浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
フォーム
 
全国高校野球大会も中止です
 全国高校野球大会<夏の甲子園>が中止になりました。
今年で102回となる歴史のある大会で全国3800校の高校が参加して
地方大会が6月下旬に沖縄から250か所の球場で始まるということでした。
 選手監督スタッフといったチームの関係者
審判団など大会の運営に多くの人が係る一大イベントで
お盆をはさむ夏休みの期間テレビ観戦を楽しみにしていた高校野球ファンもたくさんいて大きな関心の的でしたが
このたびのコロナのことについては中止も致し方ないということです。
 
 春の選抜に続き高校三年生の球児には甲子園出場の夢ははかない夢と消えました。
来年があるということではありません。
 甲子園を目ざして練習を重ねてきた者の喪失感ははかり知れないものですが
昨日監督や選手そしてOBなどの関係者が寄せたコメントを聞いて
「仲間」という言葉がとても印象的でした。
 
 仲間です。
共に一つの白球を追って同じ目標を目ざしてきた仲間です。
 野球は9人のチームプレーです。
試合になると18人です。
 一人では決して成り立たないチームスポーツです。
仲間を信じ仲間と共にあることのすばらしさです。
 
 その仲間が一つのチームとなって目ざすのが甲子園です。
どんな弱小チームでも甲子園を目ざします。
 それは高校生になって3年生になってからの目標ではなくて
小さい頃野球を始めた頃からの夢なのです。
 その夢が試合をすることなく途絶えたということですが
同じ目標を目ざし互いに切磋琢磨した日々があった仲間がいたということです。
 
 私たちもお念仏の仲間といいます。
この後ご一緒に唱和する『浄土真宗の教章』に
「私たちの宗門は親鸞聖人の教えを仰ぎ念仏を申す人々の集う同朋教団であり」とあります。
 同朋なかまです。
親鸞さまはお念仏の人を御同朋御同行と申されました。
 御同朋とはお念仏の仲間ということです。
 
 私たちは阿弥陀さまのご本願のお心を聞かせて信心いただきお念仏申す身にさせていただいて
お浄土を目ざしてこの人生を生き抜かせていただきます。
 南無阿弥陀仏のおはたらき一つです。
南無阿弥陀仏のみ教えを伝えてくださった方がいらっしゃいます。
数えきれないたくさんの方々のお育てをいただいて今お念仏を申す身にさせていただきました。
 お念仏を申す私のすぐそばに同じお念仏を申すお仲間がいます。
お浄土への道すがらをご一緒に歩んでくださる御同朋御同行です。
 ナンマンダブツのこの声は私の声ですが
隣の人の声でありそしてこの目には見えないけれども私をお育てくださったご先祖有縁の仏さまの声であり
南無阿弥陀仏のおはたらき一つに支えられ励まされて共々に生きてまいりましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.21)
 
お聴聞の心得です
 昨日は満中陰のご縁をいただきました。
49日の中陰期間中七日七日のご縁にお参りします。
 ご往生の時からお通夜お葬式七日七日のご縁があって四十九日の満中陰です。
お家のお仏壇の御前でご一緒にお勤めをさせていただきます。
 大切なお方とお別れをする悲しみのご縁ですが
そのまま仏さまのご縁といただきましょうとご法話お取り次ぎさせていただきます。
 
 初七日から満中陰まで7度のご縁です。
私も住職を継いで二十数年になり多くのご門徒衆のご往生にあってご法話をさせていただきますが
何度もご縁をいただくなかで同じ話になってきました。
 お家によってはこの間に2回も3回もご縁があり
ご親族が参り合うところでは何度も何度も同じ話を聞かれるようなことです。
 
 ただお話自体はいつもの同じ話ですが
お話をさせていただく私もそうですがお聴聞される皆さんもこのご縁は
今こここの私のために仏さまからいただたご縁だということです。
 
 お聴聞の心得に
一、このたびのこのご縁は初事(はつごと)と思うべし
二、このたびのこのご縁は我一人(われひとり)のためと思うべし
三、このたびのこのご縁は今生最後(こんじょうさいご)と思うべし
とあります。
 
 私たちの日々の生活は自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいで
仏さまのご縁に遇うことは本当に難しいことです。
 そういう私が今ここ仏さまの御仏前に座らせていただいていることの有難さです。
 
 南無阿弥陀仏の同じお話です。
阿弥陀さまがこの私一人を必ず救うとおはたらきの法を聞かせていただくのです。
 どうか聞いてくれよと聞かせていただくなかに
この人生思い通りにならない色んなことがある人生だけれども
ナンマンダブツとお念仏を申すなかに生き抜かせていたき
命終わって死んだらおしまいではなくて浄土に生まれて仏さまとなり
この世に還って来て南無阿弥陀仏のおはたらきをさせていただくのです。
 
 大きな大きな南無阿弥陀仏のいのちのつながりのなかに生かされてある今日一日ただ今という
心ひとつにご縁ご縁にお聴聞させていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.20)
 
霧の朝になりました
 昨日までの雨が上がり今朝は霧が出ています。
そんなに深い霧ではありませんが
毎朝いただくお正信偈さまのなかに「雲霧」という言葉が三度続けて出てまいります。
 
 「貪愛瞋憎之雲霧(とんないしんぞうしうんむ)」と貪りや怒りの煩悩の心を雲や霧に譬えて
「常覆真実信心天(じょうふしんじつしんじんてん)」といつもまことの信心の空をおおっているといわれます。
 それは「譬如日光覆雲霧(ひにょにっこうふうんむ)」とたとえば日光が雲や霧にさえぎられるようなことだが
「雲霧之下明無闇(うんむしげみょうむあん)」とその下は明るくて闇がないのと同じであると
その前の「摂取心光常照護(せっしゅしんこうじょうしょうご)己能雖破無明闇(いのうすいはむみょうあん)」に返って
阿弥陀仏の光明はいつも衆生を摂め取ってお護りくださっているとのお示しです。
 
 高僧和讃第六祖源信大師讃の
「煩悩にまなこさへられて 摂取の光明みざれども 大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり」
をあわせていただきます。
 
 煩悩に眼をさえぎられて
あらゆるものを摂め取るという阿弥陀仏の光明を見ることはできないが
その大いなる慈悲は見捨てることなく
常にわたしを照らしてくださっているとのことです。
 
 雲や霧のような煩悩に覆われて阿弥陀さまの摂取の光明のおはたらきのなかにあることに気づかない私に
阿弥陀さまはあくことなく私を照らし護り気づいてくれよ聞いてくれよとおはたらきなのです。
 摂取の光明に遇うことがないままにこの命終えていく人生はこれほど空しいことはないとの仰せです。
 
 毎朝お正信偈さまのお勤めをさせていただきます。
親鸞さまが私に届けられたお手紙です。
 南無阿弥陀仏のおはたらきのなかにご一緒に阿弥陀さまのお浄土への人生を
今日も一日生きていきましょうねと有難く読ませていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.19)
 
いよいよ学校が始まります
 緊急事態宣言が一部解除になって各県で対応は違いますが
大分では今日から小中学校が分散登校で再開するということです。
 来月からは通常に戻り夏休みは大幅に短縮されるとのことです。
 
 新型コロナウイルス感染防止のための学校の休校は
安倍首相の休校要請に伴い3月初めから始まりました。
 期限を切ってのことでしたが
その後コロナ感染が拡大するなかで
次々と学校再開が延期になって今日まで来たということです。
 
 学校休校のインパクトは私たちの社会に大きなメッセージとなり
その後私たちの市民生活にも自粛の波が大きく及び
社会経済活動にも大きな影響が出ています。
 緊急時事態宣言がいつまで続くのか
出口戦略ということが大きく言われ始めています
 
 学校は私たちが暮らす地域社会にあって大きなシンボルです。
学校に通う子どもたちの姿に私たちは元気をもらい未来への希望を感じて
日々の生活を生き生きしたものにしてくれます。
 
 西洋の町には学校と教会は欠かせないものでした。
町の誰もが親しめるところがあって健全な町づくりができたのです。
 今の実態からは想像できないでしょうが
日本でいえばお寺です。
 お寺は地域の教会であり学校でもあって
公民館や福祉施設でもありました。
病院の役割を担っていた時代もあったのです。
 
 いよいよ学校が始まります。
お寺もこの三か月は全く法要行事ができませんでしたが
ぼちぼち動き出そうと思います。
 新しい生活様式ということがいわれます。
コロナ前のように戻ることは難しいでしょうが
お寺のあり方を見直すチャンスにして
ご門徒有縁の皆さんにこれまで以上に親しんでもらえるお寺になっていきたいと思います。
 
 私たちの日々の生活です。
コロナ前も今もコロナ後もお念仏申す生活です。
 お寺にお参りされる皆さんのお念仏申す姿を見て
一人でも多くの方がご一緒に仏さまのご縁に遇ってほしいと思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.18)
 
お念仏のご利益お救いです
 今日明日のご和讃は現世利益和讃です。
両日とも「南無阿弥陀仏をとなうれば」で始まります。
 お念仏申すご利益です。
 ご利益を言わない宗教はありませんが
私たちの浄土真宗のご利益はお念仏一つの救いです。
 お念仏のおはたらき一つで救われるというのです。
 
 ただご利益救いといって
病気治癒や商売繁盛家内安全交通安全という
私の思いを神や仏に祈願して成就することを求めるご利益救いではありません。
 
 自分の思い通りに生きたくても生きられない
思い通りにいかない苦しみ悩み迷いのなかに生きる私を見て取られた阿弥陀さまが
そのまま救う必ず救うと南無阿弥陀仏のおはたらきで
私のところに来てくださってあるとお聞かせいただく阿弥陀さまの摂取不捨のご利益お救いなのです。
 
 南無阿弥陀仏のお心一つ聞かせていただくことが肝要です。
「南無とは帰命なり発願回向の義なり。阿弥陀仏はその行なり」と
今日の御文章さまにいただきました。
 
 帰命とは「帰せよの命」阿弥陀さまの仰せとのお示しです。
「われにまかせよ」との阿弥陀さまの願いおはたらきです。
 阿弥陀さまは法蔵菩薩の因位のときに
十方衆生あらゆる世界の生きとし生けるすべてのものを
「必ず救う」とご本願をお建てになり南無阿弥陀仏のお名号に成就されました。
 
 南無阿弥陀仏はこの私を救う願も行も成就された
「われにまかせよ必ず救う」の阿弥陀さまの仰せおはたらきなのです。
 その仰せを「はい」とそのまま受け入れて「おまかせします阿弥陀さま」といただきます。
 
 阿弥陀さまの大きなお慈悲に摂め取られて今日一日も
お念仏申して阿弥陀さまのお浄土への人生を共々に生かされて生きて往きましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.17)
 
仏教婦人会総連盟から『法話集』が届きました
 昨日から大変大きな雨になっています。
本来でしたら今日は仏教婦人会の総会で明日が親鸞聖人のお誕生をお祝いする降誕会(ごうたんえ)法要ということで
天気が本当に気になるところでした。
 
 円光寺では前住職の時から40年以上もの間降誕会でバザーをして
地域の皆さんにも大変喜ばれています。
 毎年のことでお手伝いしていただくご門徒衆には大変お世話になります。
円光寺のバザーを楽しみに待ってくださっている方も多いのですが
今年はコロナ禍で中止させていただきます。
 
 昨日仏教婦人会の総連盟という全国の組織から「法話集」の冊子が送られてきました。
コロナ感染拡大防止のために全国的にお寺のご法座が中止になっており
お聴聞の機会に恵まれないという声を聞かせていただくなかで
「法話集」をお届けすることになったということです。
 
 大変有難いことです。
ご法座は仏法お聴聞の場で私たち浄土真宗門徒にとって
毎日の食事をいただくように欠かすことができないものです。
 南無阿弥陀仏の阿弥陀さまのお心おはたらきを聞かせていただきます。
どのような状況にあってもお聴聞を大切にする心を忘れないで
今できることをさせていただきましょうと送付文にありました。
 
 コロナ禍で何もかもが中止中止ということですが
私たちの日々の営みはそれぞれのところで続いています。
コロナの中を生きているのです。
 この生きる依りどころをお念仏といただくのが
私たち念仏者浄土真宗門徒の日々の営みです。
 
 こうしてお朝事をずっと毎日続けさせていただいています。
皆さんに開かれているお寺の仏さまのご縁です。
 どうぞご縁ご縁に皆さんそれぞれの思いをもってお参りしていただきたいと
お朝事のご縁を開かせていただいています。
 
 今はネット社会でネットでご法座のようすを皆さんに配信する試みもあるようですが
円光寺は毎朝お朝事のお勤めをするなかに皆さんと共々に日々の生活
お念仏を申す生活を始めさせていただけることを本当に有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.16)
 
これからコロナとながーいおつきあいになります
 昨日緊急事態宣言解除の発表がありました。
47都道府県のうち39県は解除でその他の8都道府県については特定警戒が続くということです。
 
 コロナ禍で毎日数字が気になります。
東京都の感染者数です。
 この一週間でずっと減少傾向が続き一昨日は10人でした。
これでこのままいくのかなと思っていたら昨日は30人に増え
お隣りの神奈川県も31人で前日の3倍です。
 
 今の現状を数字で表し分析してこれからの対応を考え実行するということです。
極めて科学的な対処法ですが
私たち一般の見方は数字だけを見て一喜一憂するばかりで本当のことが実は分かっていません。
 数字を冷静に分析して分ってらっしゃる方が専門家科学者です。
専門的な知識をもって科学の目で冷静に分析できる人です。
 
 昨日昼の情報番組でノーベル賞の山中伸弥さんが出演していました。
コロナ禍でずっと発言発信を続けられています。
 マラソンの瀬古利彦さんも出ていました。
山中さんはマラソンをすることでも有名で瀬古さんとも大変懇意にしている間柄だそうです。
 
 山中先生は科学者ですから冷静に今の状況を分析して
「今まではコロナとの闘いといってましたがこれからはコロナとの平和的共存です」と
話されたことがとても印象的でした。
 新型コロナウイルスをこの地球上から無くすゼロにすることは不可能だといわれます。
感染者がたとえゼロになってもコロナはこれからも存在し続けるというのです。
 そこでこれからはコロナと長く付き合っていかなければならないと
コロナとの平和的共存を提言されたのです。
 
 一方で瀬古さんの聞きたいことはただ一つ
「来年の東京オリンピックはどうなりますか」と聞かれました。
 山中先生の答えはできるともできないともおっしゃいません。
何をもってコロナの感染収束をいうかは見方が分かれるところですが
収束するのは一年後になるかもしれないし一年以上かかるかもしれないと言われました。
 
 山中先生の発言はすごく説得力のあるものでした。
政治の中枢にいる国のリーダーは社会経済のことを考えて早く良い答えが聞きたいばかりです。
 オリンピックの一年延期が決まったときに安倍首相をはじめ関係者が口をそろえて
「人類がコロナとの闘いに勝った証として明るい未来に向けてのオリンピックにしましょう」
と言われたことを鮮明に思い出します。
 
 このたびのコロナ禍に遭遇した私たちの立ち位置が問われています。
何を依りどころに何のために生きているのかということです。
 今月のお寺の掲示伝道のことば
「この星に 住むわれら みんなつながって 一つのいのちを 生きている」私たちです。 
 
 歎異抄に「煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は よろづのこと みなもつてそらごとたはごと まことあることなきに
ただ念仏のみぞまことにておはします」と親鸞聖人の仰せです。
(わたしどもはあらゆる煩悩をそなえた凡夫であり、この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変わる世界であって
 すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない。その中にあって、ただ念仏だけが真実なのである) 
 
 私たちが生きる無常の虚仮不実の世界にあって
私たちは真実に遇うことがないままに自分の都合を振り回し
結果自分の思うようにいかずに苦しみ悩み迷っていると
阿弥陀さまはこの私のありのままのすがたを見抜かれて必ず救うそのまま救うと
南無阿弥陀仏のお喚び声(お念仏)となっておはたらきくださってあると聞かせていただきます。
 
 コロナの時代にあって私たちはコロナ禍から抜け出ることはできません。
緊急事態宣言が解除になって私たちの生活が元通りになるということではありません。
 コロナとながーく付き合っていく覚悟をもって平和的共存です。
コロナも共々に阿弥陀さまの大きなお慈悲のなかに生かされてあると聞かせていただき
今私にできることを精いっぱいさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.15)
 
私のことを思うてくださる人がいる
 昨日はお通夜のご縁で10人ほどのお参りでした。
このたびのコロナ事情で家族葬ということです。
 葬儀社のいつもの広い会場に椅子と椅子の間隔を十分とってありました。
家族葬とはいえ葬儀社の職員はいつも通り司会の方もお世話をしてくださる係の方も普段通りでした。
 
 こんな話をするのは今は家族葬というとお参りされる方を想定していませんから
司会もない会葬御礼の品もないお斎もないとないない尽くしの極めて簡略なお葬儀になっています。
 家族だけで静かに見送りますというお気持ちはよくわかります。
亡くなられた方以上に喪主の関係者のお参りが多い大人数のお葬儀は何かと大変です。
 ただ人と人との最後のお別れです。
家族だけではなく生前お世話になったご縁のある方とのお別れでもあります。
 
 葬儀が済んだ後から次々と自宅にお弔問の方のお参りがあって大変だったと
家族葬をされた方の後日談です。
 有難いじゃないですか。
思うてくださる人がいるということです。
 それは亡くなってからということではありません。
人と生まれて長いご生涯のなかに多くの人と出会ってご縁をいただくということです。
 今たくさんの方が私のことを思うてくださるということです。
それこそ退職されて高齢になって日々のおつきあいは縁遠くなりますが
「あの人は今頃どうしているかな」とお互いに思い思われるなかに私たちの日々の生活があるということです。
 
 この目には見えないけれどもたくさんの方々に支えられて生かされてあることを
お念仏のみ教えを聞かせていただくなかに有難く思います。
 「いつも私が一緒だよ。どんなことがあってもあなたを見捨てることはないから大丈夫だから」と
南無阿弥陀仏のお喚び声を聞かせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.14)
 
仏さまのご縁お念仏の講です
 昨日中陰(ちゅういん)七日日(なぬかび)のご縁が2件ありました。
七日日にはご家族をはじめご親族の方がお参りです。
 昨日の1件のお家は近所のお友だちがお参りでした。
仏さまのご縁です。
 
 お念仏のご縁に集う念仏講といいます。
講とは集い集まりということです。
 人人が寄り合うということでお寄り講とも寄合い講ともいって
お念仏の先人は日々の生活の中で講を催し仏さまのご縁をいただいて
お同行のお友だちと会うことを楽しみにしてこられたと伝えられます。
 
 今はコロナ禍で外に出ること人に会うことが自粛されていますが
ラジオやテレビなどの娯楽がない時代に
月に何度か日を決めて集落の人たちがそれぞれのお家に集まってお念仏の講をしていたと聞きます
 
 このお朝事のご縁もお念仏の講です。
人数の多い少ないではなく思いをもった人人がご一緒にご縁をいただけるのがお念仏の講です。
 お念仏の講は阿弥陀さまがこの私を必ず救うと開いてくださった
南無阿弥陀仏のお救いの法に遇わせていただくご縁なのです。
 
 何か人が多く集まる会を盛会とほめたたえるところが私たちにありますが
人が多く集まったから私が救われるわけではありません。
 阿弥陀さまの真実のお心おはたらきを聞かせて信心いただきお念仏申す身にさせていただくなかに
この私が阿弥陀さまのお浄土に往生させていただくお救いがあるというのです。
 
 私一人のためのお念仏の講ですが
お念仏の人人が集うことの有難さを思います。
 お念仏を喜び申す人に遇わせていただく楽しみです。
その尊いおすがたにふれてまた仏さまのご縁をいただけるのです。
 
 今はコロナで大変です。
早く収束を願うばかりですが
このコロナ後です。
 コロナ以前の元通りの生活にすぐ戻ることは難しく
コロナ後の家庭生活社会生活が変わってくると思います。
 
 お念仏申す生活のあり方お寺のあり方も変わります。
お寺とご門徒有縁の方との関係でいうと講ということが大事になってくると思います。
 方々から大人数が集まってということではなく
近くのご縁の皆さんが気持ちをもって集うお念仏の講です。
 ただ仏さまのご縁といって私たちがじっとしていて
仏さまがすべて段取りしてくれるものではありません。
 皆さんでつくっていくご縁です。
 
 今日のお朝事もそうです。
皆さんお一人お一人の思いがあって今日もこうしてお朝事のご縁に遇うことができたということです。
 私一人のために阿弥陀さまがつくってくださったご縁といただいて
どうぞこれからもご縁ご縁にお念仏のみ教えを聞かせていただきましょう。
そして一人でも多くの方に伝えてまいりましょう。
 私にできる精いっぱいのことをさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.13)
 
御和讃より「念仏成仏是真宗 万行諸善是仮門」
 今日のご和讃で「念仏成仏これ真宗」といただきました。
歎異抄には「本願を信じ念仏申さば仏に成る」とあって
念仏申すことが成仏の条件のようにもいただけます。
 ご和讃は「万行諸善これ仮門」と続きます。
さまざまな善い行いによりさとりを開くという教えは方便であるというのです。
 つまり前述の句は
念仏により仏のさとりを開くという教えこそが真実であるいうことなのです。
 
 お念仏のおはたらき南無阿弥陀仏の他力の回向によるものということです。
ただいまの御文章さまのなかに
「南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて 往相回向の利益には 還相回向に回入せり」とご和讃をいただきました。
 
 浄土真宗の教義は
阿弥陀さまのご本願のお心を聞かせて信心いただき
南無阿弥陀仏のおはたらきにひとつで阿弥陀さまのお浄土に往生して仏となり
この世に還って来て衆生を救うというみ教えです。
 
 南無阿弥陀仏の六字のお名号に私が救われるすべての手立てを成就されて
私に届けてくださってあるのです。
 南無というは帰命なりと「われにまかせよ」というのです。
阿弥陀仏はその行「必ず救う」の阿弥陀さまのおはたらきです。
 
 阿弥陀さまは生きとし生けるすべてのものを必ず救うとご本願を起こし成就され
「われにまかせよ 必ず救う」と南無阿弥陀仏の声の仏さまとなって
阿弥陀さまの方から私を喚びづめに喚んでくださってあるのです。
 
 そのお喚び声に「はい おまかせします 阿弥陀さま」とお念仏申すところ
阿弥陀さまはいつでもどこでも摂取の光明のなかに私とご一緒くださってあるのです。
 
 本願を信じ念仏申さば仏に成るとは
私をして本願を信じせしめ念仏申させて仏に成らせるという阿弥陀さまの誓願のお心
南無阿弥陀仏の他力の回向おはたらきによるものなのです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2020.5.12)
<<円光寺>> 〒870-0108 大分県大分市三佐3丁目15番18号 TEL:097-527-6916 FAX:097-527-6949