浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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「南無阿弥陀仏をとなふれば〜夜昼つねにまもるなり」
 今日明日のご和讃は『現世利益和讃』といって両日とも「南無阿弥陀仏をとなふれば」で始まります。
今日の六首の中の五首に「夜昼つねにまもるなり」という文言が出てきました。
 
 御利益ということをいわない宗教はありません。
ただ御利益というと、例えば病気が治るとか金回りがよくなるとか
自分の都合に合わせて自分の思いがかなうことを御利益といっているようですが
南無阿弥陀仏の御利益は夜昼つねに護られるという御利益なのです。
 
 どなたに護られるのか護られているのかというと
この真ん真ん中のご本尊の仏さま阿弥陀さまですが
阿弥陀さまのお徳をほめ讃える十方世界の諸仏方でもありそして仏法を護る諸神方でもあります。
 
 今日の最後の和讃に炎魔法王と出てきました。
地獄の炎魔さまからも護られるのです。
 その前の和讃には龍神とありました。
昨日今日と海原のお祭りですが、御旅所新町の龍神さまです。
水の神さまです。
 
 地の神から水の神から天神天の神からも護られるという
大きな大きな御利益をお念仏を申す私たちはいただいているというのです。
 
 この目に見えないことより今日の生活目に見える御利益をいただきたいというのが私たちですが
生老病死の迷いのなかに苦悩する身を見捨てることなくいつでもどこでも寄り添って
そのまま救う必ず救うと阿弥陀さまがおはたらきくださり
諸仏諸菩薩諸神方がいつも護ってくださってあると
南無阿弥陀仏とお念仏申すなかに聞かせていただきます。
 
 この目には見えないけれども大きな大きなおはたらきのなかに生かされてあることを
今日のご和讃をいただきながらまたお味わいさせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.5.4)
 
南無阿弥陀仏の仏法は私たちみんなの憲法です
 10連休でお休みが続くとふと今日は何日か何曜日かということを思い返すことがしばしばあります。
今日は5月3日の金曜日で憲法記念日で祝日です。
 
 天皇陛下が新しく即位され朝見の儀で私たち国民にお言葉を述べられました。
憲法にのっとり象徴としての天皇の務めを果たしていかれるという決意のお言葉でした。
 30年前の前天皇の時と同じような内容ですが、前回は憲法を守りという言葉でした。
憲法を守るということと憲法にのっとるということはどう違うのかという論調が早くも聞かれます。
 国民主権を柱とする日本国憲法にあって象徴天皇は憲法に規定されたことで
天皇は憲法を守り国及び国民統合の象徴としての務めを果たしていくということです。
 
 私たちの仏法を重ねて思います。
仏法に帰依するものが仏教徒です。仏法僧の三宝に帰依することをもって仏教徒になるのです。
 私たち浄土真宗の門徒がいただく仏法は南無阿弥陀仏の本願他力の救いの法です。
南無阿弥陀仏の仏法を依りどころに生きるということです。
 
 憲法は人間がつくったものです。
このような国になっていこうと国民の総意でつくったその国の最高法規が憲法です。
 憲法は不変のものではなく時代と共に国を取り巻く世界社会の状況が変わるなかで
憲法は国民の総意で改変することもできるのです。
 
 一方仏法はというと、人間のはからいを超えて仏さまが私たちすべての人間の幸せを願って
つくってくださった普遍の法なのです。
 だから人間の都合によって変えられるものではなく仏法はどこまでも仏法であり続け
仏法を依りどころに生きるかどうかは私たち一人一人のはからいなのです。
 
 仏法は元々自然の法です。親鸞聖人は自然法爾(じねんほうに)とお示しです。
あるがままそのままの真実の法なのです。
 その真実の法をお経という言葉にして私たち人間に明らかにされたのが仏法なのです。
仏法は言葉によって人から人へと受け伝えられてきたのです。
 
 ただ人間が使う言葉ですからその言葉に固執したり受け取り方を間違うと
仏さまのお心とはかけ離れたようなことにもなってきます。
 南無阿弥陀仏の仏法は念仏一つで救われると聞かせていただきます。
「我にまかせよ必ず救う」の阿弥陀さまの仰せに信順することです。
人間の私の思いをさしはさむことなくそのまま聞けよとの仰せです。
 
 南無阿弥陀仏の仏法は私たちみんなの憲法です。
この私を必ず救うと今ここにおはたらきの阿弥陀さまの真実まことの救いの法です。
そのこと一つまた聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.5.3)
 
ご法事は大切なお方が仏さまとなってくださったご縁です
 年回法要のご法事のご縁をいただきます。
仏さまになってくださったご先祖有縁の仏さまのご縁です。
 
 私たちの浄土真宗のご本尊の仏さまは阿弥陀如来さまですが
この阿弥陀さまの「必ず救うまかせよ」の南無阿弥陀仏のおはたらきを伝えてくださるご縁です。
 
 今生で親子であり兄弟であり連れ合いであり親戚であり友人であった
大切な方とお別れする悲しいご縁をそのまんま仏さまのご縁といただけるのがご法事のご縁です。
 
 ご法事を丁寧にお勤めさせていただきましょうと常々申し上げています。
年回法要のご法事は毎年勤めるということではありません。何年かに一度というご縁です。
 だからこその仏さまからいただいたご縁です。
お仏壇をきれいにお荘厳させていただきましょう。
御仏前に有縁の皆さんが心を一つにしてこの身を寄せるはこぶということです。
 
 お家の中心にお仏壇をご安置させていただくことの有難さです。
お仏壇は阿弥陀さまのお浄土を表します。
 ご先祖有縁の仏さまが往ってらっしゃるお浄土です。
お浄土があってよかったですね。
 
 私は今人間の身を生きていますがいずれこの命を終えていきます。
ただ死んだら終いではなくて南無阿弥陀仏のおはたらき一つで阿弥陀さまのお浄土に往生させていただき
仏となって懐かしいご先祖有縁の仏さま方と再会させていただけると聞かせていただきます。
 
 御仏前で仏さまのご縁を皆さんご一緒にいただけるのです。
南無阿弥陀仏の大きな大きないのちのつながりのなかに
私たちはこれからもずっとずっと共々に生かされてあるということを聞かせていただき
御仏前にナンマンダブツナンマンダブツとお礼のお念仏を申させていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.5.2)
 
令和元年の元日です
 元号が変わって今日は令和元年の元日です。
平成から令和へということでテレビや新聞等で皇室のことが報道されています。
 
 皇室という特別な世界に民間から初めて入られた美智子皇后さまのご苦労を慮ります。
独特な伝統しきたりのなかにあって天皇陛下と共に新しい皇室のあり方を模索し
自ら家事をし子育てをして家庭生活を営まれてこられました。
 憲法に定める象徴天皇の務めを果たされる天皇のすぐそばにいつも寄り添い
お二人で歩まれるおすがたに多くの国民が親しみを感じていました。
 
 戦前までの天皇は現人神でした。
戦争に負けGHQの占領下で昭和天皇は人間宣言をされました。
 人間宣言しなくても人間なのです。
私たちと同じように生身の人間を生き苦しみ悩みもたくさんあったことだと思います。
 
 天皇陛下だからといって一人で生きてきたわけではありません。
私たちも誰一人みんなそうです。
 多くの方々に支えられ大きないのちの営みのなかに生かされてあることをまた思います。
 
 新天皇が即位され令和の時代が始まります。
自分中心にそれぞれが生きてお互いに顔が見えないという人間関係が益々希薄になっていくなかで
どういうかたちで国民に寄り添っていくのか、お互いに支え合う社会になっていけるのか
大きな重い課題を抱えるなかで象徴天皇のあり方が注目されます。
 
 私たちは南無阿弥陀仏のお念仏のみ教えをいただいて生きています。
平成が令和に変わろうとも日々移り変わるこの世の営みのなかにあっても
変わらない真実まことのお念仏のみ教えをいただいている有難さを思います。
 今日一日もお念仏を申すなかにこのいのち輝かせて生かされて生きてまいりましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.5.1)
 
平成最後の一日です
 昨日は終日雨でした。外に出ることもなくボヤーンとテレビを観ていました。
今日で天皇退位ということで特集番組があっていました。
 夜は平成30回の紅白歌合戦を振り返る番組を懐かしく観ながら
平成元年の歌も30年前の昔の歌ということではなく今なお新鮮に聴くことができました。
いい歌はずっと人々の心に残り歌われ伝えられていくんだなと思います。
 
 この30年があっという間のことのように思えます。
自分の人生の歩みに重ねて一体何をして生きてきたのだろうとも思います。
 30年前は30代でした。気力も体力も充実した年代でした。
あれから30年いろんなことがありましたが何かスーっと通り過ぎていったような気がします。
 
 今日は平成最後の日です。
平成の大晦日というようなことで、昨日は紅白があってということでいいますと
何か今日の夜は除夜の鐘をつかないといけないのかなと思うような気さえします。
 
 平成から令和になって私たちの日暮しが劇的に変わるということではありません。
いつものように明日の朝はいつもの時間に起きてこのお朝事のお勤めをさせていただくことです。
 
 昭和から平成になるときのことを思い出します。
昭和天皇以前もそうでしたが、終身天皇ということで今生天皇が亡くなって次の天皇が即位するということで
あの当時は日本全体が自粛ムードでいっぱいでした。
 テレビは追悼番組を放送しお笑いや歌番組は一切駄目ということで
公共行事をはじめ民間のお祝いごとも自粛する空気が日本国中に蔓延していました。
 まさに深い悲しみに沈むなかで平成の新時代を迎えたことでした。
 
 今回は違います。まさに祝賀です。
それこそ明日の朝目覚めて皆さん「明けましておめでとうございます」と言うんじゃないですか。
年越しそばもお雑煮も出てくるかもしれません。
特別なおせち料理もあるのかな、そこまでしなくても大きな時代の節目に私たちは生きているのです。
 
 30年間平成を生きてきました。これから令和になって生きるということで
あとどのくらい生きるのかな、次の時代もあるのかなと思ったりして
今日の平成最後の一日を過ごさせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.30)
 
日を決めてくださっている有難さ
 今日4月29日は昭和の日で祝日ですが
30年前まではこの日は昭和天皇の誕生日でお休みでした。
 今生天皇の誕生日は12月23日で
令和の時代になると天皇誕生日の祝日は変わります。
 
 ただ私が生まれてこの方4月29日は三佐のお祭りの日でお休みでした。
28日が夜どの日で29日が祭り当日です。
 
 先人の知恵を思います。
戦後の高度経済成長期以降この三佐の先人の生業も漁業や農業、大工といった仕事から会社勤めの仕事になってきました。
 会社勤めになると祭りのために休みを取ろうとしても中々思うようにはいきません。
それだったら元々休みの日に祭りをしたらいいのではないかと先人は考えたのではないでしょうか。
それも天皇誕生日だと毎年4月29日と日が決まっています。準備の段取りも含めて計画が立てやすくなります。
 4月29日をお祭りの日と決めてくださった先人の知恵をあらためて思います。
 
 ご法事の日取りをあわせて思います。
今は土曜日曜の法事が多く一般的になりました。これも先人の知恵です。
 祥月命日にご法事をお勤めする意味もありますが
その日が仕事でお休みが取れずお参りできない方がいらっしゃいます。
 それで土曜日曜の会社が休みの日に法事を勤めることにしたのではないでしょうか。
できるだけ多くの方に仏さまのご縁に遇ってほしいという
ご法事をお勤めさせていただく大きな意味があります。
 
 ただ最近のご法事は極々一部の家族親族だけでお勤めすることが多くなりました。
以前は遠方からお参りされる方に合わせてゴールデンウィークにご法事をするところが多かったのですが
今は連休中のご法事は殆どなくなりました。
 連休にご法事をしようとしたら親族から反対されたという話も聞きます。
連休中はそれぞれのところでゆっくり過ごしたいということなのでしょう。
 
 ご法事をお勤めさせていただくことの意味です。
ご法事は毎年のことではなく何年に一度のご縁です。
ご法事は仏さまのご縁ですから、仏さまを中心に考えていただきたいと思います。
 
 日頃は自分を中心にそれぞれ生きている私たちお互いです。
ただご法事は仏さまがまさに命がけでつくってくださった大切なご縁です。
 その仏さまのお心もちを訪ねて有縁の皆さんが一堂に御仏前に身をはこばせていただく尊さです。
仏さまが決めてくださったご縁を有難くいただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.29)
 
ワンコインバスに初めて乗りました
 昨日初めて100円のワンコインバスを使いました。
65歳になって早速「ワンコインバス乗車証」を申請して準備をしていたのですが
一年半かけてやっと乗車できたということです。
 65歳以上の大分市民は大分市内のバス路線1回100円で乗車できるというものです。
 
 何でも初めて体験することについては少々不安があります。
果たしてこれで大丈夫かなと思ったりします。
 大丈夫でした。同じバスの乗客も数人乗車証をもって使っていました。
バスの運転手さんも慣れたものです。
 
 大分の町中に行きました。朝9時です。人は殆どいません。
前の夜はたくさんの人が行き交い買い物をしたり食事をしたりして賑わったんだろうなあと思いつつ
右に左に目をやって町中を歩きました。
 
 食べ物屋さんが多いことにちょっとびっくりしました。
昨日から10連休が始まったということで人出を多く見込んでどの店も準備万端です。
 「どうぞいらっしゃい」とばかりに店の前に人目を引くように案内掲示をしています。
昼前ですからランチメニューが写真入りで分かりやすく書いてあります。
 
 そうしたお店を見ながら、入りやすい店と入りにくい店があることに気づきました。
あくまでも私の主観ですが大方あたっているところがあると思います。
 
 お寺もどういう見方をされているのかなと思います。
入りやすい入りにくいという以前に、お寺には門徒檀家さんで余程の用事がある人しか入ってこないのではと思います。
葬儀や法事に関する用事です。
 
 お寺の関係者がよく言うのは開かれたお寺にならなくてはということです。
ところが山門がいつも閉まっていたり、本堂が施錠されていたりというお寺が結構多いのです。
防犯対策ということもありますが、いつもお寺の人は留守をしているのでしょうか。
 
 うちのお寺の山門はいつも開きっ放しです。
では開いていたら人が入ってくるかというと、山門の前をスーっと通りすぎる人はいても
お寺に入ってくる人はまずありません。
 ただ山門に足を止めて掲示板を見たり本堂に向かって手を合わせる方が時おりいらっしゃいます。
でも山門からの一歩が中々踏み出せないのです。
 
 そういう方の背中を押させていただくような工夫手立てがないものかと
町中を歩きながら思ったことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.28)
 
10連休の過ごし方
 いよいよ今日から10連休ということです。
どういう人が10連休なのでしょうか。皆がみんな10連休ということではありません。
 10連休だからこそ忙しいお仕事の方もいらっしゃると思います。
プロ野球は10連戦です。10日間毎日が戦いの連続です。休みどころではありません。
 
 10連休という長いお休みを有効に使って思い切って長期の旅行に出かけたり家族サービスにつとめたり
ここはゆっくり家で過ごして色んなことを整理したり読書三昧を決め込む人もいるのではないでしょうか。
 
 ただ私の経験からいうと、これをしようと決めてもいざ実行となると思うようにいかないものです。
だからあまり大きな計画を立てるのではなく、できることを一つ一つ丁寧にやっていくことが大切だと思うのです。
 人からああしなさいこうしなさいと言われてすることではありません。
時間に振り回されることなくあくまでもマイペースでボチボチがいいです。
 
 「ボーっと生きてんじゃねーよ」とチコちゃんに叱られそうですが
ボーっとするのも10連休の一つの過ぎ方だと思います。
 
 私たちの日々の生活をちょっと振り返っても、あれをしないといけないこれをしないといけないと
本当に忙しい生活を送っている私たちではないでしょうか。
 ボーっとするというのはある意味本来の自分に立ち返る時間ではないかと思うのです。
 
 あなたは何を大切に生きていますか? 私たちは何のために生きているのでしょうか?
日頃は向き合うことがない、でも大事な人生の宿題です。
 
 今日もこうして皆さんご一緒にお勤めができました。仏さまのご縁です。
私たちはお念仏申す生活をさせていただいています。
南無阿弥陀仏のお念仏のみ教えを依りどころに生きています。
 
 ナンマンダブツナンマンダブツとお念仏を申すそのままが
阿弥陀さまの「まかせよ必ず救う」南無阿弥陀仏のおよび声を聞かせていただくことなのです。
 ボーっとするなかにナンマンダブツナンマンダブツとお念仏申させていただきます。
お念仏申さないといけないのではありません。
 日頃からお念仏申させていただくなかにお念仏がふっと出てくださるのです。
 
 日々の忙しさからちょっと離れてお仏壇の前に座って声に出してお念仏申させていただきましょう。
この10連休の過ごし方のヒントを教えていただけるのではないでしょうか。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.27)
 
季節の移ろいのなかにお念仏申して生かされて生きる
 今朝6時の梵鐘を撞くのにあらためて明るくあたたかくなったなと思います。
まだ外灯がついております。早速設定を変えないといけないと思います。
 
 鐘楼の前をスーッと自転車で通り過ぎる方がいらっしゃいます。
お仕事に行かれるのでしょうか。
 冬の時分はどうだったかなと思います。
ちょっと前のことです。暗くて寒いなかにも仕事に行かれていたのでしょうね。
 
 私たちそれぞれの一日が始まります。
境内の桜の木は今葉っぱが茂るようにいっぱいです。
 
 人も木も花もみんな生きてるなって思います。
日々それぞれのいのちを精いっぱい生きているんですね。
 
 お念仏のご法義をいただきますと
すべてのいのちがそれぞれに生かされて生きてあると聞かせていただきます。
 
 私が生きると私のところに力が入ると、思い通りになることは当たり前のようにすぐ忘れてしまいますが
思い通りにならないことがあるとそれこそ腹が立って周りの人を傷つけるような言動にもなってしまう私です。
 
 そうした私たちの思いを超えてあなたも私も私たちみんなが南無阿弥陀仏のお徳おはたらき
阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲のなかに生かされてあるとお念仏のみ教えを味わわせていただきます。
 
 私だけのお念仏ではなくどうぞすぐ隣の方にもお念仏のみ教えを伝えてまいりましょう。
今日の一日もナンマンダブツとお念仏を申すなかに日暮しさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.26)
 
思い通りにならないなかで生きている生かされている
 昨日は雷も鳴って大変な雨になりました。
ただ「雨よふれふれ」と正直思いました。雨が降ってしまって明日は上がってほしいと思いました。
 
 今日は曇っていますが雨が上がって仏教婦人会の親睦旅行ということです。
今は週間天気予報があって一週間前から天気予報をみることができます。
 あくまでも予報ですからその通りになるということではありませんが
ほぼその傾向にあって微妙に日々予報が変わってきます。
 
 毎日天気予報をみて、どうか雨だけは降らないでほしいと思う中で今日の日を迎えました。
雨が上がってよかったということですが、昨日雨にあって悔しい思いをした人もいるのではないでしょうか。
 
 今回私もご一緒できることを楽しみにしていましたが、お葬式ができてご縁に遇うことができません。
これも思い通りにならないということです。
 
 私の思いでこうしてこうしてこうなるということではありません。
これまでの人生を振り返りこうしてこうしてこうなったかというと、思い通りにならないことの繰り返しのようです。
 
 ただどんなに思い通りにならないことがあっても、今ここに生きていることはありのままの事実本当のことです。
どんなに自分の思いとかけ離れた状況にあってもそれをそのまま受けとめていかねばなりません。
生きるということはそういうことです。
 
 仏さまのご縁をいただくなかで
どんな状況にあっても仏さまの大きな大きなお慈悲のなかに生かされていると聞かせていただきます。
 思い通りになったことも思い通りにならなかったことも仏さまのご縁だったと有難く受け止めさせていただけるのも
お念仏のみ教えに遇わせていただくことです。
 
 親睦旅行で四日市別院にお参りされ藤の花を見てお買い物をして仏さまのご縁に遇うていただきたいと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.4.25)
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