コロナの中も南無阿弥陀仏のお慈悲の中です
2021-08-09
東京オリンピックが閉幕しました。
日本選手のメダルラッシュもあって
ずっとテレビ観戦していましたが
今日からどう過ごそうかと
祭りの後のオリンピックロスです。
オリンピックに集中していたら台風が来ていました。
九州に上陸しましたが強い雨をもたらして
すっと通り抜けていきました。
お盆参りの最中ですが
雨も上がり強い日差しもないなかに
今日はお参りができそうです。
オリンピックが過ぎて
明日からは台風で一日延期になった
夏の高校野球甲子園大会が開幕します。
甲子園が終わるとパラリンピックです。
次から次に大きなイベントが続きますが
今はコロナ下ということを忘れてはいけません。
オリンピックの中も甲子園大会の中も
パラリンピックの中もずっとコロナの中です。
感染者が急増して医療現場が逼迫し
感染対策に苦慮するなかを
私たちは今生きています。
私たちの日々の生活ぶりはそれぞれ違いますが
オリンピックの中も甲子園大会の中も
パラリンピックの中もそしてコロナの中も
私たちはみんな阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
共々に生かされて生きていると聞かせていただきます。
自分一人が頑張って生きているのではありません。
私の隣の人も隣の人も
日本人だけだはなく世界中の人が
人間だけではなく生きとし生けるものすべてが
お慈悲の中に共々に生かされて生きていると
南無阿弥陀仏とお念仏申すなかに聞かせていただきます。
南無阿弥陀仏のお念仏の声になって
阿弥陀さまがいつでもどこでもどんな状況の中にも
ご一緒してくださるお念仏のご法義です。
「念仏の声を世界に子や孫に」です。
私が世界に子や孫にと言っているわけではありません。
南無阿弥陀仏のお心が私に聞こえ届けられて
私の口から出てくださるお念仏となって
世界に子や孫に伝わり届けられていくのです。
今日一日も南無阿弥陀仏のお慈悲の中に
共々に生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.9)

「まあ、どこにおってもお慈悲の中だからのう」
2021-08-08
今日は仏教壮年会の8月の例会で
法語カレンダー今月のことばのお話です。
8月のことばは
「まあ、どこにおってもお慈悲の中だからのう」です。
お念仏を喜ばれて生きたお方が
命終えてご往生される少し前のお話です。
入院されていた病院にお見舞いに行くと
「いつまでここにいるのか」と尋ねられ
「お楽になるまでもう少しご辛抱ください」言うと
「まあ、どこにおってもお慈悲の中だからのう」と
つぶやくように言われたといいます。
浄土真宗の救いは「摂取不捨の利益」といわれ
苦悩の衆生を必ずおさめ、まもり、すくうという
阿弥陀さまの大慈大悲のお心のことです。
仏さまのお徳おはたらきは智慧と慈悲ですが
阿弥陀さまは大慈悲の親さまといわれ
私たちを一人子のように見まもってくださり
「まかせよ救う」の南無阿弥陀仏のおはたらきで
どんな人も分け隔てなく等しく救うというのです。
慈悲の慈は最高の友愛の情をもって
惜しみなく楽を与えようとする心
悲は苦しみや悲しみに同感して苦を取り除こうとする心で
抜苦与楽のおはたらきです。
阿弥陀さまは南無阿弥陀仏のお喚び声となって
苦しみ悩み迷いの中に生きる私に
いつも寄り添ってくださる仏さまに成られたのです。
病気になりたくないですよね。
長生きしたいですよね。
でもこの身は我が身でありながら
思い通りにならなくて
いつまでも若くありたいけれども老いていくし
病気になることもあれば
必ず命を終えていかねばなりません。
日々の生活も思い通りにならなくて
失意のなかに落ち込むことが多くあります。
老いの時も若き時も健康な時も病む時も
この身このままで救われていくご利益が
お念仏のお救いです。
わが身を煩わしわが心を悩ます煩悩こそが
私の苦悩の原因であり
煩悩が無くなったところが
仏さまのおさとり涅槃の境地ですから
煩悩をいっぱい併せ持った私は
仏さまから遠い遠い存在なのです。
阿弥陀さまは罪悪深重煩悩具足の私を見て取って
この身そのまま救うという仏さまに
成ってくださったのです。
罪悪の人こそ救うと聞いて
悪いことをしてもいいということではありません。
阿弥陀さまのお慈悲のお心を聞くほどに
毎日他のものの命を奪って生きている私ですが
共に阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされていると知って
ご恩報謝の生活を精いっぱいさせていただきましょう。
生きても死んでもお慈悲の中です。
どんな死に方をしても往生のさわりとはなりません。
8月盆月です。
皆さんの懐かしい大切なお方が帰ってみえるといいます。
私たちの浄土真宗のご法義でいいますと
先に往かれた方はお浄土に往生され仏さまになって
いつでもどこでも還って来ているといいます。
今日も皆さんのこの口から出てくださるお念仏
南無阿弥陀仏のお喚び声となってご一緒です。
南無阿弥陀仏の大きな大きなお慈悲の中に
今日一日も生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.8)

生きとし生けるものすべてに阿弥陀さまから金メダルです
2021-08-07
オリンピックのモットーは
「よく速く より高く より強く」です。
スポーツ競技で私たち人類の可能性をきわめることです。
陸上競技100mの世界記録は9秒58ですが
同じ人間でこんなに速く走ることができるなんて
こんなに高く飛ぶことができるなんてと
未知の可能性に感動します。
世界中の国々から多くの選手が参加し
それぞれ色んな競技をします。
国別のメダル数に目が行きがちですが
日本人の可能性を思います。
昨日は女子バスケットで日本が準決勝に勝利し
初めて決勝に進みアメリカと対戦することになりました。
バスケットというと
背の高い人の競技というイメージです。
バスケットリンクに手が届くような
背の高い選手の方が断然有利です。
背の低い日本人には不向きな競技で
これまでメダルはおろか目立った成績を残していません。
ところが今回ベスト2まで行ったということは
日本人の俊敏性やチームワークという特性を活かした
日本人の可能性です。
サッカーは3位決定戦で惜しくも負けましたが
ワールドカップでの活躍など世界の強豪国とも
いい試合を期待されるようになりました。
他の競技についても日本人の可能性を想起するものが
多くあったように頼もしく思います。
日本人の可能性という視点で競技を観ると
また違った見方ができるのではないでしょうか。
今回の東京オリンピックから前述の3つのモットーに
「一緒に(Together)」が加わったといいます。
オリンピックで金メダルを獲れるのは
一つの競技で一人だけです。
勝者を称賛することで
それはそれで意味のあることですが
そこに敗者がいてサポート応援する方がいて
私たちが共に生きる世界があるということです。
この人生を生きる私たちです。
それぞれ生活ぶりは違いますが
同じこの世界に生きているもの同士です。
日本人だけではなく世界中の人たち
人間だけではなく生きとし生けるものが
一緒に生きているのです。
1番2番と優劣を競う中での金メダルではなく
生きとし生けるものすべてに
阿弥陀さまから金メダルです。
阿弥陀さまは生きとし生けるものすべてを
分け隔てなくそのまま救うと願われて
南無阿弥陀仏の仏さまに成ってくださいました。
「いつも私が一緒だから大丈夫
あなたはあなたの命を精いっぱい輝かせて
一緒に生きていきましょう」と
南無阿弥陀仏と喚んでくださっています。
阿弥陀さまの大きな願いを聞かせていただき
お念仏申す身にさせていただいて
それぞれ生活ぶりは違う私たちですが
阿弥陀さまの大悲の光明の中を共々に
命輝かせてこの人生をいきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.7)

コロナ禍のオリンピック
2021-08-06
広島に原爆が投下されて今日で76年が経ちます。
1945年昭和20年8月6日でした。
今東京オリンピックが開催されていますが
前の東京大会は1964年昭和39年に行われ
日本の戦後復興の象徴と言われました。
高度経済成長のただ中にあって
東京では高速道路ができ東京大阪間の新幹線も開通して
華々しく世界に発信されました。
その時の聖火ランナーの最終走者が坂井義則さんで
広島県出身で昭和20年8月6日生まれの
早稲田大学陸上部の選手でした。
2年前の大河ドラマ『いだてん』に
当時のエピソードが描かれていましたが
平和の祭典に原爆投下を思い起こさせる
日本からの発信でした。
原爆を投下した連合国のアメリカでは
原爆が第二次世界大戦の終戦を促したとして
今も高く評価されています。
一方被爆地の広島そして長崎の被爆者は76年間ずっと
被爆被害の後遺症に苦しみながら被爆体験を広く語り継ぎ
核兵器禁止運動に取り組んでいる方が多くいます。
戦争と平和という問題です。
平和のために核兵器は必要だという核保有国の主張です。
まさに相反する事柄の矛盾の中に私たちは生きて
今回のコロナ禍での東京オリンピックを思います。
東京のコロナ感染者が昨日一気に五千人を超す
過去最高を記録し全国的に急増し続けています。
専門家が「医療が逼迫している。大変な非常事態だ」と
声を大きく言い続けるなかにあって私たちです。
テレビ観戦で「日本ガンバレ!」と声援を送り
メダルを獲ってよかったと湧き上がる中に
コロナ禍のニュースです。
二つの矛盾する世界を行ったり来たりしているような
何かわからない空気感のなかにいるようです。
東京オリンピックも後3日で閉幕です。
今回の東京大会は東日本大震災の復興が
大きなテーマでしたが
コロナ禍でそうした大事が
どこかに置き忘れられた感もあります。
コロナ禍のオリンピックにあって
8月6日をどのように迎えるのか。
お念仏のみ教えに聞かせていただき
私にできることをさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.6)

スケボーカルチャーの世界
2021-08-05
オリンピックのスケートボード競技は
今回から採用された新種目の一つですが
先日のストリートと昨日は女子のパークの
男女三種目の全てで日本選手が金メダルを獲って
一躍注目されています。
これまでのオリンピック競技と何かが違います。
スケボー文化カルチャーといわれる雰囲気です。
ストリート町の通りやパーク公園で
遊び感覚でスケボーを走らせ生まれた競技です。
出場選手も10代20代の若者が多く
女子ストリートでは日本最年少の
金メダリストが誕生しました。
改めて競技という文字をみると技を競うと書きます。
スケボー仲間の格好いい技を見て真似て習得し
技を競い合い新しい技を開発しては
果敢に挑戦していくわけです。
それでうまく行ったらみんなで喜び
失敗したら挑戦を讃え合うのです。
テレビを観ている私たちは
他国の選手が転倒でもしたら
これで日本のメダル確定だとばかり思います。
小さな世界にうごめくわが心に
恥じ入るばかりです。
昨日の女子パークでは
日本の3選手が最終競技まで123位を独占して
3番目の成績の日本選手がその前の英国の選手の得点で
4位になり最後の競技になりました。
大技に挑戦しないとメダルの可能性がないわけですから
果敢に技を決めていき最後の技で転倒したのです。
解説者は「最後無難にまとめていたら
メダルに届いていた」と言いました。
彼女だけでなくみんな挑戦するのです。
最高の金メダルへの挑戦です。
その気持ちが仲間たちには分かるのです。
失敗した選手に各国の選手みんなが駆け寄り
抱き合って肩車をしたのです。
とても感動的なシーンでした。
オリンピックの競技といえば
国を背負う重圧の中で実力を出し切れずに
破れていった選手を何人も見てきました。
昨日は野球がありましたが
日本悲願の金メダルなどと言われて
プロの選手が高校野球をしているようで
重苦しく本当に大変だなと思います。
重圧を跳ね返して涙のメダルも
感動的で意味のあることですが
期待に応えようと日々精進努力してきた選手たちは
みんなすばらしいです。
今の若者文化の一つといってもいい
スケボーの文化スケボーの世界です。
日本という狭い括りではなく
人人が共に生きる世界です。
互いに技を競い合い高め合っていくなかに
互いに敬い讃え合い認め合う世界があるということです。
南無阿弥陀仏のお念仏の世界です。
私たちはみんなそれぞれ生活ぶりは違いますが
阿弥陀さまは私たちをみんな一人子のように
いつも私に寄り添ってご一緒くださるのです。
「どんなことがあっても私がついているから大丈夫
あなたはあなたの命を精いっぱい輝かせて
一緒に生きていこうね」と私に喚びかけおはたらきです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.5)
