お念仏申して今を生きる
2025-01-29
森永卓郎さんが昨日1月28日に
お亡くなりになりました。
難解な経済問題を身近な話題に重ねて
分かりやすく解説してくれることで
色んな分野にも精通し社会的な発言も積極的にされて
茶の間の人気者でした。
一昨年ステージ4のがん告知を公表され
厳しい治療を続けながら
それまでにも増して精力的に仕事をされていました。
毎週レギュラーのテレビ番組にも時どき出演されて
「また森永さんが出てる!お元気そう」などと
家族で話しては観ていました。
亡くなる前日のラジオ番組に
リモート出演されていたとお聞きします。
最後の最期まで強い思いをもって
生き抜いたということでしょう。
酒井雄哉阿闍梨の「一日一生」という言葉を
思い起こします。
今日一日を一生だと思って
大切に精いっぱい生きるということです。
私たちは生死流転(しょうじるてん)の
迷いのいのちを生きていると
仏教は説きます。
このたびは人間界に生まれて今生を生きていますが
これまで前生も地獄餓鬼畜生修羅人間天上の
六道の迷いの境涯を生まれては死に
生まれては死にを繰り返し
人間の命終えてこれから後生も
迷いを繰り返すというのです。
蓮如上人は「後生の一大事の解決」と申され
この人間界に生まれて来たのは
阿弥陀仏の本願力に遇うためであって
「必ず救うまかせよ」の南無阿弥陀仏のおはたらきで
後生に浄土に生まれて迷いを離れさとりを開くと
お念仏のご縁をいただけよと私たちに勧められます。
阿弥陀仏の本願を信じ念仏申さば仏に成る
浄土真宗の仏道です。
往生浄土のお念仏の道すがらの今日一日です。
煩悩具足の凡夫のわが身は
生死流転の迷いを繰り返しながらも
お念仏申し南無阿弥陀仏のおはたらきに
そのまままかせて
今日一日を生き切ることができるのです。
朝起きて目が覚めてみたら生きていました。
眠っている間も心臓はじめ臓器は休むことなく働いて
生きていました。
私の思いはからいで「よかった」「悪かった」と
生活するなかにも生きていました。
「生きよう生きよう」と思うことなく
生きていました。
そして夜寝床に身をまかせて眠りにつきます。
今日一日の私の生活のその部分をとっても
私が生きているいのちというより
全く自然のはたらきそのままに
生かされているいのちでした。
大きないのちのはたらきで
生かされて生きていると気づかされます。
南無阿弥陀仏の
「まかせよ救う」のおはたらきで
阿弥陀さまのお慈悲の中に
あなたも私も皆共に
生かされて生きていると聞かせていただきます。
どこまでも迷いのいのちですが
南無阿弥陀仏のおはたらきで生死を超えて
さとりのいのちに生まれさせてくださるのです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.29)

「私の話~父ちゃんもいってみたい!~」※転載
2025-01-28
他人事として聞く私
仏教は、生老病死をはじめとした
「いのちの話」を説きます。
この「いのちの話」というのは
他の誰かのことではなく
「私の話」であると聞かせていただくことが大切です。
いつどこでどのような形で
終えるかわからないこのいのち。
だからこそ、今このいのちを
必ず浄土に生まれさせると
はたらく阿弥陀如来のお救いを
「私のこと」として聞かせていただくことが肝要です。
しかし、頭ではわかっていても
なかなかその通りに聞くことができない私がいます。
いのちの話をどこか他人事として聞いてしまう
私の姿です。
そのことに気づかされたご縁がありました。
息子が3歳のときの話です。
私が住職を務めるお寺の本堂で
お葬式がありました。
ご往生されたのは長くお寺を支えてくださった
ご門徒さんで
「わしが死んだらお寺でお葬式をしてほしい」という
生前の願い通りにおつとめすることになりました。
本堂にお棺を置き、多くのお花を飾ってお荘厳。
その様子を不思議そうに見つめていたのが
3歳の息子でした。
いつもと違う本堂の様子に驚きつつも
お棺のところに駆け寄り中をのぞき込みます。
すると目を丸くした息子が
「父ちゃん!父ちゃん!おじちゃんが寝てる!」と
大きな声で私を呼びました。
思えば息子にとっては初めて目の当たりにする
「いのちの終わり」。
この世に生を受けたものは
必ず終えていかなければならないという
いのちの事実に触れるご縁でした。
このご縁は大切にしたいと思い
「この方はね。ずっとお寺を支えてくださった
ご門徒さんで、この前、亡くなったんだよ。
でもただ亡くなったわけじゃなくて
お浄土に生まれていったんやで」と話しました。
すると息子は「おじょーど?」と首をかしげながら
初めて耳にする言葉を繰り返していました。
「おじょーどはどこにあるの?」
「おじょーどはどうやっていくの?」
と繰り返される質問に
ひとつひとつ答えていきました。
息子にとってこの出来事がよほど心に残ったのか
毎晩寝る前にこの話をするようになりました。
寝室に行き「おやすみ」と電気を消すと
「ねえねえ父ちゃん。あのおじちゃんは
なんで死んじゃったの?
どこに行っちゃったの?」と繰り返します。
「あの方はね。病気で亡くなったんやけど
お浄土に生まれていったんよ。
お浄土は阿弥陀さまが連れていってくれる
世界なんやで」
「おじょーど?あみださま?」
このやりとりを毎晩繰り返していきました。
私ひとりのために
すると数日後のこと。
いつものように「おやすみ」と電気を消すと
「ねえねえ父ちゃん。
ぼくね、母ちゃんが死んじゃうのがやだ。
母ちゃん死んでほしくない」
と言うようになりました。
本人の中でどんな変化があったのかわかりませんが
他人の死から身近な人の死ということに
思いが及んだのかもしれません。
「そうやね。でも母ちゃんもいつか死んじゃうけど
母ちゃんも同じお浄土に生まれていくんやで」と
答えました。
そこからまた毎晩
「ぼく母ちゃんが死んじゃうのがやだ。
母ちゃん死んでほしくない」と
繰り返すようになりました。
(ちなみに、今まで一度も
「父ちゃんが死んじゃうのがやだ」というのは
聞いたことがありません)
さらに数日後の夜。
「おやすみ」
「ねえねえ父ちゃん。
ぼくね…死にたくない。ぼく死んじゃうのやだ」と
言葉が変わりました。
他人の死から身近な人の死
そして自分のいのちへと思いが及んだのです。
その息子の姿が大切なことを
教えてくれているように感じました。
いのちの話を他人事として聞いていくのではなく
私の話であったと聞かせていただく。
阿弥陀如来の「必ず浄土に生まれさせる」という
お救いはこの私ひとりに向けられたものでした。
そのことを私たちに教えてくださった親鸞聖人は
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば
ひとへに親鸞一人がためなりけり」と
常におっしゃっていたといいます。
阿弥陀如来のお救いを私のいのちの話であったと
聞かせていただくことの大切さを
味わっていくことができます。
今では「お浄土」「阿弥陀さま」と
はっきり言うことができるようになった息子は
「ねえねえ父ちゃん、ぼくお浄土いってみたい!」と
話します。
そこで「お浄土というのは…」と
説明をしていくのではなく
「そうやね。父ちゃんもいってみたい!」と
私のこととして聞かせていただきます。
※『みんなの法話』
(柱本 惇 本願寺派布教使)より転載
ー本願寺新報2025年1月20日号ー
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.28)

月曜日の朝
2025-01-27
月曜日の朝
皆さんはどんなお目覚めですか?
学校や仕事が始まる月曜日です。
「さあーやるぞ!」と新たな気持ちで始める人もあれば
あったかい床の中でモジモジしている人も
人それぞれに思いはからい色々だと思います。
今朝のテレビ番組で
「一日の始まりは清水寺」と
早朝開門してすぐ清水寺にお参りして
「襟を正して今日一日を始める」と言う方が
紹介されていました。
四季折々に朝日が昇る頃
京都の町を一望できるところに立って
日々さまざまな思いで日暮らしするなかで
新たな気持ちで今日一日を始めるということです。
朝6時円光寺の梵鐘がなります。
「一日の始まりは円光寺」と
ご門徒お同行が一人二人三人と
お朝事のおつとめにお参りされます。
お寺参りはお浄土参りの習いです。
この私が人の命終えて往くところを
阿弥陀さまが用意してくださったお浄土です。
私の懐かしい方々が
先に往ってらっしゃるところです。
お念仏のおはたらきとなり
いつでもどこでもこの私にご一緒してくださり
お浄土に導いてくださる善知識の仏さまです。
あなたも私も皆共に
お念仏申して今日一日も
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
往生浄土のお念仏の道を生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.27)

戦いすんで日が暮れて
2025-01-26
大相撲初場所は優勝決定巴戦で
大関豊昇龍が制し横綱昇進を決めました。
雌雄を決する勝負の世界です。
先場所は大関同士の千秋楽相星決戦で
琴桜に軍配が上がりました。
夕方6時の梵鐘が聞こえます。
「戦いがすんで日が暮れて」という言葉が
ふと思いうかびました。
1969年に佐藤愛子さんが直木賞を受賞した
作品のタイトル名で
本を読んだこともなくその言葉だけが
妙に印象深く残っています。
1970年代に若いサラリーマンや学生の間で流行り
作品の内容とは関係なく
言葉だけが独り歩きしていたといわれます。
当時の世相です。
私が学生の頃
大学は学生紛争の真っ只中にあって
構内をヘルメットの学生が闊歩し
大看板の前で主義主張を繰り返し
警察機動隊の乱入もあったりして
日々異様な雰囲気の中で授業は休講が相次ぎ
不安ななかに混乱した学生生活でした。
戦いすんで帰るところです。
日が暮れて帰るところです。
現実社会に生きる不安と苦悩のなかで
安心できるところです。
お念仏のご法義は
いつでもどこでも私がどんな状況にあろうとも
阿弥陀さまがご一緒くださる安心の世界です。
自分の思い通りにならない日々の営みにあって
自分なりに頑張って生きていくなかで
お念仏申してゆっくりゆったり安心できるところです。
帰るところがある安心です。
この命終えて帰るところです。
阿弥陀さまはこの私をそのまま救うと
お浄土を用意してくださり
私を一緒に連れて帰らせていただくのです。
戦いすんで日は暮れて
お念仏申して「ただいま」と帰るところ
「おかえり」とそのまま迎えてくださる
阿弥陀さまのお浄土です。
お念仏申してあなたも私も皆共に
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
往生浄土のお念仏の道を日々生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.26)

「一日に24時間では足りない」
2025-01-25
現代はデジタル化社会といわれます。
パソコンやスマホが日常生活の主要アイテムとなり
紙媒体を使うことなく
メールやLANEで瞬時に人と連絡が取れ合い
必要な情報も品物もすぐ手に入るようになって
大変便利な世の中になりました。
タイパといわれる時間の効率化が進み
時間を圧縮してその分時間の余裕ができて
よさそうですが
あるネット調査では
「一日が24時間では足りない」と感じる人が6割
「時間に追われる」人は7割に達したといいます。
電車や道の通りでスマホ片手に
小さな画面を見たり手を忙しく動かしている人を
見かけることが当たり前のようになりました。
先の同じ調査で
「心情を表す言葉」「最近の生活を表す言葉」の1位が
それぞれ「イライラ」「ばたばた」だったそうです。
日々の生活の中で
幾多の情報が洪水のように氾濫するなかで
大きな流れに吞み込まれ振り回されて
自分を見失っているようなことがないでしょうか。
一日24時間の中で
少しでも
ぼんやり立ち止まり
自分を見つめる時間が大事です。
南無阿弥陀仏とお念仏申しましょう。
「われにまかせよ必ず救う
いつでもどこでも私が一緒だよ」と
阿弥陀さまのお喚び声を聞かせていただきましょう。
南無阿弥陀仏は無量寿無量光の
阿弥陀さまのおはたらきです。
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
今こここの私に「まかせよ救う」とご一緒くださる
南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
阿弥陀さまのお慈悲の中に
ゆっくりゆったりさせていただきましょう。
私が私がとわれを忘れて
そんなに急いでどこに行きますか?
阿弥陀さまは人人それぞれの生活ぶりを
そのまま受け入れ「まかせよ救う」とおはたらきです。
お念仏申して阿弥陀さまにそのまままかせて
今私にできることをさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.25)
