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お念仏を申す生活法話

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新大関貴景勝の誕生です

 大相撲の貴景勝関が大関に昇進しました。
伝達式の口上で武士道の精神と言われました。
小さい頃から「勝って驕らず負けて腐らず」といつも聞かされ教えられたといいます。
 
 勝負の世界です。勝つ者があれば負ける者があるということです。
人生にも勝ち組と負け組があるということですが、何をもって勝ち負けをいうのでしょうか。
 勝ち負けでいうなら勝った方がいいですよね。
相撲の世界に負けるために入門する人はいません。
勝ち上がって行けば横綱ですが、ほとんどの力士は負けていって結局は相撲界を去ることになります。
 勝負の世界は本当に厳しいものです。
 
 勝って驕らず負けて腐らずは仏教の教えにも通じます。
勝って驕るとは欲の心です。欲しい欲しいと自分の思い通りにしたいなりたいという心です。
欲しい欲しいで自分の欲しいものを手に入れますが
それで満足するのではなくもっともっとと次から次に欲しくなるという飽くなき貪欲の心です。
 
 負けて腐るとは怒りの心です。
欲しい欲しいで自分の思い通りになるのかというと自分の思い通りにならないことが多くあります。
 すると怒りの心がでてきます。
私の思い通りにならないことがすぐ隣の人にできていたらなおさらです。
 
 愚痴にもなります。
ああしておけばよかったこうしておけばよかったと自分を責め周りの人をも責めます。
愚痴の心は自分中心の見方に終始し真実本当のことが見えない愚かな心です。
 
 阿弥陀仏さまは欲の心、怒りの心、愚かな心を持ち合わせて生きるこの私を見てとってご本願を起こし
南無阿弥陀仏となっていつでもどこでも私に寄り添い「必ず救うまかせよ」とおはたらきです。
 
 先日のイチロー選手の話ではありませんが
高みを極めるといってすぐ高みに到達できるわけではありません。
高みを極めるという目標をもって日々普段の生活を怠りなく一つ一つさせていただくことが肝要だということです。
 
 みんながイチロー選手や貴景勝関になれるわけではありません。
目標をもって生きても私たちの日々の生活はそんなにうまく思い通りにはいきません。
 でも大丈夫、南無阿弥陀仏のお念仏のみ教えを聞かせていただくなかに
私は私でよかったという人生を生き抜かせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.3.28)

「ああ帰ってきたな」帰る家がある安心です

 京都のご本山に会議で行きました。
帰りの新幹線で小学校3,4年生の子どもが隣の席でした。
お菓子をいっぱい広げて食べながらウーロン茶を飲みながら一人旅を楽しんでいるようでした。
春休みでおじいちゃんおばあちゃんのところに行くのかなと思います。
 
 小倉でソニックに乗り換え大分へ帰るのに
小さな女の子を連れたおじいちゃんおばあちゃんの三人連れが一緒でした。
大きなキャリーバッグを二つ持ってどこか遠方に旅行に行ったのかなとも思いながら
その家族は別府で降りましたが、杵築を過ぎる頃から降りる準備を始めました。
ぐっすり寝ていた子どもを日出のロイヤルホテルが見えたら起こそうとか言ってましたが
そのおじいちゃんがふと私にも聞こえるような声で「ああやっと帰ってきたな」と安心したように言われました。
 
 帰るんですね。家から出て家に帰るんです。帰る家がある安心といいます。
ロイヤルホテルが見え沿線の別府の町の風景にふれて「帰ってきたな」と安心するのです。
家です。私が帰る家です。私の居場所がちゃんと用意されているところです。
 
 私たちは何か毎日が当たり前のように生活をしています。
今日も皆さんこれから家に帰られて一日の生活を始めるのでしょうが、帰る家があるという安心です。
安心できる私の心の依りどころこの身の置きどころです。
 
 私たちはこの人生を終えて帰らせていただく家があると教えていただきます。
阿弥陀さまの如来の家です。私のために阿弥陀さまが用意してくださった私が帰る家です。
 我が浄土に帰ってこいよ、私の浄土に必ず必ず生まれさせるから
我が名を称えて帰ってこいよと南無阿弥陀仏の声となって私をよび通しに喚んでくださっているのです。
 
 そのお浄土には私たちは往ったことがありませんが
私たちのご先祖有縁の仏さまが往って待ってらっしゃるなつかしい帰る家と聞かせていただきます。
 
 帰る家がある安心です。
このお寺もまた皆さんの帰る家です。
なつかしいお家でご一緒にこれからもお勤めさせていただきましょう。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.3.27)

仏さまのご縁は安心のつながりです

 朝の6時が明るくなりました。桜も一気に花開くということです。
春はいいですね。明るく温かくなって色んな楽しみがあります。
 
 昨日はお寺の本堂でご法事のお勤めをさせていただきました。
お母さんの年回法要で施主は一人娘さんです。
他家に嫁いでらっしゃるということで、昨日は娘さんご夫婦とその娘さんの3人がお参りでした。
 
 お家にはご夫婦それぞれのお家の仏壇二つのお仏壇があるということもあってお寺でお勤めすることになりました。
お勤めの後いろんなご相談のお話になりました。
二軒のお家のお仏壇やお墓をこれからどう受け継いでいけばいいのか、お勤めはどうしたらいいのかということです。
 お仏壇やお墓の継承についてはお家お家の事情もありさまざまな問題となって
思い悩み迷うことが多くなってくるというのが今の私たちの現状だと思います。
 
 お寺というのは安心できるところという言い方をします。
お寺の中心にご本尊の阿弥陀如来さまをご安置させていただく安心です。
阿弥陀さまの本願念仏のお心信心をいただくという安心です。信心を安心(あんじん)といいます。
 南無阿弥陀仏のお心おはたらきに安心まかせてお念仏申す身にさせていただき
この世の縁が尽きたとき浄土に生まれて仏となり迷いの世に還って来て人々を救うという安心のつながりです。
 お寺はお念仏のご法義に遇わせていただくところなのです。
 
 現実的なことでいいますと、お寺はご門徒皆さんのお寺であり住職はご門徒衆をおあずかりするといいます。
ご門徒衆のお葬式やご法事のお勤めをさせていただきます。
納骨堂や墓地にお遺骨をお預かりさせていただきます。
 仏さまのご縁をいただきお寺とのつながりをもたせていただく安心です。
 
 親が元気なうちはお寺のことや仏さまのことを考えることもあまりありませんが
昨日のご縁でいいますと私と同年輩のご夫婦です。
ご主人は近頃定年退職され奥さんは体調がよくないといいます。
 
 先々のことを考えることが多くなってきます。
仏さまのご縁をいただいていることの有難さを思います。
 そのお家お家それぞれにご事情は違いますが
南無阿弥陀仏の救いの法にお互い聞かせていただき一つ一つご相談させていただきながら
今私にできることをさせていただきましょうとお話したことです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.3.24)

お寺の掲示板の言葉から「お前も死ぬぞ 釈尊」

 『輝け!お寺の掲示板大賞』というものがあるそうです。
去年の7月から始まった企画で、12月までを一区切りとして全国的にお寺の掲示板の言葉を募集されたといいます。
 毎年12月は『今年の新語・流行語大賞』や『今年の漢字』などの有名な恒例イベントもあり
注目度アップを狙ったということもあるのでしょう。
 
 全国のお寺の掲示板からたくさん寄せられた言葉のなかで
「お前も死ぬぞ 釈尊」という言葉が見事大賞に輝いたといいます。
 
 「お前も死ぬぞ」とは仏教の大きな柱である諸行無常の教えのことです。
この命、どんな人も必ず命終えていかねばならないことを
「お前も死ぬぞ」とこの私に言っているのでしょうね。
 
 短い言葉でインパクトがあります。
諸行無常とはこういうことだよというお話はよくさせていただきますし
皆さんもよく聞かれて知っていることだと思いますが
「お前も死ぬぞ」と言われたらハッとしますね。
 本当のことですが、何か他人事としてしか聞いていない自分のことと受けとめられない
この私に向けられた真実の言葉だからです。
 
 そして釈尊とあります。仏教を開かれたお釈迦さまです。
諸行無常という教えを説かれたお釈迦さまです。
「お前も死ぬぞ」とお釈迦さまがこの私に発せられた言葉です。
 
 ただこの言葉に初めてふれたとき
「お前も死ぬぞ 釈尊」って、釈尊に向って「釈尊お前も死ぬぞ」と言われているようにも思いました。
 お釈迦さまも私たちと同じ人間の身としてこの世に生まれ生きて80歳でご生涯を終えられたのです。
 
 「お前も死ぬぞ」と諸行無常の命を生きる私に、この命を本当に大切に生きていくんだよとのお示しです。
人の世に生まれた意味はね、大切に生きるとはね、仏さまの教えに遇うことだよというのです。
 あなたの命は死んだら終いの命ではなく仏に成るいのちと救われていくのだよと
仏さまの教えを聞いてくれよといわれるのです。
 
 私が私がと自分のことで精いっぱい生きることで精いっぱいの私たちが
仏さまの教えに遇うことも聞くことも読むことも中々難しいなかで
お寺の掲示板の言葉です。
 「お前も死ぬぞ 釈尊」と書かれた言葉にあってお聴聞のご縁をいただいてほしいと思います。
仏さまの教えを聞いてこの人生を生き抜いてくれよとお寺の掲示板がよびかけているのです。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.3.23)

イチロー選手が現役引退表明しました

 大リーグマリナーズのイチロー選手が昨日行われた東京ドームの試合を最後に
現役選手生活から引退するという発表がありました。
 昨年三月に古巣のマリナーズに復帰したものの昨シーズンは選手登録せず
今年日本での開幕戦に合わせて選手登録してこの二連戦に出場したということです。
 
 45歳です。日本のプロ野球で9年アメリカ大リーグで19年という選手生活でした。
イチローといえば打って良し走って良し守って良しの稀代のスーパースターです。
 数々の記録を打ち立て日米通算安打は世界最高の4367本ということで
まさに打ち出の小槌のように打てばヒット打てばヒットと
いつでもヒットが打てる選手いつもヒットを期待される選手、ヒット製造機といわれる偉大な選手です。
 
 その大選手イチローがそれこそ何度バットを振ってもヒットにならない打てないという状況がずっと続いて
結局最後の最後までヒットを打てずに終わったということです。
 
 イチロー選手はどんな思いで東京ドームのグランドに大観衆の前に立ったのでしょうか。
記者会見で「今日の球場でのできごとを見せられたら、後悔などあろうはずがない」と言ったそうです。
イチロー選手らしいコメントですが
胸のうちはどうかな、一本でもヒットを打ちたかったのではないかなと思ったりします。
 
 45歳です。いつまでも現役の選手でいるわけにはいきません。
イチロー選手のことですからこれから野球界にいろんな形で貢献されるとは思いますが
歳を重ねるなかで今まで出来ていたことが出来ないようになるということです。
 
 これは私のことです。皆さんのことです。そしてイチロー選手のことでもあったのです。
ただ若い時には出来なかったことが年をとって出来るようになることもあるのではないでしょうか。
若くて健康でお金があれば何でも出来るということでもないでしょう。
老いていくなか病気になるなかでそれまで気づかなかったことに気づかされることもあるのではないでしょうか。
 
 もっといえば生きている時だけではなく死んでから後でも
後に遺った方が気づいてくれる思うてくれることがあるのではないでしょうか。
 
 仏事ということがそうです。
仏さまのご縁をいただくなかに先に往かれたご先祖有縁の方を思うのです。
 私が思い出そうとか思わなければならないということではなく
思わせてくださる思い出させてくださるのがこの仏事のご縁なのです・
 
 手が合わさるということです。この口からナンマンダブツとお念仏が出てくださるということです。
手を合わせお念仏申す身にしてくださったのは仏さまのおはたらきです。
 その仏さまはご本尊の阿弥陀仏さまですが、私たちのご先祖有縁の仏さまと仰いでいけるのです。
 
 そのなかで死んだらお終いではない現役を退いたらお終いではない、いのちはこれからもずっと続いていくのです。
大きな大きないのちのつながり営みのなかで今日も一日こうして日暮しさせていただけることをまた有難く思います。
 
 ご一緒に、お念仏申しましょう。(2019.3.22)
円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
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