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お念仏を申す生活法話

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「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 雪に変わりはないじゃなし とけて流れじゃみな同じ」

2021-02-18
 急にまた寒さがぶり返しました。
昨日は日中に雪が舞い今朝起きて
雪景色を期待していた人もあったのではないでしょうか。

 この辺りで雪が積もることは滅多にありませんが
私が高校2年のこの頃
大きな雪が降って積もったことがあります。
 学校が休校になり
子どものように心躍らせて雪だるまを作りました。
 昔の木造の本堂の前に
雪だるまと一緒の写真が残っています。

 境内に降り積もった雪をかき集めて
結構大きな雪だるまができましたが
太陽が出てすぐにとけてしまいました。
 白い雪だるまがとけると土だらけの無残な姿になって
何か悲しかった思い出です。

 雪がとけて水になります。
お座敷小唄に
「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 
雪に変わりはないじゃなし とけて流れりゃみな同じ」
とあります。

 とけて流れてと色街の人間模様をうたったものですが
富士の高嶺に京都の先斗町に
そしてこの三佐の地に降る雪ですが
とけて水になり流れ行くところは海です。

 親鸞聖人はご本願の海といただかれました。
 阿弥陀さまのご本願の世界
平等一味のお浄土のお救いです。
 雪が水になり川になって海に流れ込むと
一つの味になります。

 清らかな川濁った川大きな川小さな川と
川にも色々あるように
いろんな人人の人生その生活ぶりは違いますが
阿弥陀さまは大きなお慈悲のお心おはたらきで
すべてのものを分け隔てなく救うといわれるのです。

 今日も一日寒くなります。
雪が降るのも楽しみにしつつ
お念仏申す日暮らしのなかに
南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.18)


新型コロナウイルスのワクチン接種が始まります

2021-02-17
 今日から新型コロナウイルスのワクチン接種が
日本国内でいよいよ始まります。
 医療従事者から始めて65歳以上の高齢者
基礎疾患のある方と順番が決められているようです。

 通常のワクチン開発に比べて短期間での治験認可実施で
当初は不審感で接種したくない人が多かったようですが
欧米を中心にワクチン接種が目に見えるかたちで進み
有効性や副作用についてもよい結果が分かるようになって
今度は誰から先にいつ頃接種できるのかという話です。

 禅問答で母と妻が川で溺れていて
子どもであり夫である者がそこにいたら
どちらを先に助けるかと問われます。
 皆さんだったら
母と妻どちらを先に助けますか。

 禅僧は母だから妻だからというはからいを捨てて
「近くにいる者から先に助ける」と答えます。
 では阿弥陀さまだったら
どちらを先に助けるでしょうかと問われます。

 阿弥陀さまは力尽きて
今にも水中に沈んでしまいそうな者を先に助けて
余力のある者は後で助けるといわれます。

 ワクチンの有効性や副作用の有無が分かってくると
私たちは我や先です。
 欧米でワクチン接種の初期の頃は
その国のリーダーである大統領や首相が率先して
ワクチンを接種する映像が飛び込んできました。

 国民に接種を呼びかけるうえからも
国民に先がけて自ら接種することで国民は安心します。
 ところが南米のある国では
国のリーダーが治験の段階でこそっと接種していたことが
発覚して大臣を辞任する事態に追い込まれたといいます。

 我や先です。
世界をみるとワクチンを開発した国の囲い込みが伝えられ
日本にも当初の計画通りにワクチンが届かない事態です。
 ワクチン確保には大きなお金がかかることで
貧しい国の人たちへのワクチン供給が問題です。

 我や先です。
そもそもこのコロナ感染は富貴や貧窮を問わず
どんな人も感染のリスクがあるのですが
一部の有力者が権力や財力にものを言わせて
ワクチン接種することもできないことではありません。
 それぞれの国や人間の思いはからいが
ウロウロしています。

 阿弥陀さまのご本願のお救いは
すべてのものを分け隔てなく必ず救うと
南無阿弥陀仏とおはたらきです。
 
 平等一味のお救いです。
阿弥陀さまのご本願のお心を聞かせていただき
南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
お念仏申す身にさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.17)


選ばれたい人より選びたい人

2021-02-16
 昨日から大分市議会議員選挙が始まり
町角に候補者のポスターが貼り出され
選挙カーが町を行き交って
一挙に町が賑やかになりました。

 一週間の選挙戦で今度の日曜日が投票日です。
昨日大分の町中に出かけることがあって
何台も選挙カーにあいました。
 コロナでいつもの音量いっぱいの声ではありませんが
自分の名前を呼ぶんですね。
 自分の名前を言ってより多くの人に届けるのです。
その心は名前を聞いて覚えてほしい
そして自分に投票してほしいということです。

 選ばれたい人です。
私たちは選ぶ人です。
 選挙は選ばれたい人より選びたい人といいます。
今朝新聞で初めて候補者の氏名や経歴をみましたが
地縁血縁など誰も知っている方はいませんでした。

 選挙ですから
候補者の人となりを知らないと選ぶに選べません。
 どうやって選ぶのか人それぞれでしょうが
政党、年齢、性別、役職はたまた学歴等々
新聞に記載された極めて少ない情報で
投票しなければいけません。

 選挙ではありませんが
私たちの阿弥陀さまも自分の名前を呼んでいます。
 南無阿弥陀仏と私を喚んでくださっています。
その心は我が名を称えて聞いてくれよ
南無阿弥陀仏の心を聞いてくれよというのです。

 今日の御文章さまにも
阿弥陀さまのご本願第十八願を
南無阿弥陀仏のいわれを聞いて心得て
信心獲得してくれよと蓮如さまのご教示です。

 阿弥陀さまはあらん限りの声を出して
私を喚んでくださっているのです。
 今日も南無阿弥陀仏と何度も聞こえてきます。
そのお心がおはたらきがわが身に届いて
皆さんのこの口から
ナモアミダブツとお念仏が出てくださるのです。

 南無阿弥陀仏のお喚び声です。
どんなことがあっても私が阿弥陀がいるよ大丈夫だよ
あなたを決して見捨てることなく摂め取とって
我が国浄土に生まれさせて必ず仏にするよと
喚び通しに喚んでくださっているのです。

 南無阿弥陀仏のお心おはたらきが私に届いて
私の口から南無阿弥陀仏とお念仏が出てくださるのです。

 それもこの一週間だけのことではありません。
昨日も一昨日もこれまでもずっとそうだったし
今度の日曜日に選挙が終わった後もずっと
私を喚で続けてくださるのです。

 南無阿弥陀仏のお心おはたらきが私に届いて
南無阿弥陀仏とお念仏申す身にお育ていただくことの
有難さ尊さをを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.16)


往生極楽の信心獲得のために開かれたお念仏のご縁です

2021-02-15
 昨日は仏教壮年会の総会で
皆さんにお参りいただきました。
 久しぶりにお会いする方もいらっしゃいます。
顔と顔を合わせるっていいですね。
何かほっと安心できます。

 御仏前です。
阿弥陀さまの御尊前に皆さんご一緒に座らせていただき
お勤めができ仏さまにお礼ができて
そして総会の話し合いも仏さまのご縁です。

 御和讃は高僧和讃で七高僧の第二祖
インドに出られた天親菩薩さまを讃えるところです。
 何度も「一心」という言葉がでてまいりました。
「世尊我一心帰命尽十方無碍光如来往生安楽国」と
天親菩薩が主著の『浄土論』の冒頭に
自ら一心に無碍光如来に帰命しますと述べられています。

 無碍光如来は阿弥陀さまのことです。
一心とは一つ心で二つも三つもないということで
今日の御和讃に他力と回向という言葉をいただきました。

 阿弥陀さまのご本願のお心
「我にまかせよ必ず救う」南無阿弥陀仏のおはたらきで
信心をいただく他力回向の信心が
浄土真宗のご法義の要なのです。

 如来より賜わる信心だから
誰もみんな同じ信心なのです。

 私たちはそれぞれ生活ぶりは違いますが
阿弥陀さまの大きなお慈悲のおはたらきのなかに
お互いに生かされて生きて
同じ阿弥陀さまのお浄土に生まれさせていただけると
そのこと一つ聞かせていただくお念仏のご縁が
今日のお朝事のご縁であり
昨日の仏教壮年会のご縁でもあるのです。

 往生極楽の信心獲得のために
ご法座のご縁が阿弥陀さまから私に開かれてあることを
今日の御文章さまに蓮如さまから重ねていただくことです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.15)


南無阿弥陀仏のご本願の船にご一緒させていただきましょう

2021-02-14
 昨夜遅く福島宮城で震度6強の大きな地震がありました。
被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

 地震があって大変だということですが
実は私たちは今も大変な中に生きているのです。
 大きな災害や想定できない事件に遭って
大変だと不安になりますが
日々刻々とあらゆるものが移り変わるこの世の中に
真実変わらない仏さまのみ教えに遇って
私たちは安心して日暮しさせていただきます。

 昨日から高僧和讃の龍樹菩薩讃に入って
今日は龍樹菩薩が仏道に難行易行の道があることを
明らかにしてお念仏の易行道を勧められます。

 難行道とは種々困難な行を修めて
仏になろうとする道で陸路の歩行の道に喩えられます。
 易行道は阿弥陀仏の本願力によって浄土に往生して
さとりを開く道で水路の乗船に喩えられます。

 陸路の道は私が一歩一歩確かめて歩くことで
充実した歩みのようですが
自らの力を頼りにするもので
これからの行方が定まらずずっと心配が尽きません。

 水路の船旅は船に乗ってしまえば
後は船にまかすだけですから易行の道ですが
船を信じるか疑うか大きな問題です。

 今日の最初の御和讃です。
「生死の苦海ほとりなし ひさしく沈める我らをば
弥陀弘誓の船のみぞ 乗せて必ず渡しける」
(苦しみに満ちた迷いの海は
 どこまでも果てしなく続いている
 その海に長い間沈んでいる私たちを
 阿弥陀仏の本願の船だけが
 必ず乗せて浄土に渡してくださる)
とあります。

 生死の迷いの海に沈んでいる私たちを
阿弥陀さまは見抜かれて
必ず救うとご本願の船を用意されて
南無阿弥陀仏「必ず救うまかせよ」と
喚んでくださっているのです。

 本願の船にまかせて乗れと言われて
乗るか乗らないか躊躇するのが私たちです。
 南無阿弥陀仏のお喚び声を聞いて
信ずるが疑うかです。

 船に乗ってしまえばもう船のはたらきに
まかせるしかありません。
 阿弥陀さまのご本願のお心を聞いて信じて
南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
ご本願の船に乗せてもらって行く先は
阿弥陀さまが決めてくださったお浄土なのです。

 生死の苦海ほとりなしと
これからの人生も変わり行くなかに
何があるかわかりませんが
真実変わらない南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
お念仏申してお浄土への旅を共々に
ご一緒させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.2.14)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
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