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お念仏を申す生活法話

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南無阿弥陀仏の本願力回向のお救いです

2022-04-12
 今日のご和讃
「南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
 往相回向の利益には 還相回向に回入せり」
(南無阿弥陀仏の名号を回向していただいた恩徳は
 あまりにも広大で思いはかることができない。
 その回向により
 浄土に往生してさとりを開くことの利益として
 迷いの世界に還ってすべてのものを救うのである)が
今日12日の御文章さまにも出てまいりました。

 浄土真宗お念仏のお救いのご法義を
南無阿弥陀仏の回向おはたらきといただきます。

 迷いの中にありながら迷いを迷いと気づかず
朝から晩まで私が私がと自己中心に生きて
悩み苦しんでいるこの私を
阿弥陀さまは煩悩具足の凡夫と見てとって
そのまま救うとご本願をたてられご苦労くださって
この私が救われる全ての手立てを
南無阿弥陀仏の六字の名号に仕上げられて
今こここの私におはたらきです。

 本願成就の南無阿弥陀仏のお救い
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
生かされてある肝要を聞かせていただきます。

 聞いたから救われるのではありません。
救われているご法義を聞かせていただくのです。
 南無阿弥陀仏の本願力回向のご法義です。

 今までも阿弥陀さまのお慈悲の中に
救われ生かされてきたのですが
このまま聞かずに命終われば
それこそ死んだらお終いで
人間に生まれた甲斐がないもったいないと
仏法聴聞をお勧めなのです。

 縁あって今私たちは仏法に遇わせていただきました。
そしてこれからも南無阿弥陀仏の回向おはたらきの中に
生かされて生きて往けるということです。

 そのこと一つ聞かせていただくなかに
私一人ではなくて隣の人隣のあなたに
お念仏のみ教えを伝えていこうという心が起こるのも
「南無阿弥陀仏の回向の恩徳広大不思議にて」と
今日のご和讃そして御文章を有難く頂戴いたします。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.4.11)


完全試合!

2022-04-12
 今日は一月一回の新聞休刊日です。
新聞がないと何か一日の始まりが落ち着きません。

 新聞を読む時間テレビのニュースを観ていました。
どのチャンネルもプロ野球ロッテの佐々木朗希投手の
完全試合の話題で持ちきりでした。

 まさに衝撃びっくりしました。
28年ぶりの完全試合そればかりか
27年ぶりの一試合19最多奪三振のタイ記録そして
これまでの9者連続を上回る13者連続奪三振の新記録まで
凄いすごい凄すぎる快挙です。

 令和の怪物と鳴り物入りでロッテに入団
190センチの長身から投げるフォームが本当にきれいで
大リーグエンゼルスの大谷投手を重ねて思いますが
長い手足を活かした流れるようなほれぼれする
投球フォームです。

 28年ぶりの完全試合で
地元岩手では新聞社完全休業日にかかわらず
号外が出されたということです。
 こんなことって何回もあることではありませんからね。
今から明日の新聞が楽しみです。

 対戦相手オリックスの選手のコメントです。
「こんなにすごい投手と対戦できるという
やっていてすごく楽しさがあった」と。

 完全試合って一人の走者も出すことができずに
9回を27打者できれいに抑え込まれるわけですから
これほどの屈辱はないということでしょうが
同じグランドで戦っている者同士だからこそわかることで
スタンドの観客も夢のような瞬間に立ち会えてよかった
幸せだったといいます。

 本当にすがすがしい
これぞスポーツの感動です。

 続くニュースで
土曜日のボクシング世界ミドル級王座統一戦で
村田諒太選手がカザフスタンのゴロフキン選手に
KO負けした話題がありました。

 史上最強の絶対王者を相手に最後まで果敢に攻め切った
村田選手の壮絶なファイトに
試合後のリング上でチャンピオンが最大の尊敬の証を贈り
試合前からずっと撮影していたカメラマンが
「本当に幸せな時間だった」と言っていました。
 世紀の一戦ともいわれる試合に
両者がベストを尽くし戦った試合に
立ち会えて幸せだったというのです。

 野球もボクシングも一対一の勝負です。
正々堂々と両者が向き合いベストを尽くして対戦する
その結果は結果としてですが
お互いを認め合い敬い合いそして高め合っていくという
心意気に感動があるということでしょう。

 リスペクトです。
人と人がお互いに敬い合う中で
私たちの社会日暮らしがあるのではないでしょうか。

 みんな一生懸命頑張って生きているのです。
私たちそれぞれ生活ぶりは違いますが
お互いを敬い合い認め合うなかで
私たちは共に生きていけるのです。

 自分の思い通りにならないことで
悔しい思いをすることもたくさんありますが
いろんなことがあったけれども
この人生あなたに遇えて本当によかったと
この命終えて往けたらと思います。

 阿弥陀さまはすべてのものをそのまま救うと
南無阿弥陀仏とおはたらきです。
 いろんな生き方生活ぶりが違う私たちですが
みんなそれぞれそのままでいいんだよと
南無阿弥陀仏のみ教えを聞かせていただいて
今日一日も生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.4.11)


南無阿弥陀仏の声のあたたかさ(2009年アーカイブ)

2022-04-10
 今日は天皇皇后両陛下のご成婚50年の金婚式で
テレビ新聞等々で特集があっています。

 昭和34年4月10日のことです。
当時はまだ珍しかったテレビ中継があり
馬車のパレードを観た方も多かったと思います。

 もう50年になるのかなということで
この50年の歩みを記者会見で天皇陛下は
「妃殿下には大変苦労をかけた。
いろんなことがあった。
でもよく耐えてくれました」と。

 それに対して皇后さまは
「天皇陛下がいつもそばにいらっしゃったから
それが大きな支えになりました」と
述べていました。

 夫唱婦随といいます。
夫婦は二人で夫婦なんですね。
 50年といって
それこそ長い長い道のりで
いろんなことがあったと思います。

 これは私たち一人一人の50年でもあるわけです。
いろんなことがありました。
 そういうなかに私たちは
お念仏のみ教えに遇わせていただきました。

 昨日申しました和上さんのお話で
「この歳になって思うのは
お念仏のご法義は私たちにこうしなさいと
生き方を問わないが
私たちがご法義に遇うということは
<そうですね>と言える人間になることではないか」
と言われていました。

「そうですね」と言える。

 お話のなかで紹介されたことですが
俵万智さんのベストセラー『サラダ記念日』に
「寒いねと話しかければ
寒いねと答える人のいる
あたたかさ」と歌われています。

 「寒いね」と言ったら
「寒いね」という言葉が返ってくる。
 私たちの人生に重ねていえば
「大変やったね」と言ったら
「大変でしたね」と返ってくる。

 「寒い」と言っても
その寒い状況は一つも変わりませんが
「寒いね」と言葉が返ってくるところに
あたたかさがあるというのです。

 そこにあなたがいるということです。
あなたがいるから
その寒さにも厳しさにも耐えていけるのです。
耐えていけたのでしょうね。

 南無阿弥陀仏とお念仏を申す
そこにあなたが
阿弥陀さまがいらっしゃいます。

 南無阿弥陀仏
そこに私たちのご先祖有縁の仏さま方がいらっしゃいます。

 だから私たちは生きて往けるのですね。

 生きていくことは
老いていく病んでいく
そして死んでいくことで
そこだけ見れば
見たくなく聞きたくない嫌なことです。

 いつまでも若くありたい健康でいたい
長生きしたいお互いですが
現実は生老病死の身を生きている私たちで
厳しく大変な人生を今日も生きているのです。

 「寒いね」と言ったら
「寒いね」と声が返ってくる。

 南無阿弥陀仏とお念仏申すと
そのまま南無阿弥陀仏の声が聞こえてきます。

 阿弥陀さまは南無阿弥陀仏のお喚び声になって
私と共に生きてくださっているのですね。
 老いていくなか病んでいくなか死んでいくなかにも
お念仏の声となってご一緒くださるご法義です。

 お念仏申して今日一日も日暮らしさせていただける
あたたかさ身のしあわせを思います。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2009.4。10)

 


「この歳になって」(2009年アーカイブ)

2022-04-09
 昨日は別府別院の報恩講さまにお参りして
ご法話お聴聞させていただきました。

 浄土真宗のみ教え宗学を究められた勧学和上さまで
85歳ですがかくしゃくとして言葉もはっきりと
法味あふれるお取り次ぎをいただきました。

 「この歳になって」という言葉が
何度も何度も出てまいりました。

 「この歳になって」と
いよいよお念仏のご法義を味わわせていただく身に
ならせていただいたという慶びです。

 仏法聴聞とはしっかり聞くことは要らないと
おっしゃいます。

 私たちはどうかしますと
しっかり聞こうとします。
 お説教を一字一句聞き漏らすまいと
書き留めたり録音する人もいます。

 しっかり聞こうとしても忘れます。
そこで大事なことはこの身を
仏さまのご縁に浸すというのです。

 ご門徒さんが
「仏法聴聞のご縁をいただいても
何度も何度も聞いてもわからない」と言われます。
 これは皆さんの疑問かもしれませんね。
お寺にお参りしてお話を聞いてもすぐ忘れるし
何のことかさっぱり分からないと言われます。

 蓮如上人は
「それはちょうどザルで水をすくうようなものだ」
とおっしゃいました。
 しっかり聞こう覚えようというのが私の心で
ザルでいくら水をすくおうとしてもすくえないと言われ
そのザルを水に浸せばいいとおっしゃるのです。

 水に浸すように仏法聴聞のご縁に身を置けば
お念仏のご法義おはたらきが自然にそのまま
わが身にしみ込んできてくださるというのです。
 私の力は一つも要らなかったのです。

  阿弥陀さまの他力のおはたらき一つで
この私がそのまま救われていくお念仏のご法義です。

 宗学を究められて勧学さんがこの歳になって
「しっかり聞かなくていい」と言われるのです。

 風呂に入るのにしっかり温まろうと
しっかりお湯に浸かってと思って入って
温まる人がおるかと言われます。
 ぼやーっと入ったらいいと言われます。
ぼやーっと入ってもしっかりという思いで入っても
同じだろうと
それだったらぼやーっとしとったらいいと言われるのです。

 仏法聴聞もぼやーっと聞いておったらいいというのです。
味わい深いお話で
やっぱり「この歳になって」ということでしょうね。

 この和上さん最後にこうおっしゃいましたよ。
どうぞ歳をとってくださいと
歳をとっていよいよ仏法聴聞のご縁を重ねてくださいと
そして阿弥陀さまのお慈悲をいっぱいいただいて
この限りある人生を
共々に生かされて生きてまいりましょう
と結ばれました。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2009.4.9)

「みんな生れたね!あなたに遇えて本当によかった」

2022-04-08
 今日4月8日はお釈迦さまの御誕生をお祝いする
花まつりの日です。

 お釈迦さまの誕生仏に甘茶をかけて
お誕生をお祝いしますが
この誕生仏のおすがたは
私たち一人一人が誕生したすがただと言われます。

 右手は天上を指し左手は天下を指して
「天上天下唯我独尊」と宣言されたおすがたです。
<天の上にも下にもただ我独り尊し>と
あらゆる世界の中でたった一つの
かけがえのない命を恵まれて
この世に生まれてきたというのです。

 みんなそれぞれオンリーワンのいのちを
生きている私たちだということです。
 かけがえのない尊い命を生きる私たちお互いが
この同じ社会に共に生かされて生きて
「みんな生れたね!あなたに遇えて本当によかった」と
お釈迦さまが開かれた仏法に聞かせていただきます。
 
 境内の桜も花びらは散ってしまいましたが
若い葉が出てきて光の中に輝いてきれいです。 

 花開き緑輝く4月です。
今日は多くの学校で始業式です。
 4月8日は新たな始まりの日で
希望いっぱいにちょっぴり不安を抱えて
スタートラインに立つ思いです。

 この一日の始まりです。
今日も生きていきます。
 どこに向かって?
お釈迦さまは「阿弥陀さまのお浄土だよ」と
教えてくださいました。
 「南無阿弥陀仏とお念仏を申して来いよ」と
阿弥陀さまが喚んでくださっています。

 4月8日花まつりの日です。
お釈迦さまのお誕生に思いをはせ
お念仏申して生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.4.8)


円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
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