「わが妻子を勧化せぬはあさましきことなり」※再配信
2026-09-20
蓮如上人のお言葉
「わが妻子ほど不便なることなし。
これを勧化せぬは、あさましきことなり。
宿善なくばちからなし。
わが身ひとつ。
それを勧化せぬものがあるべきか」です。
私たちは家族と共に日々生活をしています。
親であったり妻や夫、子や孫、兄弟姉妹という
いつも自分の身近にいる家族のことが気になります。
私たちは他の誰よりも
わが家族の幸せを願って生きています。
この願いを実現するために
お金や物を提供さえしておればと思っているならば
それは的外れです。
生活する上でお金や物は確かに大切なもので
家族のことを大切に思うからこそなのですが
蓮如さまが言われるのは
お金や物はいつかは無くなる当てにならないもので
確かな生きる依りどころにはならないというのです。
何より大切なものは
世の中がどう変わろうが
この身の上に何が起ころうが
ビクともしない確かな「いのち」の依りどころです。
それは「南無阿弥陀仏のおはたらき一つで救われる」
お念仏のみ教えだよと勧めてくださるのです。
家族を不便に思ってお念仏を申せよと勧めても
自分自身がお念仏をよろこび申す身にならなかったら
一番身近で私を見ている家族は
口先だけのことかといぶかしく思い
真剣に仏法聴聞する気にならないことにも
なるでしょう。
蓮如さまのお言葉のお心です。
「本当に妻子のことを思うならば
妻子にお念仏のみ教えを勧めるべきです。
それをしないほど悲しいことはありません」といわれて
「そのためにもまず自分自身が
み教えに遇わせてもらうことが何より大切です」
と教えていただきます。
★(2021.10.23)既配信
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.9.20)
いのちの尊さをたずねて
2026-09-19
今日から5連休のシルバーウィークだそうです。
5月のゴールデンウィークに対する
ネーミングでしょうが
猛暑は一段落したものの
台風の影響などで雨模様の不安定な天気が続きます。
まとまった長期のお休みです。
家族旅行などの計画もあるでしょうが
ゆっくりゆったり自分時間を過ごしたいものです。
シルバーウィークには
21日の敬老の日と23日の秋分の日があります。
20日から一週間は秋のお彼岸ということで
ご先祖をたずねてお墓参りもいいし
どうぞお寺にお参りして
仏法聴聞させていただきましょう。
人生の旅です。
歳を重ねて今生かされてある
いのちの尊さ有難さを仏さまのみ教えにたずねていく
往生浄土のお念仏の道行きの旅を
ご一緒させていただきましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.9.18)
人事と仏事
2026-09-18
高市改造内閣が発足しました。
大方骨格を変えず安定した布陣で
いよいよ政策推進をはかるということです。
新聞テレビは自民党役員
内閣閣僚人事の顔ぶれを見て
多方面から種々解説をしています。
高市首相の人事です。
政治信条を共有する人を登用する基本ですが
政治的な人間関係が幾重にもつながり合って
全てが自分の思い通りにはならないのが
人と人との関係で人が行う人事ということです。
お念仏のご縁つながりです。
阿弥陀如来は「十方衆生を分け隔てなく必ず救う」
本願成就の南無阿弥陀仏のおはたらきで
いつでもどこでもどんな人も等しく
摂め取って捨てない仏さまになってくださいました。
仏さまが行う仏事です。
人と人との関係ヨコのつながりに
一本お念仏のおはたらきタテのつながりが入ります。
あなたと私のお念仏のご縁つながりです。
あなたも私も皆共に南無阿弥陀仏のおはたらきで
お慈悲の中につながって
往生浄土の道行きをご一緒させていただく
お念仏の朋友仲間にさせていただくのです。
人事は人人の思いはからいの形相ですが
仏事は人人の思いはからいを超えた
仏さまのおはたらきの賜ものです。
共々にお念仏申して
南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりのなかに
生かされて生きてまいりましょう。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.9.18)
「ながら作業」は脳に負担
2026-09-17
ネット社会の現代
私たちは多くの情報の渦中に生活をしています。
テレビ・ラジオや新聞の既存のメディアから
そしてパソコン・スマホから
多種多様な情報が毎日瞬時に発信されています。
今朝の新聞から
[「ながら作業」は脳に負担/一つに集中すると力発揮]
の見出し記事に注目です。(※以下記事抜粋)
テレビをつけたまま新聞を広げ
合間にスマホをのぞく……
私たちはかつてないほど
「ながら」に満ちた生活ぶりです。
一度にいくつもこなせば
時間を効率的に使えている気がするし
音楽やスマホを横目に宿題を進める子や孫を見て
「器用なものだ」と感心します。
ところが脳科学の視点では
この「ながら作業」こそ脳にとって大きな負担になって
脳は二つのことを同時にこなしているように見えて
注意を「あちら、こちら」と切り替えているだけで
普段多くの情報を同時に扱う「ながら」が習慣の人ほど
不要な情報に気を取られやすく
「今やっていない方のことが頭から離れない」
といいます。
脳は切り替えのたびに
注意を組み立て直す小さな「再起動」を強いられ
気づかぬうちに疲れミスを増やし
逆に、一つのことに時間を忘れるほど集中したとき
人は最も高い力を発揮し深い充実感を覚えるとのことで
まずは15分でいい
スマホを別の部屋に置き、テレビを消して
目の前の一つのことだけに向き合ってみませんか
脳がふっと軽くなる感覚に、きっと気づくはずです。
(※以上)
との内容です。
日々の生活の中で気づかされることです。
テレビの放送に時どき耳目を奪われ
パソコンの画面に向き合っては文章を作成しています。
学生の頃のラジオを聴きながらの「ながら勉強」は
一つの効率的な勉強法のようにも思い
静寂な中での作業は何かもったいない感じで
今も「ながら作業」することが多くあります。
ただ歳を重ねて「あれも、これも」と
二つのことを同時に行うことが
目に見えて難しくなりました。
きっと今までも二つ同時にできているようで
中途半端なことの連続だったのではないかと
振り返ります。
一つ一つです。
パソコンに向かい集中すると
すらすら文章が作れるのかというと
そうではありません。
ここは専らパソコンの前に
身を置くことだと思います。
仏法聴聞のことです。
仏さまの御仏前に専ら身を置くことの大事です。
手が合わさりお念仏がこの口から出てくださり
そのままお礼申させていただきます。
仏さまのみ教えにわがいのちのあり方を
聞かせていただくのです。
お念仏申して「われにまかせよ必ず救う」と
南無阿弥陀仏のお喚び声が聞こえてきます。
「おまかせします阿弥陀さま」と
そのままお慈悲の中に摂め取られて
往生浄土の道行きをご一緒させていただきます。
ご一緒に。お念仏申しましょう。(2026.9、17)
お仏壇やお墓のサブスク
2026-09-16
お仏壇やお墓のサブスクのお話です。
サブスクとは、一定期間一定金額で
サービスや商品を利用できる契約形態のことで
音楽・動画の配信や家電・衣服・車・住居など
私たちの日常生活の多種多様な分野で
展開されているそうです。
モノを所有する所有権ではなく
モノを使用する使用権を得ることで
必要な時に使用して必要がなくなれば解約できると
若い世代を中心にサブスクの考え方が
浸透してきているといいます。
そこでお仏壇やお墓のサブスクです。
お仏壇やお墓のないお家で家族が亡くなり
お仏壇やお墓を購入しようにも経費がかかり
維持管理その後の継承の問題もあり
自分一代だけのことにして
次の世代に迷惑をかけたくないという心情です。
今急増する墓じまいや仏壇じまいに共通する
私たちの身近になった現代社会の問題です。
サブスクでお墓やお仏壇を
使用契約した人の感想です。
「先に逝った大切な家族に
手を合わせるところができて安心している」
と言います。
近年海洋散骨や合同墓納骨などで
大切な方のお遺骨の行く先が
見えにくいものになっています。
識者の話です。
「お墓やお仏壇があることで
そこにお参りして手を合わせお礼をし
ご先祖とのいのちのつながりを
確かめ感謝するご縁になっている」
と言われます。
お墓やお仏壇にお参りして
手が合わさりお念仏が出てくださって
お礼を申させていただける
ご先祖有縁の仏さま方のお手回しがあって
「われにまかせよ必ず救う」
南無阿弥陀仏のおはたらきをいただけるのです。
ご一緒に、お念仏申しましょう。(2026.9.16)


