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お念仏を申す生活法話

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南無阿弥陀仏のいのちの物語を生きる

 NHKのファミリーミストリーという番組があります。
著名人のルーツを訪ねていく内容です。
 
 番組で家系をたどって今まで本人も知らなかったことまで明らかにしてくれます。
古文書に出てくる人ですから歴史上有名な人の関係者とか地域社会に貢献のあった人とかです。
 
 それはそれですごいなと思う反面
逆に他人にあまり知られたくないストーリーをもった方もいるのではないかと思ったりします。
 知り得た情報を全て放送するわけではなく放送する場合は事前に関係者に確認していることだと思いますが
そうした過去の負の歴史といったものをもった方はこの番組には出てこないのではないかなと思います。
 
 タレントさんという職業で自分のことだけでなく周りのことも知ってもらってということもあるでしょうが
個人情報保護といった観点からは過去の方にもふれることで慎重な対応が求めらます。
 
 私という存在です。
今の私につながる先祖のいのちの歴史があってファミリーヒストリーのなかの私のいのちの物語です。
 皆さんそれぞれに私のいのちの物語を生きているということです。
そのなかでみんなに知ってほしいということがどこかにありませんか。
知られたくないということがどこかにありませんか。
 
 そのまんまの私を見てほしいといいますが
やっぱり善く見てほしいし悪く見てほしくないと思います。
 その見方の基準です。
どこを基準に善悪を見ているのかというと、私のものさしです。
私の思いで善いものが善くて悪いものが悪いという見方になっているのではないでしょうか。
 
 私のものさしで自分自身を見て私のものさしで他のものをも見ることになります。
その見方は結局は私の見方で善い悪いという見方になってしまいます。
そしてこの私のものさしものの見方は私たちそれぞれその人人によって違うのです。
 
 私の思いはからいが自分自身を縛ります。
そこに私たちの苦しみ悩みがあると明らかにしてくださるのが仏さまです。
 阿弥陀さまは私の思いはからいに縛られて生きる私を煩悩具足の凡夫と見てとって
そのまま救うと南無阿弥陀仏となっておはたらきくださってあるのです。
 
 お念仏申してくれよと喚び通しに喚んでくださる南無阿弥陀仏の声になられた仏さまです。
お念仏申すそのままに「私がいるよ大丈夫だよ」とおはたらきくださり私たちは安心して生きていけるのです。
 
 何とみんなに思われているのか、何とみんなに見られているのか
周りのことが気になり苦悩し迷う私をそのまま抱き取ってくださり
こうして御仏前に座らせてくださりお念仏申す身にさせていただいて
今日のいのちの物語を始めさせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.9.24)

この地球に共に生きる

 今国連で開かれている気候行動サミットで
スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥンべりさんが各国政府代表者を前に
「若者たちはあなたちの裏切りに気づき始めている。私たちを見捨てる道を選ぶなら、絶対に許さない」と
地球温暖化対策の遅れを非難する演説を行いました。
 
 地球環境問題は極めて深刻で以前からずっと言われ続けていることですが
地球全体の問題であるにもかかわらず各国の取り組みに大きな差異があり
期限を切って目標を立ててもそれすら達成できないまま地球温暖化は一段と進み
世界各地で異常気象により豪雨や干ばつ大きな自然災害が頻繁に起こっています。
 こうした非常事態のなかにも対策が目に見える形で進まない各国の鈍い動きに
怒りを込めたグレタさんの演説です。
 
 何をこしゃくなことを言う少女だと言わんばかりの政府代表者もいたのではないでしょうか。
言われることはわかるし自分たちも善処しているが今の現状ではできないことが多いとでも言うのでしょうか。
 
 16歳の少女から言わせたら「こんな地球にしたのはあなたたちでしょ」と言うんでしょうね。
サミットでは温室効果排出ガスの30年後の削減目標を定めたパリ協定を確認しましたが
各国の足並みはそろわず特に主要排出国の動きは鈍くアメリカはパリ協定を離脱する方針だといいます。
 30年後のことなんて私たちが生きてることではないから知らないわよというようにも聞こえます。
産業革命以降便利で豊かな生活を享受しようと炭酸ガスを排出してきた先進国といわれる国です。
まさに自国中心主義、自分さえよければという発想は地球全体の問題としていずれ自らに降りかかってくる問題です。
 
 30年後自分たちが亡くなっても子や孫次の世代の人が生活する地球なのです。
30年後にせめてこれだけはという達成目標さえ難しいという日本をはじめ先進国の責任は大きなものがあります。
今まで散々炭酸ガスを放出してきた国が最初から腰が引けたようなことではお先真っ暗です。
 
 「あなたたちがしなくて誰がするの」と言われるあなたたちとは
30年後はいないかもしれませんが今を生きる私たちなのです。
 16歳の少女は30年後46歳になります。
その人の人生で一番脂の乗り切った年代、社会的にも責任ある立場にある年代です。
その時に地球は本当にどうなっているのかという厳しい問いかけです。
 
 日本から小泉環境大臣が出席されこの演説を聞いてすごかったとコメントしたといいますが
お父さんが貴乃花の優勝に土俵上で「感動した」と言った言葉に重ねて聞こえました。
 大臣です。実際に政策をたて実行していく立場に身を置く人です。
感動したと他人事で終わらせてはいけません。これからに期待します。
 
 一つの地球に生きる世界にあって自国の利益ばかりを求める大人たちのすがたを若者たちはしっかり凝視しています。
国家間の駆け引きに終始し大きな方向性が見失われて地球環境は刻々と悪化の一途をたどります。 
 地球全体の問題です。一国だけの問題ではありません。
国と国とが戦争しているということではありません。全部です。
 私たちの生活を振り返ってみても環境に良くない生活をしているのではないかという問い返しでもあります。
 
 仏さまの縁起の教えです。
すべてのあらゆるいのちはみんなつながって生かされて生きているという道理です。
仏さまの教えに地球環境問題も私に関係ないということは一つもありません。
 阿弥陀さまの本願念仏の救いの法は生きとし生けるすべてのものを必ず救うというみ教えです。
私たちすべてのいのちが生きているこの地球のことを考えていくことです。
 30年後50年後100年後子や孫に次の世代の人にどんな地球をのこしていくのか
どんな大事なことを伝えていくのか大きな課題としてお念仏のみ教えに聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.9.25)

「前畑ガンバレ前畑ガンバレ!」

 昨日はNHKの大河ドラマ「いだてん〜東京オリンピック噺〜」を観ました。
これまでの大河ドラマにない視聴率の低さが話題になっていますが、内容は大変面白いです。
 明治の終わりから大正昭和の現代史をオリンピック日本誘致という視点でみます。
昨日はベルリンオリンピックの水泳女子200m平泳ぎで前畑秀子選手が優勝した
あの有名な「前畑ガンバレ前畑ガンバレ」のアナウンスにまつわる話でした。
 
 まずその背景が凄いです。
ベルリンオリンピックはナチスドイツがその存在を全世界にアピールした世紀の祭典でした。
そして次のオリンピックは1940年東京開催ということになります。
 まもなく日独同盟が締結され日中戦争から日米開戦へと日本の軍国主義の歴史が大きく動くときです。
 
 こうした状況下で日本の国威を一身に荷った前畑選手のプレッシャーは計り知れないものがあったと思います。
ドラマでは主人公の田畑政治さんが前畑さんの負担を軽くしようと
周囲の者に頑張れ頑張れと言わないようにしようと努めるのですが
レースの最後の最後会場の観客も一緒に「前畑ガンバレ前畑ガンバレ」と絶叫するのです。
 ドラマで多少の脚色もありますが日本中がラジオから聞こえる
「前畑ガンバレ前畑ガンバレ」のアナウンスに声を上げたのではないでしょうか。
 
 頑張れという言葉についてはちょっと使い方に躊躇があります。
病院に見舞いに行って頑張れと言われて頑張れない人には本当に酷な言葉で
お見舞いされた人が「頑張れるんだったら今頃私はここにはいない」とつい言ったそうです。
 
 ところがあの状況下ではどうでしょうか。
皆さんの子どもや孫が運動会の徒競走で前を通った時にじっと静かに見ている親がいますかね。
身振り手振りで声が出ますね。どんな声かって、やっぱり頑張れでしょう。
 頑張れ頑張れって応援します。
結果はともかく応援する者と競技する者が一つになる声の力です。
 
 私たちの阿弥陀さまは「まかせよ救う」の南無阿弥陀仏の声になられた仏さまです。
南無阿弥陀仏の声が今日もいっぱい聞こえます。
 私の口から出てくださるお念仏の声、阿弥陀さまのお喚び声です。
私たちに喚びかけずにはおれなかったという声です。
 じっと向こうから眺めていて「何をしてるのか。そんなことで大丈夫か」と
他人事のように見る阿弥陀さまではなくて
それこそ座っておれなくて立ち上がって南無阿弥陀仏となって
私のところに飛び込んできてくださり「私がいるよ大丈夫だよ」と
私にいつも寄り添い私と共に生きてくださる阿弥陀さまなのです。
 
 南無阿弥陀仏の大きないのちのおはたらきに励まされて私たちはこの人生を生き抜かせていただけるのです。
阿弥陀さまのお救いです。
 
 今日はお彼岸のお中日です。
昨日は台風でご縁ができませんでしたが、今日は1時半からお勤めさせていただきます。
どうぞお誘い合わせお参りください。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.9.23)

お寺は気持ちがある人がお参りできる所?

 台風が来るということで今日の彼岸会の行事は取り止めることにしました。
朝明けてみたら普通に雨降りのちょっと風のある天気で
今日はいつもの皆さんがいつものようにお朝事にお参りです。
 
 「お寺にはお参りする気持ちがある人がお参りする」と言われます。
逆にお参りする気持ちがないとお参りしないのかというとどうでしょうか。
 確かに私のところではお参りするかしないかの二者選択です。
ただお寺のご縁は仏さまのご縁、仏さまが私たちのために開いてくださったご縁です。
 気持ちがある人にもない人にも開かれたご縁ですから
気持ちがある人もない人もみんなお参りしていいのです。
 
 お寺参りの定番の断り方です。
「お寺に一緒にお参りしましょう」と誘われます。断わってください。
 大方「用事があって忙しいからお参りできません」と「気持ちはあるけど」と前置きして答えるのではないでしょうか。
今回は「台風が来るから」という断わり方もできます。
 私たちは否この私は何でも理屈をつけて自分の思いを通すことがうまくできています。
 
 自分を中心に自分の都合に合わせていたら仏さまのご縁に遇うのは難しいです。
「お寺にお参りしましょう」を誘われたら、あれこれ思いを巡らすのではなく
そのまま「はい」ってお参りされる方はお参りすればいいのです。
 「まかせよ救う」の南無阿弥陀仏のお喚び声に「はい」でいいのです。
周囲のことを気にする必要はありません。
 仏さまの方を向いてお念仏申しましょう。
 
 お念仏申すなかに私ができる精いっぱいのことをさせていただくのがおつとめです。
おつとめというと何かしないといけないものと聞く人もいますが
仏さまのお喚び声に「はい」っと私にできることをさせていただくのです。
 
 お寺にお参りしないからといって阿弥陀さまはお前なんか知らないと私を見捨てる仏さまではありません。
明日はお彼岸のお中日で予定通りおつとめをさせていただきます。
 皆さんお誘い合わせお寺にお参りましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.9.22)

ラグビーワールドカップの開幕です

 ラグビーのワールドカップが始まりました。
前回の大会から4年です。まだ4年あると思っていたらすぐでした。
 今回は大分で5試合があるということでこれから増々盛り上がってくるのではないかと思います。
 
 昨日は開幕ゲームで開催国の日本とロシアが対戦し日本が30対10で完勝しました。
以前の日本代表の国際試合とはちょっと趣が違います。
 日本選手は小さな体で大きな外国選手相手に体力的に大きなハンディを感じていましたが
今は決して見劣りがしません。
 選手の半分が外国籍の選手ということです。
これは国際ラグビーの特別なルールで他の国も自国以外の選手が多いことが今は一般的になっているようです。
 
 顔も体型も日本人のイメージとは違う選手が同じ桜のジャージを着けて戦う姿に違和感をもつ人もあるでしょうが
試合になるとどの選手ということではなく応援します。
 選手もヘッドコーチも「私たちはワンチームだ」と言っていました。
一つの国ではなく一つのチームとして戦っているというのです。
 同じチームに色々な国籍のメンバーチームメイトがいるということです。
 
 世界を舞台に活躍している人のものの見方に教えられます。
ラグビーだけではありません。サッカーも野球も他の競技スポーツもです。
 同じスポーツをする選手お互いは国籍とか言わないのです。
ただ私たちに何かこだわりがあり複雑な思いがあるということです。
 ワンチーム同士で死力を尽くして戦いノーサイドの笛が鳴れば
勝者敗者を超えて互いに健闘をたたえ合うというラグビーの精神です。
 
 仏さまの教えを聞いているようです。
私たちのこの世界も本来はワンチームなんですね。
 一つの世界を分断するように国境線を引き
国が違う言葉が違う民族が違う宗教が違うなどと分別し自国中心のものの見方を振りかざして
ある時は敵味方に分かれて戦争をし政治の駆け引きが渦巻く国際情勢にみんなが振り回されている現実です。
 ワンチームで同じ方向をめざすところにみんなが本当に幸せになれればいいことだと思います。
何かおかしいと思うことがたくさんあります。
 
 私がというはからいです。
どこまでも自分を中心にしたものの見方考え方が自国を中心にしたものの見方考え方になって
他の人や他の国との関係つながりを危うくします。
 
 ここは仏さまの教えに聞かせていただきましょう。
仏さまの教えを聞いたから世界の困難な問題が解決し平和になるかというとそうはいきません。
 お互いに課題を共有し理解を深め協力していくなかに問題の解決には時間がかかります。
ただ同じ方向をめざしていきましょうとお互いに確かめさせていただくことの大切さを思います。
 
 まさに今お彼岸です。到彼岸です。
彼岸に到る道を歩むということです。仏さまのみ教えに聞かせていただくご縁です。
 同じ目標をめざしてです。
私たちの彼岸、お浄土をめざして
南無阿弥陀仏の大きなお心おはたらきのなかに往生浄土の道すがらを歩ませていただく
私たちはお念仏のワンチームのメンバーです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.9.21)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
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