お墓参りウォーキング
2025-02-10
毎日30分程ウォーキングをして
お墓参りするというお方のお話を聞きました。
高齢になってなるべく体を動かそうということで
お墓参りです。
ウォーキングとお墓参りの
一挙両得のコスパです。
毎日時間を決めて
お墓参りをする人の話をよく聞きます。
自宅の近くに墓地があることで
生活の日課になっているとのことです。
最近墓じまいの話をよく聞きます。
後を見る人がいないということですが
遠方にある墓苑のお墓をしまうというお話です。
高度経済成長期の頃
海の見える高台の墓苑が大々的に売り出されました。
青い海と空が合いまった光景を思い浮かべますが
お墓参りとなると
遠方にあって交通機関が少なく
マイカーで行くということでした。
それでもお墓を求めたときは
自然豊かな郊外にドライブするような
気分だったのでしょうが
高齢になって車の運転ができなくなり
お墓参りが思うようにできなくなったということです。
お墓には大切なご先祖のお遺骨が
ご安置されています。
もうすでに亡くなって
懐かしいお姿に会うことはできませんが
お墓に参ることで会いに行くんですね。
懐かしい方々に会いに行けるところが
お墓といただければ
お墓参りは大変意義深いものになるでしょう。
これも人それぞれのものの見方でしょうが
毎日お墓参りして先に往かれたお父さんお母さん
おじいちゃんおばあちゃんに会いに行くことで
ウォーキングすることができ
手を合わせお念仏申すことができます。
先に往かれた仏さまが
私たちがお念仏申されるように仕向けてくださった
南無阿弥陀仏のおはたらきと味わわせていただきます。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.10)

ダーナの日
2025-02-09
私たちの宗派(浄土真宗本願寺派)では
2月の第2日曜日をダーナの日と定めて
さまざまな社会福祉活動に取り組んでいます。
ダーナとは布施のことで
仏事にお包みする「御布施」を思い浮かべる人が
多いと思いますが
布施は煩悩を捨ててさとりを目ざす仏道修行の一つで
見返りを求めないというお心を教えます。
あなたと私が自他共に営む社会経済生活は
ギブアンドテイクの関係で成り立っています。
ものに値段をつけて売買が成立し商業活動ができ
仕事に見合った金銭ということで賃金が支払われます。
御布施もまた仏事を勤める僧侶に対する代価と
思っている人が多いと思いますが
御布施には決まった金額はありません。
僧侶は仕事の代価として御布施をいただくのではなく
御布施は仏さまへお供えするもので
「御布施はどのくらいですか?」ときかれて
「お気持ちをお包みください」とお答えします。
僧侶が施す布施は法施といって
仏事をお勤めしお経を読誦し
ご法話お取り次ぎをします。
一方仏事の施主である方の布施は財施で
お金や品物を仏さまにお供えします。
布施には三輪清浄という決まりがあります。
三輪とは、布施をした人、布施を受けた人
布施されたものをいい
三つの全てが煩悩を離れて清浄でなければ
本当の布施にはならないという
仏道修行のいわれです。
布施によって対価を求めたりしないと
自ら欲を捨て見返りを求めないというのです。
見返りを求めない布施の心はお念仏の心です。
阿弥陀さまが先手で一方的に
「われにまかせよそのまま救う」とおはたらきの
南無阿弥陀仏のお心です。
「お念仏の心で させていただく ありがとう」と
あなたも私も自他共にお念仏申されるように
仏さまのお慈悲の中にご縁をいただいて
「おかげさま」とお互いに
私にできるダーナをさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.9)

一番安くて小さな贈りもの
2025-02-08
この時期ならではの
スーパーの売り場の光景です。
つい一週間前は恵方巻が色々と品を変え
所狭しと並べられていましたが
今はチョコレートのオンパレードです。
2月14日のバレンタインデーに
チョコレートの贈りものです。
チョコレートを贈って
自分の気持ちを相手に伝えるということです。
いつでもどこでも伝えられたらいいことですが
2月14日です、チョコレートなんだそうです。
先日新聞で
「手紙は一番小さな一番安く贈れるギフトかなと思う」
との記事を読みました。
言葉は自分の気持ちを相手に伝える
一番分かりやすい手段です。
手紙に思いを言葉にしたためて
おくります。
ただネット社会の今は
SNSやLINEで日常的に言葉のやりとりができ
「手紙文化が消える?」という大きなテーマでの
問題提起でした。
自分の気持ちといって
その時どき場面ばめんで揺れ動くもので
その思いは文字にした時とも移り変わっていきます。
手紙に書かれた文字の背景には
目に見えないその移ろう思いが感じられ
何度読んでもさまざまな思いが巡ります。
阿弥陀さまは南無阿弥陀仏の
ことばになった仏さまです。
「生きとし生けるものすべてを分け隔てなく救う」と
ご本願をたてお名号を成就して
いつでもどこでもどんな人にもおはたらきです。
今こここの私に届けられる
阿弥陀さまのお喚び声です。
私のお念仏の声となって
「われにまかせよ必ず救う。
いつも私が一緒だから安心して生きて往こう」と
往生浄土のお念仏の道行きをご一緒くださるのです。
お念仏は阿弥陀さまから私への
いつでもどこでも
称え易くて勝れて大きなおくりものです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.8)

「無常」※転載
2025-02-07
2月15日は、お釈迦さまが亡くなられた日と
伝わっています。
お釈迦さまは80歳の頃
生まれ故郷に向かって旅を始めましたが
途中で力尽きます。
弟子に、サーラの木々の間に寝床を作ってもらい
頭を北に、顔を西に向けて身を横たえられました。
お釈迦さまは亡くなる直前、弟子たちに
「諸行は無常である。怠ることなく努力しなさい」と
語ったといいます。
そしてお釈迦さまが亡くなると同時に
サーラの花びらがはらりと舞い落ちたそうです。
「無常」とは、すべてのものは一瞬一瞬
変化しているということです。
しかし私は、「人は亡くなる」ということは
頭でわかっていても
愛する人との別れを
なかなか受け入れることはできません。
まして私自身が死すべきことも。
お釈迦さまはそれを
身をもって示してくださいました。
阿弥陀如来という仏さまは私に
死んだら終わりではなく
浄土に生まれる命をを生きていることを知らせ
どんな時も南無阿弥陀仏の声の仏さまとなって
寄り添ってくださっています。
だから私は、無常のこの世を安心して
精いっぱい生きることができるのです。
※『本願寺インスタ倶楽部』
(隅倉浩信 本願寺派総合研究所研究員)より転載
ー本願寺新報2025年2月1日号ー
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.7)

大寒波襲来
2025-02-06
日本列島に大寒波が襲来し
全国各地から大雪の状況が伝えられています。
一夜にして1mを超える積雪があり
町全体がすっぽり雪に覆われて
道路や家周り屋根などの除雪が大変です。
大自然の中に生きているということです。
つい数か月前までは大熱波に包まれ猛暑の日々が続き
今度はこの大寒波です。
寒暑が極端に厳しい昨今の大自然の有り様に
程よく中くらいであってほしいと思うのは
私たち人間の都合のいい我がままでしょうね。
地球の自然環境問題が
世界の緊急課題として叫ばれる一方で
世界各国それぞれに自国中心の思惑が行ったり来たりで
同じ方向に足並みをそろえようとする気配が乏しく
大きな虚しさを感じます。
大自然の大きないのちの営みのなかに
共に生かされて生きている私たちです。
人間の都合でよかったり悪かったりと
大きな恵みに当たり前のように感謝しては
時として大きな脅威に不安におののく私たちです。
同じ地球の大自然の中に共に生きる視座に立って
これからの地球環境を考え工夫して
今私たちにできることをさせていただくことが
肝要です。
お念仏のご法義です。
あなたと私皆共に南無阿弥陀仏のいのちのつながり
大きなお慈悲のおはたらきに生かされて
お念仏申して生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2025.2.6)
