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お念仏を申す生活法話

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私のご縁の先人は亡者が仏さまか

2021-07-25
 来月8月の掲示伝道の言葉です。
「先立たれた あなたの大切なお方は 
亡者ですか 仏さまですか」と書かせていただきました。

 8月はお盆月です。
お盆には先に逝かれた方が8月13日14日15日の三日間
帰ってみえるというお話です。

 閻魔さまが地獄の窯を開けて
この三日間帰っていいよという話もあります。
 亡霊といわれ死んでから後も迷い続けると
大切な方のことを聞くとちょっと怖いですね。

 私たちは今人間界に生まれて生きています。
この人間界は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の
六道の世界の一つで迷いの世界と仏さまは教えます。

 そして私たちは今は人間ですが
この人間に生まれる前もこの六道を
生まれては死に生まれては死にを繰り返し
輪廻転生してきたといいます。
 このたび人間に生まれたということは
迷いの最中にあることの証だというのです。

 ただ人間に生まれ難くして生まれたとも言われ
人間に生まれたことの有難さは
この人間界で仏法に遇えるということです。
 人間界は仏さまの教えを聞かせていただける
世界なのです。

 仏法は生死の迷いを超える道を開かす真実の法です。
生死の迷いを生きる私が仏法に遇って
迷いを超えて悟り仏に成る道です。

 生まれては死にという生死の迷いの命を繰り返す私に
阿弥陀さまは南無阿弥陀仏のおはたらきで
生死の迷いを経巡る私をそのままお浄土の生まれさせ
南無阿弥陀仏の無量のいのちの仏さまにさせると
いうのです。

 南無阿弥陀仏のお心おはたらきを聞いて信じて
お念仏申す身になってくれよとおはたらきです。

 お念仏を申す身にさせていただいて
人の命は終えますが
そのまま阿弥陀さまのお浄土に生まれて
仏さまに成らせていただくと聞かせていただくのが
浄土真宗の仏教なのです。

 親鸞聖人がお示しくださった現生正定聚という
今のお救いのみ教えです。
 南無阿弥陀仏のおはたらき一つで
現生今正に仏に成ることに定まった
仲間になるということです。
 阿弥陀さまの摂取不捨のお救いです。
摂め取って決して捨てないという力強いお約束です。

 お念仏申す私はまだ今は仏には成っていません。
あらゆる煩悩を身に具えて生きている凡夫です。
 欲の心怒りの心愚かな心が次から次に起こり
縁次第では何をしでかすか分かない私です。
 阿弥陀さまはこの私を放っておけないのです。
地獄に真っ逆さまに堕ちる私を
そのまま抱き取ってくださるのです。

 毎朝お朝事のご縁で御正信偈、御和讃、御文章を
拝読させていただきます。
 阿弥陀さまのご本願の心を聞いて
お念仏を申す身になってくれよと
親鸞聖人蓮如上人のお勧めです。

 さて8月の掲示伝道の言葉です。
先に往かれた方はどうなっているのでしょうか
知りたいところですが
そのままお念仏のみ教えに聞かせていただきます。

 南無阿弥陀仏のおはたらきで
阿弥陀さまがお浄土に往き生まれるといいます。
 お浄土で仏さまとなって私たちの迷いの世に還って来て
この私をこそ必ず救うと
私の口から出てくださるお念仏のおはたらきとなって
いつでもどこでもどんなことがあっても
私に寄り添いご一緒してくださってあると
聞かせていただきます。

 迷いの世界を亡霊をなって
迷っているのではありません。
 迷っているのはこの私です。
お念仏のみ教えを聞いてお念仏申す身になってくれよと
仏さまとなっていつもおはたらきなのです。

 南無阿弥陀仏の無量のいのちと光のおはたらきの中に
共々に摂取不捨してくださってあると信じ喜び
御恩報謝のお念仏を申して
今日も日暮らしをさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.7.25)


オリンピックの競技熱戦が始まります

2021-07-24
 東京オリンピックが開幕し
開会式をテレビで観ました。
 205の国と地域から参加する入場行進を見ていると
知らない国もあったりして
この地球上に共にある世界中の国の多さと
そこに暮らす人たちの多様性を思います。

 肌の色が違います。
声を発せば言語が違います。
 民族が違います。
それぞれの国の民族衣装を着けた方も多くいて
生活ぶりの違いを思います。

 それらの様々な違いを超えて
世界中からアスリートが日本の東京に集まる
オリンピックのスポーツ競技のためです。

 それぞれの競技にはルールがあります。
ルールに則って肌の色も言語も宗教も生活ぶりも違う
選手たちが等しく競技をするのです。

 17日間で多くの競技があります。
今朝の新聞のテレビ欄を見るとびっくりします。
 どのテレビ局もオリンピック一色です。
どれを観ていいのか迷いますが
限られた放送時間で全ての競技を観ることはできません。

 テレビ欄をよーく見ると
私たちが見たい注目競技が目白押しです。
 日本選手が出場しメダル獲得が期待される有力種目です。

 私たちのものの見方考え方価値観は
みんなそれぞれ違いますが
自分を中心としたものの見方であることは共通しています。

 自分の国の応援をすることで
自国が勝てば喜び負ければ悔しく思います。
 価値観がそれぞれ違う
私たちが生きるこの社会娑婆世間のあり様です。

 南無阿弥陀仏のみ教えを聞かせていただきます。
阿弥陀さまはそれぞれが自分中心に生きて
苦悩し迷う私たちを見抜かれて
こうしなさい、こうしないと救いませんとは言いません。
 私たちそれぞれをそのまま受け入れて
すべての生きとし生けるものを分け隔てなく救うと
おはたらきの仏さまに成ってくださったのです。

 私だけではなく隣の人もその隣の人もそうです。
人間だけではなくて生きとし生けるものすべてを救うと
そしてこの私をこそ必ず救うと
南無阿弥陀仏と喚び続けておられるのです。

 これから17日間の競技が始まります。
テレビの前で日本の応援に力が入るんでしょうね。
 世界のトップアスリートが勢揃いする大舞台です。
広く熱戦に声援を送り生きる力をいただきたいと思いまます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.7.24)


東京オリンピックの開幕です

2021-07-23
 今日いよいよ東京オリンピックが開幕します。
コロナ禍のオリンピックで無観客での開会式です。

 開幕直前の昨日も開会式の演出者が解任されました。
オリンピックは開会式は果たしてどうなるのかと
次々に起こる重要なスタッフの辞任解任劇から
海外のメディアからは「呪われた大会」という
表現まで使われる異常な事態です。

 橋本聖子五輪組織委員会会長の
度重なる謝罪会見を見るのも辛いですね。
 私だったらもう泣きだしたくなる
放り出したくなるような心境ですが
メディアは責任を追及し詰め寄ります。

「責任は痛感しています。
パラリンピックが終わるまでとにかくやり通します」
と淡々と言われる姿が何とも痛ましいです。

 20年以上前の雑誌の記事やコントの言葉です。
過去のことといえば過去のことですが
今もいじめや差別する文章が残っており
現代のネット社会にあってたちまち拡散するのです。
 忌まわしい過去の事実ですが今も現存し続けるのです。

 私たちも過去今まで生きてきた中で
嫌悪感に襲われるような思い出したくないことや
自分では覚えていなくても人を傷つけてきたことが
たくさんあるのではないでしょうか。

 当時のことをいかに弁明しようとも
時間が経っても決して許してもらえないこともあります。
 こうした国際的な大きな大会に関わっている方
だからこそということもあると思います。

 今回の東京2020大会の理念は「多様性と調和」です。
多様性とは国や民族言語性別といった違い
私たちの生活ぶりがみんなそれぞれ違うということです。
 親子であっても夫婦兄弟親しい友人もそれぞれに
誰からも侵されない護られるべき人権があり
一つの社会を共に生きているということです。

 お互いの違いを認め合っていく中に調和です。
みんながバラバラで自分勝手に生きていたら
この社会は成り立ちません。
 共に生きる私たちお互いが敬い合い支え合って
調え和していく世界をめざすことが求められます。

 そしてこの社会にはいろんな人がいて
色んな見方考え方が違ってあるということです。

 身に覚えがあることでも今の自分の思いを離れて
大きく集まったらこうした事態にもなるということです。
 その人人の人柄生活ぶりこれまでの人生を
みんなが具に知ってるわけではありません。

 阿弥陀さまのお救いを思います。
阿弥陀さまは私たちのことを具に見られて
私たちがこの世に生まれる前からのことも
すべてご存知の上で
この私をこそ必ず救うという本願をたて
救いの手立てを南無阿弥陀仏一つに成就されて
すべてのいのちが本当に調和された世界を
お浄土とつくってくださったのです。

 私たちが生きるこの世間にはいろんな方がいて
それこそ私にとって都合の良い人悪い人
好きな人もいれば嫌いな人そして関係ない人が殆どです。

 いろんな国いろんな人がいてオリンピックを通して
多様性と調和をめざすということではないでしょうか。

 都合の悪いものを排除していく中に
自分たちだけの世界をつくっていったら
最終的には小さな小さな私だけの世界になってしまいます。
とても調和という理念からはかけ離れた世界です。

 いろんな人が生きている社会にあって
私たちが共に生きる世界があると
大きな世界に生まれて来いよと喚ばれるのが
南無阿弥陀仏のお念仏の世界と聞かせていただきます。

 どんな開会式になるのでしょうか。
昭和39年の東京五輪の開会式を
テレビで観て覚えています。
 あれから57年が過ぎて
五輪の開会式は大々的なショー感覚の演出になりました。
 コロナ禍だからこそのシンプルな開会式を期待します。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.7.23)


「海の日」です

2021-07-22
 今日は変則的な国民の祝日で「海の日」です。
海の日があって山の日があってと
夏休みになって日頃は中々行けない
海に山に行って大自然に親しもうということでしょうか。

 母なる大地といいますが
母なる海という言い方もあります。
 母の心無償の愛です。
子どもたちを大きな母の心で育んでくださいます。

 親鸞さまは「海」という言葉をお聖教のなかに
たくさん使っておられます。
 毎朝ご一緒に読誦するお正信偈さまには
5回「海」の文字がでてまいります。

「凡聖逆謗斉回入(ぼんじょうぎゃくほうさいえにゅう)
 如衆水入海一味(にょしゅしいにゅうかいいちみ)
(凡聖・逆謗斉しく回入すれば
 衆水海に入りて一味なるがごとし)
と平等一味の阿弥陀さまのお救いを
海のはたらきに喩えられています。

 どの川の水も海に入ると一つの味になるように
凡夫も聖者も、五逆のものも謗法のものも
みな本願の海に入れば、等しく救われるというのです。

 川は上流から下流に高い所から低い所に
流れて行きますがその行く先は海です。
 この川が流れて来るはたらきも
海のはたらきといただきます。

 私たち一つ一つの川を
濁った水も清らかな水も汚染された臭い水も
みんな等しく受け入れてくださる
阿弥陀さまのご本願の海があると
阿弥陀さまの大悲のお心
南無阿弥陀仏のおはたらきをいただきます。

 私が救われるすべての手立てを成就してくださり
南無阿弥陀仏のお手回しのおはたらきで
今日もこうして阿弥陀さまのご尊前に座らせていただき
ナモアミダブツとお念仏を申す身にさせていただきました。

 私たちはそれぞれの思いをもって日々生活をしています。
自分の思い通りにいくときは有頂天の幸せを感じ
思い通りにいかないと不幸なわが身を嘆き悲しみ
周りを嫉み妬み怒りの心も起こります。

 仲良く寄り添う関係も
ある時には背中合わせになり
ある時にはぶつかり合いののしり合って
殴り合いもできる私たちです。

 自己中心の私の思いに振り回され
迷い苦しみ悩む私を見抜かれた阿弥陀さまは
どんな人も等しく受け入れて一つにしてくださる
南無阿弥陀仏のおはたらきになってくださいました。

 私たちそれぞれの川をそのまま受け入れて
一つにしてくださる阿弥陀さまのご本願の海です。

 南無阿弥陀仏とお念仏申すなかに
阿弥陀さまの海のような広大なお心を聞かせていただいて
皆さん共々に今日の一日を生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.7.22)


今日から夏休みです

2021-07-21
夏休みの朝の時間本堂の戸を開けています(2021.7.21.6:00)
 今日から小中高校の夏休みです。

 昨日MYさんから
「今年は朝の体操どうしますか?」と聞かれて
昨日が一学期の終業式で夏休みなんだと思ったことです。

 一昨年まで3年間夏休みの間
お朝事の前に子どもたちにも呼びかけてということで
梵鐘を撞いてラジオ体操をしていましたが
今年も去年に続いてお休みします。

 コロナ禍で普段の日常生活に戻らないままに
夏休みに入ってと中々気持ちが弾みません。

 23日のオリンピック開幕を前に
今日から競技が先行して始まるということです。
 テレビ欄は朝から夜までオリンピック中継があり
これから連日オリンピック観戦が続きます。
 
 オリンピックが開幕すれば
空気も随分変わると思いますが
今回の五輪は開幕直前までいろんなことが起こり
今もコロナ禍の五輪開催に反対中止の声が止みません。

 何のためのオリンピックか
その開催意義が問われる五輪になりました。

 近代オリンピックの父クーベルタンは
「オリンピックは参加することに意義がある」
との言葉をのこしました。

 スポーツを通じて世界中のいろんな国から
選手関係者が多く参加する大会です。
 国や民族、言語も生活ぶりも競技の実力も
全く異なる選手たちが一堂に集まることの意義です。

 日本で東京開催の57年ぶりのオリンピックです。
今やオリンピックはアスリートだけの大会ではなく
世界の市場経済の中の一大イベントになって
それぞれの国や関係者の思惑も様々ですが
コロナという不規則事態で思い描いたことが吹き飛んで
これまでにない変則的な大会になったということです。

 コロナ禍での開催意義を共有することなく
どんな形でも東京五輪を開催することを目的に
延期決定からの一年半迷走しながらやってきたことです。

 東京開催が決まった7年前からですから
多くの時間とヒトモノカネをかけて準備をしてきた関係者
そして競技をする選手の皆さんの気持ちを思えば
五輪開催に固執することは分からないでもありません。
 これまで中止だ反対だと言っていた人たちも
競技が始まればテレビ観戦して応援することでしょう。

 大事なことは何をするにしても
その意義意味は当然あるし問われることです。

 この命を生きるということも
何のために生きるのかという根本的な問いです。

 生きるということについて
私たちの生き方生活ぶりはみんなそれぞれ違います。

 自分一人が生きている社会ではなく
社会をみんなが共に生きているという事実に向き合って
何のためにいかに生きるかということです。

 この人生の根源的な問いに答えてくれるのが
宗教であり私たちにとってはお念仏のみ教えです。

 今年も朝のラジオ体操はしませんが
夏休みの期間梵鐘を撞く6時からお朝事の時間まで
本堂の戸を広く開けます。

 この時間だけではありませんが
ご縁の皆さんが本堂の阿弥陀さまに向いて手を合わせ
南無阿弥陀仏とお念仏申してくれたらと思います。

 何のために生きるのか。
お念仏を申して生きるという
南無阿弥陀仏のお心を聞かせていただきます。

 日々の生活です。
今日も一日いろんなことがありますが
お念仏を申して阿弥陀さまの大きなお慈悲のなかに
共々に生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.7.21)
円光寺
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