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お念仏を申す生活法話

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ご本尊の阿弥陀如来さまをお供してお念仏のご縁です

2020-10-24
 毎月一回コンパルホールで法話会をしています。
ご本尊の阿弥陀如来さまをお供していきます。
 阿弥陀さまをご安置した小さなお仏壇です。
法話会の最初と最後にお仏壇の阿弥陀さまに
皆さんで手を合わせお念仏を申してお礼をします。
 
 皆さんのお家にはお仏壇がありますが
今風のお家にはお仏壇をご安置できる場所がありません。
設計の段階で仏間がないと言った方がいいかもしれません。
 
 そしていよいよお仏壇を申す時になって
どこに置けばいいのかどんな大きさがいいのか
本当に悩むところだと思います。
 今はマンション住まいの方も増えました。
元のお家の大きなお仏壇をもってくるわけにもいかず
悩むところです。
 
 そこで携帯用の小さなお仏壇の提案です。
ご本尊の仏さまが目線よりちょっと上方になるように
何かの上にご安置したらどうでしょうか。
 本願寺から携帯用のお仏壇が出ています。
蓮如上人五百回遠忌法要の時に前のご門主が
私たちに2つの提案されたのが
寺報の発行とすべてのお家にご本尊のご安置です。
 
 家にまだ死んだ人がいないから仏壇は必要ないとか
何か家族に不幸が起こるといった言い伝えがあったりで
お家にお仏壇を申すことが中々難しいのです。
 
 お仏壇は生きてる私たちが手を合わせ
仏さまにお礼ができるところなのです。
 お仏壇がないとどこに向いて手を合わせたらいいのか
わからないことにもなります。
 だからどのお家にも家族に共通の心の依りどころとして
お家の中心にお仏壇をご安置してほしいのです。
 
 ご法義地といわれるお念仏がさかんな所で
昔から伝えられてきた麗しいお念仏の生活習慣があります。
 子どもが就職や結婚で家を巣立つ時に
親がご本尊のお仏壇をもたせるという習慣です。
 本当に有り難いことだなと思いますが
これも小さい頃から家族でお仏壇にお参りする
習慣があるからこそです。
 
 皆さんは若い時分お仏壇にお参りすることって
どのくらいありましたか。
 歳を重ねるなかで手を合わせお礼ができる場所が
家にあることの有難さを思われませんか。
 ご本尊の仏さまと向き合うところですが
そのまま謙虚に自分と向き合えるところです。
 
 ナンマンダブツとお念仏を申せるところです。
お寺の本堂でありお墓であり
身近な生活のよりどころのお家の中心のお仏壇です。
 
 小さなお仏壇ですが
何の会でもご本尊の阿弥陀さまをお供して
お念仏のご縁をいただく有り難さを思います。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.24)

慈光照護のもとお念仏相続のこととお慶び申し上げます

2020-10-23
 便りを出す書き出しの常套句があります。
お寺やご門徒宛にはよく
「慈光照護のもとお念仏相続のこととお慶び申し上げます」
と書きます。
 
 阿弥陀さまのお慈悲の光に照らされ護られ
南無阿弥陀仏のおはたらきに生かされて
いよいよナマンダブナマンダブと
お念仏を相続する日々を送られていることを
お慶び申し上げますということです。
 
 お念仏相続です。
続けるということです。
 こうして毎朝お朝事のご縁を続けさせていただきます。
まさにお念仏相続のご縁です。
 毎朝皆さんが続けてお寺にお参りされるということです。
家でじっとしていたのではこのご縁に遇うことはできません。
 皆さんがお寺のお朝事にお参りしようと思い立って
お寺の阿弥陀さまのご尊前に身を置くことができたのです。
 
 相続といって私が続けるということですから
私に力が入ると続けることが難しくなります。
 ただ皆さんが毎朝座るいつもの席に座ってみると
阿弥陀さまがこの私をこのご尊前にはこんでくださったと
喜べるのがお念仏相続の慶びなのです。
 
 続けることは本当に難しいです。
続けようと力が入ると難しいのです。
 このいのちです。
生まれてずっと毎日生きています。
 私が頑張って続けようと思って生きていますか。
頑張ろうが頑張らまいが心臓は休むことなく
私たちが眠っているときも規則正しく動いてくださっています。
 
 私が頑張って生きよう生きようとすればするほど
私に力が入ってしんどいです。
 南無阿弥陀仏の大きなお慈悲のおはたらきのなかに
生かされて生きていると聞かせていただき
ご縁ご縁にお参りさせていただきましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.23)

「鐘の鳴る丘」

2020-10-22
 朝から雨になりました。
昨日の朝は冷え込みましたが今日は温かく感じます。
 
 毎朝NHKの連続ドラマを観ています。
今作品は『エール』です。
 作曲家の古関裕而さんの半生を綴ったドラマで
昨日は大きな展開に変わる場面でした。
 
 戦争中は軍歌とよばれる戦時歌謡を次々に世に出します。
若者を戦地に送り多くの方々が亡くなっていかれたことで
終戦直後は自責の念にとらわれ思い悩み
これからは音楽に関わらない作曲はしないと言われます。
 
 その古関さんに声をかけたのが劇作家の菊田一夫さんで
ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌の作曲を依頼したのです。
「緑の丘の 赤い屋根 とんがり帽子の 時計台 鐘が鳴ります
キンコンカン メーメー 小ヤギも 鳴いている…」の歌です。
 
 昭和22年のことで当時はテレビはありませんから
ラジオが大衆の唯一の娯楽でした。
 日本津々浦々に放送され
ドラマと共に主題歌も大ヒットしました。
 毎週月曜から金曜までの15分間の放送で
3年半続いたそうです。
 
 私はそれ以降の生まれですが
物心ついたときからその歌を覚えています。
 ラジオから直接聞いて覚えたのではありません。
私の周りの人がよく歌って聞いていたのだと思います。
 歌い継がれてきた歌が
私の口で私の声で歌っていたのですね。
 
 昨日の放送で合唱団の子どもたちが歌うシーンがありました。
何かジーンときました。
 とても懐かしい思いがしました。
エールをおくられているような気持ちになりました。
 
 歌声のエールです。
声の応援です。
 私の口から声となって出てくださる南無阿弥陀仏です。
阿弥陀さまのお喚び声です。
南無阿弥陀仏と私のところに届けてくださったお念仏です。
 
 私が生まれるずっとずっと遠い遠い昔から
「わが名を称えてお念仏申しておくれ
どんなことがあってもいつも私が一緒だから安心して
あなたはあなたのいのちを輝かせて一緒に生きて往こうね」
と声の仏さまとなって阿弥陀さまがご一緒です。
 
 ナンマンダブツとお念仏申す私の声ですが
懐かしい私のご先祖有縁の仏さまの声といただきます。
 まさに私が生きる依りどころとなって
心底から支えてくださる仏さまの声援です。
 
 『エール』のドラマにかえれば古関さんは
戦後も数多く作曲をされて人々にエールをおくっていきます。
 戦時中の痛みをずっと抱えながら
『長崎の鐘』を作曲され集大成は東京オリンピックマーチで
世界中の人々にエールをおくります。
 
 古関さんだけでなく私たちの先人が培いおくってくれた
尊いいのちの礎の上に今日のこの一日があることを
お念仏申してまた思わせていただきます。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.22)

運転免許証の更新に行きました

2020-10-21
 昨日運転免許証の更新に行きました。
明野のセンターは大きく広く県内から多くの人が
連日集まってきます。
 更新手続きのシステムがうまくできていて
流れ作業のようにさまざまな業務が行われ
最後に講習を受けます。
 
 講習の中で次回の講習の話になりました。
次は5年後ということです。
 今私は68歳ですから次は5年後の73歳で
70歳を超えたら高齢者講習が要るという説明でした。
 
 あらためて自分の年齢を思うと
もうこんな歳になったのかとしみじみ思います。
 体調も良くまだまだ元気で大丈夫ということですが
年齢的には立派な高齢者です。
 
 73歳の私のこと周りのこと色んなことを想います。
どんな人生を送っているのでしょうか。
 過去を振り返ることはあまりありません。
まだ前を向いて行く思いの方が強いのですが
5年後10年後の私です。
 今のような体調を維持することは難しいでしょう。
老いることはあっても若返ることはありません。
 20年後はどうかな30年後はと想うと
せつなくもの悲しい思いにもなります。
 
 今月の掲示伝道の言葉は
「あなたの いのち 今 一番 輝いているよ」です。
 仏さまは今をこのいのち輝かせて生きて往こうと
南無阿弥陀仏のおはたらきでご一緒してくださると
聞かせていただきます。
 
 過去をいくら悔やんでもやり直すことはできません。
未来をどんなに思い描いても夢でしかありません。
 この身を今生きていること
これは確かな事実です。
 現実にしっかり向き合って
今をいかに生きるのか
南無阿弥陀仏のみ教えに聞かせていただきます。
 
 今を生きる。
私たちの日々の生活です。
 皆さんそれぞれに生活ぶりは違いますが
南無阿弥陀仏とお念仏申して共々に
お浄土への人生を生きてまいりましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.21)

「これでやっと安心できました」

2020-10-20
 昨日の午後神戸からご門徒の方が
納骨堂を求められてお寺にみえました。
 朝早く神戸を出られて大分市の少し遠方にある
お家の墓地の墓じまいをしてお遺骨を取り出し
円光寺に持参されたということです。
 
 お家の納骨壇を決めていただき
骨壺は一旦石材店に預けてきれいにしてもらって
来週ご親族の方に連絡して本堂でお勤めをし納骨をする
段取りを決めて神戸に帰られました。
 
 一日かけてお一人で大変だったと思います。
ずっと気になっていたということで
お寺にもご相談いただいていたことですが
「これでやっと安心できました」と言われました。
 
 実感です。
そうですよね
ご先祖のお遺骨を預かるという責任です。
 粗末にできません。
丁寧に丁寧にということです。
 
 ただ私たちの生活です。
それぞれお家お家のご事情も異なります。
 遠く離れているということもあります。
時間が経つと中々思うように動けなくなり
この命終えてくなかで
後々のことをあれこれ考えると
心配事がいろいろ増えてきます。
 
 私たちのお寺があることの安心です。
お寺はご門徒皆さんの安心できるところです。
「お遺骨をお預かりします安心してください」
と言いました。
 この私もいつか命終えていきますが
このお寺はずっとこれからも続いていきます。
 
 お寺はこれまでもずっと続いてきたのです。
お念仏の先人ご門徒皆さんの思いが
いっぱいこのお寺に詰まっているのです。
 
 どうぞまかせてくださいと私が言うのではなく
私たちのご本尊の阿弥陀さまです。
 「まかせよ安心しなさい必ず救う」の
南無阿弥陀仏のお心おはたらきです。
 
 阿弥陀さまのお救いこそが私たちの安心なのです。
その安心はこの命終えてからのことでもありますが
今の安心です。
「安心しました」のその一言です。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.20)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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