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お念仏を申す生活法話

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お寺の避難所

2024-01-08
 能登半島地震から一週間が経ちました。
日に日に甚大な被害状況が明らかになり
避難所に身を寄せている方々の
困難な生活が伝えられます。

 多くの地域で停電断水が続くなか
基本的な生活環境
ライフラインの復旧が急がれます。

 家屋が崩壊し余震が続くなかで
避難所の大きな役割を思います。
 全国各地から救援物資が届きます。
水や食料をはじめとした生活必需品です。
 家を失い大切な方を亡くし
悲しみ嘆き失意と不安な中に
「決して独りじゃないよ大丈夫だよ」と
思うてくださる人がいるということです。
 避難所はみんなが一緒に
支え合い助け合って生きる場所です。

 とはいっても共同生活していく上で
様々な困難が起こってきます。
 各人のプライバシーの確保であり
個々の思い通りにならないやるせなさです。

 自分中心の思いはからいを
ぐっと抑えて生きるのですが
無理なことには限界があります。
 困難な生活の中にも私の心の依りどころ
安心できる場所であり時間が必要です。

 避難所は学校や公民館など公共の施設が多いのですが
お寺も避難所の役割が求められると思います。
 お寺は地域に開かれた社会的資源という発想です。
日頃から地域のご門徒有縁の方々が出入りし
大人数に対応する広い空間と施設が揃っています。

 ただ災害時の対応については事前の準備が必要です。
行政機関とも十分連携することも大事です。

 日頃から皆さんにお寺に親しんでもらうことで
緊急時にそれぞれができることをさせていただく
みんなのお寺になりたいものです。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.1.8)

初事

2024-01-07
 新年明けて
初めて行う初事です。

 日頃いつもしていることも
今年初めての事となると
ちょっと心構えて新鮮な気持ちで臨みます。

 私たちのお寺では
毎年1月2日に初法座をお勤めします。
 ご門徒皆さんがお寺参りの初事です。
この一年も何度もお念仏のご縁をいただいて
仏法聴聞していただきたいと思います。

 浄土真宗の聴聞の心得に
一、このたびのこのご縁は、初事と思うべし
一、このたびのこのご縁は、我一人のためと思うべし
一、このたびのこのご縁は、今生最後と思うべし
                   とあります。

 お聴聞を初事と心得るというのは
同じ話の繰り返しであっても
初めてのように繰り返し聞きましょうということです。

 仏法のお話は真実変わらないお話です。
一方私たちの日々の生活はというと
生活環境も変われは
私の心の有り様は日々刻々と変わって行きます。

 自分中心の思いはからいで生きるなかに
ああでもないこうでもないと悩み苦しみ
迷いを繰り返す私たちです。

 そんな私たちを見抜かれて
阿弥陀如来は「われにまかせよ必ず救う」と
南無阿弥陀仏のおはたらきです。

 「いつも私が一緒だよ」と
いつでもどこでもどんなことがあっても
私に寄り添ってくださる仏さまです。

 お浄土から「そのまま来い」と喚んでくださり
往生浄土の道すがらを共に歩んでくださる仏さまです。

 南無阿弥陀仏の御声に喚び覚まされ励まされて
私たちはこの身このままこの道を歩んで往けるのです。

 今年も一年ご縁ご縁に初事と心得て
仏法聴聞お念仏申させていただきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(20024.1.7)

「服装に関係なく」 ※転載

2024-01-06
 お寺にお参りするのに、どんな服装がいいのか
友人同士でちょっとした論争がありました。

 「おまえ、それは少しラフ過ぎるだろう」
その一言がきっかけでした。

 別にネクタイをしろとは言わないが
身だしなみだけはちゃんとしていかないと失礼だと
そう指摘されると
それがカチンときたのか
「仏さんにお参りするのに
服装がどうのとか気にするほうが失礼だ」と
言い返したのです。

 そう言えば、昔、妙好人(みょうこうにん)として知られる
讃岐の庄松(しょうま)さんは
本堂でゴロリと寝ころんでいるのを咎められると
「親の家だから遠慮はいらない」と
意に介さないでいたという話があります。

 阿弥陀さまを
親さまとして全面的に信頼しきっている
庄松さんにとっては
親の前で遠慮するほうがおかしい
ということなのでしょう。

 その点で言えば
確かに服装がどうのとか気にすることは
仏さまに失礼だということになります。

 しかし、尊い親さまである
阿弥陀さまがいらっしゃる
御堂にお参りするのだからこそ
きちんと身なりを整えようという心も
これまた素晴らしいのです。

 要するに、どちらも間違いではなく
両方共に、それぞれが仏さまやお寺を
敬っておられる姿なのです。
 それに何より、お二人共、お寺にお参りすることを
喜びにされているのがありがたいです。

 アンケートによると
お寺は敷居が高いと思われがちですが
親の家です。
 服装に関係なく、遠慮なしにお参りください。

    ※菅純和著「仏事の小箱」
        『御堂さん』2024年1月号より

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.1.6)

「大丈夫!」

2024-01-05
 能登半島地震の被災報道が続く中に
2日夕方航空機の衝突事故のニュースが
飛び込んできました。

 東京羽田空港の滑走路で
日本航空機と海上保安庁機が衝突炎上し
海上機の乗員5名が死亡
日航機の乗員乗客379名は全員脱出して
無事だったということです。

 事故原因等の詳細は
今後国の専門機関で検証されるということですが
今はスマホで現場撮影されたものがたくさんあって
日航機の着陸衝突から脱出までの18分間の機内の様子を
そのまま観ることができます。

 窓越しに炎が大きく上がり機内に煙が入ってきて
「死を覚悟した」と多くの乗客が証言するように
不安と恐怖で大パニックの状況だったと思います。

 起こってはならない事態です。
飛行機に搭乗すると離陸前に必ず
緊急事態の対応について説明がありますが
こんなことって起こるはずがないと
高をくくっているのが私たちではないでしょうか。

 しかし今回のように起こりうる事態で
乗務員には緊急時に備えた
訓練が日頃から為されているということです。

 乗客への乗務員の対応です。
「大丈夫です。落ち着いてください」
「頭を下げて、口や鼻を覆ってください」
という乗務員の大きな声が聞こえます。
 誰もが早く飛行機から脱出したいと思います。
「早く出して」という声も聞こえるなかで
「大丈夫!乗務員の言う通りにしよう」と
乗客の声です。

 脱出するにも火の手が上がっていない出口からでないと
機内に火が一気に入ってきて
瞬く間に炎上してしまう危険もあるのです。
 しばらくして開かれた非常口からシューターで
乗客が次々と脱出できたということです。

 現場の責任者の指示に従うまかせることの鉄則です。
逆に乗客が自分勝手な行動をとっていたら
どうなっていたでしょう。

 「荷物を持たないで!」と
乗務員の声が重なります。
狭い通路を人や物が塞ぐことで脱出の妨げになります。

 この身このままでいいのです。
そのことで私一人ではなくみんなが助かるのです。

 お念仏のご法義に重ねて思います。

 阿弥陀さまの「われにまかせよ。必ず救う」
南無阿弥陀仏の仰せにそのまままかせたらいいのです。

 何も持たずにです。
阿弥陀さまのお救いには条件一つありません。
 地位や名誉や財産も必要ありません。
いや邪魔になるものばかりです。

 この身このまま阿弥陀さまの仰せに信順して
「この道を来い」と喚ばれるままに
往生浄土の道を歩ませていただけるのです。

 私一人ではありません。
私の前に隣にそして後ろに
お念仏のお同行がみんな一緒です。

 機長が機内に残った人がいないことを確認して
最後に脱出したといいます。

 日頃からの訓練です。
日頃からお念仏のご法義を聞いておきましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2023.1.5)

いつもの日常のはじまり

2024-01-04
 正月三が日が過ぎて
今日から仕事始めの方も多いのではないでしょうか。
 御屠蘇気分から普段の日常へと
いつもの生活が始まります。

 5時過ぎに起きてテレビをつけます。
朝の情報番組が始まって
いつもの朝のキャスターがいます。
 新聞を手にして
ボチボチ朝の準備にかかります。

 6時の梵鐘が鳴ります。
一気にスイッチが入ります。
 6時半から本堂でお朝事のお勤めです。
お参りの皆さんに「おはようございます」と挨拶して
今日の一日のスタートです。

 何かいつも同じことの繰り返しのようですが
その日その日で気分が違います。
 今日のいのちをいただいて
心新たに今日の一日が始まる有難さを思います。

 能登半島地震が発生して4日目です。
被害状況が明らかになるにつれ
大変な困難の中にある
被災者の方々のことを思います。

 当たり前のような日常にあって
生きることの一大事です。

 南無阿弥陀仏の大きないのちのつながりの中に
共々にお念仏申して
今日一日も生かされて生きてまいりましょう。

ご一緒に、お念仏申しましょう。(2024.1.4)

円光寺
〒870-0108
大分県大分市三佐3丁目15番18号
TEL.097-527-6916
FAX.097-527-6949
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