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お念仏を申す生活法話

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身を引く覚悟

2024-08-16
 岸田首相が来月の自民党総裁選挙の不出馬を
突如表明しました。
 自民党総裁を引くことは
そのまま首相を辞することで
国家の一大事です。

 新聞の号外も出たそうですが
自民党の裏金問題が起こって政治不信を招き
内閣支持率の長期低迷から抜け出すことができず
最後は「自分が身を引くことで自民党が再生できる」と
裏金問題の責任をとったようなことです。

 自ら最高権力の座から身を引く決断には
相当な覚悟があってからこそです。
 職を辞して「後は知らない」と高見の見物を
決め込むことではありません。

 「これからも一兵卒として自民党を支えていく」と
言いますが
何か型通りの発言のように聞こえて
覚悟が感じられないのは私だけでしょうか。

 覚悟とは元々仏語で
迷いを脱して真理を覚る(悟る)という意味です。
 つまり仏に成るということですが
私たち人間が言う覚悟は
その時どきの決断を促す覚悟ということで
時が経てばその覚悟はゆらぎ
また迷いに転じるというものです。

 生死流転のわが身の事実です。
迷いを繰り返しながら生きる私たちを見た
阿弥陀さまは迷いの衆生をそのまま救うと
南無阿弥陀仏のみ名となっておはたらきです。

 岸田さんの迷いとは一体何だったのでしょうか。
総裁選に出るか出ないか
自民党の将来を自らの政治家人生を
どう思い描いたのか
国を背負う首相の覚悟のほどが問われます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.16)

盆中の葬儀

2024-08-15
 盆中に親族の葬儀ができました。
大分の実家の高齢のお母さんの葬儀で
東京近郊在住の長男が喪主です。

 地元の浄土宗のお寺の檀家で
葬儀のことや今後の仏事について
予め相談がありました。

 お寺が法務で忙しい盆中の葬儀で
通夜葬儀等の日程をどうするのか
長い間施設に入所して誰も住んでいないお家で
これからの仏事をどうお勤めするのか
お墓に納骨するまでお遺骨をどこにご安置するのか等々
実家から遠く離れて生活している現実の問題です。

 これまで私のお寺で経験したことなどを話し
こちらの希望も伝えて
お寺さんに何でも相談したらよいですよと
アドバイスしました。

 最近特に葬儀について
どこで聞いたか誰から聞いたかわかりませんが
一方的に「これこれで葬儀をお願いします」と
自分たちの都合ばかり言ってくるところがあります。
 日頃お寺とお付き合いがないお家の関係者ですが
何かお寺を葬儀のお経配達人ぐらいに
思っているようなことです。

 誰が言うのか何を聞くのか。
今の葬儀は葬儀社が中に入りますので
葬儀社が喪主の都合に合わせて
言っているところがあります。
 そして今のネット社会でいうと
ネットでさまざまな情報を調べて
自分たちに都合のいい情報だけを取り入れます。

 「葬儀社が言った」「ネットで調べた」といって
葬儀はお寺が執行します。
 私のお寺でいうと浄土真宗の教えに則った
葬儀をおつとめします。
 またお寺には昔からの伝承や地域の習わしもあって
葬儀のあり方も多少特徴があります。

 ただ現代の少子高齢化核家族社会において
葬儀のあり方もそれぞれのお家の事情で
違ってきています。
 お寺もそうしたことに十分配慮して
「浄土真宗では」「うちのお寺では」と
葬儀のあり方を押し付けるのではなく
そのお家の様々な事情に柔軟に対応して
相談させていただくことが大切です。

 先の盆中の葬儀の件は
お寺さんに相談したら
お寺の方でお家の事情を把握してくださっており
通夜葬儀初七日のお勤めの段取りができて
お遺骨は納骨の時まで
お寺で預かっていただくことになったそうです。

 お父さんお母さん共に
日頃からお寺の護持によくつとめられて
お寺とのご縁つながりがあったということです。

 葬儀は大切な人とお別れをする悲しみのご縁ですが
そのまま仏さまのご縁といただき
お寺ともご縁をいただくことでお寺に親しみ
仏法聴聞のご縁にしていただきたいと思います。

 南無阿弥陀仏のご縁つながりです。
お念仏申して共々に
大きないのちのつながりのなかに生かされて
これからも生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.15)

日頃のお付き合いがあってからこそ

2024-08-14
 「昨日は誰も来んやった!」
理髪店を営むご門徒さんがふっと漏らしました。
 12日はお盆の三が日前の通常は月曜日の定休日ですが
お店を開けてお客さんを待っていたということです。

 いつ誰が来るのか分からないなかで
来る人を待つことです。

 お店でいうと常連客がいますから
たまたま誰も来ない日があっても
同じ時間に複数人か来て混み合うこともあったりして
まあまあお商売としては成り立っているということです。

 さて今年のお盆は母の初盆会ということで
お参りにみえる方を想定して種々準備をしていますが
昨日13日は近所の隣保班の方をはじめ
20数名のお参りでした。

 お参りのお返しの品も足らないように
十分準備をしていましたが
思った以上にお参りが少ないことに
待ちくたびれてちょっとショックでした。

 今は葬儀も家族葬が主流ということで
以前のように参り合いということが
極端に少なくなりました。

 日頃のお付き合いが薄くなったということです。
高齢化が進んで先に往かれた故人の関係は基より
施主の日頃の人間関係です。
 日頃のお付き合いがあってからこそと思います。

 私たちのお念仏のご縁つながりです。
初盆会のご縁に御仏前にお参りいただき
ご一緒にお念仏申します。
 お念仏の声が聞こえます。
「いつも私が一緒ですよ」と
いつでもどこでもどんな時でも
私のところに還って来てご一緒くださる
南無阿弥陀仏のおはたらきに安心して
共々に生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.14)

オリンピックを楽しむ

2024-08-13
 連日の日本人選手のメダル奪取に沸いた
パリオリンピックが終わりました。
 日本時間で毎日深夜未明の決勝種目が多く
朝起きて大変元気をもらいました。

 金メダル20個、銀12個、銅13個の
華々しい成績です。
 注目すべきは金が銀・銅メダルを
上回ったということです。

 日本選手は国を背負う重圧とかプレッシャーに弱く
ここぞの時に十分力を発揮できないと
言われてきましたが
今の選手はちょっと違うようです。

 メダリストの試合後の主なコメントです。
一つは周囲の方々への感謝の弁で
「決して自分一人の力ではない
家族をはじめコーチスタッフ多くの人たちの
おかげで成し遂げたものです」と
異口同音に述べられます。

 そしてもう一つが
オリンピックを楽しむという発言です。
 オリンピックだからと
必要以上に思い入れるのではなく
大好きな競技を楽しみ平素の力を出し切ったなかで
結果は後からついてくるという考え方です。
 そうは言ってもどうしても力が入るのですが
プレッシャーを逆に楽しむということなのでしょうか。

 レスリング競技で決勝戦まで行った9試合で
8個の金メダルを獲得したことが
そのことを如実に物語るものだと思います。

 勝ちたいという思いはからい欲の心です。
欲の心があるからこそ
平素の苦しい厳しい練習にも耐えられるのですね。
 結果負ける選手が多いのですが
悔しい思いを力に変えて
それからの競技人生にぶつけるのでしょうね。

 あの人に勝ちたい
あの人のような技を身につけたいと
そこに敬いの心があるからこそ
勝者を讃え敗者をねぎらう
友愛の心が互いにめばえるのが
スポーツマン精神だと思います。

 今大会の新種目ブレイキンで優勝した女子選手は
当初順位を競うことに違和感があったが
1対1のダンスバトルを楽しむことで
多くの人に競技の魅力を伝えていきたいと
思うようになったと言います。

 スケートボードと同じように
アメリカで日々の生活の中で
楽しい遊び心から生まれたものです。

 国威を示すメダル至上主義や商業主義に陥りがちな
昨今のオリンピックのあり方を思うとき
互いに技を競い合うなかで
「より速く より高く より強く」という
夢や可能性に挑戦するオリンピックの原点に立ち返り
勝者も敗者もない
平和の祭典であってほしいと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.13)

式中初七日

2024-08-12
 葬儀のあり方が変わってきています。
これは前々からのことですが
葬儀のその日に火葬の後初七日をお勤めすることが
一般的になってきました。

 初七日は往生されて七日目の
初めての七日日にお勤めするご縁ですが
お家のご事情で繰り上げてお勤めすることもあります。
 喪主が遠方に住んでいてその日に居ないとか
お家にお仏壇が無かったりする場合です。
 
 親族に通夜葬儀に続いて
初七日に改めてお参りいただくのは
大変だからと言われますが
お参りできる方だけでいいのです。
 通夜のご縁、葬儀のご縁、そして初七日に始まる
49日間中陰の七日七日のご縁は
それぞれが仏さまのご縁で意味のあることなのです。

 大切な人とお別れして
時間の経過とともに
ご縁ご縁に御仏前に座らせていただき
先にお浄土に往かれた方を偲び
仏法聴聞してお念仏申す身にさせていただくのです。

 このお盆の時期のお葬儀で
お寺さんが忙しく初七日の都合がつかないことがあって
葬儀社の方から葬儀が終わって出棺するまでの間に
初七日のお勤めをしましょうとの提案がありました。

 式中初七日というお勤めだそうです。
10年ほど前埼玉のご門徒の葬儀社でのお葬儀で
初めて経験した葬儀のあり方です。
 全く想定外のことでしたが
東京近辺では式中初七日が当たり前に行われている
と聞いてびっくりしました。
 
 葬儀仏事の簡素化ならぬ簡略化です。
仏事の意味することを差し引いて
生きている私たち人間の都合に合わせるものです。

 人間の理屈に合わせた合理主義です。
こうしたことは東京から地方の大都市を経て
全国津々浦々に瞬く間に見事に広がります。

 その数年後福岡でご門徒のお葬儀に
同じことがありました。

 今はネット社会でこうした自分に都合のいい情報は
皆さんが共有することで
葬儀社も皆さんの要望に応えて
より都合のいい提案をすることになるということです。

 ひとりお寺だけが蚊帳の外です。
ただお寺は葬儀社や遺族の思いに
振り回されるものではありません。

 仏事は日頃仏さまのご縁に遇うことがない人に
仏法聴聞を勧める大切な仏さまのご縁です。
 仏事のご縁に遇うことで
お寺さんに仏事について何でも相談してください。

 仏事のことは学校でお勉強することでもないし
地域社会の人間関係が希薄になり核家族社会になって
長老から教えてもらうことも少なくなりました。

 ここはお寺の出番です。
ただお寺でじっとお参りする人を待っているのではなく
積極的にお寺の外に出かけて行くことで
仏さまのご縁つくり
本来のお寺のあり方を取り戻すチャンスです。

 ただし教義を全面に打ち出して
「浄土真宗では〇○です」と教条的に言っても
聞いてくれないし
逆に反感を持たれることにもなります。

 仏事について皆さんの思いに寄り添うなかで
お寺からいくつかの提案をして
柔軟に相談対応することです。

 何でも皆さんの都合に合わせて
聞き入れることではありません。
「浄土真宗では」と教義をしっかり心に入れて
それぞれの事案に対応することで
皆さんがお寺に親しまれ仏法聴聞を勧めることで
お念仏のご縁つながりが広がっていけばと思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.8.12)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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