浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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日を決めてくださっている有難さ
 今日4月29日は昭和の日で祝日ですが
30年前まではこの日は昭和天皇の誕生日でお休みでした。
 今生天皇の誕生日は12月23日で
令和の時代になると天皇誕生日の祝日は変わります。
 
 ただ私が生まれてこの方4月29日は三佐のお祭りの日でお休みでした。
28日が夜どの日で29日が祭り当日です。
 
 先人の知恵を思います。
戦後の高度経済成長期以降この三佐の先人の生業も漁業や農業、大工といった仕事から会社勤めの仕事になってきました。
 会社勤めになると祭りのために休みを取ろうとしても中々思うようにはいきません。
それだったら元々休みの日に祭りをしたらいいのではないかと先人は考えたのではないでしょうか。
それも天皇誕生日だと毎年4月29日と日が決まっています。準備の段取りも含めて計画が立てやすくなります。
 4月29日をお祭りの日と決めてくださった先人の知恵をあらためて思います。
 
 ご法事の日取りをあわせて思います。
今は土曜日曜の法事が多く一般的になりました。これも先人の知恵です。
 祥月命日にご法事をお勤めする意味もありますが
その日が仕事でお休みが取れずお参りできない方がいらっしゃいます。
 それで土曜日曜の会社が休みの日に法事を勤めることにしたのではないでしょうか。
できるだけ多くの方に仏さまのご縁に遇ってほしいという
ご法事をお勤めさせていただく大きな意味があります。
 
 ただ最近のご法事は極々一部の家族親族だけでお勤めすることが多くなりました。
以前は遠方からお参りされる方に合わせてゴールデンウィークにご法事をするところが多かったのですが
今は連休中のご法事は殆どなくなりました。
 連休にご法事をしようとしたら親族から反対されたという話も聞きます。
連休中はそれぞれのところでゆっくり過ごしたいということなのでしょう。
 
 ご法事をお勤めさせていただくことの意味です。
ご法事は毎年のことではなく何年に一度のご縁です。
ご法事は仏さまのご縁ですから、仏さまを中心に考えていただきたいと思います。
 
 日頃は自分を中心にそれぞれ生きている私たちお互いです。
ただご法事は仏さまがまさに命がけでつくってくださった大切なご縁です。
 その仏さまのお心もちを訪ねて有縁の皆さんが一堂に御仏前に身をはこばせていただく尊さです。
仏さまが決めてくださったご縁を有難くいただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.29)
 
ワンコインバスに初めて乗りました
 昨日初めて100円のワンコインバスを使いました。
65歳になって早速「ワンコインバス乗車証」を申請して準備をしていたのですが
一年半かけてやっと乗車できたということです。
 65歳以上の大分市民は大分市内のバス路線1回100円で乗車できるというものです。
 
 何でも初めて体験することについては少々不安があります。
果たしてこれで大丈夫かなと思ったりします。
 大丈夫でした。同じバスの乗客も数人乗車証をもって使っていました。
バスの運転手さんも慣れたものです。
 
 大分の町中に行きました。朝9時です。人は殆どいません。
前の夜はたくさんの人が行き交い買い物をしたり食事をしたりして賑わったんだろうなあと思いつつ
右に左に目をやって町中を歩きました。
 
 食べ物屋さんが多いことにちょっとびっくりしました。
昨日から10連休が始まったということで人出を多く見込んでどの店も準備万端です。
 「どうぞいらっしゃい」とばかりに店の前に人目を引くように案内掲示をしています。
昼前ですからランチメニューが写真入りで分かりやすく書いてあります。
 
 そうしたお店を見ながら、入りやすい店と入りにくい店があることに気づきました。
あくまでも私の主観ですが大方あたっているところがあると思います。
 
 お寺もどういう見方をされているのかなと思います。
入りやすい入りにくいという以前に、お寺には門徒檀家さんで余程の用事がある人しか入ってこないのではと思います。
葬儀や法事に関する用事です。
 
 お寺の関係者がよく言うのは開かれたお寺にならなくてはということです。
ところが山門がいつも閉まっていたり、本堂が施錠されていたりというお寺が結構多いのです。
防犯対策ということもありますが、いつもお寺の人は留守をしているのでしょうか。
 
 うちのお寺の山門はいつも開きっ放しです。
では開いていたら人が入ってくるかというと、山門の前をスーっと通りすぎる人はいても
お寺に入ってくる人はまずありません。
 ただ山門に足を止めて掲示板を見たり本堂に向かって手を合わせる方が時おりいらっしゃいます。
でも山門からの一歩が中々踏み出せないのです。
 
 そういう方の背中を押させていただくような工夫手立てがないものかと
町中を歩きながら思ったことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.28)
 
10連休の過ごし方
 いよいよ今日から10連休ということです。
どういう人が10連休なのでしょうか。皆がみんな10連休ということではありません。
 10連休だからこそ忙しいお仕事の方もいらっしゃると思います。
プロ野球は10連戦です。10日間毎日が戦いの連続です。休みどころではありません。
 
 10連休という長いお休みを有効に使って思い切って長期の旅行に出かけたり家族サービスにつとめたり
ここはゆっくり家で過ごして色んなことを整理したり読書三昧を決め込む人もいるのではないでしょうか。
 
 ただ私の経験からいうと、これをしようと決めてもいざ実行となると思うようにいかないものです。
だからあまり大きな計画を立てるのではなく、できることを一つ一つ丁寧にやっていくことが大切だと思うのです。
 人からああしなさいこうしなさいと言われてすることではありません。
時間に振り回されることなくあくまでもマイペースでボチボチがいいです。
 
 「ボーっと生きてんじゃねーよ」とチコちゃんに叱られそうですが
ボーっとするのも10連休の一つの過ぎ方だと思います。
 
 私たちの日々の生活をちょっと振り返っても、あれをしないといけないこれをしないといけないと
本当に忙しい生活を送っている私たちではないでしょうか。
 ボーっとするというのはある意味本来の自分に立ち返る時間ではないかと思うのです。
 
 あなたは何を大切に生きていますか? 私たちは何のために生きているのでしょうか?
日頃は向き合うことがない、でも大事な人生の宿題です。
 
 今日もこうして皆さんご一緒にお勤めができました。仏さまのご縁です。
私たちはお念仏申す生活をさせていただいています。
南無阿弥陀仏のお念仏のみ教えを依りどころに生きています。
 
 ナンマンダブツナンマンダブツとお念仏を申すそのままが
阿弥陀さまの「まかせよ必ず救う」南無阿弥陀仏のおよび声を聞かせていただくことなのです。
 ボーっとするなかにナンマンダブツナンマンダブツとお念仏申させていただきます。
お念仏申さないといけないのではありません。
 日頃からお念仏申させていただくなかにお念仏がふっと出てくださるのです。
 
 日々の忙しさからちょっと離れてお仏壇の前に座って声に出してお念仏申させていただきましょう。
この10連休の過ごし方のヒントを教えていただけるのではないでしょうか。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.27)
 
季節の移ろいのなかにお念仏申して生かされて生きる
 今朝6時の梵鐘を撞くのにあらためて明るくあたたかくなったなと思います。
まだ外灯がついております。早速設定を変えないといけないと思います。
 
 鐘楼の前をスーッと自転車で通り過ぎる方がいらっしゃいます。
お仕事に行かれるのでしょうか。
 冬の時分はどうだったかなと思います。
ちょっと前のことです。暗くて寒いなかにも仕事に行かれていたのでしょうね。
 
 私たちそれぞれの一日が始まります。
境内の桜の木は今葉っぱが茂るようにいっぱいです。
 
 人も木も花もみんな生きてるなって思います。
日々それぞれのいのちを精いっぱい生きているんですね。
 
 お念仏のご法義をいただきますと
すべてのいのちがそれぞれに生かされて生きてあると聞かせていただきます。
 
 私が生きると私のところに力が入ると、思い通りになることは当たり前のようにすぐ忘れてしまいますが
思い通りにならないことがあるとそれこそ腹が立って周りの人を傷つけるような言動にもなってしまう私です。
 
 そうした私たちの思いを超えてあなたも私も私たちみんなが南無阿弥陀仏のお徳おはたらき
阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲のなかに生かされてあるとお念仏のみ教えを味わわせていただきます。
 
 私だけのお念仏ではなくどうぞすぐ隣の方にもお念仏のみ教えを伝えてまいりましょう。
今日の一日もナンマンダブツとお念仏を申すなかに日暮しさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.26)
 
思い通りにならないなかで生きている生かされている
 昨日は雷も鳴って大変な雨になりました。
ただ「雨よふれふれ」と正直思いました。雨が降ってしまって明日は上がってほしいと思いました。
 
 今日は曇っていますが雨が上がって仏教婦人会の親睦旅行ということです。
今は週間天気予報があって一週間前から天気予報をみることができます。
 あくまでも予報ですからその通りになるということではありませんが
ほぼその傾向にあって微妙に日々予報が変わってきます。
 
 毎日天気予報をみて、どうか雨だけは降らないでほしいと思う中で今日の日を迎えました。
雨が上がってよかったということですが、昨日雨にあって悔しい思いをした人もいるのではないでしょうか。
 
 今回私もご一緒できることを楽しみにしていましたが、お葬式ができてご縁に遇うことができません。
これも思い通りにならないということです。
 
 私の思いでこうしてこうしてこうなるということではありません。
これまでの人生を振り返りこうしてこうしてこうなったかというと、思い通りにならないことの繰り返しのようです。
 
 ただどんなに思い通りにならないことがあっても、今ここに生きていることはありのままの事実本当のことです。
どんなに自分の思いとかけ離れた状況にあってもそれをそのまま受けとめていかねばなりません。
生きるということはそういうことです。
 
 仏さまのご縁をいただくなかで
どんな状況にあっても仏さまの大きな大きなお慈悲のなかに生かされていると聞かせていただきます。
 思い通りになったことも思い通りにならなかったことも仏さまのご縁だったと有難く受け止めさせていただけるのも
お念仏のみ教えに遇わせていただくことです。
 
 親睦旅行で四日市別院にお参りされ藤の花を見てお買い物をして仏さまのご縁に遇うていただきたいと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.25)
 
103歳のおばあちゃんのご往生
 103歳のご門徒のおばあちゃんがご往生されました。
円光寺のご門徒関係ではこれまでで最高齢だと思います。
 
 臨終勤行にお参りしました。
100歳を超えてご家族の方に近々のご様子を伺っていましたが
そんなに体調が悪いということではなく相変わらずですということでした。
 
 ご臨終の様子をお聞きました。
きれい好きなおばあちゃんで髪がちょっと伸びていたということで散髪をされたそうです。
散髪して間もなく「吸う息吐くを待たずなり」でスーッと往かれたということです。
 
 大正昭和そして平成の最後まで生きてもう少しで令和ということでしたが
長い人生の中にはうかがい知れない色んなことがあったと思います。
 今日がお通夜です。
最後の夜を家族水入らずでゆっくり色んなお話をしながら過ごしてくださいと言いました。
 
 私たちのお念仏のご法義の有難さを思います。
死んだらお終いではなくこの人の命は終わるけれども南無阿弥陀仏のおはたらきでそのままお浄土の仏さまとなって
これからもずっと私たちと共に生きてくださると聞かせていただきます。
 
 生前は人と人との関係でお互いにいろんなことがあったでしょう。
ただ今は仏さまとなってこれからも仏さまとして私たちを見守り共に生きてくださるのです。
 
 大切な方とのお別れは悲しいご縁ですが、そのまま仏さまのご縁といただける有難さです。
先に往かれた方を偲び仏さまのみ教えを聞かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.24)
 
ご法事をお勤めさせていただく意味
 ご門徒さんのお家でご法事のお勤めをするのにカバンをもってお参りしています。
お衣のお着替えをします。
 普段は布袍(ふほう) というお衣をつけていますが、黒衣(こくえ)というお衣に着替えて
お袈裟も輪袈裟(わげさ)から五條袈裟(ごじょうげさ)に替えて
心あらたにご法事のお勤めをさせていただきます。
 
 お着替えの最中に施主(せしゅ)のお家の方にろうそくに点灯してもらい線香を炊いていただくようにお願いします。
これまでは私がしていたのですが、実はこれは施主の方のお役目なんです。
 
 ご法事の時は平生とは違って特別にきれいにお仏壇がお飾りされています。
お仏飯があがっています。おだんごがあがっているところもあります。
お菓子や果物を仏具に盛られてお供えされてあります。
 
 打敷きをしてきれいにお飾りされたのは施主であり
お飾りの総仕上げにおあかりとお香をお供えして
恭しくお荘厳されたお仏壇阿弥陀さまのご尊前でお参りの皆さんご一緒にご法事のお勤めをさせていただくことです。
 
 一つ一つのことを丁寧に大切にさせていただくことも仏さまのお徳おはたらきです。
どうかすると仏さまの事を自分勝手に自分の都合のいいようにしていることに気づかされ反省させられます。
 これもご法事をお勤めさせていただく意味だと聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.23)
 
宗教間の対立ってどういうことでしょうか?
 スリランカの教会やホテルで大きな爆発が連続して起こり200人を超える方が死亡したというニュースです。
今はスリランカといっていますが、私が学校で習ったのはセイロンです。
紅茶で有名な国ですが、セイロンは仏教国なのです。
 
 お釈迦さまのインドの国ではじまった仏教が北方に伝わりシルクロードを通って中国に伝わり
朝鮮半島を経て日本に入ってきました。北伝の仏教です。
 一方インドから南のセイロン島に渡り東南アジアに伝わった南伝の仏教があります。
 
 今もスリランカは人口の7割が仏教徒だそうです。
ただセイロンは近世以来長くイギリスの植民地でありました。
そして10年程前に終結しましたが長く仏教徒の人たちとヒンズー教の人たちとの紛争の歴史があります。
人口のそれぞれ1割ほどですがイスラム教徒やキリスト教徒もいます。
 そうした宗教事情のなかで今回キリスト教の教会と外国人観光客が利用する高級ホテルが襲撃されたのです。
 
 本当に悲しいなと思うのは宗教間の対立の構図が背景にあるといわれることです。
世界史をひもとくとイスラム教とキリスト教の対立の歴史があります。
イスラム過激派のテロ攻撃は今も続き世界の脅威になっています。
では仏教はというと、やはり紛争の歴史があります。
 
 仏教は仏の智慧と慈悲を説く寛容な宗教です。
キリスト教もイスラム教も教えそのものは人々の幸せと世の中の平和を願う宗教です。
 では一体なぜ宗教間の対立ということが言われるのでしょうか。
 
 対立するのは私たち人と人との関係のことです。
私たちはお互いに自分を中心にしたものの見方考え方をに固執し
頑なに自分の殻に閉じこもり対立の壁をつくって生きています。
 そこに私たちの苦悩の原因があると教え救いを説くのが宗教です。
 
 苦悩の原因である煩悩を離れるところにさとりがあり救いがあるとお釈迦さまは教えます。
仏教徒といいキリスト教徒といいイスラム教徒といって、みんな迷い苦悩する人なのです。
 だからこそ仏さまのみ教えを聞かせていただくことが大事になってきます。
 
 世界を見渡せば国と国との対立民族間の対立と紛争があります。
私たちの社会のなかでも人と人とがいがみ合い傷つけ合っています。
 お念仏申す日暮しをさせていただき私自身のあり方を見つめてさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.22)
 
また高齢者の事故です
 東京で87歳の男性が運転する車が暴走して二人の親子が亡くなりました。
本人はアクセルが戻らなかったと言っていますが
周囲の方の話を聞くと足が悪く杖をつくほどだったとか、本人はもう運転しないと言っていたといいます。
 高齢者の運転事故でアクセルとブレーキを踏み違えることが原因にあげられます。
運転操作が若い時のように思うようにできなくなってくると言われます。
 
 交通事故を起こそうと思って車を運転する人はいません。
私のこの身を思います。
 自分のことは自分が一番よく知っている大丈夫というところがどこかにあります。
そうした自信がないと生きることもおぼつかないですよね。
 
 実はそこに危うさがあるのではないでしょうか。
何を根拠に大丈夫というのか、大丈夫じゃない私が生きているのです。
 
 歎異抄の御文に「さるべき業縁のもよほさばいかなるふるまひもすべし」と親鸞聖人のお言葉があります。
この身はしかるべき縁があればどのような行いもするものであるというのです。
 善いことをしようと思って善いことができる悪いことを止めようと思ったら止められると
自分の思いで善悪をコントロールできると思ったら間違いだというのです。
 
 条件がそろえばどんな恐ろしいこともしでかすか分からないのが私なのだというのです。
他の人はわからないが私は大丈夫というところに落とし穴があるのです。
そういう私のことを阿弥陀さまという仏さまは悲しまれたというのです。
 
 歎異というお心です。歎異とは異議、異なったものの考え方を歎くということです。
批判したり非難することではないのです。そんな私を駄目だと決めつけ排除することでもありません。
 阿弥陀さまはありのままの私をご覧になり見て取って大いに悲しまれたのです。
大悲といい同悲といいます。私と同じところに立って自分のことのように悲しまれたといいます。
 悲しまれるなかにお前をこそ必ず救うという本願を建てられ成就され
南無阿弥陀仏となって「必ず救うまかせよ」とおはたらきくださってあるという教えなのです。
 
 阿弥陀さまの大悲のお心本願のお心南無阿弥陀仏のお心を私のこととして聞かせていただきましょう。
何をしでかすかわからないと聞いてじっと家の中に閉じこもって何もするなと言っているのではありません。
 私にできることをさせていただきましょう。
この歳になって運転はもう無理だと思ったら免許証を返納することも私にできることではないでしょうか。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.21)
 
2040年問題、高齢者の一人暮らし世帯が増えてきます
 2040年問題といって、21年後の2040年に65歳以上の高齢者世帯のうち
一人暮らしの世帯が30~40パーセントになるという推計が今朝の新聞のトップ記事で報じられていました。
 
 私たちが暮らすこの三佐でもご門徒さんの世帯でいいますと一人暮らしの方が多く増えています。
最近続いて一人暮らしのご門徒さんが亡くなり、お仏壇やお墓の後見の問題が現実のことになってきました。
 三佐地区内のご門徒より地区外のご門徒の数が逆転して多くなり
お寺とご門徒のつながりがこれから増々薄くなってまいります。
 
 日々の生活のなかでお寺とのご縁つながりをご門徒さんにどのようにもっていただくのか
核家族化が進み家族の形態はそれぞれ違ってきますが
私たちのご縁は南無阿弥陀仏のお念仏のご法義につながった仏さまのご縁です。
 
 人人にお念仏のみ教えをお伝えさせていただくご縁が私たちのつながりです。
これからもお寺との関係つながりが変わっていきます。
 2025年問題があります。団塊の世代が75歳以上になる時を迎えます。
多死社会といって亡くなる方が多くなります。
葬儀のあり方も変わってきました。
 
 人人の悩み苦しみに対応していけるようなお寺のあり方を考えていかねばならないと思います。
昔のようにしていたらそれで大丈夫それで安心ということではなくなったということです。
 変わり行くこれからの時代社会にあって変わらない真実まことのお念仏のご法義を伝えていくお寺でありたいと思います。
ご門徒皆さんの声を聞きながらご一緒に考えていきたいと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.20)
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