負う重圧とかプレッシャーに弱く
ここぞの時に十分力を発揮できないと
言われてきましたが
今の選手はちょっと違うようです。
メダリストの試合後の主なコメントです。
一つは周囲の方々への感謝の弁で
「決して自分一人の力ではない
家族をはじめコーチスタッフ多くの人たちの
おかげで成し遂げたものです」と
異口同音に述べられます。
そしてもう一つが
オリンピックを楽しむという発言です。
オリンピックだからと
必要以上に思い入れるのではなく
大好きな競技を楽しみ平素の力を出し切ったなかで
結果は後からついてくるという考え方です。
そうは言ってもどうしても力が入るのですが
プレッシャーを逆に楽しむということなのでしょうか。
レスリング競技で決勝戦まで行った9試合で
8個の金メダルを獲得したことが
そのことを如実に物語るものだと思います。
勝ちたいという思いはからい欲の心です。
欲の心があるからこそ
平素の苦しい厳しい練習にも耐えられるのですね。
結果負ける選手が多いのですが
悔しい思いを力に変えて
それからの競技人生にぶつけるのでしょうね。
あの人に勝ちたい
あの人のような技を身につけたいと
そこに敬いの心があるからこそ
勝者を讃え敗者をねぎらう
友愛の心が互いにめばえるのが
スポーツマン精神だと思います。
今大会の新種目ブレイキンで優勝した女子選手は
当初順位を競うことに違和感があったが
1対1のダンスバトルを楽しむことで
多くの人に競技の魅力を伝えていきたいと
思うようになったと言います。
スケートボードと同じように
アメリカで日々の生活の中で
楽しい遊び心から生まれたものです。
国威を示すメダル至上主義や商業主義に陥りがちな
昨今のオリンピックのあり方を思うとき
互いに技を競い合うなかで
「より速く より高く より強く」という
夢や可能性に挑戦するオリンピックの原点に立ち返り
勝者も敗者もない
平和の祭典であってほしいと思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.13)
式中初七日
2024-08-12
葬儀のあり方が変わってきています。
これは前々からのことですが
葬儀のその日に火葬の後初七日をお勤めすることが
一般的になってきました。
初七日は往生されて七日目の
初めての七日日にお勤めするご縁ですが
お家のご事情で繰り上げてお勤めすることもあります。
喪主が遠方に住んでいてその日に居ないとか
お家にお仏壇が無かったりする場合です。
親族に通夜葬儀に続いて
初七日に改めてお参りいただくのは
大変だからと言われますが
お参りできる方だけでいいのです。
通夜のご縁、葬儀のご縁、そして初七日に始まる
49日間中陰の七日七日のご縁は
それぞれが仏さまのご縁で意味のあることなのです。
大切な人とお別れして
時間の経過とともに
ご縁ご縁に御仏前に座らせていただき
先にお浄土に往かれた方を偲び
仏法聴聞してお念仏申す身にさせていただくのです。
このお盆の時期のお葬儀で
お寺さんが忙しく初七日の都合がつかないことがあって
葬儀社の方から葬儀が終わって出棺するまでの間に
初七日のお勤めをしましょうとの提案がありました。
式中初七日というお勤めだそうです。
10年ほど前埼玉のご門徒の葬儀社でのお葬儀で
初めて経験した葬儀のあり方です。
全く想定外のことでしたが
東京近辺では式中初七日が当たり前に行われている
と聞いてびっくりしました。
葬儀仏事の簡素化ならぬ簡略化です。
仏事の意味することを差し引いて
生きている私たち人間の都合に合わせるものです。
人間の理屈に合わせた合理主義です。
こうしたことは東京から地方の大都市を経て
全国津々浦々に瞬く間に見事に広がります。
その数年後福岡でご門徒のお葬儀に
同じことがありました。
今はネット社会でこうした自分に都合のいい情報は
皆さんが共有することで
葬儀社も皆さんの要望に応えて
より都合のいい提案をすることになるということです。
ひとりお寺だけが蚊帳の外です。
ただお寺は葬儀社や遺族の思いに
振り回されるものではありません。
仏事は日頃仏さまのご縁に遇うことがない人に
仏法聴聞を勧める大切な仏さまのご縁です。
仏事のご縁に遇うことで
お寺さんに仏事について何でも相談してください。
仏事のことは学校でお勉強することでもないし
地域社会の人間関係が希薄になり核家族社会になって
長老から教えてもらうことも少なくなりました。
ここはお寺の出番です。
ただお寺でじっとお参りする人を待っているのではなく
積極的にお寺の外に出かけて行くことで
仏さまのご縁つくり
本来のお寺のあり方を取り戻すチャンスです。
ただし教義を全面に打ち出して
「浄土真宗では〇○です」と教条的に言っても
聞いてくれないし
逆に反感を持たれることにもなります。
仏事について皆さんの思いに寄り添うなかで
お寺からいくつかの提案をして
柔軟に相談対応することです。
何でも皆さんの都合に合わせて
聞き入れることではありません。
「浄土真宗では」と教義をしっかり心に入れて
それぞれの事案に対応することで
皆さんがお寺に親しまれ仏法聴聞を勧めることで
お念仏のご縁つながりが広がっていけばと思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.12)
小学校の同窓会
2024-08-11
ひょんなことで小学校の同級生と出会い
5人か集まって同窓会の話になりました。
輪が広がって8人になり
同窓会の段取りができました。
短期間の出来事で
次から次へと決まっていきます。
それぞれの役割分担もできて
お互いに自分のできることをさせていただきます。
すぐ近くに住んでいながら
連絡を取ろうと思えばすぐにでもできるのですが
まあこんなものかと思ったりします。
つながっているんですね。
何年ぶり何十年ぶりの再会ですが
感慨にふけるのではなく
「やあ」「おう」と言葉を交わし
いたって日常の話をして
「じゃあまた」と別れるといったことです。
何をしなければならないというのではなく
何とも自然で気楽な関係でいいものです。
お互い歳をとっていくなかに
それぞれ色んな人生の歩み重ねていきますが
小学校の頃からずっとつながっている安心です。
大きないのちのつながりのなかに
共々に生かされて生きている有難さを思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.11)
母の初盆会
2024-08-10
母の初盆会のご縁です。
これまでに少しずつ準備をしてきて
8月に入り大掃除の後庫裏のお内仏間に
荘厳壇を用意しました。
母の在りし日の姿を偲んでいただこうと
お写真をご安置しました。
柔らかい微笑みを浮かべて
あたたかく私たちを見守ってくれているようです。
お寺さんがぼちぼちお参りされます。
お盆のご門徒参りのなかを時間を差し繰って
有り難いことです。
今は初盆参りも昔とは変わってきているようで
葬儀社やホテルといった所で
時間を指定して
ご案内するところが増えてきたようです。
以前でしたら自宅にお参りされることが通例で
お盆の期間中特に13、14、15の三日間は
お家を留守にすることができませんでした。
またそれぞれのお家の事情で
施主の方が遠方に居て
お墓はあってもお仏壇がないところは
お寺で初盆会のお勤めを
させていただくことが多くなりました。
年回法事もお寺でのお勤めが増えましたが
お寺が身近な存在になることで
仏さまのご縁をいただければと思います。
大切な人とお別れする悲しみのご縁ですが
そのまま仏さまのご縁といただきましょう。
先に往かれた仏さまが私たちに仏法聴聞を勧め
お念仏申す身にさせていただくのです。
初盆会には遠くにいる親族有縁の方々もお参りです。
「仏前で 懐かし人に 会える夏」です。
御仏前がいつもの盆会より一層にぎやかになる
初盆会のご縁です。
母の写真が「私もいつも一緒ですよ」と
言ってくれてるようでご一緒にお念仏申します。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.10)
敗者復活戦
2024-08-09
パリ五輪もいよいよ後半に入り
日本期待のレスリング競技が始まりました。
女子50キロ級では
東京五輪の覇者で金メダル確実とまでいわれた選手が
一回戦で敗れました。
敗戦後の呆然自失した姿が
大きな落胆ぶりを物語っていましたが
敗者復活戦に進むことになりました。
一夜明けて敗者復活戦そして三位決定戦を勝ち上がり
銅メダルを獲得したということです。
張りつめた緊張感が途切れたなかで
いかに気持ちを切り替え
集中力を高めることができたのか
インタビューで
周りの方々が背中を押してくれたと答えています。
これまでも幾度となくそうした周囲のサポートに
感謝してきたと思いますが
今回は海外のレスリング仲間から
応援メッセージが届くなど
これまで以上に周囲の力強い支援を感じて
心から感謝していたように思われました。
そして「五輪王者の私じゃなければ
価値がないと思っていたけど
一人の人間として応援してもらえていることに
気づけて幸せだと思った」と述べています。
人間がすることに絶対はありません。
私の思い通りになることって
一体どれくらいあるのでしょうか。
勝負の世界は如実にそのことを教えてくれます。
みんなが勝者にはなれません。
勝つ者があって負ける者があるのです。
金メダルを獲った選手も
異口同音に言っているのは
自分一人の力で成し遂げたことでは
決してないということです。
コーチスタッフの支えがあり
家族や応援してくれる人たちの
支えがあってのことだと言います。
勝っても負けても
私一人の力ではない
多くの人のおかげで生かされて
生きていることに気づかせていただき
一人の人間として成長していくのではないでしょうか。
敗者復活戦です。
勝者は一人でそれ以外は敗者です。
オリンピックで人生が終わるのではありません。
勝った人も負けた人も
一般の私たちには経験できない
オリンピックという舞台を経験して
これからの人生に活かせることが
たくさんあると思います。
この人生に勝者も敗者もありません。
私たちはみんなそれぞれの人生を生きる
チャンスをいただいているのです。
南無阿弥陀仏のおはたらき一つで
誰もが救われる往生浄土の人生が開かれているのです。
お念仏申して周囲の方々と共々に
生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.9)