浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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台風襲来に備えて
 勢力の強い大きな台風が来るぞ来るぞということでNHKのテレビ欄は今日一日台風情報ばかりです。
東海から関東へと日本の大動脈を縦断することで大変な雨が降り大きな風が吹いて
今まで経験したことがないほどの被害が起こるのではないかと今から心配されています。
 
 台風襲来に備えて準備を怠りなくすることが大事です。
ただ準備をどれだけしたら大丈夫なのかといって台風が来て災害に遭えばそれまでのことです。
 
 私たちの命のあり方にもたとえられます。
どんな人も等しく命終わる時が必ず来ますが準備はできているかということです。
 
 私たちはそれぞれ命を生きています。
若くて健康な時も老いて病気になる時も生きていますが
ずっとずっと生きているわけではなく命終わる時が必ず来ます。
 我が身のことと考えたくないけれどもその時が必ずやってきます。
それも何時のことかわからないし今日明日突然のことかもしれません。
 大事なことはその構えはできているかということです。
まさに生死(しょうじ)の一大事の解決です。
 
 浄土真宗の仏教を聞かせていただきます。
阿弥陀さまの救いの法です。
 阿弥陀さまは生死の苦海に沈む私たちを見抜かれ必ず救うと
南無阿弥陀仏のおはたらきで私をお念仏申す身にお育ていただき
命終わるその時阿弥陀さまのお浄土に生まれさせ仏に成らせてくださるのです。
 死んだら終いの命ではなく無量のいのちをいただきお浄土からこの世に還って来て
これからもずっと有縁の方々と共々に生きていく
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに私たちは今生かされて生きているという教えです。
 
 台風が来るぞ来るぞと大変です。
準備を怠りなくしましょう。
 その上でこの命死んだらどうなるか。
この私の命の行く末まで心配し阿弥陀さまが用意をしてくださった南無阿弥陀仏の法を聞かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.12)
 
七日七日の仏さまのご縁です
 昨日初七日のご縁にお参りしました。
最近は亡くなってすぐご遺体を葬儀社にはこび通夜葬儀をされるところが多くなりました。
 それで初七日で初めてお家のお仏壇にお参りして
49日の中陰の間のお仏壇のお飾りに接することになります。
 
 お家で臨終勤行を勤めるときはその場でお仏壇のお荘厳をしまたお話をして
わからないことは何でもお寺に聞いてくださいと言いますが
葬儀という急な出来事で時間だけが経っていき聞くこともなく
昨日も初めてお仏壇にお参りして気づいたことです。
 
 お仏壇と中陰壇が遠く別々に置かれてお仏壇のお道具が中陰壇に移してその前に立派な座布団が置かれてあります。
お遺骨ご遺影お位牌が置かれた中陰壇の前でお勤めしてくださいということです。
 常日頃から申していることですが、お勤めはお仏壇のご本尊阿弥陀さまの前でさせていただきます。
それでお仏壇の所定の場所にお仏具を移し直してお勤めをしたことであります。
 
 私たちの日常のこともそうではありませんか。
何でもわからないことは聞きなさいと言うけれども聞きませんね。
ここに書いてますから読んでおいてくださいといっても読みませんね。
 
 とりわけ仏さまの仏事のことは日頃は関係ないことのようで
その時になって初めて聞いて教えられるということです。
 仏さまのご縁です。
この私のために先に往かれた仏さまがまさに命がけでつくってくださったご縁といただいて
仏さまの教えを聞かせていただきましょう。
 
 日頃は忙しい忙しいで自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいの私です。
だからこその仏さまのご縁なのです。
 
 仏法は亡くなった人のためだけにあるのではなくて
この私のために用意をしてくださったのが阿弥陀さまの救いの法南無阿弥陀仏のお念仏なのです。
 
 大切なお方とお別れをするという悲しみのご縁ですがそのまんま仏さまのご縁といただいて
七日七日のご縁ご縁にお参りされ仏法聴聞させていただき
南無阿弥陀仏のおはたらき一つでお念仏申す身にさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.11)
 
吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞です
 ノーベル化学賞にリキウムイオン電池を開発した吉野彰さんが受賞されたというニュースです。
このたびのテレビ新聞の報道で初めて聞くことばかりですが
リキウムイオン電池が私たちの生活になくてはならないものと知ってまた驚くことばかりです。
 世界中の人がみんな当たり前に使っている携帯電話スマホパソコンに欠かせないものであり
電気自動車の普及など未来の生活を切り開くものだと期待されています。
 
 人間が生み出した科学の力です。
科学研究を極めて人間は様々なものを発見発明し私たち生活は飛躍的に豊かで便利なものになりました。
 
 ノーベル賞はダイナマイトを発明したノーベルの業績に由来するものですが
ダイナマイトは人の暮らしを豊かにした一方で人を殺す兵器にも使われています。
 
 原爆も水爆も人間がつくったものです。
原子力の平和利用といって原子力発電は近未来の夢の電力と言われましたが
度重なる原発事故は原子力の再処理という深刻な問題を私たちに投げかけています。
 
 今やスマホの普及は全世界に及び私たちの生活になくてはならないものになりましたが
スマホを悪用した犯罪も後を断ちません。
 
 今回吉野さんの人となりが報道されるなかで興味深かったのは
大学時代に考古学に興味をもって遺跡の発掘などしたということです。
 考古学は私たち人類の歴史生命の起源を解明していくものです。
 
 長い長い人類の歴史の中で私たちが生命を受け継ぐ先祖の人間がいたということです。
ちょっと昔と比べても今の私たちの生活は先祖が想像することができないほど便利で豊かなものになりました。
 ではそれで本当に幸せですかといわれたらどうでしょうか。
文明文化が進歩して人間が進歩したかというと
今も昔も人間は生まれて老いて病んで死んでいく人生を送り
どこまでも自分を中心に生き果てしない欲望を膨らませ
思い通りにならずに苦しみ悩み迷いのなかにあるというのが仏さまの見立てです。
 
 私たち皆さんお一人お一人のことです。
仏法を聴聞するなかに本当の意味で豊かな生活幸せとは何かということを聞かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.10)
 
お寺とのご縁つながり門徒であることの有難さです
 昨日葬儀社からお電話があって亡くなられた方のご遺体をあずかっていますが
このお名前の方はお寺のご門徒の方ですかという問い合わせでした。
 円光寺のご門徒で長く病気で入院されていると聞いておりずっと音信がない方です。
ご親族もいますが最近この方も入院されたということでお家も留守で連絡がついていません。
 ご門徒ということで葬儀社の方とこれからのことについて相談しました。
 
 葬儀社としてはご遺体は預かっているけれども身寄りの方に連絡がつかなくて困っているとのことです。
身寄りのない方の場合は大分市が火葬納骨までしてくれるということで
ご遺体は今日火葬されるといいます。
 お葬式ということではありませんが
火葬される前に私の方が出向いてお勤めをしましょうということになりました。
 
 次にお遺骨はどうしましょうかというお話です。
身寄りがないのではないということで大分市で預かってもらえず
お寺の方でお墓の有無の確認ができるかということでした。
 墓地にお家のお墓があるので納骨までお寺の方でお遺骨を預かりますとお伝えしました。
 
 その後身寄りの方から電話がありました。
遠方にいらっしゃる方で今日明日すぐに帰ってくることができないとお聞きして
大分に帰って来て納骨するまでお寺でお遺骨をお預かりしましょうというお話までできました。
 
 お寺とのご縁つながり門徒であることの有難さを思います。
今は家族の形態も様々で一つ屋根の下で親子兄弟夫婦という家族が一緒に暮らすことは本当に稀で
少人数の核家族一人暮らし世帯が増えてきました。
 
 親子兄弟夫婦であっても家族のつながりが薄くなり
老いていき病気になって命終わるとき
誰がお葬儀をし火葬して遺骨をみてくれるのか不安に思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 
 そこに昔からのお寺とのご縁つながりがあるということです。
ご縁のあるお方です。お父さんお母さんにも大変お世話になりました。
 今日火葬されお寺でお遺骨を預かってこれからどんなことになるのかわかりませんが
こうして円光寺の真ん真ん中にいらっしゃる阿弥陀さまのご縁につながって
安心できるところがあるのではないでしょうか。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.9)
 
「いっしょにいこうえ〜」お念仏の声かけをしましょう!
 昨日は大海組の組巡回があり大分教区教務所から所長職員が出向され
私たちのお寺を取り巻く現状について報告がありこれからのお寺のあり方について話し合いがありました。
 
 大分教区という大分県内に18の組と約290か寺があり大海組は大分市と由布市の一部の17のお寺で構成されています。
お寺にはそれぞれの歴史がありお寺が在る地域の事情も違います。
 私たちの円光寺は海辺のお寺です。
山間部にあるお寺もあり町中のお寺もあります。
 浄土真宗のお寺は元々農山漁村部という第一次産業を生業とする地域にあります。
そこに暮らす人がいてお寺を護持していたのですが戦後人口の町部への移動が急速に進み
門徒の減少となってお寺を護持することが難しくなりました。
 住職もいなくなり先の見通しがつかないままお寺を解散する事態が年々増えているのです。
町部のお寺も移り住んできた人で門徒が増えたということではありません。
 
 そうした現実のなかで私たちの円光寺です。
浄土真宗のお寺はご本尊の阿弥陀さまを中心とした念仏聞法の道場といいます。
阿弥陀さまの本願念仏の救いのご法義を聞かせていただく道場です。
 
 皆さんは毎朝この道場にお朝事のご縁でお参りです。本当に尊いことです。
ご門徒皆さんといいますともっと多くの方々がいらっしゃいます。
そういう方々にも是非お参りしていただきたいというのが阿弥陀さまの願いであり
このお寺をあずかる住職の思いでもあります。
 
 かといってご門徒の皆さんを首に縄をかけて引っ張ってくるわけにはいきません。
そんなことをしたらどんどんお寺が嫌いになります。
 仏さまのご縁です。ご縁をいただくということです。
ご縁をいただいてお念仏申す身にお育てをいただくなかに
皆さん私にできる精いっぱいのことをさせていただきましょう。
 
 皆さんの隣の方一人一人に「いっしょにいこうえ〜」と声をかけてください。
お寺に一緒にお参りしましょうそして一緒にお浄土にお参りしましょうと
共々にお念仏申すなかに日々の生活をお浄土への人生を歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.8)
 
小さな子どもさんもご一緒に仏さまのご縁をいただきます
 昨日は7回忌のご法事のご縁にお参りしました。
98歳でご往生された方で30人程の多くの方がお参りでした。
 
 皆さんご縁の深い方々ばかりです。
小学生中学生の子どもさんが4,5人いました。
6年前に亡くなったということはその子どもさんたちも会ってらっしゃる懐かしい曾じいちゃんです。
曾孫さんたちが元気な姿を御仏前にはこんでくれたということです。
 
 最近ご法事も身内だけでという小さなご法事が多くなりました。
ご法事の仏さまのご縁に小さい頃から遇わせていただくことの有難さを思います。
 
 昨日はお葬式もありました。
前日のお通夜で小さな子どもさんが泣き出して慌ててお母さんが外に連れて出ていかれましたが
いいんですよ、泣いてもいいんですよ。
 
 お葬式もご法事も子どもさんも一緒にいただく仏さまのご縁です。
その時のことは覚えていないかもしれませんが
私の命の大恩人大切なお方にお別れをしてまたお会いできる仏さまのご縁なのです。
 
 南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのつながりのなかに私たちは共々に生かされて生きているのです。
ナンマンダブツとお念仏を申すなかにずっとずっとこれからもつながっていける
私たちのいのちの営みあり方をまた有難く聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.7)
 
お家のお仏壇阿弥陀さまにお礼をして
 最近お葬儀のご縁をいただくなかで
今は殆どの方が施設や病院でお亡くなりになりそのまま葬儀社にご遺体をお連れするケースが多くなりました。
葬儀社で臨終勤行のお勤めをさせていただきます。
 
 お家お家のご事情ですからお寺からこうしなさいああしなさいということは言えません。
ただちょっと寂しく思うのは一晩なりとも懐かしいお家に連れて帰って
お仏壇の阿弥陀さまにご家族有縁の方々と共に最後のお勤めをさせていただくことの有難さを思います。
 
 直接葬儀社に入るとその次の日がお通夜でその次の日がお葬儀ということで三日間葬儀社に居ることになります。
いつも生活している所ではない全く初めてのご縁の葬儀社を借り住まいすることになるわけです。
 
 私たちが常日頃生活しているお家です。
そのお家の中心に阿弥陀さまのお仏壇をご安置しています。
その阿弥陀さまに最後のお礼を申し上げるのです。
 
 小さい頃からずっとお家の中心にスーッと立たれて
私たちのことを何から何までご存知で見守ってくださった阿弥陀さまです。
 その阿弥陀さまに今生のお別れをさせていただきます。
そして白骨となってお仏壇のもとに帰って来ますが
浄土真宗のご法義をいただきますと
お浄土の仏さまとなり南無阿弥陀仏のおはたらきをして
これからもご家族有縁の皆さんと共に生きてくださるというのです。
 
 それは先に往かれたお方だけのことではなく実はこの私のことでもあるのです。
人の命は限りがありますが南無阿弥陀仏の無量のいのちになってこれからも生きていけるのです。
 南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのつながりのなかに
先に往かれた方も後に遺った者も共々に生かされて生きていけるのです。
 そこに阿弥陀さまの大きな願いお救いがあり私たちの大きな安心があると聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.5)
 
10月の衣替えもまだまだ暑いです
 昨日も暑かったですが、今日は30度ぐらいまで上がるという予報です。
「暑さ寒さも彼岸まで」とは遠い昔の話になったようです。
 
 残暑のなかでまだ夏物のお衣を着けています。
昨日は大海組の法中会お坊さんの会がありましたが殆どの方が夏物から衣替えしていました。
 10月から衣替えということですが、実際のところはまだ夏物でいいのではという判断で
次への移行期間ということでも各自の選択でいいと思いますが
周りのみんなと違うことが気になり何か決まりが悪い感じがしました。
 
 皆さんもこんな体験をしたことがありませんか。
こんな時には何を着て行った方がいいのか迷ったことってありませんか。
 
 お通夜の時のことを思います。
お通夜はお葬式とは違い特に近親者の方が最後の夜を共にするというご縁ですから
お通夜は本来平生の普段着でいいと思いますが
今はお通夜もお葬式も同じ礼服が一般的になりました。
 日中のお葬式は仕事で行けないからお通夜にお参りするということで
お通夜もお葬式もその意味合いが同じように受けとめられているようです。
 これはお通夜お葬式とも葬儀社で執り行うことが一般的になったことによるものです。
随分前のお家でのお通夜お葬式の様子とは全く趣が違います。
 
 お通夜は本来お家のお仏壇でお勤めするものだったのです。
私たちをこれまでずっと見守ってくださったお家の仏さま阿弥陀さまに最後の御礼をさせていただくご縁がお通夜なのです。 
 お家の日常普段のお勤めですから衣服も普段のそのまんまで
最後の夜を懐かしいお家で共に過ごさせていただく有難さです。
 
 今はお家でのお通夜は難しくなりましたがその心持ちだけは大事にしましょう。
最後の最後お仏壇の阿弥陀さまに皆さんご一緒にお礼を申し上げて今生のお別れをし
次の日は葬送の儀でお浄土に見送るということです。
 南無阿弥陀仏のおはたらき一つで先に往かれた大切なお方はお浄土に往き生まれ
すぐさま仏さまとなって私たちのところに還って来て
私たちに仏さまのご縁をつくってくださるおはたらきをしてくださるのです。
 
 南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのつながりのなかに先に往かれた方も後に遺った私たちも
共々にこれからも生かされて生きるお念仏の救いの法を聞かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.4)
 
ラグビーで大分が大いに盛り上がりました
 昨日はラグビーワールドカップの試合が大分であり大変盛り上がりました。
地元の大分合同新聞は昨日も今日も連日第一面に大きく記事を取り上げていました。
 スタジアムで観戦できた人は少なくても多くの大分県民がテレビ観戦を楽しんだのではないでしょうか。
 
 何かいいですね。試合が近づくにつれ気分も高揚してきます。
大分のすぐ近くであるということの臨場感です。
スタジアムが観衆でいっぱいになり外国の方も多くワールドカップという世界の雰囲気を体感できることです。
 
 ニュージーランドとカナダのチーム選手が主役でまさに体と体をぶつけ合う肉弾戦の真剣勝負です。
その迫力に応援にも熱が入り良いフレーには敵味方なく大きな拍手歓声が上がります。
 
 みんなが一つになるということです。
一つになってプレーして一つになって応援してそして試合を終えてノーサイドです。
勝者も敗者もなくお互いに健闘を讃えあうという清々しさです。
 
 スポーツの力を思います。
日々それぞれの生活を営む多くの皆さんが一緒に大きな感動をいただきます。
 
 お念仏の御法義もまた私たちに生きる喜び感動をいただきます。
このお朝事日々のお勤めです。
 毎朝6時半円光寺の本堂で皆さんご一緒にお勤めができるということです。
今日もこうして阿弥陀さまの御仏前に座ることができました。
 それも皆さんとご一緒です。阿弥陀さまがご一緒です。
お念仏申して共々に仏さまに御礼ができました。
 
 それは今日だけのことではなくて昨日一昨日もそうだったし明日も明後日もこれからもずっと続いていくご縁です。
一生に一度のワールドカップ日本大会は終わりの日を迎えますが
私たちのお念仏の道往きに終わりはありません。
 この命終えた後もずっと続いていきます。
 
 南無阿弥陀仏の大きな大きないのちの営みつながりのなかに
私たち一人一人それぞれ生活ぶりは違いますが
今日も一日お念仏申す生活をさせていただきお浄土への人生を共々に歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.3)
 
ようこそお念仏申す身にお育ていただいてありがとうございます
  昨日は敬老会で皆さんにお手伝いいただき有難うございました。
70歳以上のご門徒皆さんを対象にした恒例の催しですが
お手伝いいただいた仏教婦人会の役員さんの殆ども70歳以上の該当者で
昨日は昼食の席が敬老者とそうでない人に分かれて10人に満たない方が60人もの方々をもてなす構図です。
老老介護といわれますが今の日本の実態を目で見るようでちょっと複雑でした。
 
 ただお寺の敬老会がいいのはそのまま仏さまのご縁と共々に喜ばせていただけることです。
老いも若きも皆共に阿弥陀さまの御前に同座させていただくご縁です。
 若い時も歳を重ねていくなかもいつでもどこでも阿弥陀さまがご一緒してくださるお念仏のご法義です。
 
 敬老会の出席者はいつものお寺参りのお同行が殆どです。
日頃お寺にご縁のない方は敬老会にお参りするのも躊躇されるのでしょうか。もったいないことです。
 日頃のお育てということを思います。
日頃のご縁をいただいて今日もまた敬老会という仏さまのご縁をいただけるのです。
 
 歳を重ねてお寺にお参りできていよいよお念仏申す身にさせていただくことです。
歳を重ねて老いていきます病んでいきますそして命終えていきますが
阿弥陀さまはいつでもどこでもこの私にご一緒してくださり
南無阿弥陀仏のおはたらき一つで阿弥陀さまのお浄土に生まれさせ仏に成らせてくださるのです。
 
 仏さまのご縁をいただいてお念仏申す身にお育ていただいてよかったですね。
皆さんご一緒に「恩徳讃」を歌いお念仏申し阿弥陀さまにお礼をして敬老会を閉じました。
 
 日頃から仏さまのご縁をいただいて私にできる精いっぱいのことをさせていただき
これからの一年もお念仏申すなかに日々の生活お浄土への人生を歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.10.2)
<<円光寺>> 〒870-0108 大分県大分市三佐3丁目15番18号 TEL:097-527-6916 FAX:097-527-6949