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お念仏を申す生活法話

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戦いすんで日が暮れて

2025-01-26
 大相撲初場所は優勝決定巴戦で
大関豊昇龍が制し横綱昇進を決めました。

 雌雄を決する勝負の世界です。
先場所は大関同士の千秋楽相星決戦で
琴桜に軍配が上がりました。

 夕方6時の梵鐘が聞こえます。
「戦いがすんで日が暮れて」という言葉が
ふと思いうかびました。

 1969年に佐藤愛子さんが直木賞を受賞した
作品のタイトル名で
本を読んだこともなくその言葉だけが
妙に印象深く残っています。

 1970年代に若いサラリーマンや学生の間で流行り
作品の内容とは関係なく
言葉だけが独り歩きしていたといわれます。

 当時の世相です。
私が学生の頃
大学は学生紛争の真っ只中にあって
構内をヘルメットの学生が闊歩し
大看板の前で主義主張を繰り返し
警察機動隊の乱入もあったりして
日々異様な雰囲気の中で授業は休講が相次ぎ
不安ななかに混乱した学生生活でした。

 戦いすんで帰るところです。
日が暮れて帰るところです。
 現実社会に生きる不安と苦悩のなかで
安心できるところです。
 
 お念仏のご法義は
いつでもどこでも私がどんな状況にあろうとも
阿弥陀さまがご一緒くださる安心の世界です。
 
 自分の思い通りにならない日々の営みにあって
自分なりに頑張って生きていくなかで
お念仏申してゆっくりゆったり安心できるところです。

 帰るところがある安心です。
この命終えて帰るところです。
 阿弥陀さまはこの私をそのまま救うと
お浄土を用意してくださり
私を一緒に連れて帰らせていただくのです。

 戦いすんで日は暮れて
お念仏申して「ただいま」と帰るところ
「おかえり」とそのまま迎えてくださる
阿弥陀さまのお浄土です。

 お念仏申してあなたも私も皆共に
阿弥陀さまのお慈悲の中に生かされて
往生浄土のお念仏の道を日々生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.26)

「一日に24時間では足りない」

2025-01-25
 現代はデジタル化社会といわれます。
パソコンやスマホが日常生活の主要アイテムとなり
紙媒体を使うことなく
メールやLANEで瞬時に人と連絡が取れ合い
必要な情報も品物もすぐ手に入るようになって
大変便利な世の中になりました。

 タイパといわれる時間の効率化が進み
時間を圧縮してその分時間の余裕ができて
よさそうですが
あるネット調査では
「一日が24時間では足りない」と感じる人が6割
「時間に追われる」人は7割に達したといいます。

 電車や道の通りでスマホ片手に
小さな画面を見たり手を忙しく動かしている人を
見かけることが当たり前のようになりました。

 先の同じ調査で
「心情を表す言葉」「最近の生活を表す言葉」の1位が
それぞれ「イライラ」「ばたばた」だったそうです。

 日々の生活の中で
幾多の情報が洪水のように氾濫するなかで
大きな流れに吞み込まれ振り回されて
自分を見失っているようなことがないでしょうか。

 一日24時間の中で
少しでも
ぼんやり立ち止まり
自分を見つめる時間が大事です。

 南無阿弥陀仏とお念仏申しましょう。
「われにまかせよ必ず救う
いつでもどこでも私が一緒だよ」と
阿弥陀さまのお喚び声を聞かせていただきましょう。

 南無阿弥陀仏は無量寿無量光の
阿弥陀さまのおはたらきです。
 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
今こここの私に「まかせよ救う」とご一緒くださる
南無阿弥陀仏のおはたらきにまかせて
阿弥陀さまのお慈悲の中に
ゆっくりゆったりさせていただきましょう。

 私が私がとわれを忘れて
そんなに急いでどこに行きますか?

 阿弥陀さまは人人それぞれの生活ぶりを
そのまま受け入れ「まかせよ救う」とおはたらきです。
 お念仏申して阿弥陀さまにそのまままかせて
今私にできることをさせていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.25)

「今までなにをしてきたかではなく、今なにをすべきかである」※転載

2025-01-24
 釈尊は悩みを抱える私たちに
「過去や未来にとらわれることなく
今なすべきことを熱心になしなさい」と
教えてくださっていますが
これは簡単なようでなかなか難しいことです。

 私自身、いつまでも過ぎ去ったことを引きずり
また未来のことを考えて不安に思うことが
たびたびあるのですが
考えないようにしようと思ってもふと気がつくと
そのことをグルグルと考えてしまい
だんだん精神が疲れてしまいます。

 そんな時
私はお仏壇の阿弥陀さまの前に座ります。
 するとなぜか心が落ち着いて
ゆっくりと物事を考えることができるように
思うのです。

 阿弥陀さまは
たとえこの私がどんな存在になっても
決して見捨てない仏さまです。
 私の過去も未来も
よいところも悪いところも
全部まるごと摂め取ってくださいます。

 だから阿弥陀さまの前に座ると
安心するのです。
 過去や未来にとらわれて悩む私の心を
まるごと阿弥陀さまにおまかせする安心感の中で
今の自分の状況を冷静に受けとめる。
 そうすることによって
私は「今なにをなすべきか」が
見えてくるのではないかと思うのです。

 ※『本願寺インスタ倶楽部』
    (芝原弘記 本願寺派総合研究所研究員)より転載
      ー本願寺新報2025年1月20日号ー

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.24)

満票ならずで「よかった」

2025-01-23
 イチローさんが日本の野球殿堂入りに続いて
日本人初のアメリカ野球殿堂入りを果たしました。

 殿堂入り候補資格1年目での選出でしたが
日本に続いて満票での選出にならず
1票足りませんでした。

 26票足りなかった日本では
王貞治さんが「中にはへそまがりもいる」と
コメントしたとか。
 それほどまでにイチロー選手の残した実績
野球界での貢献度は飛び抜けたものがあると
誰もが認めるところですが
満票に1票足りなかったことについて
イチローさんは「すごくよかったと思う」と
会見で述べられています。

 何か足りない不完全だからこそ
自分なりの完璧を追い求めて
進んでいこうとするのが人生だと
改めて考えさせられたということで
よかったと思うといわれます。

 野球道であり人生道
一つの道をきわめる達人のことばのようです。

 仏教は転迷開悟のみ教えで
迷いの私がさとりの仏に成る成仏道を説きます。
 道を求める菩提心をおこし自力修行を積んで
さとりを開こうとする仏道です。

 親鸞さまも生死(しょうじ)の迷い出ずべき道を求めて
比叡山で20年間仏道修行に励まれましたが
さとりを開くことができず
法然さまから阿弥陀仏の本願念仏のお救いの
み教えを聞き
他力の念仏道に帰依されたといいます。

 阿弥陀さまの「必ず救うまかせよ」の
南無阿弥陀仏の他力のおはたらきで
浄土に生まれて仏に成る成仏道です。

 煩悩具足の身を生きるこの私は
この世で仏に成ることはできませんが
お念仏のおはたらきで浄土に生まれて仏に成ると
聞かせていただきます。

 どこまでも不完全な凡夫の身ながら
お念仏申して南無阿弥陀仏のお救いにそのまままかせて
往生浄土のお念仏の仏道を生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.23)

常識の革命

2025-01-22
 アメリカトランプ大統領の就任演説で
「常識の革命」という言葉が飛び出しました。
 これまでの常識を打ち破るひっくりかえすといった
強い意思表示です。

 トランプさんのいう常識とは一体何でしょうか。
常識とは一般的に多くの人が共有している見識
社会的に当たり前と思われる
社会通念ともいうべきもので
トランプさんのものの見方価値観を
そのまま常識というのではありません。

 私たちが共に生きるこの社会で
人人それぞれの価値観を
お互いに認め合い敬うなかでの常識です。

 トランプ流のアメリカ中心主義の色濃い価値観を
常識として他者に押しつけ非難排斥するようなことは
常識では考えられないということで
常識の革命ということなのでしょうか。

 民主主義国家のアメリカで法の支配のもと
選挙での民意による多数決の原則を主眼にしますが
一方で少数意見の尊重をうたいます。
 選挙で勝ったということだけで
自分たちの主義主張で何でも思いのままに
できるということではありません。

 大きな権力をもった大統領だからこそ
政策を推し進めるリーダーであってほしいし
一方で異なる意見にも寛容な対応が求められます。
 民主主義に意見の対立はあっても
対決や分断を好みません。
 意見の相違はあっても
同じ国民そして地球人というものの見方で
共に生きる施策を期待します。

 法の支配といいますが
どこまでも人間がつくった法であり
その時代社会で人間が変われば法も変わって行く
普遍的な法ではありません。

 一方仏法は縁起と自然(じねん)の理に立脚した
真実まことの普遍の法です。
 南無阿弥陀仏のお念仏の法は
いつでもどこでもどんな人にも
「必ず救うまかせよ」とおはたらきくださる
阿弥陀仏の智慧と慈悲のお救いの法です。

 人人それぞれに自己中心の思いはからいで
生きている私たちを
阿弥陀仏は苦悩の迷いの衆生と見抜かれ
南無阿弥陀仏のおはたらきでそのまま救うてくださり
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
私たちは共々に生かされて生きていると教えます。

 この地球上のどの国の人たちも
お念仏の仏法のもと
阿弥陀仏のお慈悲の中に生かされていると
聞かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.1.22)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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