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お念仏を申す生活法話

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お寺を中心にお念仏のお同行が共に生きる

2022-06-28
 お寺の本堂の屋根は目立って
高くて大きいです。
 周囲のどこからも見えるということで
地域の中心に位置するのがお寺です。

 ところが今は町中に行きますと
ビルにお寺が囲まれて屋根を見ることが
難しくなっています。

 高層ビルが立ち並ぶ東京大阪などの大都市では
ビルの谷間にお寺があるといった状況で
お寺自体がビルになっているという話です。

 昔のお寺やお宮の風景には
お堂や社に大きな木が植わっていましたが
車社会の今は木を切って駐車場になっています。

 本堂の造りも機能的になってきています。
三階建て四階建てのお寺のビルには
お寺に住まいする者の住居があり
本堂と集会所そして納骨堂があります。

 効率がいいとか採算が合うとかいう
今の現代社会のものの見方になると思いますが
従来のお寺はそういう見方でいうと
本当に不便で無駄が多いということになるのでしょうか。

 お寺には階段があり座布団に座ってなどと
バリアフリーという考え方から遅れているという話です。

 ただ大事なことはビルのお寺でも昔の本堂でも
そこにお参りする人がいるということで
お寺に人の姿が見えないことは
お寺が風景そのものになってしまっていることで
寂しく思います。

 私が小さい頃のお寺です。
お家に車もそんなになかった頃です。
 おばあちゃんが乳母車を引いて
ぼつぼつお参りしていたことを思い出します。

 この時期でしたら
汗をふきふき階段を上がり本堂に入って
御仏前に座り阿弥陀さまにお念仏を申しお礼をして
お参りのお同行に「ようこそお参り」と
お互いに声をかけ合っていた先人のお姿です。

 現代のように
ものが豊かで便利な生活ではなかったけれども
お念仏の先人はゆっくりゆったりと安心して
日暮らししていたのではないでしょうか。
 
 そのお念仏の生活の中心に
お寺があったということです。
 お念仏のお同行と一緒に安心できる居場所が
お寺だったということです。

 お寺にいつもお参りできないけれども
お寺の大きな高い屋根を見て手を合わせお念仏申して
安心して日々の日暮らしをおくっていたことでしょう。

 お寺には人がいます。
お念仏申して生きる人がいます。
 その中心に仏さまがいらっしゃるという
大きな安心です。

 老いも若きも男も女もどんな人も
お寺の阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲の中に
共々につながって生かされてあるなかに
この私も安心して日暮らしさせていただける
お念仏申して生きる生活です。

 懐かしい話をしているのではありません。
今の話です。
 皆さんようこそお参りなさいました。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.6.28)

親鸞さまが生きた時代

2022-06-27
 日曜日の夜大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を
毎週楽しみに観ています。

 昨日は源頼朝の死で終わり
ドラマも前半の鎌倉幕府の成立から
いよいよ北条氏の執権政治へと展開していきます。

 ちょうど親鸞聖人が生きた時代に重なることでもあり
大変興味深いです。
 頼朝の死は1199年ですから
親鸞さまが26歳で比叡山で仏道修行されていた頃です。
 29歳で比叡山を下りられ
法然聖人の専修念仏門に帰依されます。
 そして6年後の35歳の時に念仏停止の法難に遭って
法然さまは四国に親鸞さま新潟国府に流罪になります。

 その念仏停止令を出したのが
朝廷の権力者後鳥羽上皇でしたが
後鳥羽上皇は1221年に
鎌倉幕府の執権北条義時追討の院宣を出して
日本史上初めての朝廷と幕府の間に承久の変がおこり
圧倒的な兵力の幕府軍が京都に攻め入り勝利をおさめ
武家政権が確立されたという
ドラマの後半のハイライトになります。

 結果後鳥羽上皇は隠岐の島に流罪となり
朝廷の権力は無力化するわけすが
当時親鸞さま48歳で鎌倉に近い関東北部の
常陸茨城や下野群馬で家族と共に生活するなかで
多くの民衆にお念仏のみ教えを
布教伝道されていたといわれます。

 親鸞さまの著述には
こうした世事について書かれたものはありませんが
まさに権力闘争に明け暮れる時代社会を
お念仏申して生きていたということです。

 当時の人々は戦乱だけでなく自然災害や疫病飢饉で
明日をも知れぬ困窮した日々を送っていたいうことです。

 親鸞さまはそうした民衆に
お念仏のお救いの法を説かれて行かれました。
 どんな人も南無阿弥陀仏のおはたらき一つで
救われるというみ教えです。

 火宅無常の日々刻々と移り変わるなかを
私たちの先祖も生きていたということです。
 どこでどういう生活ぶりで
生きていたかはわかりませんが
この私の命があるということは
戦乱の鎌倉の世に私の先祖がいたということです。

 現代のような
ものが豊かで便利な世の中ではありません。
それこそ今日一日の生活食べることに困窮する生活です。
 そのなかを生きてきたということは
ある時は悪事をして生き延びてきた命だったと思います。
先祖が殺されていたらこの命はありませんからね。

 仏法で罪悪生死の凡夫といいますが
罪や悪を重ねて生まれては死に生まれては死にと
迷いの境涯を繰り返し経巡ってきた
その結果が私が今ここにあるということです。

 阿弥陀さまの本願念仏のお救いの法
「そのまま必ず救う」南無阿弥陀仏のおはたらきは
鎌倉時代の親鸞さまの当時もお釈迦さまの当時も以前も
いつも変わらずそうだったし現代の今もそうなのです。

 迷いの境涯に沈んで苦しみ悩む凡夫は
変わらずここにいます。
 私が生きる人生のドラマです。
阿弥陀さまを中心にお念仏申す生活のなかに
今日も生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2022.6.27)


お浄土の仏に成るいのちを今生きる(2010年アーカイブ)

2022-06-26
 昨日は私と同級生の3回忌のご法事を
お勤めさせていただきました。

 今は人生80年といわれます。
私の周囲で見ても
最近は90歳代でお亡くなりになる
ご門徒の方が多くなりました。

 新聞のコラムに
今は医学が格段に進歩し人々が健康に留意し
運動したり食べ物も良くなったこともあって
長生きするようになったとありました。

 ただ長生きはできても
ずっと長生きできるものではありません。
 せいぜい生きて120歳といいます。
還暦の2倍ですから
生まれ変わり生まれ変わりということでしょうか。

 私たちはいつかは必ずこの命終えるということですが
この私が命を終えるということを
忘れているのではないかという指摘です。

 人の命を終えていくということですが
死んだら終わり、駄目ということではないと
仏さまのみ教えに聞かせていただきます。

 阿弥陀仏の本願力回向、南無阿弥陀仏のおはたらきは
この私を浄土へ迎えとる必ず生まれさすといわれます。

 何でお浄土に生まれさせるのでしょうか。
いろんな思い通りにならないことが多いけれども
やっぱりこの世が良いというのが私たちの思いですが
いつまでもこの世にいるわけにはいきません。

 迷いの世界にあって苦悩する私たちを
阿弥陀仏は煩悩具足の凡夫と見抜かれて
この私をお浄土に生まれさせて
さとりの仏にするというのです。

 阿弥陀仏は十方衆生を救おうと
お浄土をつくってくださいました。

 先に往かれた方はお浄土に生まれて
今は仏に成っていらっしゃると聞かせていただきますが
遥か遠い世界に往ってらっしゃるのではなく
すぐさまこの世に還って来るといいます。
 南無阿弥陀仏のおはたらきで
還って来るというのです。

 今日も皆さんこの口から南無阿弥陀仏と
お念仏を申せましたね。

 南無阿弥陀仏の阿弥陀さまのおはたらきです。
親鸞さまのおはたらきです。
蓮如さまのおはたらきです。
そして皆さんのご先祖有縁の仏さま方です。

 阿弥陀さまをはじめ無量の仏さま方が
私のことをいつも思うてくださり
護り導いてくださってあるおはたらきのなかに
この私が生かされて生きているのです。

 この私もいずれは人の命終えて往きます。
阿弥陀さまのお浄土に生まれさせていただきます。

 さとりの仏にさせていただけると
聞かせていただくなかに
120歳まで生きられるかどうかわかりませんが
この人の命終える時まで
「いつも私が一緒だよ。大丈夫安心しなさい」と
南無阿弥陀仏と噛んでくださるお念仏の声に安心して
今日一日もお念仏申して生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2010.6.26)

ワープロが壊れました(2009年アーカイブ)

2022-06-26
 昨日は大変な日になりました。
ずっと使ってきたワープロが壊れてしまったのです。

 昨日総代お世話人にお配りしました<円光寺通信>が
最後のワープロの仕事になりました。
 数件修理の問い合わせをしましたが
今はワープロの販売はしておらず
交換部品もないということです。

 今はパソコンの時代です。
パソコンも持ってはいますが
中々パソコンに移り切れなかったということです。

 壊れたパソコンを前に
これからどうしたものかということですが
「いのちあるものいつかは衰えるならいなり」です。

 諸行無常の仏法の理で
この世のものはすべて常なるものは
一つもないということです。
 常日頃から聞かせていただき
お取り次ぎさせていただいていることですが
本当に何とも悲しく残念で
それこそ大切な人を亡くしたような落ち込みようでした。

 とはいえ時間はどんどん経って行きます。
今までワープロでしていた仕事を
他のことでしなければならないことになりました。

 次への大きな転機チャンスです。
私たちはこの身に何か大きな変化がないと
次のステップに移れません。
 まあまあ何とか今のままでいいよねということで
今のままでずっといければいいのでしょうが
いつまでも今のままではいけないのが
この世間のことこの私のことなのです。

 ずっと今のままの私わが身ではありません。
昨日の私、今日の私、明日の私と
刻一刻と変わって行きます。

 変わって行くなかに
どんどん元気で若返っていけばいいのですが
逆に老いていく病んでいくそして命終えていく
私のありのままの姿です。

 そういう私をずっと見守ってくださる
仏さまがいらっしゃるということを
お念仏を申して聞かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2009・6・26)

勝っても負けてもお慈悲の中(2010年アーカイブ)

2022-06-25
 今朝早く起きてサッカーのワールドカップを
観た人が多いと思いますが
結果は日本がデンマークに3対1で勝って
見事決勝トーナメント進出が決まりました。

 まさに日本中が気持ちの良い朝を
迎えたということです。

 勝負の世界ですから勝った方がいれば
負けた方もいるということです。
 負けた方のデンマークの方々は
どんな気持ちで今日一日を過ごすのかなと思ったりします。

 先制点のフリーキックを決めた本田選手のコメントが
よかったです。
 素直に喜べないというか
思っていたほど喜べないと言っていました。

 まだまだ先があるということでしょうね。
有頂天にならないということでしょうね。

 もう一つこんなことも言っていました。
「フリーキックが見事に決まりましたね」の問いかけに
「あれは決まるときには決まるんです」と。

 そうですね。
決めようと思ってキックするのですが
必ずしも決めようと思ったことが思い通りになるかといって
思い通りにならないことの方が多いということです。

 思い通りになったとして
たまたま思い通りになったということで
決まるときはそういうもんですよということです。

 私たちの人生の歩みということについても
同じようなことがいえるのではないでしょうか。

 まず思い通りにならないこの人生を
思い通りにしようとするところに
苦しみ悩みがあり迷いになるのですね。

 ただ思い通りにしようとする志が
生きる力になるということです。

 そうはいっても思い描いたようには
決して行かないなかにあって
今日のサッカーの試合でいったら
勝敗という結果がついてきます。

 私たちはどうかするとその結果ばかりを
見ているところがありますが
大事なことはそこまでの経過ということで
勝っていく経過負けていく経過です。

 結果として勝つことも負けることもありますが
その経過においてお互いに切磋琢磨してきた
まさに生きていくという
私たちの人生の歩みがあるということです。

 今日は勝って日本中がそれこそ心うきうきで
一方負けたデンマークは心が沈む一日かもしれませんが
次は逆の結果になることもあります。

 勝っても負けても
思い通りに行くことがあれば
思い通りに行かないなかにも
今日の一日をお念仏申して生きて往ける
南無阿弥陀仏のお救いの法を
また聞かせていただきます。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2010.6.25)
円光寺
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