今ここ阿弥陀さまのお慈悲の中を生きる
2021-08-25
今日いただいたご和讃で『正像末和讃』が終わり
明日からまた最初に返って『浄土和讃』のいつも拝読する
「弥陀成仏のこのかたは」で始まる和讃に戻ります。
正像末とは正法像法末法の三時という仏教の時代観で
お釈迦さまが亡くなられて次第に悪く濁り
五濁悪世になってその時代に生きる人の心も濁り
煩悩深くして悩み苦しみ惑うというのです。
親鸞聖人の時代はすでに末法の世でした。
天変地異が続き戦や飢饉で
人々の生活は地獄さながらであったといわれます。
そして今私たちも末法の世を生きているのです。
末法の世はお釈迦さまの教えはあっても
教えを行ずる人も証る人もいない時代といいます。
正像末和讃をいただきますと
この末法の世にあって弥陀の本願が広まると
親鸞さまは何度もお示しくださっています。
お釈迦さまが説かれた自力聖道門の教えは
龍宮に隠されますが
阿弥陀さまの本願他力の教えだけが
末法の世の人々を救うというのです。
お経さまに「浄土真宗は大乗の至極」といわれ
浄土真宗こそが十方衆生を救うということですが
決して浄土真宗以外の他の宗派を
軽んじているのではありません。
浄土真宗は浄土の真実の教えという意味で
一般にいう宗派の意味ではないのです。
お浄土の阿弥陀さまの往相還相二回向の
南無阿弥陀仏のおはたらき一つで
どんな人も等しく浄土に救われて往き生まれ
さとりの仏さまとなってこの末法の世に還って来て
迷いの人々を救う活動をし続けるという
お念仏のみ教えです。
浄土真宗のお寺の門徒といい
他宗派のお寺の檀家といったりしますが
宗派やお寺は決まったセクトではありません。
この私が仏法のご縁をいただくなかで
お家の宗派であったり所属寺であったりすることです。
お念仏のみ教えは広く
皆さんに等しく開かれてあるのです。
ご縁をいただいてお念仏のみ教えを
聞かせていただくことが肝心要だと
教えてくださるの『正像末和讃』です。
今日は月の25日で後で配り物をしていただきますが
来月八月のことばです。
「頑張らない 欲張らない 今ここを 念仏申して 生きる」
と書かせもらいました。
世間一般に言う頑張るということも含めて
末通った仏道修行を頑張ることは
頑張らないというか結局は頑張れないのです。
この身のこともそうだし身の周りのことも
思い通りにならないことばかりのなかに
私たちは生きているということです。
まさに末法五濁の世にあって
あらゆる煩悩を身にまとい生きる頑張る
苦悩の凡夫のこの私です。
そのありのままの私を見抜きそのまま抱き取って
必ず救うというお念仏のみ教えです。
今ここ阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に生かされて
お念仏申して生まれて往ける
お浄土への道を共々に生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.25)
アフガニスタンと仏教
2021-08-24
今アフガニスタン情勢が
世界の注目を集めています。
20年前にアメリカでイスラム過激派組織
アルカイダによる同時多発テロがおこり
アフガニスタンにアルカイダを匿っている疑いで
アメリカが一方的に戦争を仕掛けて
時のタリバン政権が崩壊しました。
以来親米政権が樹立され国家運営していましたが
20年が経ち頼りの米軍が撤退するに至り
再びタリバンがアフガニスタンを
統治することになったのです。
前政権の時にタリバンはイスラム法に則り
市民に過激な原理主義を強制し
背く者は公開処刑などして恐怖心を煽り
特に女性は外出や教育を受ける権利を奪われ
人々は恐怖におびえているといいます。
私たち仏教徒がタリバンに関心をもったのは
バーミヤンの大石窟の仏教遺跡を爆破したことです。
偶像崇拝を禁ずるイスラム教だからという理由ですが
イスラム教と仏教は違いますからね
何とも不条理で身勝手な解釈に驚いたものです。
シルクロードの絵画で有名な平山郁夫画伯を中心に
その後バーミアンの復興がなされていますが
アフガニスタンという国はアメリカからいうと
何の利権もない不毛の地ということだそうです。
石油が出るわけでもなく天然ガスや鉱山などの
資源に乏しい広大な砂漠と山岳地帯の国です。
福岡の中村哲さんがアフガニスタンで灌がい工事に尽力し
砂漠が緑の大地になって作物ができるようになりましたが
中村哲さんもタリバンとの紛争の渦中で命を落とされます。
ただ仏教にとってはアフガニスタンは大変重要な国です。
バーミヤンの遺跡をはじめ仏教文化が花開いた土地なのです。
仏教はお釈迦さまによってインドの国で始まり
中国で大成します。
インドから中国に行くのに険しいヒマラヤ山脈を
越えて行くことはまずできません。
シルクロードの道を通って行くのです。
インドからパキスタンそしてアフガニスタンを通って
トルコからヒマラヤの北側を回り込むように
中国に入っていくのです。
インドからお釈迦さまの説かれた経典が
中国に伝えられて漢訳されたものが
私たちは目にするお経さまなのです。
アフガニスタンには資源も何もない
自国の利益にならない国を守るために
アメリカが軍を派遣し自国民を死なせることは
到底理に合わないと軍を撤退させるのです。
でも待てよ!
最初に一方的に戦争を仕掛けたのはアメリカですよ。
その前にアフガニスタンに軍事侵攻したのがソビエト
今のロシアですよ。
そうした大国の論理です。
大国の身勝手な論理で中近東の歴史は
ずっと混乱と迷走不安定な中にあり
そこに人々が生きているのです。
結局はそこに住んでいる人がひどい目に遭うのです。
元々そこに住んでいた人たちが
故郷を追われ家族を引き裂かれていくのです。
そういうなかにあってイスラム教キリスト教仏教の
世界の三大宗教です。
宗教とは私が宗とする教えであり
自分の都合の良いように解釈する教えではありません。
教えはそのまんま聞いて教えです。
そこに人間のはからいが入ると
教えそのものが捻じ曲げられるのです。
何か大きな話をしているようですが
私たちの日々の生活の中にも
そういうことってありませんか。
自分の都合に合わせて仏さまはこう言っていると
自分を正当化するものの見方で
相手を懲らしめたり傷つけていませんか。
仏さまのみ教えに聞かせていただきましょう。
本願を信じ念仏申さば仏に成るこの道を往けと
お釈迦さまが背中を押してくださり
一心正念にこの道を来いと阿弥陀さまが
南無阿弥陀仏と喚んでくださるお念仏の道です。
御仏前に座してそのまま謙虚に
仏さまのみ教えに耳を傾けてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.24)
納骨のご縁で思うこと
2021-08-23
昨日は四十九日満中陰のご縁で
お勤めの後納骨にまいりました。
この前から別府の墓所での納骨が続いていますが
昨日も別府の市役所に近い別府市の共同墓地でした。
小高い丘にある大きな墓地で多くのお墓でいっぱいです。
背景に別府湾から烏帽子姿の高崎山がはっきり見えて
最高のロケーションです。
大きなお家のお墓でした。
元々墓地の一角にお家のご先祖の個人墓がたくさんあり
区画整理事業で道路になって立ち退き
今の場所にお家のお墓を建てお遺骨を移したというお話です。
お墓の奥に法名俗名が彫られた個人墓の石碑が
数基並べて置かれてありました。
納骨する際に中を見たらお遺骨の壺が沢山ありました。
お家のご先祖のお遺骨です。
昨日は100歳でご往生したお父さんの納骨で
子ども孫曾孫の三代のご家族がお参りでした。
一番下の曾孫さんは未就学児の子どもさんで
一緒に納骨のご縁に立ち会いました。
今はどこに何をしに行ったか理解できないことでも
自分たち家族にとって共通の大事な場所ということが
いつか分かるようになるでしょう。
私の命の大恩人のご先祖の方々を訪ねていく処であり
ずっとずっと先のことでいうと
私の身近なおじいちゃんおばあちゃんお父さんお母さんを
偲ぶところになり
私の命を見つめ確かめていけるところです。
死んだら終いでゴミになるだけだから
お墓なんか要らないということも聞きます。
火葬してもお遺骨を持って帰らない
ご遺族もいるそうです。
この目で見える形で
私の命の大恩人の大切な先人を訪ねて
手を合わせお礼ができるお墓は
大事な私のいのちの依り処自分を見つめ直す居場所と
また改めて思います。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.23)
南無阿弥陀仏の壮大ないのちのロマン物語です
2021-08-22
NHKの『ブラタモリ』という番組を
楽しみに観ています。
タモリさんが日本各地を訪れその土地の誕生に話が及ぶ
壮大な地球のいのちのロマンを解き明かしてくれます。
昨日の放送は長野県の諏訪のお話で
7000年前の縄文時代に人々が諏訪に集まったのは
何故かという謎解きです。
地球が誕生して46億年生命が誕生して38億年といい
人類が誕生したのが400万年前といわれます。
縄文時代は稲作が始まる2000年前の弥生時代の前で
石器時代といわれ石器を駆使して
土地を耕したり狩猟をして生活をしていたといわれます。
テレビを観ながらふっと
7000年前の縄文人も2000年前の弥生人も
私たちのご先祖なんだいうことを思いました。
私の命の歴史がそこにあるということで
ずっといのちがつながっているのです。
日本の歴史でいうと私たちは
文献上は1500年前からのことしか知りません。
しかしそれ以前も縄文時代の前からも
私たちのご先祖が生きてきて
そして私が今ここに生きているということです。
昨日は17回忌のご法事をお勤めさせていただきました。
お父さんのご縁で子どもさんお孫さん曾孫さんが
そろってお参りでした。
小学校3年生の曾孫さんはご法事の曾じいちゃんに
会ったことがありません。
ご法事で小さな子どもさんには
ご法事のお方は実際に会ったことがないけれども
私の命の大恩人だよというお話をします。
この曾じいちゃんがいなかったら
ここにいる皆誰一人いなかったということです。
私の命は私だけで存在しているのではなく
自分の命であって自分一人の命ではない
大きないのちのつながりのなかにある命なのです。
永い長いいのちのつながり歴史の中に
今この私がこの世に生まれて生きて
そして命終えていきます。
この命終えてゴミになるのか死んだら終いなのかと
仏さまのみ教えに聞かせていただきますと
人間に生まれて仏法に遇い
お念仏申す身にお育ていただくと
南無阿弥陀仏のおはたらき一つで
人の命終えてそのまま阿弥陀さまのお浄土に生まれて
さとりの仏と成ってこの世に還って来て
迷いの人々を救うというのです。
人の命のつながりのなかに生きて
南無阿弥陀仏のいのちのつながりのなかに生かされて
これからもずっと生きていくのです。
南無阿弥陀仏の壮大ないのちのロマン物語です。
お念仏のみ教えを聞かせていただき
お念仏申す身にさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.22)
お念仏に生きとるか!
2021-08-21
大リーグの大谷翔平選手の活躍が止まりません。
投手で8勝打ってはホームラン40本で単独トップです。
アメリカでは敵地の試合でもオオタニサン人気で
湧きに湧いているという報道です。
大リーグ中継をテレビで観る機会が多くなりました。
アメリカの球場に観衆がいっぱい入って
マスクをつけないで大きな声援をあげています。
同じ地球上のことで今世界中がコロナ禍のなかで
全く別世界のことのような光景です。
そのアメリカで感染者が再び急増し出して
3回目のワクチン接種を実施すると
大統領が発表しました。
それに対して国連保健機構の事務総長が
「世界には発展途上国を中心に
まだ一回もワクチン接種していない人が
大多数いる」として
「コロナで国々の格差が増々広がる」と
警鐘を鳴らしました。
ワクチン開発国を中心に先進国と言われる国の
自国の利益を大事にする考え方です。
自分の国が自分の家族が自分の仲間が大事という
自分中心のものの見方です。
誰しも自分を中心に生きていますが
自分一人が自分一人で生きているわけではなく
私が自分を大事に生きているように
私の隣の人もまた自分を大事に生きていると
他の人を思いやる心と行動が大事と
教えてくださるのが仏教です。
阿弥陀さまのご本願のお救いは
十方衆生生きとし生けるものすべてを救うといい
十方衆生が救われて私阿弥陀の本当の救いがあると
南無阿弥陀仏のお喚び声の仏さまとなって
十方衆生にいつも寄り添いおはたらきです。
自利利他円満の阿弥陀さまのお救い
大乗仏教の極致です。
大きな乗物です。
大きな乗物には私一人が乗るのではなくて
みんなが乗っていけるという仏さまの教えです。
お念仏のみ教えを親鸞さまは大乗仏教の極致と
私たちにお念仏に遇ってほしいとお勧めなのです。
お念仏のみ教えがあっても
お念仏のみ教えに生きる人がいない
お念仏のみ教えを聞く人がいない世界は
まさ末法の世ですね。
日々の生活の中で
この私がお念仏のみ教えに生きとるかと
問われることでもあります。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2021.8.21)