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お念仏を申す生活法話

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私たちのお寺があることの安心です

2020-10-17
 お寺と初めてのご縁の方のお葬儀が続きます。
お仏壇もお墓もないということで
お葬儀の後で色々とご相談させていただくことになります。
 
 仏さまのご縁といって初めてのことで
仏事についてどうしていいかわからないといわれます。
 何か分からないことがあったら聞いてくださいというと
何を聞いていいのかわかりませんという返事です。
 
 大切な人との悲しいお別れのご縁で心の整理がつかず
何をするにも手がつかない難しいことはよくわかります。
 一つ一つ分からないことは何でも聞いて
ご一緒に相談していきましょうと申し上げます。
 
 お話をし又聞くなかで
それぞれのお家の事情が違うことがわかります。
 
 日頃からお寺とご門徒の関係があるお家でしたら
お仏壇やお墓があることは当然のことのようですが
お仏壇やお墓がない状況でこれからのことを考えたら
なお一層不安になるということです。
 
 お寺でできることは限られています。
お寺の納骨堂も墓地もありますからお墓の相談に乗れます。
お仏壇も頼まれれば仏壇屋さんを照会することはできます。
 ただ最終的にはそのお家の施主の方が決めることです。
何をどう決めるのか悩む迷うところです。
 
 家族や親戚の方にも相談することでしょうが
仏事のご相談はまずお寺にしてくださいと言います。
 葬儀社や仏壇店石材店と
それぞれ専門の業者さんもいますし
お仏壇やお墓仏事に関する書籍もたくさん出ています。
今はネットで検索すれば色んな情報が即座に入ってきます。
 
 ただどこまでも情報です。
また情報が多すぎてかえって迷ってしまうことが
あるのではないでしょうか。
 ネットもいいですが最終的にはお寺に相談して
決めてくださいということです。
 
 仏事の相談はお寺を一番頼りにしていただきたいのです。
日頃から相談できるご縁のあるお寺があることの安心です。
 お寺に相談するといって住職に相談するのですが
ご本尊の阿弥陀さまに安心するのです。
 阿弥陀さまのお救いの法お念仏のご法義です。
どんなことがあっても変わらない真実まことの法です。
 
 人は変わって行きます。
お家の事情もそれぞれ違って変わって行きます。
 阿弥陀さまのお心を聞かせていただいて
個々のお家お家それぞれの事情に応じて
どんなことができるのかお寺から提案させていただきます。
 
 お寺に安心しておまかせください。
私たちのお寺です。
私たちのお寺があることの安心です。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.17)

聞薫習のお心です

2020-10-16
 毎朝本堂外陣の香炉でお線香を焚いています。
ずっと焚いていると薫りが残ります。
 いつも薫りを気にすることではありませんが
時どきいい薫りがします。
芳しい香の薫りです。
 
 聞法を重ねてお念仏よろこぶ深い心もちになることを
「聞薫習(もんくんじゅう)」のお経の言葉にいただきます。
 薫習とは良い香りの中に過ごすと自然に良い薫りが
身にしみついてくるという意味です。
 
 お念仏申す生活の中に過ごすと
自然に仏さまのお心が身についてくださるようです。
 私がどうこうしようというのではなく
阿弥陀さまのお心おはたらきが身についてくださるのです。
 
 仏さまのご縁に遇ってお念仏申す身になってくれよと
南無阿弥陀仏のおはたらきです。
 
 仏さまのご縁に遇って
仏法聴聞して知識を身につけることではありません。
 仏さまのご縁に遇うとは
この私が阿弥陀さまの御仏前に身を置くということです。
 
 お朝事参りの皆さんはそのことが毎日できています。
南無阿弥陀仏の「まかせよ救う」のおはたらきに
この身そのまままかせてお念仏申す身にさせていただきます。
 
 御仏前に身を置いてお念仏の芳香が身に沁みこむのです。
周りの人にお念仏の薫りが行き渡ります。
 
 仏さまのご縁でこの身を御仏前にはこばせてくださり
南無阿弥陀仏のおはたらきがこの身に満ち満ちて
ナンマンダブツとお念仏を申す身にさせていただく肝要です。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.16)

南無阿弥陀仏の軒に雨宿りです

2020-10-15
 最近近くにモダンな家を見かけるようになりました。
小さな窓の箱型の造りで昔のような軒がありません。
 
 家の軒です。
にわか雨にあって傘がなく
知らない家の軒下に駆け込んで雨宿りをします。
 テレビのドラマやコマーシャルでそんな光景を観て
ロマンチックを感じたことがありませんか。
 さだまさしさんの「雨宿り」という歌を思い出します。
雨にあって軒に入った見知らぬ二人が出会い
再会して交際を始め結婚して家庭をもつというお話です。
 
 偶々急な雨にあってすぐ近くの軒下に入って
偶々そこで人と出会い少しの間話もできたということです。
 
 昨日の新聞のコラムに
軒のある家を見かけることが少なくなったが
街中に人が少しの間立ち寄り出会い憩う場所
駅の待合室や公園のベンチのような所が
今はどこにあるのだろうかと書かれていました。
 
 ふらっと立ち寄れる所です。
お寺のことと重ねて思います。
 お寺は敷居が高くバリアがいっぱいで
入りにくいというお話です。
 
 この前はお寺にはいつも同じ人ばかりがお参りして
初めてお参りする人は相当な決心がいるという話でしたが
お寺は構造的にもお参りしにくい所になっています。
 円光寺も本堂に入る前に階段があります。
あんのん館はちょっと離れて一戸建てでフラットですから
本堂より少しは入りやすいかなと思いますが
部屋の中に入るということが
大きなバリア障害になっているのではないでしょうか。
 
 お寺の境内です。
円光寺は一年中山門その他の出入口を開放しています。
 山門は開閉するのが本当でしょうが開けていますので
いつでも境内に入ることができます。
 入ることはできてもどこかにベンチのような
腰かけて座る場所があるといいなと思います。
 
 お寺の軒です。
お寺には大屋根がありますから
ちょっとした大雨でも対処できそうです。
 実はお寺には元々軒のような場所があったのです。
それがお寺のお縁です。
 
 皆さんの家の縁側です。
今の家には軒もそうですが縁側も見かけなくなりました。
 隣近所の人が家の玄関から入るのではなく
縁側に腰かけて家の人と話ができるお茶が飲める所です。
 
 円光寺もお縁がなくなりました。
お縁のあるお寺にお参りしますと本堂の中に入らなくても
周囲のお縁に腰かけてゆっくり時間を過ごせます。
 雨宿りもいいですが暑い夏の日にお縁に座っていると
涼しい風が吹いてきて何とも贅沢な風情です。
 
 コラムの最後に
「人には雨宿りをする軒が必要です。
それがあってこそ、また晴れた空の下に
踏み出して行けるのです」とありました。
 
 お寺で雨宿りです。
南無阿弥陀仏の軒に雨宿りです。
 私のことをいつも思うてくださる
阿弥陀さまの大きなお心おはたらきをいただいて
今日もお念仏申して生きていけるのです。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.15)

阿弥陀さまに対面してほれぼれとお立ち姿を拝しお念仏申して御礼をさせていただきます

2020-10-14
 ちょっと前のニュースになりますが
大学で対面授業が一部始まったということです。
 小中高校は既に対面授業の学校が始まっていますが
大学はずっと自宅でオンラインの授業が続いて
一年生は入学したものの大学に行けず半年が過ぎました。
 やっと大学が始まるということです。
 
 授業は学問の習得のためにあり学ぶということです。
学校で級友と一緒に学ぶことの意義を思います。
 知識だけの習得でしたら対面でなくてもいいわけです。
自分で本を読んで勉強したりオンラインでいいわけです。
 自分の時間に合わせてという点からいうと
機能的効率的ともいえます。
 
 対面授業となるとカリキュラムに合わせて
教室に行かなければなりません。
 ただ対面授業の良さは
単に聞いて書いて覚えるだけに終わらないで
授業の中でも後でも先生にわからないことを質問できたり
友だち同士でディスカッションができることです。
 一緒にお茶を飲んだり食事をしたりと楽しみができます。
オンラインは個人的一方的でそういうことができません。
 
 コロナ後はオンラインの生活が多くなると思います。
ただ基本は対面です。
人と人とが会って話をすることです。
 
 仏さまのご縁は阿弥陀さまと私の対面です。
阿弥陀さまに対面させていただくご縁です。
 今日もこうしてお朝事に皆さんようこそお参りです。
阿弥陀さまに対面してほれぼれとお立ち姿を拝し
ご一緒にお念仏申して御礼をさせていただきます。
 落ち着きます。安心です。
 
 私たちの日々の生活を振り返ると
人と人との間にはいろんなことがあります。
 よかったねと喜びを共有する嬉しいこともあれば
お互いにため息をつくようなこともたくさんあります。
 
 嬉しいときも悲しいときもいつでも
私たちは阿弥陀さまをご本尊として仰いでいけるのです。
 私が対面しているようなことですが
阿弥陀さまの方からいつでもどこでも
南無阿弥陀仏のおはたらきで私のところに来てくださって
対面以上に丸抱えにしてご一緒してくださり
私の口からナンマンダブツとお念仏がでてくださる
大安心のなかに今日も生かされて生きていけるのです。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.14)

ようこそ円光寺へみんなの法話会にいらっしゃいました

2020-10-13
 昨日あんのん館で<みんなの法話会>をしました。
いつものメンバーで始めましたが少し遅れて
一人の女性がいらっしゃいました。
初めてお会いする方です。
 
 そのまま法話会を続けてお茶の時間になりました。
そしてその方と少しお話をしました。
 他県から越して来られて
今は大分市内にお住まいだということです。
 
 この会のことはお寺のホームページで知ったといいます。
先日の仏事相談室でもそうですが
今はネットの社会でホームページは不特定多数を対象に
その発信力のすごさを改めて知らされます。
 
 他のメンバーは円光寺のご門徒さんばかりで
未知の世界に飛び込んできてくださったのです。
 お寺は敷居が高いといわれます。
いつもの顔ぶれそれも門徒の中に入ることの難しさです。
 お寺参りしたい思いがあっても
想像以上に難しいものなのでしょう。
 
 今朝のご和讃をいただきます。
「たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて
仏の御名をきくひとは ながく不退にかなふなり」
(現代語訳)たとえ世界中が火の海になったとしても
ひるまず進み阿弥陀仏の名号を聞き信じる人は
決して迷いの世界にもどることのない身となるのである。
 
 命がけで南無阿弥陀仏のお心を
聞かせていただきなさいと
仏法聴聞の一大事と難しさを教えてくださいます。
 
 お寺参りには重大な決心が要ります。
相当な決心をもって昨日のご縁に遇われたのですね。
本当に有り難いことです。
 
 もう一つ仏法聴聞のご縁ができていることの有難さです。
みんなの法話会もそして今日のお朝事もです。
 いつもの皆さんがお参りされる仏さまのご縁があって
誰もがお参りできるご縁が用意されているということです。
 
 私がつくったご縁ではありません。
阿弥陀さまがつくってくださったご縁なのです。
 南無阿弥陀仏のご縁つながりです。
昨日もお話を聞いていましたら
他県のお寺さんにご縁があったといいます。
仏さまのお話を聞いていたといわれました。
 
 まだ会ったことがない方がたくさんいらっしゃいますが
私たちはもうすでに南無阿弥陀仏のご縁つながりのなかに
からめとられつかまっているのです。
 阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のお心おはたらきのなかに
共々に生かされてあるのです。
 
 お念仏のみ教えに聞かせていただきましょう。
お念仏申す身にさせていただきましょう。
 
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.10.13)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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