浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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別大ウオークで思うこと
 昨日は別大ウオークということで別大マラソンにあわせて
同行4人で西大分から歩いて別府の別院にお参りさせていただきました。
 
 片道10㎞の行程で、帰りは別府からJRで帰路につきました。
電車の車窓から見るとまだ大半のランナーが別大国道を走っていました。
 ちょうど家に帰りついた時に先頭の選手がゴールしたということです。
何と先頭から最後尾までかなりの距離が開いて
トップがゴールしてから大分時間がかかってゴールした人が多かったと思います。
 
 昨日は三人の日本選手が東京オリンピック出場をかけた大会に出場できる権利を得たということです。
私も初めて聞くような無名の選手でした。
 二千人以上の方が走ったと聞きます。多くは市民ランナーといわれる人で無名の選手です。
東京オリンピックを目指す選手もいればこの別大マラソンにそれぞれの思いを込めて参加した人
その生活ぶりはそれぞれです。
 完走した人もあれば途中で無念の危険をした人もあると思います。
その選手の皆さんそれぞれに今日の朝を迎えてどんな思いで今日からの人生を再スタートするのでしょうか。
 
 今日は立春です。暦の上では春ということです。
春を迎えてそれぞれの人生、それぞれの歩みを一つ大きな思いをもって今日の一日を始められるのかなと思います。
「ガンバレ!」
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.2.4)
 
食品ロスしていませんか?
 今日2月3日は節分です。明日が立春ですからいよいよ春ということです。
旧正月という言い方をします。
 今は中国の方が旧正月を迎え大型連休で日本にやってきて爆買いすることが一つの社会現象にもなっています。
日本にとっては大きな経済効果があって有難いことです。
 
 昨日はニュースで食品ロスということが取り上げられていました。
昔は節分には豆まきをすることが定番でしたが、今は恵方巻きを食べる人が多くなったということです。
 1月に入ってコンビニの店頭には恵方巻きののぼりが何本も林立しています。
テレビで恵方巻きが話題になりどの新聞も恵方巻きのチラシでいっぱいです。
 
 食品ロスというのは販売を当て込んでたくさん恵方巻きを作るのですが
恵方巻きは2月3日限定のもので売れ残った恵方巻きが多くでて試算すると何と10億円ということです。
10億円のものがみすみす廃棄物となって捨てられるという結末です。
 ちょっと考えたらわかることですが、売り手からすると品物が足りなかったら商売にならないということなのでしょう。
だから多めに作るということでしょう。
 
 私たちの日々の生活をちょっと振り返ってみてもそんなことって結構たくさんあるのではないでしょうか。
その時どきに買い物に行くのではなく買いだめ買い置きをしておく、何かの時の備えでもあります。
しかし冷蔵庫にため込んで結局消費できなかった品物もたくさんあるのではないでしょうか。
 
 食品ロスということでいうならば
今日のこの一日にこの地球上で何百人何千人もの子どもたちが食べ物がなく栄養失調で亡くなっているという現実です。
 仏さまのみ教えお経さまのなかに少欲知足という言葉があります。
欲は少なく足ることを知るということです。
 この2月3日の日暮しのなかで少欲知足ということを思うてみるのもいいのではないでしょうか。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.2.3)
 
一つ心を合わせてご一緒にお勤めさせていただきます
 2月は如月といいます。何とも響きの良い言葉です。
2月に入って愈々この時期が一番寒いということです。
 
 1月は行く2月は逃げる3月は去るというように、あっという間に時間が経っていきます。
そういうなかでこうして一日一日のお勤めをさせていただける有難さを思います。
 
 一日24時間同じ時間ですが、その過ごし方は人それぞれ違います。
それぞれの生活をしているお互いがこうして一つ心を合わせて毎日のお朝事のお勤めをさせていただけるということです。
 何か当たり前のように思われる方もいらっしゃると思いますが
そのことが一つ一つ有難く有難くいただけるなかに一日の始まりを
今日もこうしてお朝事のお勤めをさせていただくなかに思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.2.2)
 
逃げて来い、あなたを決して見捨てない護り抜くから、逃げて来い
 今朝は東南の空に三日月が出てその上方に二つ大きな星が輝いていました。
今朝の新聞に昨日の東京明け方スカイツリーの辺りに三日月と金星と木星が集まって天体ショーがあったとありました。
 三日月の上に金星ちょっと離れて木星という今朝の上空のようすです。
 
 昨日の雨で空気が澄んでさわやかな明け方の空の風景です。
大きないのちの営みのなかに生かされてあるということを有難く思いつつ
何ともやりきれない事件の報道が続きます。
 一つは茨城県の女子学生殺害事件です。ネットで知り合い初めて会った男に殺されたという事件です。
もう一つは千葉県で父親が暴力をふるう虐待で小学4年生の女の子が亡くなったという事件の続報です。
 
 一年ほど前学校でのいじめについてのアンケートで
当時小学3年生のその子が「お父さんに暴力をふるわれている。先生どうにかなりませんか」と書いたものでした。
そのアンケートが教育委員会から父親に渡ったということです。
 ちょっと想像しても末恐ろしいことで女の子の恐怖は如何ばかりだったかと思います。
女子学生の事件もそうですが、父親はいのちをものとしてしか見ていない
自分の都合でどうにでもできるとしか思っていないのではないでしょうか。
 
 自分のもの、自分の子どもだから何をしてもどうしてもいいとでも思っているのでしょうか。
自分の子どもだからこそどんな子どもであっても護り通すのが親なのではないでしょうか。
 ところが一番身近にいる親が一番危ないのです。
子どもを何か自分の都合のいい持ち物のように扱っているとしか思えません。
 自分の子どもだから親はどんなことをしてもいい
これは躾だから他人から何か言われる筋合いはないとでもいうのでしょうか。
 
 それが学校の先生に告げ口したというかたちでアンケートを見たら
父親の感情を逆なで怒り狂うということではないでしょうか。そんなことを想像します。
 そのアンケートの前段に「秘密は絶対守ります」と書かかれていました。
秘密は絶対守るから安心して本当のことを書いてくださいということなのでしょう
 
 ところがです、本当に何ともやりきれないですよね。
小学校4年生の子どもです。何を誰を信じていいのか。もう最後の最後は絶望でしかなかったと思います。
一番守ってくれると信じている親に裏切られ、先生にも裏切られ、そしてあの教育委員会の面々です。
十数人の大人が一斉に頭を下げて、卑怯ですよ。
 教育委員会という何か一つの集団になったときにそれを隠れ蓑にして誰一人として責任を取らない
頭を下げておきさえすればいいとしか思えない、何かそんなことさえ思います。残念です。悲しいです。
 
 私たちの阿弥陀さまの大悲のお心です。お正信偈さまのなかに「大悲無倦常照我」とあります。
この阿弥陀さまの南無阿弥陀仏の救いの法は無倦で、飽きることなく私たちにはたらきかけてくださってあるというのです。
常に我を照らすなりと。有難いですね。決して私を見捨てないというのです。
 どんなに背中を向けるものでも、どんなにはむかうものでも
私はあなたを護り通すぞというおはたらきが、大悲無倦常照我です。
 
 大悲です。大きな悲しみです。阿弥陀さまは悲しみのなかから立ち上がって私を護ってくださるのです。
どういうことでしょうか。
 先のお正信偈さまの前三句目に「極重悪人唯称仏」とあります。
極重悪人とは阿弥陀さまが見抜かれたこの私のことです。
どこまでも自分を中心に欲の心怒りの心愚かな心を兼ね備えて生きる私のすがたです。
 阿弥陀さまはこの私のすがたを見て悲しみのなかから必ず救うと本願を起こし南無阿弥陀仏のおはたらきとなり
光明となって煩悩の心をうちやぶり私のところに至り届いてくださって
私の口からお念仏が出てくださるのです。
 どんなことがあっても誰もがあなたを見捨てようとも私は絶対決してあなたを見捨てないからという
阿弥陀さまの大きな大きなお心おはたらきです。
 
 開かれたお寺といいますが、ただ門を開いていることが開かれたお寺ではありません。
駆け込み寺といいます。逃げて来い逃げて来い私は絶対決してあなたを見捨てないから護るから
とにかく逃げて来い、ここがあなたの居場所だよという開かれたお寺なのです。
 
 このお寺です。ここ阿弥陀さまの御前です。
阿弥陀さまの御前で今日もこうしてお朝事のお勤めをご一緒にさせていただけたことを本当に有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.2.1)
 
阿弥陀さまから開かれたこの道を往きましょう
 1月31日です。早いもので今年も一か月が過ぎます。
慌ただしく過ぎ行く日々のなかで受験生にとっては大変な思いで毎日日暮ししていることと思います。
 今は幼稚園からお受験があるということですが
私たちの頃は高校入試が人生の最初の難関でした。
 15の春といいます。
ただ志望校に合格する人ばかりではなくて、思い通りにならなかった結果に失意の涙を流す人もいます。
 
 振り返り見れば私たちの人生は受験をはじめさまざまな選択の繰り返しです。
2月のことばは「回り道も えじゃないか あなたに遇えた おかげさま」です。
 自分の思い通りに我が人生を選んで行ける人は一人もいないのではないでしょうか。
人生の岐路に立ち右に行こうか左に行こうかそれともと戸惑うなかに不安をおぼえる私です。
それで結果自分の思い通りにならないことにぶち当たり
何か回り道をしているような人に後れを取っているような不安のなかに一層迷いが深まります。
 
 私が歩むこの道は一つ道です。この道で人との出会いがあります。
この道だからこそのあなたとの出会いです。ご縁としかいいようのない不思議な出遇いです。
あなたに遇えたこの道は私が独りではなくあなたと一緒に歩く道でした。
 私の人生この道は後戻りできない、やり直しはできません。
でもあなたに遇えてよかったおかでさまと見直し喜んでいける人生でありたいと思います。
 
 あみだくじです。出発点から線が次々あってゴール目指して進んでいきます。
私たちの人生もこのあみだくじのようなものだと思います。
 まっすぐ行こうと思ったら突然横棒が入って左右どちらかに行かねばなりません。
そしてまたまっすぐ行こうと思ったらまた横棒と、右に行ったり左に行ったりということです。
 
 あみだくじのあみだは阿弥陀如来のことで、室町時代からあった当時のあみだくじは放物線状のものだったそうです。
それが阿弥陀さまの後光のようだったという由来です。
 阿弥陀は無量という意味ではかりない無量の光ということです。
阿弥陀九字の南無不可思議香如来の名号のすべてのものを摂取の光明におさめとって捨てないというおはたらきです。
 無量の縁のなかに生き放っておいたらどこに行ってしまうのかわからないこの私を目当てに阿弥陀九字はあるのです。
それぞれの人生を歩む私たちですが、結局は阿弥陀如来の後光発するところに還っていけるのです。
 
 何度も何度も迷うなかにも振り返ってみれば一つの道だった
それも自分が切り開いていく道ではなくて阿弥陀さまから開かれたお念仏の道だったといただきます。
 この人生いろんなことがあったけれどもどのこと一つすべてが南無阿弥陀仏のあなたに遇わせていただくご縁でしたと
ナンマンダブツとお念仏申してお浄土参りをさせていただきます。
 
 今日も右に行こうか左に行こうか迷うなかにも阿弥陀さまがご一緒されるこの道を生きて往きましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.31)
 
ご法事のご縁で懐かしい皆さんと久しぶりに再会できます
 ご法事のお勤めの後でお茶をいただくなかで
お参りされた方が「久しぶりに弟の家族に会いました」というお話をされました。
 10数人の方がお参りでした。
それぞれ近いご親族の方ですが、今は親族といって日頃集まることが中々ないということです。
そういうなかにあってご法事のご縁です。
 
 ご法事は先に往かれたご先祖有縁の方を偲ぶ仏事仏さまのご縁です。
私からいうとお父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんのご縁です。
お父さんお母さんでいうと子ども、おじいちゃんおばあちゃんだったら孫ということで、人数が増えてきます。
 
 近くにいても皆さん一緒に集まることが難しいなかで
先に往かれた仏さまが子や孫を御仏前に一堂に会わせてくださるご縁なのです。
 今は東京や大阪など遠方に家を建て生活をしていてこちらにはお墓しかないというご縁の方も増えてきました。
ただそういう方々もこちらに帰ってみえられてご法事のお勤めをさせていただけるということです。
 
 ご縁つながりといいます。ずっとずっとつながってあるということです。
限りある人の命を生きているお互いですが、限りない南無阿弥陀仏のいのちにつながってある私たちなのです。
 親族血縁の人つながりばかりではありません。
今日お参りの皆さんです。
 お念仏一つにつながって生かされて生きてある私たちです。
「独りじゃないよ 私がいるよ 大丈夫だよ」といつでもどこでもご一緒してくださる阿弥陀さま
南無阿弥陀仏の大きな支えいのちの依りどころをいただいて
今日一日もいろんなことがあると思いますが生きぬかせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.30)
 
お念仏のご縁つながりは永遠です
 お墓の後を見る人がなくなるということで墓じまいという事態になります。
お墓を見る方がいてもお墓から遠くに住んでらっしゃるということで墓じまいをして改葬されます。
お墓を新しく改め求めてお遺骨を移しご安置するということです。
 そういうご縁が二件続きました。
 
 お墓の改葬を機会に門徒を離れるということになります。
ただお寺と門徒の縁が離れても浄土真宗というお念仏のご縁はずっとつながったままです。
 付くとか離れるとかいうのは人間の了見でのことです。
円光寺の門徒つながりは離れても浄土真宗のお念仏ご縁つながりは永遠なのです。
 どんな人も平等に阿弥陀如来の救いの法南無阿弥陀仏のご縁つながりのなかに生かされてあるということですから
人間のはからいでどうこうということではないのです。
 
 先日の墓じまいのご縁で納骨堂からお遺骨を取り出し本堂にご安置してご一緒にお勤めをさせていただき
どうぞまたご縁がありましたら円光寺にお参りしてくださいとお話したことです。
 南無阿弥陀仏のご縁をいただいた私たちはこれからもずっとずっとお念仏につながっていくのです。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.29)
 
NHKのニュース速報です
 昨日テレビで大相撲の千秋楽を観ていました。関脇玉鷲が初優勝しました。
その瞬間ニュース速報が画面に出て玉鷲優勝が掲示されました。
 前の日の大坂なおみ選手の全豪オープン優勝もそうでしたが
観ている人は実況中継でわかっていることですがニュース速報です。
 
 しばらく時間を置いてまたニュース速報が入りました。何だろうとちょっと身構えました。
人気アイドルグループの嵐が来年末で活動休止するという速報でした。
 天下のNHKのニュース速報です。重大速報です。
今朝の新聞でも大きく取り扱われています。世代を超えて全国的な人気を誇る嵐の活動休止はまさに事件です。
 
 活動開始が1999年平成11年といいます。ちょうどその年の11月に父昭然住職が往生しました。
ということは嵐のこれまでの活動の歩みがそのまま私が住職として歩んできた20年にあたるということです。
 嵐って20年も活動していたんだと思いました。
年数からいったらもうベテランの域ですが、まだまだ若々しいデビューしたての雰囲気です。
まさにアイドルといわれる証ともいえます。
 
 デビュー当時10代の若者が20年経ってそろそろ40歳の節目の年を迎えるということです。
リーダーが38歳で35歳までのメンバーです。アラフォーという世代です。
 40歳前になってこれまでの人生を振り返りこのままでいいのかなって思うんでしょうね。
 
 今回は解散ではなく活動休止ということです。
ここ数年同じアイドルグループのSMAPがメンバー間の意見の相違で解散しました。
TOKIOはメンバーが事件を起こし4人で活動を続けています。
 一つのグループですがメンバーそれぞれいろんな思いがあり生活ぶりはそれぞれ違います。
記者会見では5人で嵐であって一人欠けても嵐ではないと、一人一人それぞれの道を歩んでいきますと言われていました。
 
 門徒ということについて重ねて思います。
私たちは浄土真宗の門徒です。門徒とは浄土真宗のみ教え阿弥陀さまのお念仏の救いの法に生きるものです。
このお救いは一人一人を目当てのお救いです。
ただ一人一人と言われてちょっと心細いところがありませんか。
 円光寺門徒という言い方をします。円光寺に所属をする浄土真宗門徒ということです。
帰属といいます。帰るところ属するところです。
 
 皆さんが今座ってらっしゃる円光寺の阿弥陀さまの御尊前です。
円光寺門徒の帰るところです。私の座るところが用意されているということです。
他のお寺さんではなくて円光寺なのです。円光寺だから安心して落ち着けるところがあるのです。
 
 このお朝事を終えて皆さんそれぞれのお家に帰ります。帰るとそれぞれの生活が始まります。
それぞれの生活をしていくなかにまたここ円光寺に帰って来ます。
阿弥陀さまの大きな大きなお念仏のご法義おはたらきのなかに生かされてあるということです。
 
 お念仏のご縁つながりです。これまでもこれからもずっとずっとつながってあるのです。
お念仏のご縁に解散はありません。活動休止もありません。
人の命は終わりますが南無阿弥陀仏のおはたらき一つで私たちはお浄土に生まれ仏に成らせていただきます。
そしてすぐさまこの迷いの世に還って来て人々を救うという仏さまのおはたらきを始めるのです。
 南無阿弥陀仏のいのちとなってこれからもずーっとずっとつながっていくのです。
 
 阿弥陀さまがいつでもどこでもご一緒してくださるのです。
南無阿弥陀仏のお念仏の声となって私と共に今日一日も生きてくださることをまた有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.28)
 
スポーツの力と如来の本願力阿弥陀さまのおはたらき
 この数日テレビでスポーツ観戦が続いています。
昨日はテニスの全豪オープン大会で大坂なおみ選手が初優勝しました。
全米オープンに続くグランドスラムで二連勝を果したという大きなニュースです。
 
 大坂選手の活躍のおかげで神和住さん沢松さんといった日本の往年の名選手がテレビに引っ張りだこです。
大坂選手はこれで世界ランキング1位になったということですが
グランドスラム優勝、世界ナンバー1など日本のテニス界では夢のまた夢のような話だという解説です。
 
 私が中学生の頃の女子の部活志望はテニスが圧倒的に多くあこがれの的でした。
しかし日本選手の世界的な活躍はウインブルドン大会での沢松和子さんぐらいでそんなに注目されていませんでした。
 近年松岡修三、伊達公子、杉山愛が活躍し最近では錦織圭そして大坂選手の世界トップレベルの試合を観ることで
一気にテニスブームが起っています。
 日本選手が活躍しなかった頃は見向きもしなかったのが
ここにきて本当に現金なものだと思いますが、スポーツを観る楽しみから生きる力をいただくように思います。
 
 スポーツの力といわれます。
今日は大相撲が千秋楽です。何と二場所連続で三横綱が休場する異常事態で大相撲も世代交代です。
若い力士が出てきます。若い人が出てくると楽しみです。ついついテレビを観て力をいただきます。
そしてまた明日はサッカーのアジア大会で日本の準決勝の試合があります。これも楽しみです。
 
 スポーツの力ということをいわれたのが、阪神淡路大震災の時にプロ野球地元のオリックス球団が
イチロー選手が大活躍して見事に優勝し被災地に復興への力をもたらしたといわれます。
 近くは東日本大震災の時の楽天イーグルズです。星野監督の元田中投手を擁して巨人を破り日本一に輝きました。
大震災の直後楽天の嶋選手会長が言った「見せましょう野球の力を」という言葉が忘れられません。
そして何といっても女子サッカーなでしこジャパンのワールドカップ優勝です。日本中が沸きに沸きました。
 
 スポーツの力です。また歌の力、音楽の力ともいわれます。
宗教も力だと思います。教えを宗と依りどころにして生きる力です。
 私たちの浄土真宗の仏教でいえばそのまま本願力です。阿弥陀さまのご本願の力おはたらきです。
このご本願のはたらきがすごいのはすべての人にはたらきかけてあるということです。
すべての人を分け隔てなく必ず救うというご本願のおはたらきなのです。
 
 スポーツには勝ち負けがあります。勝った人チームがあれば負けた人チームがあるのです。
その勝ち負けを超えてすべてのものを救うおはたらきが如来の本願力です。
 
 昨日から今日明日とこの三日間テレビの前に座ってテニス、相撲、サッカーを
楽しみにテレビ観戦ができて応援ができて日暮しできる喜びです。
 何とも贅沢な時間をいただいてスポーツに生きる力をいただき
南無阿弥陀仏のおはたらきに生かされる力をいただきます。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.27)
 
沖縄の県民投票
 沖縄県の県民投票が2月24日に実施されるということです。
普天間基地移設に伴う辺野古埋め立てについて賛否を問うということで、賛成か反対かの二択だったのですが
5つの市が異議を唱え、「どちらでもない」という選択肢を加えて三択で実施することになったといいます。
 県民投票はすべての県民が意思表示をすることに一番の意味があります。
 
 県民投票で移設反対の民意が示されても果たして辺野古の埋め立てが中止になるかというと
住民投票には強制力はありません。
 これは国の防衛にかかわる重大な施策でありこのまま埋立て続行するというのが今の政府の立場です。
ただ沖縄に暮らす住民の意思をはっきり示すことが県知事さんを中心とする沖縄の方々の思いなのです。
 
 沖縄です。琉球王国といわれた時代から日本本土とは異なる独特な文化生活様式で人々が暮らす
日本の首都東京から遠く離れた日本の一番南に位置する島国の県です。
太平洋戦争の最期日本で唯一の壮絶な地上戦を経験し多数の民間人の戦死者をだし
終戦後は長くアメリカの占領下にあって最後の最後に日本に返還されたところです。
今も国土の多くを米軍基地が占めています。
 
 このたびの県民投票は県議会の議決を経たものでその結果にはそれなりの大きな意味があると思いますが
住民投票といって県や市の条例で定まったものではないものもあります。
 もう大分前になりますが、この三佐にボートピアの問題が持ち上がった時です。
国政選挙に併せて住民のまさに一から手作りの住民投票のようなことが実施されました。
 その結果がすぐ行政に反映されるということでなくても、大事なことはそこに暮らす住民の意思なのです。
住民が何かわからないうちに物事が次々と進められていくということに対する住民の意思表示です。
 
 国民主権の民主主義国家にあって選挙は国民の意思を示す最大の機会です。
選挙で選ばれた首長議員による議会で行政が進められていきますが
全てを議員に一任したわけではないのに住民の意思に反して政治が進められていくもどかしさを思います。
 
 今ここに生きる私たちの気持ち意思表示です。
賛成、反対、どちらでもないという三択以上に一人一人のものの見方考え方はそれぞれ異なります。
 ここはまず全県民が参加できる県民投票の実施を歓迎し
結果は結果として受けとめそれぞれの違いを超えて共々に同じ沖縄に生きる思いを認め合って
これからの行政に反映してほしいと思います。
 
 人それぞれの違いを超えて、すべてのものを分け隔てなく必ず救うと誓われ
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきを私たちに平等に届けてくださってある
阿弥陀さまのお慈悲の頼もしさ有難さを重ねて思います。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.1.26)
<<円光寺>> 〒870-0108 大分県大分市三佐3丁目15番18号 TEL:097-527-6916 FAX:097-527-6949