浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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まちなか法話会のご縁です
2018-08-26
 昨日はコンパルホールで大分まちなか法話会公開講座のご縁をいただきました。
毎年8月のこの時期に開催して今年で4回目になります。
 参加された殆どの方はこれまでご縁のある方で、いつもの方も久しぶりにお会いした方もいらっしゃいますし
円光寺のご門徒さんも他のお寺のご門徒さんもいらっしゃいますが」
なかに2人3人、初めてのご縁の方がいらっしゃいました。
 
 皆さんどういう思いでこの法話会に来てくださったのでしょうか。そんなことをちょっと思います。
酷暑といわれる暑い中をコンパルホールまでの道中を考えると
土曜日だしゆっくり涼しいお家で過ごすことも考えられることだと思います。
 
 法話会のご縁に皆さん思いをもって来てくださり仏さまのみ教えを聞かせていただきます。
昨日のご縁で、私たちのいのちは死んだらお終いのいのちではない
仏さまにならせていただくいのちを今ここに生かされて生きていると聞かせていただきました。
 
 仏教の知識を習得するための法話会ではありません。仏教を学ぶことは尊いことです。
でも仏法に遇うということ、仏法を聞かせていただくことは私のいのちのあり方を仏教に学ぶということなのです。
 私の生死の一大事です。何のために人間に生まれてきたのか、死んだらどうなるのかを仏法に聞かせていただきます。
 
 人間誰しももっているいのちの根本命題です。
ある意味しんどいことであまり考えたくない、考えようとしないことかもしれませんが、大事な人生の問いです。
 そのことを自分で解決しようと思ったらこれは難しい以上に迷いのなかにまた迷い込んでしまうようなものです。
その問いにこたえてくださるのが仏教、お釈迦さまのみ教えなのです。
 
 今日の御和讃のなかに親鸞聖人がお師匠さんの源空聖人にお会いすることによって
本願念仏のみ教えに出遇うことができこの人生を空しく過ごすことがなかったと讃嘆される御和讃をいただきました。
 
 今こここの私に開かれた本願念仏の救いの法です。
どうかご本願のみ教えを聞いてくれよお念仏申す身になってくれよと仏さまのご縁をおすすめです。
それは昨日の法話会のご縁だけではなく今日のこのお朝事のご縁でもあります。
 
 この私を必ず救うとおはたらきの南無阿弥陀仏の法ですが
皆さんのすぐ隣の方ご縁の方にも声かけをしてお寺にまた法話会のご縁にご一緒させていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.26)
 
先祖の霊がたたる?
2018-08-25
 今朝はいい風が吹いています。もう秋になったという感じですが
昨日は大分市で37.3度という今年最高の気温を記録してまだまだ日中は酷暑が続くということです。
 
 さて「善いことをしたら救われる。悪いことをしたら救われない」と救いを説く宗教があります。
善いことをしたら救われるから善いことをしなさい悪いことをしたら救われないから悪いことをしてはいけないと言われると
私たち人間のものの見方からしてわかりやすい教えです。
 ところが善いこと悪いことといって善悪の判断基準はというと、皆さんは善い人悪い人どちらですかと問われて
善いことばかりしてはいないがそんなに悪いこともしていないと答える方が大方でしょう。
ではそんな私は果たして救われるのかというと、少し不安になりますね。
 
 不安な中に迷い苦悩する私たちを見て取って誰でもすべてを等しく救うと南無阿弥陀仏の仏さまになってくださったという
仏教が浄土真宗「善いことをした人も悪いことをした人も皆平等に救われていく」という教えなのです。
 
 「悪いことをしたら罰が当たる」とはいわれますが
悪い人も救うという阿弥陀さまは悪いことをしても許してくださる仏さまなのでしょうか。
阿弥陀さまは悪いことをする私を見て悲しまれるといいます。
 そういう私を見たときに悲しみのなかから南無阿弥陀仏と立ち上がって
私のところに来てくださりいつでもどこでも寄り添ってご一緒くださる仏さまに成ってくださったのです。
 お念仏の先人は大悲の親さまとお慕いしてきました。
 
 また「悪いことが次々に起こるのは先祖の霊が祟っているから」ともいわれます。
だから先祖の供養をしなさいとすすめる宗教があります。
 先に往かれた大切な方は南無阿弥陀仏のおはたらき一つで阿弥陀さまのお浄土に往生され仏さまと成って
この迷いの世界に還って来て私たちを護り救うというおはたらきをしてくださってあるとお聞かせいただきます。
 ご先祖の仏さまです。親は子を護りこそすれ懲らしめることがないように仏さまが祟ることはありません。 
 
 お念仏の救いはお念仏を申して自分に都合のいいことが起こるということではありません。
お念仏を申しても自分の思い通りにならないことがこれからもわが身にたくさん起こってまいります。
 そうした思い通りにならないことにお念仏申して向き合って生きていけるのが南無阿弥陀仏の救いの宗教なのです。
罰があたるとか先祖の霊が祟るとかいうことに振り回されるのではなく
今の現実この身の事実をしっかり受け止め向き合っていくのです。
 
 お念仏申すところにいつも阿弥陀さまがご一緒です。
南無阿弥陀仏「一人じゃないよ。大丈夫だよ」のおはたらきのなかに
お念仏を申してお浄土への人生を一日一日しっかり生きていくことができると
教えてくださるのがお念仏のみ教えお慈悲の宗教であります。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.25)
 
今年も<夏休み朝の鐘つき体験>ができました
2018-08-24
 台風19号20号と立て続けに日本の方にやって来るということで
昨日の夜から四国中国近畿東海と広い範囲で凄い雨が降って大変だったと思います。
 今朝は九州の方は台風一過ということでしょうか
朝6時からいつものように朝の鐘つきとラジオ体操ができました。
 この夏休みの期間ということで、今年は明日明後日が土曜日曜で二日余分に休みがあるようですが
7月21日から8月24日の今日まで5週間35日間<夏休み朝の鐘つき体験>のご縁をいただきました。
 
 もう秋ですね。体操していて空を見上げると雲が秋の雲になっています。さわやかな涼しい風も吹いてまいりました。
でも今日は最高気温が37度になるという予報です。日中はまだ真夏の酷暑です。油断しないで用心しましょう。
 
 毎朝6時前に仏さまにお仏飯をお供えしてお朝事の準備をしますが
6時5分ぐらい前にピンポーンと三浦善孝さんが本堂にお参りされてラジオ体操の設定をしてくださいます。
そして6時ちょうどに田仲進さんが鐘をついてくださいます。
それからご一緒にラジオ体操をして、その後お二人で花壇の水やりや境内の清掃をしてくださいます。
それぞれの役割分担というか、何か仕事を見つけてはすすんでご加勢してくださるお姿を頼もしく思います。
 
 今日は小学4年生の三浦みさきちゃんが鐘つきをして花を添えてくれました。
夏休みということで小学生の子どもたちに鐘つきとラジオ体操を体験してもらいたいと思い立った企画ですが
去年に引き続いて35日間毎日ご縁をいただくことができたことを本当に有難く思います。
 台風などで雨が降るとラジオ体操ができないのですが、去年もそうでした
夜のうちに雨が降って体操する6時から6時10分の時間は雨があがるということで
ここで体操をしなさいという仏さまの思し召しかなと思うことでもあります。
 
 今日で夏休み朝の鐘つき体験は終わりますが
これからもこのお朝事のご縁を皆さんご一緒にいただいてまいりましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.24)
 
夏休みの宿題もう済みましたか?
2018-08-23
 昨日大分の町に出てみると高校生の姿をたくさん見かけました。
学校が今週から始まっていると聞きます。
 今は学校の夏休みが短くなって去年から小学校は一週間短くなったということです。
 
 私が小中学校の頃は夏休みに登校日が何日かあって最後の登校日が確か8月21日でした。
この日は先生に給料が支払われるということも聞きました。
 21日に学校に登校してあと夏休みも10日になったということです。
実はこの10日が問題なのです。
 すでに宿題を済ませている子は悠々と後の休みを楽しむということですが
当時は殆どの子がまだ宿題が済んでなくてこの10日間が勝負なのです。
とはいっても最後の最後は8月31日ということになるわけです。
 
 今は夏休みが短くなったことで8月21日が登校日かどうかわかりませんが
そうした日々の移ろいのなかで、気持ちもいろいろ移ろう私たちです。
 
 その時どきの社会の情勢時代の変遷によって私たちの生活のあり様も変わっていきます。
その時代社会の動向に私たちのいのちのあり様そのものが振り回されることも過去の歴史のなかにありました。
自分の思い通りにいかないことっていつの時代でも日常茶飯事です。
 日々の生活のなかで泣いたり笑ったり怒ったり愚痴をこぼしたりする私たちがいます。
苦悩のなかに迷う私を目当てに南無阿弥陀仏のおはたらきです。
 私の周りの物事も変わり私自身も変わっていくなかで
私たちは真実変わらない阿弥陀さまの本願念仏の救いの法をいただいているのです。
 お念仏のみ教えを依りどころにお念仏申して日々生活をさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.23)
 
夏の甲子園も閉幕です
2018-08-22
 昨日は夏の高校野球甲子園大会で大阪の桐蔭高校が史上初めて二度目の春夏連覇を成し遂げて閉幕しました。
今回は100回大会ということでいつも以上に話題になり特に決勝戦は日本中で注目を集めました。
 
 吉田投手を中心に快進撃した秋田の金足農高にスポットライトが当たり大いに盛り上がりましたが
優勝した桐蔭高校のキャプテンの中川選手に注目します。
 去年の桐蔭高校も春優勝し連覇の係る夏も優勝の最有力校だったのですが
3回戦で1点リードの9回裏相手の攻撃もツーアウトで中川選手が失策し結局サヨナラ負けしたのです。
 2年生の中川選手は泣きじゃくり野球を辞めたいというところまで追い込まれたといいますが
当時のキャプテンから「あとはお前にまかせた」と言われ、新キャプテンになったといいます。
チームをまとめる以上に本当にしんどい一年だったと想います。
 今度こそ春夏連覇という強い思いをもって日々努力してきた結果が実を結んだということでしょう。
 
 試合前には私立校の桐蔭高校と公立校の金足農高のチームの比較が話題になっていました。
大会の講評のなかで金足農高のチームは高校野球のお手本だと言われました。
 103年前の第1回大会の出場校のメンバーをみたら一目瞭然ですが
高校野球は地元出身の球児がチームを組んで甲子園をめざすのが通例です。
大分県の高校だったら大分県出身の球児です。金足農高のメンバーは皆秋田県の子どもたちです。
 一方桐蔭高校の選手は全国各県から桐蔭高校で野球をしたい甲子園を目指したいということで集まった球児たちで
レギュラーに入るまでが大変だということです。
 
 ただそこは同じ高校生、野球も人間がすることなのです。
自分の思い通りにならないことが多くあるなかで、その人の思いでありその人の努力が試されるのです。
 
 中川選手のことでいえば自分がエラーをしてチームが負け先輩に申し訳ない気持ちがいっぱいでも
その事実は事実として残り、やり直すことはできません。
 厳しい現実だけれども真正面から向き合うなかに見直すことができると教えてくれるのが仏法です。   
 やり直すことができない人生だけれども見直すことができると私たちに教えてくださいます。
 
 現実をしっかり受け止め見直すなかに、これから自分が生きる道を求めていくということです。
中々荷が重い、背負いきれない現実ですが、阿弥陀さまがご一緒ですといただきます。
南無阿弥陀仏とお念仏申すなかに「一人じゃないよ。私がいるよ大丈夫だよ」と
いつも私を思い必ず救うとおはたらきの阿弥陀さまがご一緒なのです。
 私の思い通りにいかない人生もお念仏申して乗り越えていけると聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.22)
 
サマータイムで生活が変わる?
2018-08-21
 今スポーツのアジア大会がインドネシアで行われています。
インドネシアとは時差があまりなく夜のゴールデンタイムに日本選手の活躍が期待される競技を観ることができます。
 
 再来年の2020年には東京でオリンピックが開かれますが、水泳競技の決勝戦が午前中に行われるということです。
選手にとっては朝午前中に予選があって調子を整え上げていくなかで夜の決勝に臨むというのがいつものことですが
何で午前中に決勝があるのかというと、アメリカの夜の時間に合わしているとのことだそうです。
 オリンピックの商業化で巨大ビジネスとなったオリンピックには莫大な経費がかかります。
どうしても大きなスポンサー頼みになります。その一番のスポンサーが放映権料を払うテレビ局なのです。
アメリカの人が夜のゴールデンタイムに有力競技の決勝戦を観れるように競技時間が設定されるという仕組みです。
 スポーツは選手フアーストといわれますが、この時間設定は選手フアーストでも何でもありません。
スポンサーの都合に合わせた処置です。
 
 真夏に行われる今度の東京オリンピックで屋外競技の暑さ対策が大きな問題になっています。
なかでもマラソンです。日本でも人気の有力スポーツで何時にスタートするかということです。
 そのなかでサマータイム夏時間の導入が今にわかに検討されているとのことです。
ただこの問題をいち早く取り上げた情報番組では押しなべて不評です。
 
 サマータイムは夏の期間生活時間を早くするという処置です。
今朝の7時ということでいうならば1時間早くして8時にするという話です。
会社でいうと8時出勤の時間を今の7時に出勤するということになります。
 
 私たちの一日の生活時間の一番の基本は食事の時間だと思います。
朝何時に食事して昼は夜はということで人それぞれですが大体食事の時間は決まっていると思います。
食事を摂取する身体が一番知っているということです。
 食事の時間が私たちの生活時間の基礎中心になっています。
その食事の時間を1時間2時間早めるということ自体が身体にとって良いことか悪いことかというと
身体が慣れるまでに時間がかかり体調不良になったりすることが懸念されます。
それも夏時間に慣れたときに今度は元の時間に戻すということですから、これはとても大変なことです。
 
 このお朝事の時間もそうです。
お朝事の時間を1時間2時間早くするとか遅くするとか
これは大きな問題というか、お朝事の後で皆さんお家に帰られて食事をするわけでしょう。
その食事の時間を変えること自体が私たちの一日の生活いのちの仕組みを変えるということにつながります。
 逆に言いますと、いつも決まったお朝事を中心に日々の生活をさせていただけることの有難さを思います。
お念仏の先人が私たちに伝えてくださったお念仏の生活といただきます。
 お念仏申す生活です。お念仏を中心にした生活です。
今日も皆さんご一緒にお朝事のご縁をいただいて今日の一日も始めさせていただけることです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.21)
 
瞬く間に過ぎゆく日々のなかでお念仏申す
2018-08-20
 この数日涼しくなりました。自然の風が本当に心地よくさわやかです。
瞬く間に時が過ぎ行くといいますが、あの熱風のなかのお盆参りが終わって5日経ち、何か遠い日のような感じさえします。
 
 私たちの人生も振り返ってみれば瞬く間に過ぎ去ってしまうような思いにもなります。
 
 昨日お葬式がありました。一昨日の朝お亡くなりになられた方です。
今は亡くなってその晩はお家で過ごし次の日に葬儀社でお通夜そして明けてお葬式と三日間での一連の葬儀の流れですが
このたびは二日間でのお通夜とお葬式でした。
 
 家族そして親族だけでのお葬式ということでした。
葬儀社でしなくてお家でもできるお葬式ですが
今はお葬儀をお家ですること自体が考えられていないということかもしれません。
 お葬儀を葬儀社ですることでご近所の方に迷惑をかけたくないという配慮かもしれません。
 
 お葬式が済んで七日七日のご縁が始まります。
振り返ってみればこの人生は瞬く間に終わるということですが
死んだらお終いではなく仏さまのご縁がこれから始まるということです。
 
 人と人、とりわけ大切な人とのお別れはこれほどの悲しみはないと言われる以上の悲しいご縁です。
お釈迦さまは愛別離苦と説かれこれほど思い通りにならない悲しみはないと教えてくださいます。
その深い悲しみに沈む私たちを見て取って阿弥陀さまは「必ず救うまかせよ」と南無阿弥陀仏とおはたらきです。
 悲しみのご縁ですがそのまま仏さまのご縁といただける有難さを思います。
 
 先に往かれた方は今はお浄土の仏さまと成って阿弥陀さまのおはたらきのお手伝いをしてくださり
七日七日のご縁に始まる仏さまのご縁を通して
ご縁いただけよご縁いただけよ、お念仏申せよお念仏申せよと私たちにおはたらきなのです。
 
 人の命は終わりますが、先に往かれた方は仏さまのいのちとなってこれからもずっと私たちと共に生きてくださるのです。
大きな大きな南無阿弥陀仏のいのちのつながりのなかに共々に生かされて生きてあると聞かせていただきますと
今日のいのちの有難さ尊さが大きく大きく広がっていくように思われます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.20)
 
甲子園には魔物がすむ
2018-08-19
 夏の高校野球甲子園大会も昨日でベスト4が出そろい
今日は日曜日ですが、選手の故障防止のための休養日ということで、明日が準決勝明後日が決勝ということです。
 
 昨日の準々決勝の最終試合、滋賀の近江高校と秋田の金足農高の対戦で、最終回の9回裏最後の場面です。
ノーアウト満塁からツーランスクイズを決めて金足農高が逆転サヨナラ勝ちしました。
すごいドラマというか、これが高校野球だなと思ったりします。
 近江高校の監督が「私も選手もちょっと球場の雰囲気にのまれました」と言っていました。
甲子園には判官びいきといって、劣勢のチームを応援する観客の心理があります。
だからでしょうか、9回の攻防のドラマがこれまで何度も生まれてきました。
 
 甲子園には魔物がすんでいるといわれます。魔物といっても魔物それ自体を見た人は一人もいません。
ただこの魔物の一つの正体が球場全体がかもし出す何ともいえない雰囲気ではないでしょうか。
それを重圧に感じるか、味方にするかで大きく戦況が変わってきます。
球場全体の雰囲気を味方につけることが勝利の鉄則にもなってきます。
 
 ただこれは選手個々のパフォーマンスで一朝一夕にできるものではなく
常日頃からの練習で培われたチームの力が観客に訴えるものではないでしょうか。
 近江高校の選手にはちょっと気の毒だったと思いますが
金足農高も強豪校でかつてあのKKコンビのPL学園と準決勝で対戦し終盤逆転負けしたという実績があるのです。
大事なところで三振をとれる頼りになるエースを中心によくまとまったチームで
勝って校歌斉唱のときチーム全員が体をそらせて声いっぱい歌う姿が観客を引きつける一つの要因になっています。
 
 私たちの人世にも魔物がすんでいると思います。
それこそこんなはずじゃなかったと自分の思い通りにならない時にそんなことを思うことってありませんか。
 人世には魔物がすむが、ただ仏法の世界では魔物までもがお念仏を護るというんです。
仏法の世界は魔物とかそういうものを超えているということです。
 
 魔物がすむって野球のことでもそうですが、やはり私のあり様なのです。
自分中心に執着する心、はからいが邪魔をするんですね。
勝負でいったら勝とう勝とうと力が入ることが邪魔をするということではないでしょうか。
 
 そのはからいを超えたところに私たちが目指す世界があるということ
すべてのもの魔物といわれるものまでがお念仏の人を護ってくださるというのがこのお念仏の世界です。
 
 阿弥陀さまのお救いは悪人正機、悪人をこそ目当てに救うとおはたらきです。
その悪人こそこの私であると聞かせていただきます。
 実はお念仏の世界には善人も悪人もないんですね。
私この一人を必ず救うとすっとお立ちの阿弥陀さま、南無阿弥陀仏のおはたらきをまた讃嘆させていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.19)
 
南無阿弥陀仏のいのちの物語
2018-08-18
 NHK連続テレビ小説『半分、青い。』のドラマの中のことです。
おじいちゃんの仙吉さんが亡くなってひ孫の花野ちゃんが最期をみとります。
死ぬということがあまりわからない花野ちゃんですが、段々と時間が経つにつれ
いつもそばにいたおじいちゃんちゃんがいなくなった寂しさのなかでお母さんの鈴愛さんに
「おじいちゃんは今どこにいるの、どこにいったの」と聞きます。
鈴愛さんは「天国かな、空の星になったのかな」とつぶやきながら「私はまだ死んでないからわからない」と
そして「でもね、これは当たり前のことなんだよ」とこたえます。
 
 当たり前って何でしょうかね。人がこの世に生まれて生きてそして死んでいく
それは当たり前、みんなそうなんだよということでしょう。
 そして死ぬというのはそんなに恐いことではないんだよと言って
おじいちゃんはこれからもずっと花野ちゃんの心の中にいて
いつも花野ちゃんのことを思い見守っていてくれるんだよとお話されました。
 
 皆さんはお孫さんから「死んだらどうなるの?」と聞かれたらどうこたえますか。
それは私自身の問いでもあり、問題でもあります。
 死んだことがないからわからない。そうです、私の経験や知識というところではどこまでいってもわかりません。
ここに仏教という仏さまの教えを聞かせていただくご縁があるのです。
 
 仏教は縁起の教えを説きますす。縁起というのはつながり、いのちのつながりです。
それも私目線で見るいのちのつながりではありません。
私目線のつながりでしたら、この人とはつながっていこう
否この人とはつながりたくないという執着、自分中心のはからいが入ってきます。
 
 阿弥陀さま目線のつながりです。
南無阿弥陀仏のいのちのつながりの物語と聞かせていただきます。
 今日も何度も何度もナンマンダブツナンマンダブツとお念仏を申すことができました。
お念仏のつながりのなかに私たちはつながってある生かされてあるということです。
それは肉親、親子兄弟夫婦といった関係を超え人と人とのつながりも超えて
生きとし生けるものすべてがつながってあると聞かせていただきます。
 阿弥陀さまがそうしたいのちのつながりを私たちにつくってくださったということです。
それは生きている今だけではなくて亡くなっていくこの命をそのまま
確かに確かに私の国に生まれさせるというおはたらき一つなのです。
 
 南無阿弥陀仏のおはたらきお念仏一つで救われていくんだよと
どこに? 阿弥陀さまのお浄土だよと
お浄土に往ったらどうなるの? それはね、阿弥陀さまと同じおはたらきの仏さまに成るんだよと
どんな仏さまなの? 南無阿弥陀仏のおはたらきの仏さまだよと
そして南無阿弥陀仏のおはたらき一つでそのまま南無阿弥陀仏と私のところに還って来るんだよと
えっどこに? ナンマンダブツとお念仏申してごらん。
ナンマンダブツナンマンダブツ! お念仏申すところにもうすでに還って来てるんだよ。
 
 いつでもどこでも私のことを思い心配して、南無阿弥陀仏のいのちの仏さまと成って私と共にこれからも生きてくださり
この私の命終えた時にそのまんま阿弥陀さまのお浄土に南無阿弥陀仏のおはたらき一つでご一緒してくださるんだよと
聞かせていただきます。
 南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのおはたらきつながりのなかで
私たちは今こここの私を生きているのです。
 先に往かれた仏さまのご縁に南無阿弥陀仏のいのちの物語を聞かせていただき
仏さまの御恩に感謝してナンマンダブツと御礼のお念仏を申させていただく有難さをまた思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.18)
 
京都大文字五山の送り火
2018-08-17
 昨日8月16日の夜京都では大文字五山の送り火という行事が行われました。
京都の夏を彩る風物詩で、テレビの実況生中継を観ました。
 五山という五つの山に送り火の文字が浮かぶということですが
そのなかでも大文字が有名でテレビ等では大文字の大という文字しか見たことがありませんでした。
 
 五山ですから五つです。東山の「大」の文字に続き
北の山に「妙法」の文字が浮かびます。妙なる法ということで仏法のことです。
そして西の山に移り「舟形」といって船の形をした絵のすがたが浮かびました。
次に「左大文字」最後に「鳥居形」です。
 
 興味深く面白かったです。これはいつの時代から始まりどういう意味があるのかなど
今はネットですぐ検索できますが、一つの物語を思い浮かべてみました。
 
 お盆にはご先祖がこの世にかえってきて、お盆の期間を終えてまたあの世にかえっていくと言い伝えられています。
ご先祖皆さんが大きな船に乗ってかえっていき鳥居をくぐってもとの世界にかえるようすを
この目で見える形で文字に絵にしてみんなで見送る風習なのでしょう。
 
 鳥居は神社で私たちが住むこの世(俗界)とあの世を区別する結界です。
神の国日本に伝来した仏教が発展するなかで神仏習合という独特な宗教の形態が生まれます。
お寺とお宮が一緒になった神宮寺です。
近くには九六位山のお寺さんがそうです。鳥居をくぐってお寺の本堂があります。
天台宗か真言宗のお寺で平安時代のお寺です。
 京都は平安京という都があった平安時代の中心です。
平安時代の仏教は京都比叡山を中心にした仏教で、親鸞聖人も比叡山で20年間ご修行されて山をおりられました。
 
 その神仏習合の名残りかいうか、この世とあの世を結ぶ門からご先祖を見送るということです。
 
 ここで大事なことは妙法です。
ご先祖がこの世にかえってくるというのもあの世にかえっていくというのも
妙法という仏さまの教えのなかにあるということです。
 そして先に往かれた方とそれを見送る今を生きている私たちが妙法のなかにつながってあるということです。
仏さまのみ教えです。私たちでいったらお念仏のなかにみんなつながってあるということです。
 
 テレビのゲストの方が「お盆というのはご先祖のことを思うことである」という話をされていました。
五山の送り火を見て、若くして亡くなった友人のことを思いましたと言われました。
 
 お盆というご縁で先に往かれた方のことを思うのです。
いつでも思うことはできるのですが、私たちはいつもは自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいで
いつもその方のことを思って生きることはできません。
 ただこのお盆のご縁、お彼岸でもその方のお命日でもそうですが、その方のことを思うのです。
思うなかに実は仏さまから思われているとことに気づかせていただけるのです。
 私たちの思いはどこまでも自分の都合に合わせてということですが
仏さまは大きなお心でいつでもどこでも私のことを思ってくださってあるのです。
 仏法という大きな大きな仏さまのお心おはたらきのなかに私たちは生かされているのです。
 
 五山の送り火は東の山から西の山へと移ります。
西の国阿弥陀さまのお浄土に思いをはせます。 
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2018.8.17)
<<円光寺>> 〒870-0108 大分県大分市三佐3丁目15番18号 TEL:097-527-6916 FAX:097-527-6949