浄土真宗本願寺派(お西) 浄華山 円光寺(大分県大分市)

 

お念仏申す生活法話

 
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信心獲得のご縁です
 今日の御文章さまは「毎月両度の章」です。
毎月二度のお寺のご縁は信心獲得のため、私が浄土に往生する信心を得るためのものだとの蓮如上人の仰せです。
 
 今日のご和讃には道場をいう言葉が二回出てきました。
浄土真宗のお寺はお念仏の道場聞法の道場といいます。
 阿弥陀さまの本願念仏のお心南無阿弥陀仏の救いの法を聞いて信心獲得しお念仏申す身になってくれよと
仏さまがつくってくださったご縁です。
 
 自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいの私たちお互いです。
お念仏のご縁に遇うことが難しいなかに今日もこうしてお念仏の道場にお参りさせていただきました。
 
 今日は雨になりました。
雨が降っても晴れになってもこの道を聞かせていただき今日の一日をまた歩ませていただくことです
 
 どうぞお念仏を申すなかに今日の一日も阿弥陀さまのお浄土につながるこの道を
お念仏を申して歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.15)
 
やっと家族が一緒になりました
 昨日本堂でお葬式のお勤めをしました。
お遺骨になってのお葬式です。
 いろいろとご事情がありまして、2年ほど前に遠方で亡くなられ火葬されました。
故人の遺言で2年間はご自宅にお遺骨をご安置され
このたび大分の実家に連れて帰りお葬式をしてお家のお墓に納骨しお家で3回忌の法要をさせていただいたことです。
 
 お家お家のご事情その人人の思いがあります。
ご家族の方とも相談をしてお寺でお葬式をお勤めすることにしました。
 
 法名をまだいただいていませんでしたので
お遺骨に剃刀を当てて帰敬式を行い仏弟子の名のりとなる法名をいただいて仏式のお葬式をお勤めしたことです。
 
 連れ合いのご主人のお母さんが「ほっとした。安心した」と言われました。
そうだと思います。落ち着くところに落ち着くということでしょうね。
 
 大切な方とお別れをして悲しいご縁のなかにお遺骨になってお墓に納めてご安置をさせていただきます。
お墓参りが始まります。お墓参りして故人を偲ぶのです。
 先に往かれた大切な方を思うところです。
お墓やお仏壇そしてお寺にお参りして手を合わせナンマンダブツとお念仏を申させていただきます。
 
 仏さまのご縁です。
南無阿弥陀仏のおはたらき一つで阿弥陀さまのお浄土に先に往かれて仏さまとなって
この世に私のところに還って来てお念仏申すなかに共々に生きてくださってあると聞かせていただきます。
 死んだら終いじゃなかったのです。
この目には見えませんが南無阿弥陀仏のおはたらきとなってこれからもずっと私と共に生きてくださるのです。
 
 大きな大きな力です、おはたらきです。
南無阿弥陀仏のおはたらきがこの私が生きていく力になるのです。
 お念仏のなかに私たちの日々の生活があり私たちもこの命を終えていきますが
命終えて阿弥陀さまのお浄土に生まれさせていただき懐かしい方々とまた再会できると聞かせていただきます。
 
 私たちの不安や苦悩を見抜かれた阿弥陀さまの大きな大きなお慈悲です。
南無阿弥陀仏のおはたらきのなかに日暮しをさせていただける安心です。これほどの大安心はありません。
 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりの中に私たちは共々に生かされてあるということです。
「やっと家族が一緒になりました」と言われました。
有難く聞かせていただきました。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.14)
 
桜島のお寺さんを訪ねました
 九州地区寺院振興対策協議会に出席のため鹿児島に行きました。
一昨日は鹿児島別院で会議があり昨日は桜島にお寺さんを訪ねました。
 
 桜島までフェリーで15分です。
一時間に数便の就航でフェリーはいつも満車です。
フェリーが日常生活の交通手段になっています。
 
 桜島には浄土真宗本願寺派のお寺さんが二か寺あり
昨日お参りしたお寺は明治以降の開教で門徒数が当時の約半分に減ったというお話でした。
 都市部への人口移動はどの地域でも同じようにあって今も続き
鹿児島市街地へお葬式や法事の法務にフェリーでお参りされるということです。 
 お寺の護持運営をはかるため維持費を積み立てたり納骨堂事業を進めたりしているとのことで
私たちのお寺のあり方と重ねて思いました。
 
 寺院振興といいます。お寺が盛んになるというのです。
建物の護持ももちろんですが、大事なことはお念仏の振興です。
 南無阿弥陀仏のお念仏のご法義は人から人へと伝えられ今私たちのところに届けられました。
お寺を中心にお念仏のご法義をいかに盛んに興隆し次代に伝えていくのかということです。
 
 人口減少社会にあって門徒が少なくなることはどうしようもないことです。
そうした現実にしっかり向き合ってお念仏の振興です。
 お念仏の振興はどのような状況にあってもできることです。
それぞれの状況に応じたお念仏の振興を考え実践していくことです。
 
 協議会の出席者から、これからお寺の建物の普請にご門徒にご懇志をお願いすることが難しくなってくるなかで
お念仏の道場としてのお寺の機能を最大限に発揮することがいよいよ大事になるとの発言がありました。
 お念仏の道場という発想に新たなお念仏の振興を思います。
お寺はもちろんお寺から出かけてのお念仏のご縁づくりです。
何か明るい展望が少し開かれたような気がして嬉しかったです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.13)
 
雨の日もナンマンダブツ晴れの日もナンマンダブツとお念仏申して日々生きましょう
 もう梅雨に入ったのかなと思いますが、梅雨入り宣言はないようです。
桜前線もそうですが、今は南から順次北にあがって行くということではなくて
九州より早く関東関西で桜の開花宣言があったり梅雨入りしたり
5月末には北海道で真夏日の最高気温を記録したりとかであります。
 
 天気は自然のことで人間がどんなに偉くなっても頑張っても変えることは到底できません。
今日の天気のそのままを受けとめていくしかありませんが
天気が良いとは晴れの日のことで、雨の日は嫌われます。
 
 ただこの梅雨の時期は各地で田植えが行われ雨が喜ばれます。
人間の都合に合わせて良い天気になったり悪い天気になったりということです。
 
 まさに私たちは自分の都合を振り回し善い悪いとはからって生きています。
ただどんな日も雨が降っても晴れの日も風の日も曇りの日も私たちはその日その日を生きていかねばなりません。
 そうした自分中心のはからいのなかに頑張って生きる私ですが
いつでもどこでも阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のおはたらきの中に生かされてあることを聞かせていただきます。
 
 雨の日もナンマンダブツ晴れの日もナンマンダブツ風の日もナンマンダブツと
お念仏申して生きていける力強さ有難さです。
 どうぞお念仏を申すなかに今日一日も生かされて生きてまいりましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.11)
 
お仏壇にお脇さまをご安置しましょう
 新しくご門徒になられたお家にお仏壇を申されます。
仏壇店さんによく説明していただくことですが、宗派宗派によってお仏壇のお飾りが違います。
 
 浄土真宗の仏壇は無量光明土といわれるお浄土を表す金仏壇でしたが
今はお家の造りも随分変わってお仏壇をご安置する部屋に合わせた箱型のお仏壇が多くなりました。
 
 大事なことはお仏壇の真ん真ん中の中心にご本尊の阿弥陀如来さまをご安置することです。
お仏壇を申す法要を入仏式といいます。
仏さまをお迎えする慶びの仏事で、ご本尊をご安置すれば立派なお仏壇です。
 
 お仏壇のお飾りお荘厳には宗派宗派で決まりがあります。
浄土真宗のお仏壇は本当にシンプルでベストです。
 シンプルとは一つも無駄なものがないということで、すべての仏具に意味があるということです。
ベストとはこの上ないということです。
 
 金仏壇には様々な細工が施されいろんな飾りものがあります。
それぞれに大事な意味があります。
 基本となるお供えのお道具が仏飯器とろうそく立て、花瓶、香炉の三具足です。
この三具足がそろっておれば申し分ありません。
 
 昨日お尋ねされたのはお脇さまのことです。
阿弥陀さまを中心に向かって右が浄土真宗を開かれた親鸞さま左が御文章さまを書かれた蓮如さまです。
 お二方の絵のお姿のお脇さまをご安置しましょうとお話をしました。
このお脇さまのお姿がいいですね。
親鸞さまも蓮如さまも阿弥陀さまの方を向いています。
 私たちから見ると正面を向いているお姿ですが
親鸞さまから見ると蓮如さまから見ると常に阿弥陀さまを向いてお礼をしているお姿なのです。
 
 それはそのままこの私が阿弥陀さまを向いてお礼をさせていただく姿です。
阿弥陀さまがお浄土から南無阿弥陀仏のおはたらきで
いつでもどこでもご一緒してくださるお心を聞かせていただき
ナンマンダブツとお念仏申してお礼をさせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.10)
 
仏教壮年会の皆さん、今年も庭木の剪定ありがとうございます
 今日は仏教壮年会の皆さんには一年一度この時期に庭木の剪定をしていただき有難うございます。
 
 昨日散髪に行きました。散髪も髪の剪定ということですね。
髪を整えて気分一新ということです。
 何事かある時にまず身を整えることから始めるということでしょうか。
 
 このお朝事のお勤めも身を整えるご縁だと思います。
ナンマンダブツとお念仏申し阿弥陀さまにお礼をして今日の一日を始めさせていただきます。
 
 身を整えて今日一日のことが自分の思い通りにいくかというとそうではありません。
思い通りにいかないことも多く、想定外のこともこの身におきます。
 
 ただまず自分にできることをさせていただくなかで
精いっぱい今日一日を生き抜かせていただくということではないでしょうか。
 お念仏申して精いっぱい私にできることをさせていただくということです。
 
 今日のご和讃は「他力の信をえんひとは」で始まって
明日は「弥陀成仏のこのかたは」に返ります。
 何か53日ぶりの繰り返しのようですが、これもまた日々気分一新のご縁です。
 
 今日は地区の運動会もあるそうでお役の方は大変だとお思いますが
一日一日それぞれのおつとめをナンマンダブツとお念仏申すなかに精いっぱいさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.9)
 
住職の務めお仕事です
 今朝いつもより早く起きて習字をしました。
今日お葬式があります。前の日にお通夜があって葬儀社から位牌を預かります。
位牌と過去帳そして尊号といってお棺の中に入れるお名号を「南無阿弥陀仏」と書かせていただきます。
 
 お葬式のご縁での住職の務めお仕事です。
浄土真宗の住職はご開山親鸞聖人からお寺を預かりご門徒衆をお預かりする大きなおつとめがあると承ります。
 ご門徒さんがご往生されお葬式の導師を勤めます。
お寺の過去帳に先に往かれた方の法名俗名往生年月日など書かせていただきます。
 
 ご往生の連絡をいただき臨終勤行にお参りした時に「丁寧にお勤めさせていただきます」とご遺族の方に申します。
丁寧にといって特別なことをするのではありません。
ご門徒を預かる住職として精いっぱいのことをさせていただくということです。
 
 昨日お通夜のご縁でお勤めの後に喪主の方が控室の私に挨拶にみえました。
喪主もまた大事なお役目があって大変恐縮でしたが
 「おふくろも心おきなく安心してお浄土に往くことができます」とご丁寧にお話されました。
お通夜のお話をよく聞いてくださったのでしょうね。お浄土といってもらうだけでも有難いなと思いました。
 
 お通夜というのは最後の夜でこれまでのご生涯を通して皆さんご一緒にいろんなお話をしましょうとお取り次ぎします。
楽しいことも苦しいことも嬉しいことも辛いこともあったでしょうねと。
 喪主の方が微笑みながらこう言いましたよ。
「おふくろの悪口も言いましょう」とね。
 いいですね。特別な話ではなくて普段着の話です。日頃のこと、これまでの思い出です。
いつもの日常のようにみんなでお話ができて次の日は葬送、お浄土に送ることができるのです。
 
 住職の務めお仕事を思うとき、丁寧にさせていただくことを心がけるようにしています。
丁寧に生きるということです。いのちを大切に生きるということです。
 私にできる精いっぱいのことをさせていただくという思いで生きたいものです。
そうですよね。私にできることもあればできないこともあります。
背伸びせずに私にできることです。
 
 「あなたをそのまま必ず救う」という阿弥陀さまの仰せ南無阿弥陀仏のお心おはたらきですから
そのまままかせていいんですね。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.8)
 
いつでもどこでも阿弥陀さまがご一緒です
 昨日野津原のお寺さんで月に一回の法中会という住職新院が集まる会がありました。
野津原の方に行きますと田圃が広がってこれから田植えということで
水を満々にたたえた田圃がいよいよ田植えを待っているという感じです。
 
 大海組の17のお寺さんは、円光寺のように海に近いお寺もあります。
里のお寺もあります。町中のお寺もあります。山の方のお寺もあります。
 大分市でも各地にお寺は在りますが、その所ところに人ひとが住んで生活をしているということです。
地域の人々の生活の中心にお寺があるということです。
 
 昨日もお寺の本堂で会議がありましたが、お寺お寺それぞれに本堂を中心とした佇まいは違っても
本堂お内陣の真ん真ん中にご安置する御本尊の仏さまは同じ阿弥陀如来の仏さまです。
 皆さんのお家のお仏壇の中心も同じ阿弥陀さまです。
 
 阿弥陀さまが私たちの生活の中心になってくださってあるというご法義です。
阿弥陀さまはお寺にお参りしないとお仏壇にお参りしないと会えない仏さまではなくて
南無阿弥陀仏のみ名となっていつでもどこでも私のところに来てくださり
「私がいるよ。どんなことがあってもあなたを見捨てることがないから大丈夫だよ。我にまかせよ必ず救う」と
おはたらきくださっている仏さまなのです。
 
 ナンマンダブツをお念仏申して今日の一日も生かされて生きてまいりましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.7)
 
ご縁というのは戴きものです
 ご縁というのはつくづく戴きものだと思います。
私たちのご縁は仏さまのご縁です。ご縁を戴きます。
 
 よく食事をすることに喩えてお話をさせていただきます。
皆さん一日三食しっかり食事をしていますか。
 毎日三食何時に食事をすると私が決めてというより
そうした生活習慣が身に付いているということではないでしょうか。
 
 戴くということです。
食事をするように仏法をお聴聞させていただくことも生活習慣として身に付いたらしめたものです。
 これがお念仏を申す身にさせていただくことだと味わわせていただきます。
 
 食事も一人より二人、二人より三人とみんなで戴くといいですね。
こうしてお朝事のお勤めの食事です。
 一人より二人、二人より三人、三人より四人と皆さんと共々に
ナンマンダブツナンマンダブツとお念仏のご縁に遇わせていただきます。
 
 ご縁というのはつくづく戴きものだと
今日もお勤めをご一緒しながらまた有難く味わわせていただきます。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.6)
 
油断なくご縁ご縁に仏法聴聞させていただきましょう
 先ほどお電話がありまして、ご門徒の方がお亡くなりになったということです。
前々からお悪いことは聞いていました。
 去年の11月に百歳になるということで、その前から体調を崩し百歳の誕生日を迎えられるかどうか心配されていましたが
百歳を超えていつ往生の時を迎えるか分からないというなかで半年が経ち令和の時代に入りました。
 
 このいのちです。縁あって命恵まれ人間に生まれてこの時代を生きそして命終えていきます。
今日拝読の御文章さま『睡眠章』にありました。
明日をも知れないはかない命を生きている私たちです。
 いつこの命終わるかわかりません。
百歳になったから、取り詰めているからということでもありません。
それこそ昨日まで元気な方が急逝するということも不思議ではないのです。
 
 だからこそ命のある限り油断なく、いつ往生の時がきてもよい心構えで生きるべきだとの仰せです。
若くて健康なことを頼りにまだまだ大丈夫明日がある明日があると油断して生きていては
仏法に遇える身でありながら仏法に遇わず終いに命終えるなら、これほどもったいないことはないと
蓮如上人は御文章にしたためて私たちに仏法聴聞信心獲得のことを何度も何度もお勧めなのです。
 
 大切な人とお別れする悲しみのご縁でこれからお通夜お葬儀七日七日のお勤めが始まります。
先に往かれた方がまさに命がけでつくってくださった仏さまのご縁といただいて
南無阿弥陀仏の救いの法を私のこととして聞かせていただきましょう。
 阿弥陀さまの真実信心をいただきお念仏申す身にさせていただいて
お浄土への道を共々に歩ませていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.6.5)
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