何か遠い昔のように
2025-04-04
住職継職法要を終えて5日経ちましたが
何か随分前のことのように感じます。
6年前からの計画で
2年前に実行委員会を立ち上げ
準備を進めてまいりましたが
実行委員全員で実動態勢に入ったのが
法要一週間前といった感じで
先週の法要前日の大掃除から三日間の出来事を
懐かしく思い起こします。
住職寺族門徒総代幹部を中心とした
お寺の法要行事ですが
これほどの大法要になると
多くのご門徒皆さんそして組内有縁のお寺さんの
ご加勢がないと到底できないことです。
持ち場持ち場で多少のトラブルもあったと思いますが
大方見事に法要円成となりました。
日頃からのお念仏のご縁つながりです。
お互いに顔が見えるなかで
これまでもそしてこれからも
お念仏を申して阿弥陀さまのお慈悲の中に
共々に生かされ支え合って生きて往けることを
このたびの法要のご勝縁に遇わせていただき
あらためて有難く尊く思ったことです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.4.4)

「人生は苦しいなあ」※転載
2025-04-03
生きることがつらく、どうしようもない時に
かけてほしい言葉は、どんな言葉でしょうか。
今抱えている苦しみに共感してもらえる
言葉ではないでしょうか。
仏教の教えは
「人生は苦しみである。思い通りにならない」という
人生の真実を見つめるところから始まっています。
これまで私はこの言葉を聞いて
とても難しいことを言っていると思っていたのですが
この言葉は、苦しみを抱えた人に対して
釈尊が共感を示されたものではないかと
最近感じるようになりました。
龍谷大学名誉教授の浅井成海先生(故人)が
ご法座で「人生は苦しいなぁ」とつぶやくと
本堂にお参りされた方々のお念仏の声が
さざ波のように広がったと聞いたことがあります。
一人ひとりの苦悩に共感してくださっている
阿弥陀仏の大悲の心が
浅井先生の言葉を通して参拝者に伝わったのでしょう。
人は苦しいことを苦しいこととして
共感してもらえてはじめて
現実を受け入れることができるのではないでしょうか。
仏さまのお慈悲に出あうことで
つらさや悩みを抱えた者同士が
共感しあえる世界がひらけてきます。
※『本願寺インスタ倶楽部』
(隅倉浩信 本願寺派総合研究所研究員)より転載
ー本願寺新報2025年3月20日号ー
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.4.3)

言葉のこわさ
2025-04-02
フジテレビの一連の問題について
第三者委員会が調査報告書を公表し
「性暴力による重大な人権侵害があった」と
認定しました。
これまでの経緯が明らかになるなかで
大きな組織にあって
権力とカネにものを言わせる
圧倒的な上下の人間関係の構図が見えてきて
人間の傲慢思い上がりで自分を見失い
相手を自分の思いのままにして傷つける
人間模様に唖然とさせられます。
他人事として第三者的に見れば
本当に何をやっているんだと
非難する思いでいっぱいですが
自分がその立場だったらと自分事に置き換えると
果たしてどうだったかと
「さるべき業縁のもよほさば
いかなるふるまいもすべし」とも思います。
よくこうした不祥事にあって
関係者の言動で言った言わないということが
問題になります。
自分に都合のいいことは実際に言ったことで
都合の悪いことは言わなかったことという
双方お互いの都合のいい主張です。
結局は第三者をも納得させる証拠がないということで
うやむやになるケースが多いのですが
今回はスマホのLINEの記録が
具体的な会話となって残っており
公表されました。
元タレントとフジテレビ職員との
通信記録です。
明らかに両者の上下関係力関係がわかることで
言葉遣いやその内容に被害者を貶めるような表現が
ごく自然な日用会話のように使われています。
二人だけの間の会話で
ホンネが出たといってもいい内容です。
それにしても被害女性を何かモノのように
見ていることが本当に恐くて残念です。
日頃の言葉遣いということも思います。
特にラインなどのSNS通信では
短い言葉で要旨を簡潔に伝えるコスパの活用ですが
事務的なものになってしまって
そこに相手への敬意というものが感じられません。
「親しき者にも礼儀あり」との言葉もあるように
親しいものだからこそ礼儀を尽くす
日頃からの営みが大事です。
丁寧な言葉遣いをして他人行儀とかいわれますが
他人といって大切な人だからこそ
最低限の礼を尽くすことが大切ではないでしょうか。
平生日常のお念仏を申す生活のなかに
人と人とのお念仏のご縁つながりの大切さを思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.4.2)

春4月それぞれの一歩
2025-04-01
春4月です。
入学式、入社式のニュースが各地から届きます。
フレッシュマンが夢と希望を抱いて
新しい生活への旅立ちです。
すべてのいのちが光り輝くように
春4月は私たちを何かわくわくさせてくれますが
一方で不安を抱えている人も
少なくないのではないでしょうか。
同じ学校同じ会社でも
クラス替えや席替え、仕事部署の変更などで
人間関係が変わり、勉強や仕事内容も変わってきます。
果たして自分は大丈夫かと心配になり
尻込みして憂鬱な気持ちになる人も
いるのではないでしょうか。
これまでの人生を振り返って
新たな思いに胸をふくらませたものの
自分の思い描くように行かなかったこともあって
「こんなはずじゃなかった」と思い返しても
今こここの私を生きている身の事実を
そのまま受け入れて生きていかねばなりません。
周囲の「大丈夫、頑張りなさい!」
という励ましの言葉も
かえって鬱陶しく重く感じることかもしれません。
お釈迦さまの
『自灯明(じとうみょう)法灯明(ほうとうみょう)』の
お説法です。
「自らをともしびとし 自らをよりどころとして
他をよりどころとしてはならない。
法をともしびとし 法をよりどころとして
他をよりどころとしてはならない」と
何を依りどころにこの人生を生きるべきかを
示されました。
「自分の人生です。他人に頼るばかりでなく
本当に自分事として責任をもって生きなさい。
しかし自分を依りどころにするといっても
自分勝手に生きるのではなく
法(真実の教え)を依りどころにして生きなさい」との
お心です。
親鸞さまは「阿弥陀仏の本願念仏のお救いの法を
生死(しょうじ)の帰依処として生きてまいりましょう」と
私たちに仏法聴聞をお勧めです。
「いつでもどこでも誰でも必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のお心おはたらきを聴いて
「今こここの私をそのまま救うてくださる」と
聞かせていただく安心です。
新生活への期待と不安が入り混じるなかに
「どんなことがあっても、一人じゃないよ。
いつでもどこでも私がいるから
大丈夫安心してまかせなさい」と
いつも寄り添い喚んでくださる
阿弥陀さまのお念仏の声に支えられて
生活ぶりはそれぞれ違う私たちですが
あなたと私皆共に往生浄土のお念仏の道往きを
ご一緒させていただきましょう。
春4月、お念仏申して
それぞれの歩みを一歩踏み出しましょう。
★『ようこそ月報』2025年4月号より
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.4.1)

法要円成です!
2025-03-31
桜花爛漫のもと
皆様のあたたかいご協力とご理解を賜り
おかげさまで住職継職法要が無事円成となりました。
「親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年法要」併修の
23年ぶりの慶讃法要で
多くのご法中お稚児さんが出仕して
賑々しく稚児行列もできました。
お寺の山門から境内に入るとすぐ
大きな枝垂れ桜が出迎えてくれました。
先代の私の父が宮崎高千穂のお寺さんから
もらい受け植樹したものです。
今年は例年以上に見事な桜花を
咲かせてくれました。
先人の思いがお念仏の華を開かせ
このたび私から新住職へとご法義相続のご勝縁です。
お浄土からお念仏のおはたらきが
これからも至り届いて
いよいよお念仏の声が日々聞こえる
お寺になっていくことを嬉しく有難く思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.3.31)
