「ちょっと油断してませんか!」
2024-11-17
月に一度の病院通いでいつもの検査を受けます。
検査の後で主治医の先生の診察です。
「ちょっと油断してませんか!
ちゃんと病気に向き合って緊張感をもって
生活してください」と強く指摘されました。
今回の検査の数値が前回より大分高くなって
先生からお𠮟りのご指導です。
この一か月を振り返ってみれば
思い当たることもないことはありませんが
そんなに際立って食生活が乱れたということもなく
しかし数値に出た以上は
生活改善につとめなければなりません。
病気に向き合う
いのちに向き合うことの難しさです。
ちょっと数値が良いと油断し
悪いと数値を気にして生活することになります。
果たしてそれは心豊かに生きることかというと
どうでしょう?
いのちに向き合うとは
良いことも悪いことも
そのまま引き受けて生きるということで
わが身の事実をそのまま受け入れることの難しさです。
生老病死のわが身の事実です。
いつも若くありたい健康でありたい長生きしたいと
老病死に抗う私がいます。
自分の思い通りにならない苦しみです。
悩みます。迷います。
阿弥陀さまは苦悩の凡夫とこの私を見抜かれて
「必ず救うまかせよ」と
ご本願をたて南無阿弥陀仏と成就されて
「あなたのいのちをそのまま引き受け救う」と
今こここの私におはたらきくださっているのです。
お念仏申して阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
今日一日も生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.11.17)
かくれトランプ
2024-11-16
先のアメリカ大統領選挙は
各メディアの事前調査による大接戦の予想を覆して
トランプ氏の圧勝に終わりました。
調査の中でかくれトランプと言われる人たちの
存在が指摘され注目されていました。
元大統領時代の4年間の実動を踏まえ
トランプ氏のこれまでの人生そして今の言動を通して
その人となりに常識的な見方で
違和感を持つ人が多い中で
表立ってトランプ支持を言い出さない人たちです。
人間的には信頼できないところもあるが
何か閉塞した現状を突破してくれる期待感が
トランプ氏圧勝に投票構造を変えたと言われます。
かくれ〇〇とは何か物騒ですね。
思っていることと言動が違うということです。
自分のホンネは隠し
大方の見方に合わせて
タテマエで物事に接する生き方です。
往々にして大なり小なり人それぞれにあることと
言われてみれば
自分自身にも思い当たることが無きにしも非ずですが
白か黒かの二者選択で白と公言していた人が
実は黒だったというのでは
人と人との信頼関係を根底から覆す結果になります。
「えっ」と思わず天を仰ぐような事態です。
そのことより生ずる不信感は
常に懐疑心を伴ってずっと警戒する関係性になります。
お寺のご門徒で
他の宗教のかくれ信者がいます。
お寺と門徒のつながりは
昔からの門徒の家という関係が一般的で
お家の方が自ら手を挙げて
お寺の門徒になったという関係は多くありません。
縁あってお寺の門徒の家に生まれたとか
結婚して門徒の家に入ったとかの
ご縁をいただいたという関係です。
信教の自由ということでいえば
個人の信仰ですから
浄土真宗のお家の人であっても
キリスト教や他宗教の信者であっても
いいわけです。
ただお家の家族のつながりということでいえば
お家の宗教を中心にしたご縁つながりであり
まずお家の宗教について知ってほしいと思います。
教えを聞くことで
どうかお念仏のご縁に遇ってほしいものです。
それは私たちにお仏壇やお墓を伝えてくださった
ご先祖有縁のお念仏の先人の願いだからです。
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
お念仏のみ教えにつながり届けられた
ご先祖からの家族のあり方を
今一度見直すべきではないでしょうか。
お念仏のみ教えはどんな人ともご縁つながる教えで
みんなが安心して共に生かされて生きることのできる
お念仏の家族社会を説いてくださっています。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.11.16)
ペットの七五三
2024-11-15
今朝のニュースで
ペットの七五三の話題がありました。
11月15日は古来七五三の行事で
3歳5歳7歳の子どもの成長を祝い
子どもの長寿と幸福を祈願するそうです。
昔は貧しい生活で栄養事情も悪く
今のような医療技術も発展していなくて
子どもの死亡率が極端に高かったために
七五三の節目に
ようこそこの歳まで成長してくれたと皆でお祝いをして
親や家族有縁の方々の大きな喜びがありました。
ペットの七五三です。
今はペットは家族の一員ということで
我が子と同じように成長を喜び
七五三をお祝いすることで
何か微笑ましい光景ですが
この世に誕生した犬猫などがすべて
ペットとして家族の一員となって
七五三のお祝いをしてもらえるかというと
そうではありません。
野良犬や野良猫と生まれたり
飼い主から捨てられて
殺処分になるいのちも多いと聞きます。
飼い主の思いはからいでペットを選ぶ
いのちの選別が公然と行われている現実に
私たちは向き合うことを忘れてはなりません。
阿弥陀さまの本願念仏のお救いは
すべてのいのちを分け隔てなく
そのまま救うと南無阿弥陀仏のおはたらきです。
お念仏申して
阿弥陀さまの大きなお慈悲の中に
共々に生かされて生きている
私たちのいのちのあり方を聞かせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.11.15)
単独世帯の増加のなかで
2024-11-14
少子高齢化社会にあって非婚者や離婚者の増加で
一人暮らしの単独世帯が増え続け
2050年推計で27都道府県で40%の見通しになることが
公表されたということです。
65歳以上の高齢単独世帯は
32道府県で20%超になるといわれ
福祉や介護医療の支援、貧困や防犯対策について
地域での取り組みが
これまで以上に必要になるとの指摘です。
地域の中のお寺のあり方です。
高齢単独世帯でお葬式があると門徒が一戸減ると言われ
これからのお寺の護持は一層難しくなります。
人口減少と地方から都市部への人口移動は
現代社会の自然動向でどうしようもないことですが
お寺とご門徒の関係でいうと
門徒の減少をただ手をこまねいて
見ているだけでいいのでしょうか。
故郷の実家に住む人がいなくなり
仏壇じまいや墓じまいの話を
よく聞くようになりました。
お家の後継者が誰もいない場合はともかく
後継者がどこかに住んでいれば
お寺とのつながり関係は
ご法事のご縁でこれからも続いていきます。
故郷のお寺が遠方にあれば
近くの全国至る所にある同じ宗派のお寺に頼んで
ご法事のお勤めを続けることもできます。
私たちの宗門組織内のことでいうと
お寺間の連携でできることがありますので
後継者の思いを聞いて
お寺から提案をさせていただき
今後のお寺とのご縁つながりを
はかっていきたいものです。
昔のような家制度がなくなり
核家族が一般的になって
家族のあり方がこれからも変わって行くなかで
家を中心としたお寺と門徒檀家の関係も変わって
家の宗教から個人の宗教になっていくという現実です。
私とお寺との関係です。
葬式法事の喪主施主になることで
はじめてお寺とご縁をいただくことになります。
お寺のご縁は私たちのご先祖有縁の先人が
お家のお仏壇を護りお墓をお守りして
お念仏のご法義を私たちに伝え届けてくださった
お念仏のご縁つながりに依ります。
葬式法事のご縁に
先に往かれたお念仏の先人の願いをたずねて
お念仏のみ教えに遇っていただきたいものです。
どんなことがあっても決してあなたを見捨てない
阿弥陀さまのご法義お念仏のお救いのみ教えを
私ごとと聞かせていただき
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
これからも共々に生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.11.14)
お寺参りのバリア!
2024-11-13
有縁の方にお念仏のご縁に遇ってほしいと
お寺参りのお誘いをしたら
「お寺に参って何かいいことがあるの!」と言われて
断られたというお話です。
目的や意味がわからないものへの
拒否反応でしょうが
重ねて「お寺参りなんてあんたも好きやね
ひまやね」などと言われると
少し穏やかではありません。
お寺参りして仏法を聴くことを
何かただの趣味や時間の暇つぶしにでも
思っているのでしょうか。
自分が良いと思うことを
相手にすすめることの難しさですが
ご縁に遇うことの難しさです。
お寺のご縁に何度かお誘いして
それこそやっとの思いでお参りされた方が
「本堂に入った途端に周りの人の目が気になって
ここは私が来るところではないと思った」と言われ
それから一度もお参りされないようになりました。
お寺にはバリアがあります。
お寺参りを妨げる障壁です。
建設構造上のバリアの代表が階段です。
幾段もの階段を乗り越えてこそ
さとりへの道があるとでもいうのでしょうか。
今はバリアフリーで
車いす対応のスロープのあるお寺や
本堂は椅子を常設しているところが多くなりました。
どんな方でもお寺参りして
仏法聴聞してほしいというのが
仏さまの大きな願いですが
現実はお参りしにくいお寺になっているようです。
私たちの意識の中のバリアです。
お寺はご本尊の仏さまが中心ですが
私たちの意識は仏さまの方を向くより
きょろきょろ横を向いたり後ろを向いたりしています。
「あの人はどこの人、門徒の人?」などと
色々詮索しては互いに傷つけ合うような
小さな狭い人間の心の中のバリアです。
あなたにとってお寺参りのご縁は
いつどんなご縁で始まりましたか?
家族親族の葬式法事のご縁であったり
お寺の役職についたご縁であったりと
さまざまでしょうが
今ここ御仏前に座らせていただいたことを
そのままお念仏のご縁といただきましょう。
南無阿弥陀仏のご縁は
私がどうこうしてつくったご縁ではありません。
阿弥陀さまが生死の迷いに苦悩するこの私を見抜かれ
「必ず救うまかせよ」と
ご本願をたてられお念仏を成就され
いつでもどこでもどんなことがあっても
私に寄り添いおはたらきくださってあると
聞かせていただきます。
南無阿弥陀仏のおいわれをそのまま聞いて信じて
阿弥陀さまの仰せにおまかせする
ただそのことだけでいいのです。
お寺参りも阿弥陀さまが
先手で誘ってくださっているのです。
私たちはそのお手伝いをさせていただくばかりです。
まだお寺にご縁のない方も
あなたも私も皆共に阿弥陀さまのお慈悲の中に
生かされて生きているのです。
お念仏申して南無阿弥陀仏のお心にかなう
私にできるお手伝いをさせていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.11.13)